七十八話 夏祭り 起
指定された広場に向かう。そこは決して少なくない人で、教室ぐらいの人口密度だ。やはりなにかしらのイベント事でもあるのだろうか。
待っていると少しもしないうちに、後ろから慌てて駆けるような、目立つ足元が聞こえてくる。振り向いて――
待ってやばいかわいいかわいいかわいい。
一生懸命走っているのはもちろんのこと、そして何より……?
近くまで来ているのだが、どうも伝えていかなければならないことがある気がする。
「カピュア、そんなに走ると危ない」
どうも俺のフラグ回収能力はまだ生きているようだ。途端にバランスを崩したカピュアが俺の胸に飛び込む。なんとなく予想していた……自然と身構えていた為になんとかそのまま後ろに俺諸共倒れるという最悪の事態は回避できた。
しかしカピュアとの距離がとても近い。普段ならともかく、今回のような慣れていない格好で抱きつかれたりするととても困る。
「ゆ、浴衣似合ってるな」
桃色の浴衣に身を包んだ彼女は説明のしようがない程かわいい。それは全てがかわいいで済んでしまうからだ。花柄の布に、帯。さりげなく付けられた鈴蘭のような髪飾りは自然的なカピュアの髪色に適している。
「良かったです。ずっとこのお祭りはイッセイと着物を着て周りたいなって思ってたんです。そう言われるとほっとします」
彼女は転んだことは一切気に留めていない様子で話す。ここは俺も話題にしない方が良いだろう。
「あぁ、とてつもなく似合ってる。千人の美少女の才色兼備をここ一点に収束させた結果、これほどまでに可愛い生物が誕生したと言われても疑わずに信じてしまうぐらいかわいい」
カピュアと同じ視界にいる蒼が見劣ってしまうほど……なんだいつもの事か。ただ改まってそう表記するのが正しいと思わせる程に可愛い。
「というか、浴衣ってこっちにもあるんだな」
「やっぱりイッセイの国は浴衣があったんですね。今日の夜ご飯は少し用意をしているので楽しみにしててください」
「そうか楽しみだ。それはそうと、ちょっと離れないか? 空気がまだ許される感じではあるが、あんまりイチャイチャしてると不快に思う人が出てくる。蒼みたいにな」
固有結界 『恋仲ビトの愛情表現』にやられて無言を貫いている蒼。会話を外から眺めることには俺と違って慣れていないと思い、少し遠回しではあるが誘う。
「いや、気を使って話してないのを嫉妬みたいに言わないでくれる?! 」
予想通り気分を害されていたようで威嚇や警告に近い怒りの篭った声で反応する。
「えっ、嫌でしたか? 」
「別に嫌な訳じゃないけど、ちょっと場所は選んで欲しいかな。人前でそんな熱いとこ見せつけてたらこっちが恥ずかしいし」
「羞恥心を捨てろ」
「一成はちょっと黙ってて! 」
……俺が過去に顧問から言われた言葉をそのまま送っただけなのに。卓球で声出すためにとにかく羞恥心を捨てろって言われた。
そう言われて、カピュアは
「えっと、イッセイちょっと離れ……ま…すか? 」
名残惜しそうに上目遣いで聞いてくる。
そんなにこうして居たいならくっ付いたままでいいよ?
彼女は精一杯肺に空気を送り、勢いで未練を誤魔化すように半歩……そう半歩後ろに下がる。距離は差程変わっていないのだが、抱きついているか超絶接近しているかで少し印象も変わって……変わって……変わるのだろうか。変わることに期待しよう。
それよりも気になる点が一つ。
「ていうか、俺たち一時間は余裕を持って来たのに随分と来るの早かったな」
「それは、ほら、あの、イッセイを待たせるのはどうかと思っただけです…」
「待ち合わせの意味」
これは以前冗談で友達と話してた行動をしないといけなくなってきそうだ。
それはそうと、少し右にずれたカピュアが左手を差し出してくる。
えっと……握手?
突然の握手要望に戸惑っていると、左手はスっと俺の右手を掴む。これは手を繋ごうという意味だったのか。
「離れないように、手を繋いでおきましょう」
「そうだな。気が回らなかった。悪い」
離れないということなら……単純に俺がしておきたいだけだが、指と指を交差して更に外れにくくする。俗に言う恋人繋ぎだ。
「勝手に繋ぎ方変えたが痛くないか? 大丈夫か? 」
「はい。凄く心地いいです」
「ねぇ待ってこれってただ単に繋いでるだけだよな。他意はないよな」
カピュアの言い回しに多少の不安を覚えるが、確かになんとなくしっくりしている。なんていうのか、パズルのピースとピース……誂えたように……まるで体の一部……上手く喩えられないが、こう運命づけられてるかのように俺たちの相性が良い。もう付き合わないと損すると思えるほどに。
「これ私いない方がよかった? 」
「多分……」
蒼の控えめな態度に俺は申し訳なさそうに一言。
「そんなことありませんよ。三人で周りませんか? 」
「でも私は一人で色々見たいし、二人で楽しんで」
蒼のお言葉に俺は有難く甘えさせて貰おうと思ったが、カピュアの切なそうな表情を見るとどうも素直に受け取りにくい。絶対にないのだろうが、目の前で別れを告げようものなら軽蔑し拒絶され罵詈雑言を浴びせられた後、もはや空気のように扱われ、なにかと口を開く度にナイフのような鋭く冷たい視線で声を発することすら禁じられるような……。
なにこれご褒美? カピュアからなら案外耐えられる。むしろなにか反応があるだけで嬉しい。いちばん辛いのは無反応かな。それでもストーカーとかし始めそう……。俺って犯罪者予備軍?
そこまではいかないものの、一度デレデレじゃないカピュアを見てみるのも魅力的な選択肢のひとつだが、流石にカピュアが可哀想なのと一度築き上げた関係を一度壊してまで体験したいとは思わないことで、カピュアの期待に答えようとする。
…一度関係が壊れた時には精一杯その時を楽しむとしよう。
「ちょっとぐらい三人で巡っても文句はないだろ。その後で単独行動するならしろ」
「それでもいいけど、後で抜けるからね? 」
意向に沿わないといった様子でもしっかりと蒼はついてくることになった。
まずやってきたのは的当て場。縁日で言う射的だ。現代と違うのは使うのが銃ではなく、和弓といったところのみ。
「100イェンで4回だよ」
言われた通りにお金を払って位置に着く。矢は鏑矢のように先が丸く、安全に配慮されている。和弓はアニメでも良く見る形で日本人いるのかと思える位には精巧だ。
「カピュア、ちょっと狙ってみるが欲しいものとかあるか? 」
「あれがいいです」
彼女の指は赤子程度のクマさんぬいぐるみを指している。
さぁ、集中するか。
一成本人は気付かないが、目付きはいつもよりも鋭く集中しきっている。
右手で弓を持ち、左手で矢を番える。一連の動作を流れ終えた後、気合いが溜まるまで構えを続ける。頬に矢が当たる。
肌で風を感じなくなった。
胸骨を開くイメージで手を離す。
「カラドボルグ」
カチッ。
綺麗な放物線を描いて飛んだ矢は足部分を掠めて奥へと落ちる。
ちょっと飛びにくいか。
一連の動作をもう一度やり直して構える。次は先程よりも上気味。
最後のネタ取っておきたいからもうないんだけど。弓……弓……。
「フルンディング」
放った瞬間にかかる取り落としそうになるほど強い、手への振動で失敗だと分かる。自動追尾機能はどこへやら、無様に手前へと落下する。
半分を切ったことで更に気を引き締める。
一連の動作も丁寧に。矢を構えて、弓を上に持ち上げる。弓を傾け、軽く弦を引く。手を広げ、矢が加速する。
「ステラ! 」
鏑矢特有の笛に似た音。
柔らかなぬいぐるみの眉間に的中し、致命的な角度まで傾いたそれは為す術なく倒れる。
最後の技でとうとう体力尽きたが、カピュアの表情を見る度にガッツが付与されるためなんとか生き残れた。にしてもこういうのは最後の一つで決めるのがテンプレではないのか。
「あと一本打つ気力は残ってないんだが、カピュアやってみるか? 」
「いや、なんで構え綺麗なの!? 弓道とかしてなかったよね! 」
「それは、ほら、才能? まぁ実際のところ弓とかかっこよくてネットで調べてよく練習してたからな。中二時代も偶に役に立つんだな」
「それでできたら苦労しないって! 」
空手だけでなくアクロバットも習っていてサマーソルトをそつなくこなす蒼が言うな状態ではあるが、初めてにしては上手くできた方ではあると思う。
「まぁお祭りだからな。和弓とか扱いが難しいものが使われてるし、技術で補わないとな」
「そうなの? 」
「和弓を使ってる人が洋弓使うと左にズレるってぐらい違う。とにかく当てるのが難しいんだな」
そうこうしている間にカピュアは隣まで移動している。ひょこひょこ移動しているとがとても可愛かった。
「えっと、どうやるんですか? 」
弓と矢を両手に掴んでいるが、矢を投げそうな気がするのでふざけている余裕は無さそうだ。
「横を向いて、弓を構えて狙う。ちょっと前にいくって思って向けた方がいいかもな」
カピュアは右手で弓を構え、照準を合わせ始める。
「カピュアは右利きだから左で弓を持った方がいいかもな」
俺の真似をして同じ構え方をしようとした所までは良かった。だが、利き手が違う。経験談で右で見たものを左で再現するのが難しい。逆も然り。慣れていれば少し分かるかもしれないが、カピュアはどう考えても素人だろう。まず左で見て右で実践する状況が滅多にない。
「ちょっと触るよ? 」
どうしても好きな人に対して強引になることの出来ない俺は、口調を変えてまで先に許可を取る。律儀なのがカピュアに気に入られないかもしれないが、それは敬語とお互い様ということで何とかしよう。
右は動きを模倣する時に少し参考程度に動かしてみるのでできないことはない。分からないこともそんなにない。一番の問題はカピュアとここまで触れて俺が正気を保てるかどうか。ただでさえ不意に発狂したくなるのを抑えているのが、耐えきれるかどうか。
「念の為に言っておくが、この道のプロとかでもなんでもないから教えるのは下手だと思ってくれ」
カピュアも張り切っているようで、コクリと頷く。
炊き付けているのか着物からほんのりと優しく、青々とした匂いがする。まるで森の中に居るかのような、そんな空気感だ。いつもの匂いとは違った雰囲気だが、とてもカピュアに合っている。後ろからだと白い髪飾りに目がいって可愛いなと思ってしまう。そして普段と違うところに目がいった結果、何度目か分からない着物カピュア可愛いとなる。
着物カピュアかわいい。
許可も取ったので後ろから抱きつくように力添えをする。帯に阻まれて布越しの肌を感じないのが唯一の救いか。
構えまではなんとか生き残れた。が、構えの精神統一時に俺がいると気が散ってしまわないだろうか。その想いが手指に出る。微かに震えて狙いが定まらないのだ。
無心無心。カピュアは何も言わない。大丈夫。
自分に言い聞かせて無意識の震盪を落ち着ける。あとはカピュアに任せたという風にそっと力を抜いていくだけだ。
「あっ! 当たった! 当たったよ! 当たりました! 」
風切り音のようにヒュウと鳴ってお祭りの子供のように……実際にお祭りなのだが、燥ぐ子供のようにぴょんぴょんと跳ねて喜びを顕にしている。
残念ながら景品獲得とはいかなかったが、本人は至って満足している様子だ。
「はい、これ」
俺が落としたぬいぐるみは最後に手渡される。
近くで見てもやっぱりカピュアの方が可愛いと思うんだけど。もうカピュアをフィギュア化とかしたら俺は間違いなく買う。観賞用と予備と保管用と布教用に二個ずつは買うかな。
実際にいるからいいじゃんみたいなツッコミが来そうだけど、それはそれ。フィギュアはフィギュア!
クリアファイルとフィギュアと抱き枕カバーとが違うのと一緒!
カピュアの為に取ったものなので、流れるようにすんなりと譲渡する。
「ありがとうございます! 」
にぱーとした笑顔で感謝を述べた後、宝物を扱うように……独り占めしようと隠すように抱き抱える。歓びを噛み締める…とは違うかもしれないが、ぬいぐるみの顔を見て何度も頬を綻ばせる。歓びを食べ続けるという表情が妥当だろうか。兎に角、この笑顔を見る為ならば100イェンと俺の身体など安いものだろう。
「カピュア、ぬいぐるみよりも自分を大事にしてくれ」
正直ぬいぐるみなんかどうでもいいと思っている俺はテンプレを魔改造してThe俺のようなセリフにする。
「いや、かっこよかったけど、そのセリフは重い! 」
「セリフが重い? どういうことですか? 言葉って重くなるんですか? 」
きっと脳内で
__
/ 2 t \
 ̄ ̄ ̄ ̄
(リストラされてなかった!?
久しぶりに出た記号だけの挿絵)
こんなものを思い浮かべているであろうカピュアは分からないといった様子で首を傾げる。それもそのはず。概念である言葉が質量を伴うなんて意味不明だ。他の概念で喩えるとパソコン内の彼女の質量に伴ってパソコンの重量が増えるということだ。全くもって意味不明だ。質量保存の法則を守っていない。そもそもの構成分子はなんなんだ。そこまで詳しくは考えていないだろうが、今頃想像もつかない状況で思考停止に逃げたくなっているだろう。
「カピュア、今のは思いが強すぎて重さをもって溢れてきそうって意味だ」
「そうなんですね。言葉に押し潰されることはないんですね。良かったです」
カピュアの事だ。カタチをもって現れた文字が物理的に押し潰そうとしている風景を思い描いたのか。
確かに少し怖い。それと、単純な疑問なんだけど、どの面から見ても同じ文字って出来ないのかな。四次元でもなんでもいいから。
「にしても、着物を着こなしてるな」
こんな所に目がいってるのは気持ち悪いかもしれないが、晒でも巻いているのかいつもよりも凹凸が控えめだ。単なる知識だがそれも着こなすに入るだろう。
「そうですか? シキに感謝しないといけませんね」
シキというのはインダラではなく、メイド辺りの事だろう。そういえばインダラを見ていないが陰陽師にでも封印されたのだろうか。
「イッセイも着物を着ますか? 」
「え? あるの? 」
安定の口調になっているが、彼女は特に気にした様子もなく話を続ける。
「袴の着付けはできるように頑張りました。空間にしまってますからいつでも着替えれますよ」
「まあ俺はいい。いまから着替えると時間もかかると思うし、また今度な」
更なる可愛さを求めて来年もしあるのならば巫女服のコスプレでもしてもらおうかなと思いながら過ごしたのであった。




