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この世の朝は未だ遠く 〜Zwischen Traum und Erwachen〜  作者: レンリ
一章 三千大異世界

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七十五話 ヨゾラとヨゾラのカピュア

 鉄板焼きを無事食べ終えた


 いやぁ、危なかった。なにが危なかったって、カピュアが俺に取り分けてくれるんだけど、それが串とかならまだいいよ?

 ダメなのは肉とかの場合。一度使ったカピュアのフォークで取ってくれるから……その……カピュアの口に入ったものだから! その! アレ!


 そんな危機に陥りながらもなんとか乗り切った。


 具体的にはカピュアが取らないように常にお皿に数枚入れておいたのと、焼けたものは蒼に押し付けた。


 あー、あとはご飯をスプーンで食べるとか言うものすごく違和感のあったことぐらいかな。


 そんなこんなで仲睦まじく食した後、まだ時間は早いものの一応就寝の準備をしていた。


「カピュアは俺の空間内で過ごすか? 女子なんだしあまり戸締まりや防犯設備の緩いところで寝かせたくないんだが」


 蒼が聞けば「私だって女子なんだけど! 」と怒りそうなセリフでカピュアの身の安全を守りたいことを伝える。当の蒼はテントの中で支度しており、聞こえていない。


「イッセイが近くに居てくれたら私は安心ですよ? 」


「いや、それだと逆に危ないと思うんだが……。まぁあの一角獣……確かにミュアだったか? それの作る水の壁でもいいとは思うが、それでも心配っちゃ心配だな」


 男性的な問題以外にも、壁を通り抜けて魔物が襲ってくる可能性。初めての場所で眠れない可能性。この世界にいるかどうかは分からないが、虫による危険性。

 こんなに危険な状況で野宿するなんて滅相もない。


「なぁジョウカさん。カピュアだけVIP対応にできないのか? 」


 カピュアだけ薄いカーテンのついたお姫さまベッドのある個室に出来ないのか、と火の番をしているジョウカさんに申し出てみる。


「出来る訳ないですな」


 言い終わるかどうかのところでハッキリと断られる。ダメ元での提案ではあったが、ここまで即答されると傷つくものがある。

 しかし出来ないものは出来ない。諦めて次の方法を考える。


「カピュア、安全対策の結界を張ったりできるか? 」


「魔力が足りません。常にイッセイから貰うならできますけど…」


「………」


 そうだった。カピュアの魔力量って極端に少ないんだった。


 残ってる安泰な方法は……。


「魔道具とかってあるか? 」


 否定された時の為の次の手を思案する俺に、カピュアは幾度となく繰り返した笑顔を惜しみもなく見せてくれる。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


「いや、カピュアの身になにかあった時に俺が責任を――」


「そうなる前にイッセイが守ってくれると信じてますから」


 一段と綻ばせて、蕾が八分咲きまで育つ。


「そこまで言われたら頑張るとしか言いようがないが、一応、念の為、もしもに備えて護身できるようにはしておいてくれよ? 」


「分かりました」


 気付けば日は既に暮れ、(あか)りは焚き火と月光だけになっている。

 田舎暮らしの俺の地元よりも遥かに澄んだ空気で見える星空はとても輝いて、より鮮明に瞳に映る。


「カピュア、少し星を見に行かないか? 」


 どうせならもっと暗い場所で綺麗に見ようとカピュアを誘う。


「確かにこんなところで星を見るなんて滅多に出来ませんからね。それにイッセイと星を眺めるなんてロマンチックです」


「ちょっとカピュアと天体観測してくる」


 カピュアが乗り気なようなので、間髪入れずにジョウカさんに一声かけて返事も聞かずに歩き出す。自然とカピュアはついてくる。

 うっすらとした月明かりに照らされてぼんやりとひかるカピュアは持ち前のうつくしさで浮いている。


 そんな彼女を愛おしんでいると、白く透明感のある手が開いた状態で俺の隣まで伸びてくる。控えめに俺の手の甲に触り、そっと添えるように重ねてくる。

 俺もそっと手を握り、と思ったがあまりにも不慣れな行為につい躊躇して触れるには至らない。

 そんな俺に彼女は手を近づけて手のひらを合わせてくれる。ここまでくれば、流石の俺も引くわけにはいかない。

 それとなく、ふんわりと薄い薄い硝子細工でも握るように軽く包み込む。

 しかし、硝子とは違い無機質な冷たさはなく、柔らかいもちもちとした肌はこれまた肌触りがよい。恥ずかしさよりも永遠に繋いでいたいという気持ちが勝る。

 この瞬間を留めていたい一心で一歩一歩がどうしてもゆっくりになってしまう。それは彼女も同じようだ。




 宵闇に包まれ、篝火の光も届かなくなった頃。時折思い出したように夜風が吹き、そよそよと草が音を立てる。

 俺たちは繋いだ手を離さずに三角座りで夜空を見上げていた。


「俺のいたところとはやっぱり見え方が違ってるんだな」


「そうなんですか? イッセイの国から見える星座とか伝説はどんなのがあるか知りたいです」


「あー、俺の知識が死に戻りのラノベからだからそこまで深いことは話せないがいいか? 」


「はい。イッセイの話を聞きたいだけですから」


「内容も聞こ?

 まぁプレイアデス星団の話からいくか。(すばる)って名前も付いてるんだが、それはだいたい5〜7個の星が見えるんだ。それでそれぞれに名前がついててプレイアデス7人姉妹のアステロペー、メロペー、エーレクトラー、マイア、ターユゲテー、ケライノー、アルキュオネーって言われてるんだ。

 そんなスバルを追いかけるように移動するのがアルデバラン。追いかけるように移動してるから 【後追い星】なんて言われてるな。

 あとは生まれた日によって星座を合わせて考える風習があって、12つに分かれてるんだ。

 俺が話せるのはこれぐらいだな。細かい知識ならもう少しあるんだが、あまりにもまとまりがないからな。これで終わりにさせてもらう」


 さそり座の針がシャウラ〜。〜ッス! お師さま〜。


 俺がついドヤ顔で特に深くもなく大した量もない現代知識を披露して無駄に賢いアピールをしている際も、彼女は適度に頷いたり感嘆の声を漏らしたりしてとても気分が良かった。


「なんだか、生き生きしていますね」


 恥ずかしいのか、それとも単純に気が回らなかったとか、空を見つめたまま彼女は言う。


「そうか? まぁ、カピュアは話してて心地いいしな。なんて言うんだ? 聞き上手」


 ここでふとカピュアが顔をこちらに向けてはにかんだ笑みを浮かべる。


「イッセイ、少し寝転んでみませんか? 」


「え、あ、まぁ別に良いが、服が汚れないか? 」


「今日ぐらいそんなの無視です」


 提案に従い、足を伸ばして身体を地面に預ける。

 上半身をこちらに寄せるように後ろに倒れたカピュアとの距離はもともと隣合っていただけあり、服と服が擦れ合うまで近づいている。


「カピュア? 」


「いいじゃないですか。私たち付き合ってるんですよ? それともイッセイは嫌でした? 」


 付き合ってるという言葉で思わずビクッと身体が強ばってしまったが、いつもお(しと)やかやカピュアが今日は目一杯羽目を外してより子供っぽく無邪気になっているので、確かに今日くらいは二人だけのこの時間を楽しんでも誰にも咎められないだろう。

 普段なら不安げな表情で問いかけるところが、まるでなんで空が青いの? のような何気ない日常のニュアンスを含んでいる。


「…月が綺麗ですね」


 口から自然と言葉が漏れる。

 意識せずに言ったとはいえ、以前カピュアに伝わらなかった物言いに少し嫌な思い出が脳裏に過ぎる。


「確かに綺麗ですね……」


 やはり通用しなかったようでありきたりな返事が――


「……なんてね」


「え? 」


 いつもと違った語尾に、考えもしなかった追加の台詞に戸惑ってしまう。


「前にイッセイに言われたときは知らなかったんですけど、『貴方を愛しています。』っていう意味になるみたいですね。

 ……改めて、月が綺麗ですね」


 息を呑む。暗闇で隠された顔は輪郭しか見えないはずだが、それでもカピュアが赤く染まっているのは分かる。


「あぁ、月が綺麗だな。……昨日よりも今日、今日より明日……日が経つにつれてどんどん綺麗になってく」


「え? それって……」


 顔が熱いんだけど、熱でもあるのかな。だとしたらカピュアにうつらないように気をつけないといけないけど。


「カピュアみたいに直接言うのは恥ずかしいんだ。これでも頑張った方だ。これ以上は……勘弁してくれ」


 俺の言いたいことを勘づいたカピュアは嬉し恥ずかしそうに笑い、


「はっきりと言えなくても、伝えようとする気持ちだけで嬉しいです。私からも言っておきますね。


 これからもずっと一緒に居てください」


 やわらかい口調で言う言葉は、俺の心に染み渡り、今の状況に辿り着くまでに起きた苦悩を……辛いこと全てを忘れさせてくれる。


「こちらこそ、いつもかわいい姿を見せてくれよ」


 小っ恥ずかしさに顔を背けながらも、気取った台詞を言い籠もることなく言い終わる。


「ここまで素直に直接言われると恥ずかしいです」


 声が少しこもって聞こえる。きっと、照れくさくなって見当違いな方向でも向いて気を紛らわしているのだろう。そんなカピュアの行動が俺の加虐心をくすぐる。夜の闇も相まってとても開放的で積極的になっている気がする。


 顔を横から(カピュア)へと向け、


「そんなんじゃせっかくの星が見えないだろ。それにカピュアのかわいい顔も見れないしな」


 とあからさまにキザな台詞を言う。

 それを聞いたカピュアは耳まで真っ赤に染まって更にそっぽを向いてしまう。


「……かわいい顔なんて恥ずかしい…です」


 今にも消え入りそうな弱々しい声は加虐心を吹き飛ばし、罪悪感を生み出す。


「悪い。あんまり恥ずかしがるもんだからつい」


 俺が下手に出るとカピュアは、


「……もう許しません」


 ぷんぷんと言う擬音語が聞こえてきそうなほどに不満げな声を出す。その怒りは爆発ではなく静かに燃える炎だった。

 暗闇で見えない中、文字通り面と向かって謝ろうと握ったままの手を離して覗き込んだ。


 ――一瞬にして視界が移り変わる。温かく柔らかな感覚が身体に強く当たっている。背中にも俺を包むように二本の物体が、動けないように捕らえている。


 抱きつかれたのだ。


 カピュアの視界に入ったかと思った瞬間の出来事だった。


「カピュア!? 」


「イッセイにからかわれたので怒ってるんです。なのでイッセイに抱きつきます」


「待って待って。理解できない。なんで? え? え? 」


 首元に生暖かい風を感じ、鼻腔は甘い匂いで充満し、肌には柔らかくもちもちとした感触が惜しみなくくっついている。

 いつもなら五感をフル活用して堪能しているのだが、今はそれどころでは無い。


「いつも頭を撫でてばかりでハグなんてしてくれないんですから」


 突然の出来事に心臓が早鐘を打ち、頭は真っ白になる。何も考えられない。


「ハグはイッセイを体全体で感じられるので好きです」


 可愛らしい声で囁かれるが、気が動転している俺には雑音として処理される。もちろん彼女の大きく響く心臓の音も。


「前に抱きついた時以来ですね」


 思考が停止したとしても数秒も要すれば脳は正常に働き始める。俺も例外に漏れず、漸く理解が追いつく。

 過去の忘れもしない記憶を引っ張りだして、なんとか受け答えをできるまでには回復する。


「…………あれはカピュアが勝手に抱きついてきたようなものだけどな。

 嬉しくないとは言っていない! でもまぁ気持ちの準備ができていないと…な? 」


「ドキドキするもの恋っぽくないですか? 」


 緊張で全身に力がこもり、息が荒くなっているのを自覚しつつもそれとなく会話を続ける。


「そうは言ってもカピュアも不意に後ろから抱きつかれたりしたらビックリするだろ? それと似たような感…じ? 」


 自分で言っておいて、なにが言いたいのかよく分からなくなる。

 あれもこれも全て緊張のせいだ。

 そう、この緊張が心地よいと感じるのも、その時間が永遠にも感じる……永遠にも続いて欲しいと願うのも、全て緊張が悪い。


「私はイッセイとくっつきたいです。イッセイはそう思いませんか? 」


「確かにカピュアとはイチャイチャしたい。見つめ合って何気ない日常ですら物語のワンシーンになるような生活をしたい。でもそれは俺の推し道に――」


「そんなの関係ありませんよ。イッセイがしたいと思うことをすればいいと思います。推しが小説の中に居たら、手が届かないかも知れませんが、私はこんなにも近くにいて肌で触れて存在を感じられますよ」


「それはそうかもしれないが……」


「イッセイ」


 特段責めるような物言いではない。しかし、俺の名を呼ぶその優しい声は自白剤(あまいどく)のように隠そうとする心を蝕んでゆく。

 半ば当然のように隠し事をしているのが悪いこと、必ず偽りなく伝えなければいけないという心理になる。


「うん。正直に言おう。喩えだれが見ていなくても恥ずい」


「私だって恥ずかしいですよ。今この瞬間だってものすごくドキドキしてます。でも、イッセイと一緒に居たいから、このドキドキも愛おしいって思うんです」


 分かりにくいが俺の鼓動に紛れて、カピュアの心音が伝わって……やっと俺がカピュアの心音に気付く。


「…そうだよな、カピュアも緊張するよな」


 これだけ自発的に行動しているから、普段から一緒に居たいと言っているから、人前でもあからさまに好き好きアピールをして俺の気を惹こうとしているから、なんて理由で緊張しないものだと決めつけていた。

 そんなはずないのに。


 彼女は胸元に埋めていた顔を上げる。


「イッセイの地元の話を聞いてもいいですか? 」


 彼女から届く声はいつもとは違った響き方、距離感で首元にぞわりとした。反射的に仰け反りそうになるがカピュアの細くもしっかりと力の籠った腕が逃れることを許さない。


「いや、この状況で? 緊張でろくに喋れないかもしれないってことは理解しておいてくれよ? 」


 時折……というかほとんど関係の無い話を和気あいあいとしているうちに、夜も更けてカピュアがウトウトとし始める。とてもかわいい。


「おいおい。こんなところで寝ると風邪ひくぞ」


 アニメキャラが他でも相当な回数……それこそ一作品に一キャラが言ってそうなほどテンプレと化した、慣れ親しんだセリフでカピュアを起こす。

 本心を言えばカピュアの寝顔を見つめたまま寝落ちしたいのだが、それでは肝心のカピュアが風邪を……ひいてしまう。


 少しでも看病したいを思った自分を殴りたい。


「イッセイの胸の中がとぉ…てもあった…かくてねごこちがぁ……z z Z」


 うつらうつらと船を漕ぐカピュアを揺さぶりながら、このカピュアの二面性こそかわいさの要因だなと確信する。

 先程までは恋する乙女+物事を諭すお姉さんだったのが、今では一変。この状況だけ見ると、遊び疲れて家族に起こされている子供だ。


 カピュアの兄ポジ……。

 いいかもしれない。


「……むうぅぅ。イッセイにだっこされたらむこーまでおきていけますぅ」


 深夜帯であることと今の今までハグしていたことで感覚が麻痺っているのだろう。呂律が怪しいところはあるものの、子供のようでかわいいお願いだなと思って素直に心得てしまう。

 一度離れてもらい、立ち上がってから抱き抱えるようにして要望通りにする。

 眠たくとも匂いで分かるのだろうか。自然と俺に身体を預けてくる。頭は肩の上に置き、手足はぶらりと垂らしている。

 俺からは見えないが、その顔は普段の寝顔よりも遥かに安らかだ。


「結局寝たのか…かわいいな」


 このまま寝かせておいてもいいが、本人が起きていられると言ったのだ。少し歩いてから起こして、約束を守ったと思った方がカピュアも気を病まないだろう。


 せめても安らぎを与えようと来た時の半分の速さでゆっくりと歩く。抜き足差し足忍び足で彼女に振動が届かないよう心掛ける。


 のんびりゆったりまったり (3R)炬火の灯りが足元をほんのりと照らす位置まで移動した。


 俺たちどれだけ遠くに行ってたの? 恋の力って怖い。


 体の正面で抱えている彼女を上下に揺さぶってカピュアの目を覚まさせる。


「カピュア、起きておけるんじゃなかったのか? 」


「……うー? あぅ、あぅあ」


 彼女は震える衝撃に声を漏らす。とても罪悪感が湧いてくる。申し訳ございませんでした。

 心の中で謝罪会見を開いて、画面の点滅にご注意くださいというテロップを入れている頃には背中の腕に力が籠り、羽のような体重が一段と軽くなるのを感じる。


「……むぅー、イッセイ、朝ごはんはなんですか……? 」


 上半身をふらつかせながら、目を擦って寝惚けた発言をする彼女に惚れ直す。


「そうだな、スクランブルエッグとフレンチトーストかな」


 一度ふわぁと大きな欠伸をする。しかし、口元は手で隠すように覆っている。欠伸は隠せても品の良さが隠しきれていない。


「美味しそうです。それにしても辺りがまだくらいですね。なにかあったんですか? 」


 先程までそこで寝ていたとは思えない発言。


「カピュアが寝てから数十分しか経ってないからな」


「私、凄く早起きしちゃったんですか? 」


「朝ごはん作るから待っててな」


 あ、そういえばここ外だから生卵とか食パンとかない?


 ……やはりどこか抜けている俺。


「あっ、よく見たらここ外じゃないですか」


 俺よりも抜けているカピュア。


 そんな二人が (ここを)キャンプ地とした!地点まで移動すると、


「ふわぁ、二人ともどこ行ってたの? 」


 カピュアとは違い、欠伸を隠そうともしない蒼が出迎えてくれる。

 こういうところに女子力の差が出るんだなと確信しながら女子達の会話を聞き流してカピュアを愛でて寝ようと思っていると、


「なんかいかがわしいことでもしてたの? 」


 俺に向かって怪訝そうな目で疑いをかけられる。


「いかがわしいこと……? 確か…道徳上よくないことですから……。

 誰もゴミを捨てたりなんてしてませんよ? 」


 俺に代わってカピュアが天然回答を生み出した。

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