六十九話 タピオカやってみよう
魔族の襲撃を乗りきった俺たちは通りかかった小さな街に近い関所の内側まで移動して休んでいた。
ちなみに式神のシキはそこらじゅうを飛び回っている。
本当にペットかなにか?
どうやらこの動物は移動と体力 (シャトルラン的な)がかなり凄いみたいで、常歩で一日に200km以上、休憩は2時間に10分程度。馬の生態は詳しくないが、休憩込みで200kmは十分凄いのだろう。
……ん? 8時間歩くとして時速25キロ? …自転車ぐらい速いの?
そんな俺たちは馬を休ませている間にジョウカさんから感謝の言葉を物品とともに受け取っていた。
「いやぁ、本当に助かりましたな」
「いや、それはもう六回目ぐらいなんだが? 」
ジョウカさんは遠くの国から持ってきたというたぴおかなるものが入った瓶を渡される。
なんか在庫処分手伝わされてない? そしてなんか見たことあるよ?
「なんで流行のタピオカが異世界にあるんだ…。異世界にも進出しなくていいんだが? 」
何故か頭痛がするような気がしてこめかみを押さえる。呆れ、悩みか。
「いや古! とっくの昔にブーム終わってるし! 」
「えっ? は? え? そうなのか? みんなタピるタピる言ってないのか? 」
タピオカの唐突な裏切りに目を白黒させる。
「えーと、イッセイの国ではたぴおか? が流行ってるんですか? 」
「俺の中ではそうだったんだが、現実では廃れていたらしい」
本当に意外。女子高生全員タピオカ持ってウェーイ! じゃないの?
……タピオカミルクティーってご飯二杯ぐらいのカロリーらしいね。
「そもそもイッセイは流行に疎すぎ。なにか流行ってるもの言ってみて」
「そだね〜とか奈良判定、半端ないって! ぐらいか? 」
「古い! そだね〜とか久しぶりに聞いた! 」
えーと最近のもの。最近のもの。
「チョベリバ! 」
「いやわかんない! 」
「チョベ……なんですか? 」
俺のふざけにそれぞれの返答をする。
「意味は超ベリーバッド、要はさいあく〜ってことだな」
どっかの詩を読んでそうなネタい手のおかげで知った言葉。チョベリバとか1990年代だよ? 生まれてないよ。
「それはそうとして、タピオカミルクティー飲むか? 」
「飲んでみたいです」
「私はいいかな。向こうでかなり飲んだし」
蒼は飲まないと即答する。なにか策略めいた思惑があるように思えて仕方がない。
「蒼、タピオカチャレンジなるものが存在してるんだが……」
「やめて」
かなり低いテンション、低いトーンで口早に拒絶する。
……きっとタピオカチャレンジを周りでワイワイやってたのに見込みが全くなくて絶望してたんだね。可哀想に。
「タピオカチャレンジってなんですか? 」
純粋無垢な眼差しで聞いてくる。そこには蒼を貶めようとする考えなど存在しない。
「あー、簡単に言えばタピオカミルクティーを手を使わずに飲みきる挑戦だな」
ジョウカさんに渡された極薄のガラスコップにミルクティーを注ぎながら答える。
聞いた話によるとガラスに魔力を流して強化しているため、割れにくく軽いものになっているらしい。
……プラスチック?
「どうやって手を使わずに飲むんですか? 」
……これは地雷踏みに行こうかな。
「蒼お手本やってみるか? 」
「………」
蒼は顔を背けてひたすらに地面の草を見つめている。不発弾だったようだ。
「蒼、お手本やってみるか? 」
めげずに地雷を踏みに行く。
「……あぁ、もう! 私ができないこと知ってるでしょ! 」
感情を爆発させて怒鳴る。そこには我慢しようとしていた鱗片が見え、悪いことをしてしまったと少し思う。
「いや、頑張れば蒼でもできる…」
「えっ? ほんと? 」
一筋の光が見えたようで、藁にもすがる思いで食いつく。
……俺の案は藁より脆いけど……。
ソフト豆腐ぐらい?
「まずはタピオカミルクティーを作って蓋をしっかりと閉めます」
一成の3分クッキングを開始する。
……3分じゃないんだよなぁ。というか10分なんだよなぁ。
とあるネタをしたかったが、あまりにも調理が簡単だったため辞めることにした。
「次に床に寝ます」
木で作られている馬車にそっと寝かせる。背中を支えてゆっくりと降ろす。最後には頭を下から撫でるように優しくおいて第二工程は終了する。
その間ずっとカピュアが湿っぽいような羨ましいような嫉妬のような視線を蒼に向けていたことは気にしないことにする。
カピュア、あとで撫でるから。今は蒼を落ち着けないと暴れる危険が……。
「最後の工程をする前に一個だけ忠告しておく。零すなよ? 」
「分かったけど、零れるもんなの? 」
疑問に包まれた蒼を無視してまな板にタピオカを横にして置く。ストローも刺しているため、あとは吸うだけだ。
……なんかこう見てるとものすごく滑稽。
「さて、蒼の結果を見る前にカピュアもやってみるか」
手際よく用意したタピオカをカピュアに渡す。
カピュアは目を閉じて俺を信じてか後ろに身体を傾ける。
カ、カピュア!?
とりあえず支えるが、一向にカピュアは倒れるのを辞めない。重くはないが……というかカピュアの肌の感触が薄い布越しに伝わってとても緊張する。
「カピュア? 何してるんだ? 」
「なにって、タピオカチャレンジですよ? 」
あ……。カピュアはタピオカチャレンジ知らないから先に蒼を見せるとそれが本物だと信じるてしまうんだね。まぁ、かわいいけど。
力技でカピュアを押し戻して (スキル有)肩に両手を置いて一度固定。押し戻す時に不服そうな顔をしていたカピュアも、ビクッとして驚く。
少し見つめていると蕾は綻び、柔らかな花が咲く。とてもかわいい。
寝かせてくれることを心待ちにしていたカピュアには申し訳ないが、タピオカチャレンジの真実を告げる。
「カピュア、タピオカチャレンジっていうのは本来座っている状態及び立っている状態で胸の上に乗せて飲むことなんだ。蒼みたいなまな板が――」
蒼に聞こえないように小声で言ったはずだが、謎の殺気を感じた。直感がこれ以上は 『やめておけ』とカッコよく教えてくれている。
彼は俺の前で石に腰掛けている。
いやでも俺はカピュアに説明しないとなんだ! そこを退いてくれ!
『言語道断。お前には生きてもらわないと困る。お前が唯一の希望だ』
彼は決められている台詞を読んでいるような感情のこもっていない声で答える。
そんなこと知らない! 俺は俺の信じた道を通るのみ!
彼は鼻にかけた笑いを一つして、
『お前ならそうすると思ったよ。ただ、その道を選んだお前には逃走の道は絶たれた。進め』
と今までとは違ったハッキリと自分の意思が混じっている。
あぁ、ありがとうな。
『礼はいい。道は見えたろ』
無論。お前こそ、見失わないようにな。
頭の霧が晴れて透き通っている……
と一人低レベルシーン作成して、勇気づける。
「――タピオカチャレンジをするために編み出したのがあの方法だ。カピュアなら胸に置くのでいけると思うよ」
「そうなんですか? 」
……蒼に殺される。ガタガタガタガタガタガタガタガタ。クローゼットに隠れなきゃガタガタ。化け物だガタガタ。
そんな俺を置いて、カピュアは早速タピオカ以下略に取り掛かっている。
手にしたタピミルを乗せながら、少し後ろに身体を倒す。今はバランスをとっているのか。
口に咥えたストローになりたい。
…………ハッ! 頑張っている姿がかわいすぎてついよからぬ事を考えてしまった!
彼女は恐る恐る手を離す。タピオカはふらつきながらもなんとか胸の上に収まる。
「見てください! イッセイ、成功しました! 」
「おい、あんまりはしゃぐと――」
喜びに浸ったカピュアは身体をこちらに向けてよく見せようとする。
それだけ立つことさえままならなくなったタピオカは致命的なほどに傾き、そのまま床に向かってダイブ。
どこからともなく現れたシキが小さな身体を上手に使ってそれを宙に留める。
シキからそれを受け取り、カピュアに差し出しながら、
「あんまりはしゃぐなよ」
怒るような喋り方になってしまったが、声調は優しく諭すように言う。
……言えたはず
そういえば式神のシキって俺が勝手に付けた名前じゃん。ちゃんと付けなきゃ。カピュアにかわいいかわいい名前をつけてもらわなきゃ。
「そういえばこの式神の名前だが、どうするんだ? 」
「私たちでつけていいんですか? 」
タピオカを両手でしっかりと掴んで受け取りながら、カピュアは首を傾げる。
「カピュアの所有物だし問題は無いだろうな。それに、いざとなれば俺たちが呼ぶための名称って言い張れば文句は言えないしな」
屁理屈及び論破の得意な俺だから思いつく考え方でカピュアの不安と取り除く。
俺の場合、屁理屈を理論で正当化しようと……というかできるから余計タチが悪いんだよなぁ。
「ん〜。なにがいいのか分かりません。
……でもこうして二人で名前をつけているとまるで子供に名付けているみたいですね」
「俺たちの子供か…。……神とか英雄、伝承の名前つけるがいいのか? 」
つい大人っぽさの増したカピュアを想像してしまったため、よく分からない返しをしてしまう。動揺動揺。
……間違えた。落ち着け落ち着け。単に更に大人になったカピュアと言うだけ。きっとものすごくかわいいだけ!
……穏やかで包容力の増した大人なお姉さん。そんなカピュアが目に映る。公園のちょっとしたベンチに座って微笑んでいるカピュア。
派手な色物を避け、落ち着いた茶色のセーターを着ている。スカートもやめて明るい水色の長裾ズボンだ。二つは互いに本体であるカピュアを引き立て、少しではあるもののボディラインを表している。ぷるぷるとした唇はとても艶っぽい。今すぐにでも奪いたい。でもそれは禁忌。手を加えることすら縛りに触れる。
……大人カピュアかわいい。
「イッセイはなにかいい案ないですか? 」
「え? あー、カピュア・フェルト・ゴッドフリート……。フィールとかどうだ? 」
突然振られたことにドギマギしながらも、feltはfeelの過去形だったことを思い出して愚案と思いながらも言う。
大人カピュア (想像)の姿が今カピュアと重なってとても崇めたくなりました、まる。
「フィールですか…。いいですね」
俺の言うことを全て肯定するカピュアはフィールですら認める。
待って? このままフィールに決まるの? カピュアのかわいい名前を知らずに名付けられるの? やだよ?
「ちなみにカピュアはどんなのを考えてたんだ? 」
「私ですか? ハンカチなのでハンリンとか考えてました」
うん。予想通りかわいい。変に凝らずに愚直なところがもうかわいい。
しかし、式神は高速で首を振って否定している。
あ? カピュアの名前を受け入れないと……。
この世に別れを告げろ。
カピュアもシキの行動をみたようで、そんな…と落ち込んでいる。
「おい式神。あんまり舐めた真似をしていると燃やす。カピュアの私物だからと言ってカピュアを傷つけるなら容赦はしないぞ」
……おっとつい怒ってしまった。それもカピュアの前で。
縮こまって怯えてしまったカピュア。それでも一緒に居たいという気持ちが滲み出ている。実際に俺の服の袖を掴んで怯えているのだから。
畏怖対象にしがみついてどうするの? あまりにもかわいくてもう怒る気もなくなったけど。
「悪い、カピュア。あまりにもカピュアを冒涜してたからつい殺意が……」
「そ、そうだったんですか。でも怖かったです」
嬉しいような未だに少し怯えているような、どっちとも取れない口調だ。
「さてと、式神が我儘なせいで特に決まりそうもないな。カピュア、好きな動物ってなんだ? 」
「好きな動物ですか? イッセイです」
お手本のような笑顔で言い切る。
「俺を好きな動物扱いしないでくれ。そしてせめて種族名で言ってくれ」
「……? 人間になりますよ? 」
カピュアは至って当たり前といった様子だ。眉をひそめて首を傾げている。
まず俺から離れてくれないかなぁ。
「ならかわいいと思う動物はどうだ? 」
「イッセイです」
「俺ってかわいいに入るのか……」
俺はどちらかと言えばカッコイイの部類だと思ったのに。
「そうなんです。イッセイはかわいいです。特に眠たそうに欠伸をした時とか、無防備な感じがとてもかわいいですよ」
よし、これからはカピュアの欠伸を見るようにしよう。そしたらもしかしたら共感出来るかもしれない。
とまぁなんやかんやイッセイイッセイ答えられたあと、上手いこと質問をしてメカワモフだということが判明した。
「よし、たった今この瞬間をもって式神の名前はインダラでいいか? まぁ異論は認めないが。特にインダラ」
式神の名が決まった瞬間であった。
……落ちるタピオカをキャッチするだけでこうなるとは思ってもいなかっただろうなぁ。




