7■話 虫の息
「お前の嫌がることを精一杯考えてみたんだ。俺の愛情だ。受け取ってくれ」
なんてことを言われたが、特に目立ったことはない。あの青年の術が不発だったか。
カサカサ。カサカサ。
耳にゴミでも入ったか? まぁいい。こんなの雑務をしていれば気にならなくなるだろう。
□
カサカサ。カサカサ。
しかしまぁ、ずっと耳で鳴っていると鬱陶しくも思ってくるものだな。
「すまぬが、なにか仕事はないか? 今日は少しばかりやる気があるのでな」
気を紛らわすためにも仕事を貰おうとするが、彼女は軽く目を見開いて驚きを表現する。
「珍しいこともあるものですね」
「酷いでは無いか。我もやる気があるときはしっかりと仕事をする」
カサカサ。カサカサ。
「でしたら、お庭の手入れや稽古に励んでみてはいかがでしょう。今は残念ながら滞りなく進んでおりますので」
「そうか。それも良いものだな」
すっかり頭から抜けていた。事務仕事よりも体を動かした方が時の流れも早く、健康にも良さそうだ。
□
カサカサ。カサカサ。
久しぶりに植物を弄るというのは楽しいものだな。時があっという間に過ぎる。
これから従者に任せっぱなしではなく、週に数回するというのも良さそうだ。
□
体が訛っている。体が重い。
カサカサ。カサカサ。
そんなことを思いながら、雇っている指南役と切り結ぶ。
「はぁ、はぁ。剣術とはここまで疲れるものだったか? 」
「だから適度に運動をせよと言っておるのだ。『努めを怠れば動きが鈍る。動きが鈍れば剣が鈍る。鈍った刃では斬れるものも斬れぬ。』常に言っているはずだが? 」
「すまぬ。どうも剣を振る気力が起きなくてな」
瞬時に指南役の姿が消える。
気づいた時には首元にヒヤリとした物が押し当てられている。
カサカサ。カサカサ。
「命を奪うか奪われるかの時にそんな戯言が通じるのでも? 平和ボケをしているようでは戦を乗り切れぬぞ」
「そう…よな。気を引き締める」
「あぁそれがいい。いつ寝首を搔かれるか分からぬからな」
カサカサ。カサカサ。
□
カサカサ。カサカサ。
疲れているのに眠れない。頭も体も使い、よく眠れるはずなのだが眠れない。
ウトウトしていれば、カサカサという音が邪魔をする。
いったいいつになればねむれるのだろ――
□
「大丈夫でしょうか。目の下に隈ができています」
カサカサ。カサカサ。
そうか。昨日は意識が飛ぶように眠ったのであったな。
「問題は無い。少し疲れているだけだ。対して気にもならん」
「なら良いのですが……」
カサカサ。カサカサ。
□
カサカサ。カサカサ。
「大丈夫でしょうか。顔がやつれ始めています。そろそろ医者を呼んだ方がよろしいかと」
あぁこの音が聞こえ始めて数日が経つか。
「あの……大丈夫でしょうか? 」
「なんだ! 」
カサカサ。カサカサ。
怒鳴ってから、自分の声で我に戻る。
「すまぬ。最近少し音に敏感になってきていてな」
「そうですか…。皆にも伝えておきます」
カサカサ。カサカサ。
「あぁ頼む」
□
最近頭を掻きむしるのが癖になってきている。
カサカサ。カサカサ。
ドンッ!
思わず壁を殴る。
カサカサ。カサカサ。
ビクッと周りの従者が驚く。
カサカサ。
□
カサカサ。カサカサ。
もう我慢ができない。この耳障りな音とはもう別れだ。
「指南役を呼べ」
カサカサ。カサカサ。
間もなく帯剣した指南役が姿を現す。
「我の耳を切り落とせ」
カサカサ。カサカサ。
「男に二言はないぞ」
表情を一つも変えずに指南役は答える。
カサカサ。カサカサ。
早く切り落とさないか!
目で追えない斬撃が音から解放する。
カサカサ。カサカサ。
そう思えた。
耳から溢れ出る液体も、痛みも、彼には届かない。
カサカサ。カサカサ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
カサカサカサカサカサカサ。
とうとう彼は気が狂う。
カサカサカサカサカサカサカサカサ。
あぁ、そうだ! 頭があるからこんな音を聞こえるのだ!
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
「あハは! 頭をくダケ! そレデかイホうサレる! 」
指南役は多少躊躇う表情をするものの、覚悟を決める。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカ――




