七十話 タピオカってなんだっけ
式神のシキことインダラは名付けられた名前を快く思ったのか再び飛び回っている。前回はx軸y軸移動だけだったが、今回はそこにz軸も加わって立体的な動きになっている。
……インダラ掴んで空飛べないかな。あとで試してみよ。移動手段にもなるわけだし。
ちなみに俺たちはまだタピオカを飲めずにいた。
カピュアがタピオカチャレンジに失敗してインダラに受け止めてもらったあと、俺たちはまるでペットを見るかのようにずっとインダラを眺めているからだ。
なんか、こうしてみると本当にこれペット疑惑出てきたよ? いや、二人で和やかな空気感の中で見てるからもう子供?
……カピュアの子供…。うん。俺とのなら土下座+一生貢ごう。
俺以外? は? ありえない。そんなことがあるわけない。もしもあったら? 多分その人は生きてないかな〜。
そしてお互いに話すこともすることも無く、結果的にカピュアが飲むタイミングを、俺が新しく自分の分を作るタイミングを逃したというところだ。
蒼はとりあえず飲み終わるまで見ないでおこう。悲惨なことになってたら、もう目も当てられない。
そんな俺たちを見かねてか、
「もしかして、ストローが合いませんでしたかな? 」
ストローを差し出してくれる。
先は一つ、口のところは二つに分かれた俗称:カップルストロー、真名:【アベックストロー】を。
「いやこれ詰まるだろ」
「タピオカ用のカピュアストローですから大丈夫ですな」
確かにカップル用とは思えないほどに太いけど!
というか、そもそもこれタピオカ吸えるの? 水の流れに乗ってタピオカが運ばれてくるのなら……待って? 吸える? 二人とも吸えそうな気がしてきたよ?
「そもそもこれだと関節…キスみたいになるだろうが。そんなことをできるわけないだろ! 罪悪感で二週間は顔合わせられない」
やはりなにか小恥ずかしくてキスと言う時に詰まってしまう。
これがタピオカか〜。これがジャムるって言うのか〜。
「流石にキスは……まだ…早いと思います…」
カピュアは目をぱちくりしながら、顔を赤くして答える。視線も一箇所に定まっておらず、行ったり来たりを繰り返している。
そんなカピュアがかわいくてつい抱きしめてしまう。
いや、ほら、なんか、その、おち、落ち着けたかったったじゃじゃん?
おち、おちちつけけってて!
ピクッと小さく一度動いた後、カピュアは固まったまま動かなくなってしまう。
……どうしようこれ。
カピュアは恥ずかしがってフリーズしてしまったし、カピュアの匂いは良いし、軽く抱きしめているとはいえ柔らかい肌を全身で感じるし。
「おふたりともお熱いのはいいことですが、もう少し時と場所を選んで頂けますかな? 」
遠慮と配慮のない声が俺たちに届く。しかし、今回はそれが良い方向に働いた。
「悪い! ついうっかりと! 」
他者の目があるということで、少しは互いに頭が冷える。それと同時に身体は古いテレビのように急速に熱を帯びていく。
慌ててカピュアを解放する。しかし、彼女はいつまでも俯いたままだ。
何故か辺りを見渡したくなる。無意識のうちに助けを求めているのか。
欲望に従い、いるはずもない周囲の人間に視線で合図を送る。
周囲を見渡していると、手のひらに微かな力が加わる。カピュアがそっと掴んでいるのだ。
振り払おうとすれば、いとも容易くできるだろう。……いや、少し動かしただけでもほどけてしまいそうだ。
「カピュア、どうした? 」
俺が尋ねると、俺にすら聞こえるかどうかギリギリの声量で、
「……なんだか、ここでイッセイを掴んでいないと、どこかに消えてしまいそうな気がしたんです」
掠れる声はとても切なそうだった。
「そんなこと言ったって消えるつもりもないし、カピュアが嫌という程付きまとうつもりだ。まぁカピュアが拒絶するなら話は別だが」
「……ですよね。イッセイがそんなことするわけありませんよね」
自分に言い聞かすようにカピュアは呟く。ここはやはりノるべきだろう。
「あぁ、愛の重さとしつこさだけは定評のある朝霧一成だからな」
「そんなところを自慢げに話さないでください。それにそこ以外にもたくさんいい所がありますよ」
「でもまぁそれだけカピュアを好きなのは事実だ。だから安心してくれ」
「もちろんです。イッセイのことは信じてます」
弱々しかったカピュアは何処かに行ってしまった。今はいつも通りの俺をとことん肯定するカピュア彼女ver.だ。
「それと、なにかあれば言ってくれ」
カピュアは眉をひそめる。しかし口角は少し上がっていて、笑顔で困っている。何とも微妙な表情。何度も見慣れたこの顔は、俺がなにか言った時に嬉しいがそれは俺に対して迷惑がかかる……といった意味合いだろう。
「でもイッセイの手を煩わせるわけには…」
「あのなぁ、カピュアが俺に尽くしたいって思うように俺もカピュアの力になりたいんだ。
……カピュアが俺に尽くしたいっていうの合ってるよな? 」
最後に不安になってひよってしまったが、想いは伝わったようだ。
「合ってます。イッセイのためならなんだってします。なにかあれば任せてください! 」
自害せよと命じれば、紋を消費せずとも行動に移しそうな勢いで捲し立てる。
怖い怖い怖い怖い怖い。俺が愛されすぎていて怖い。
なに? 後ろから刺されない?
特にカピュア愛好家の方々に。
……自然と愛好家が複数人いる前提で考えてる自分がなんか怖くなってきた……。うん。それだけカピュアがかわいいってこと!
「まぁ、無理無茶はするなよ? 」
「大丈夫です! イッセイのためなら無理なことなんてありませんから! 」
「だからそれをやめろ。カピュアの安全が一番なんだから」
献身的な態度は嬉しいけど、カピュアが大事。
……まぁ俺もカピュアのためなら命を投げ捨てる自信があるけど。
「気をつけます……」
またも嬉しい気持ちに別の感情が混じった表情をする。今度は 『落ち込み』だ。俯きもトッピングされている。
しかし、ハッと思い出したように顔を上げて俺にあることを伝える。
「でも、イッセイだって私のために戦ったことがあるじゃないですか。それに毎回自分を犠牲にするような戦い方ですし、一人で背負いすぎなんです。もっと私たちを頼ってください」
あー、ランサーの時……。お腹に風穴開いたな〜。
懐かしいな〜。炎自爆系の攻撃。
それについ最近……というか今日も一人でドラゴンと戦ったな〜。
「…いや、でも、ほら、カピュアを危険な目に合わせる訳にはいかないだろ? 」
……人様の子供に傷を付けるとか、管理不行き届きで怒られるし。
「私だってその気持ちなんです」
説き伏せる言い方に、俺は言い訳に困る。
「…ほら? 俺なら男だから丈夫だし? 」
実際は女性の方が身体は丈夫らしいけど。
「丈夫かそうじゃないかなんて関係ありません」
「えーと、カピュアは女子だから傷が付くだけで価値の低い女として見られる? 」
ふとした瞬間に自分の口調が柔らかくなっているのに気付く。取り繕うことに必死でいつも通り飾る余裕がなくなってきている。
「私はイッセイ以外には好かれてもいなくてもどっちでもいいです。私はイッセイが一番大切なんです」
「それでも、ほら、カピュアは哀しむ人が大勢いるよ。俺はそこまで交友関係広くないから大丈夫だって」
完全に化けの皮が剥がれた俺だったが、カピュアはその事に疑問すら抱いていないようだ。
「イッセイが大怪我でもしたら、私が悲しみます――」
真っ直ぐに俺を見つめていた瞳はあらぬ方向に向いてしまい、かわいい顔も軽く俯いてしまったせいで前髪で隠れる。
が、一度正面に向き直して、
「……だってイッセイのことが好き…ですから」
突然の告白に分かっていたはずだが、固まってしまう。好意を認識していても改まって伝えられると戸惑ってしまう。
風景が黒く点滅して視界に映る。それほど速く瞬きを繰り返している。
それとは反対に頭の中は真っ白だ。
自然と筋肉に力が入り、震えが段々と大きくなる。カピュアを直視することすらままならなくなり、首振りをして視界がブレまくる。
待って! やばい。可愛すぎる! 尊い!
「カピュア、ちょっと待って」
暗闇の世界に閉じこもり、深く息をする。黒いスクリーンに先程の光景がGIFのように永遠と再生される。
恥じらい、言えたという達成感、どこか嬉しそうな表情。
何度も繰り返すうちに、脳が、身体が、カピュアの告白シーンに耐性がついていく。カピュアに慣れていくということはカピュアのかわいさによる幸福度を得にくくなるということだが、それでもかわいいと思うことは変わりない。
待って? どこからこの話題に飛んだ?
「カピュア。この話題ってどこがどうなって辿り着いたんだ? 」
「えーと、イッセイが私の身が一番大事って言って、私がイッセイも大事って言って」
「あぁうん、ありがとう。言葉にされるとなんか面映いからやめて」
最近よく素の口調が出てしまっている。特にどうということはないが。
居心地の悪さを誤魔化すためになにか他の話題を探す。
軽く見渡してみると……というか足元に丁度いい話題を見つける。
「蒼、タピオカチャレンジは出来たか? 」
最後の数粒で苦戦している……ようだ…?
待って? アレでほとんど飲みきったの? ゑ?
え?
器用だなぁ。というか、少し身体を起こしたまま体勢を保っているって腹筋痛くならない?
蒼はタピオカが下側に来るようにストローを動かす。最後の一滴がストローに吸い込まれて、消える。
ズズズーという空振り音と共に、蒼の喜びが爆発する。
「よっし! 飲みきった! 」
「オチを作れよ! 」
思わずツッコんでしまったが、これは……正しいね。ツッコミ役であろう御方がオチを考えないのが悪いよ。
「いや! それはわけわかんない! 」
馬車内に理不尽に対する蒼の悲痛な叫び声が響き渡った。




