五十六話 最愛の完璧な恋人
「あの…手を…繋ぎませんか? 」
足元の石畳の模様を見つめながらカピュアは呟くように言う。独り言とも思える大きさだ。
それを否定することがひとつ。身長が俺よりも小さいので顔はよく見えないが、髪から見え隠れしている耳は赤い。
宿に戻るまでなら、繋いでもいいかな。ものすごく緊張するし恥ずかしいけど。
手を繋ぐぐらい夜の散歩の時にしたから大丈夫……かな?
……深夜徘徊?
「あー、まぁ、俺も繋ぎたいが……」
蒼がいたら……というか、傍から見ればどこ向いて話してるの?状態だ。
なにせ、カピュアとは180度反対を向いて話しているのだ。
だって恥ずかしいもん。
反応をうかがうために獲物を狙う肉食獣のように静かにこっそり見ると、純粋無垢でつぶらな瞳を使い襲わないでと訴えているように見える。愛玩動物のようでとても可愛い。
カピュアが仲間になりたそうにこちらを見ている。
仲間にしますか?
→はい
いいえ
はい連打に決まってる。
ありがと――
私はずっ――
これからよ――
……セリフが見えなかった。ログみて確認できないし……。
連打ダメ絶対。
と、RPGゲームでカピュアがいた時のことを想像して教訓を得ているうちに、声をかけてくれる。
「そ、そうですね。繋ぎましょう」
カピュアの声も、差し出された腕も震えている。
俺が彼女の手を取ると、逃がさないようにと一番しっくりくる場所を探して優しく握ってくれる。
彼女の手は柔らかく、手を繋いでいると緊張と落ち着きが同時にやってくるような不思議な感じになる。
ただ、今言える確かなことは幸せだってことだ。
カピュアと一緒にいられることに対しての喜び。
そのことを確認するようなこの行為に対しての安心感。
手と手で伝わるお互いの熱。
まだ馴染みのない新しい日常。
小恥ずかしさや手を繋ぐことしかできないもどかしさ。
全てが愛おしい。
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お風呂から上がって自分の部屋に戻る。
なぜ俺がお風呂に浸かることができているのかはご都合主義だ……。嘘だ。
付き合ったから多少はいいと思うんだよね。多少は。
だからカピュアが入ったあとのお湯でも浸かっている。
プールみたいなもの! プールみたいなもの!
って自己暗示をして……。
そして先に入る場合には、これでもかと言うほどに体を綺麗に洗ってから入る。塵一つ付いていない状態にして浸かった後は、浮いている髪の毛やホコリ、ゴミを全て流す。
これでやっとお風呂に入ることができるのだ (俺が勝手にしてるだけ)。
……流石にカピュアの出汁が取れてるとかはしないよ? フリじゃないよ? そんな変態じゃないよ?
とまぁ、苦労しながら浸かったお風呂から出て部屋まで移動したわけだ。
カピュアと付き合えて一緒に住めるならこんなこと、苦でもないね。
今日は魔力を口実にした一緒に読書とかするのかなと思いながら、ドアノブを回し扉を開ける。
その瞬間、壁と扉の隙間から見えた光景は緑髪の女子が服を持っている姿だ。背をこちらに向けているので気付いていないだろう。
あー、部屋間違えた?
シレーっと何事も無かったように隙間を埋めて、自室に向かう。
……???
移動した先の部屋は間違いなくカピュアの部屋だ。そもそもふたつしかない部屋で左右を間違えるわけないよ? いくら方向音痴と言えど。
……???
カピュアが間違えたの? 方向音痴属性カップルに2人も要らないよ?
いやでもこの場合は天然になる?
天然カピュア可愛い。
本当の自室の前まで行って、少し迷った後に入る。
何故か悪いことをしている気分になった俺は泥棒のように静かに移動する。
カピュアをよく見てみると、俺の着た服に顔を埋めている。
「カピュア? 何してるんだ? 」
突然声をかけられたカピュアは全身の筋肉を縮めて僅かに動きを止める。
「こ、これはイッセイの匂いを覚えようと思ったんです」
「犬かお前は」
ツッコミの時だけは緊張せずに言えるのなんなの?
確かにクラスで匂いで判別するヒトいたけどさ。匂うだけで誰のか当ててるヒトいたけどさ!
「ごめんなさい。イッセイの匂いを嗅ぐと落ち着くんです」
「それなら問題はないが、急に部屋に居られると心臓に悪い。先に確認をとってからするようにしてくれ」
「気持ち悪いなんて思いませんか? 」
よくよく考えれば許可制もおかしいなぁ。だって
匂い嗅いでもいいですか? あぁ良いが。
って会話があるわけだよね?
「思わないし寧ろそそられる。とてつもなく魅力を感じる。
あと許可は取らなくていい。その代わりに俺がカピュアに認めたことを全て認めてくれることが条件だが」
カピュアのいる前では出来るわけないけど、カピュアの服とか嗅いだりしたい欲はあるよ。三大欲求のカピュア欲の一部だからね。
食欲
睡眠欲
カピュア欲 (推し欲)
……背徳感で出来そうにないなぁ。
「それならもちろんいいですよ。イッセイに嗅がれるのも嬉しいですから」
なんだろう。俺の愛って重いはずなのにつり合う気がしてきたよ?
それだけお似合いカップルってことだね! うん!
「あっ、イッセイ、そろそろBクラスの試験を受けませんか? 」
カピュアが思い出したように言ってくる。
Bクラスって久しぶりに脳が認識した気がする……。
だって生涯無縁だと思ってたわけだし……。強さで言うと黒帯っぽいし。
相変わらずのガバ日本判定で助かるね。
「Bクラスの試験ってどんな感じなんだ? 」
「実技と筆記のふたつの科目でテストをします。その点数が基準値を超えているとBクラスになれます。
Bクラスになると無料で国と国を移動できたり、生活費が安くなったりするので取っておいた方がいいですよ」
つまりは技術者免許みたいなものと……。
……異世界に来てまで現実的な考え方をして、受験をしないと行けないのがとても辛い……。
「実技はなんとなく分かるとして、筆記ってどんな問題が出るんだ? 」
「そうですね。数学なら二元一次方程式とかですね」
「中学数学か……。いや、あるのか?! 」
この世界に中学数学まで発達してることに困惑&驚愕なんだけど?
「Bクラス冒険者は教養が必要みたいで筆記の点が低いとどうしてもなれませんが、イッセイなら大丈夫ですよ」
言いきられた。まぁ、中学数学ごときで詰まるところはないだろうけど。理系が中学数学できないはおかしいからね。
だけど、ひとつ気になることが……。
「それって数学以外にも教科があるってことか? 」
「はい。国語、数学、理科、社会、魔法がありますね」
「社会あるのか……。地理があったりするか? 」
ないと信じて聞いてみる。が、その期待虚しく
「もちろんありますよ」
と返事が返ってくる。
地理……。47都道府県覚えてない俺にどうしろって言うんだよ。
大学受験だって日本史とる予定だったんだよ。
地理なんて範囲外なんだよ。Bクラス試験受からないかもしれない……。
「これは…異世界に来てまで勉強する必要がありそうだな……」
「私が教えますよ。イッセイのためになにかできるなら嬉しいですから。一緒に合格しましょうね」
カピュアは懇望の目でお願い、と見つめてくる。
やばい。とてもとてもとてもとてもとても嬉しい。
そして断れるわけない。する前提で話すすめなきゃ!
「教えられっぱなしじゃアレだから俺もなにかできることがあれば言ってくれ」
「それなら……」
カピュアは正座に座り直して、膝を軽くトントンと叩く。
カピュアは言葉の続きを言うつもりはないようで、微笑んで俺を見つけるだけだ。
なにこれ暗黒微笑?
うまく切り抜ける方法を考えろ、考えろ。茶化しでもいい!
「…………自分の膝でも寝かしつけてるのか? 」
トントンから子供の寝かしつけまでたどり着けてよかった。
でも、手を繋ぐのが恥ずかして膝枕が恥ずかしくないの? 俺に尽くす場合恥ずかしくなくなるの? それとも意識してるかしてないかの違いなの?
「ここなら誰もいないから大丈夫ですよ? 」
他の人の目があるかどうかなんだね。
「そういう問題じゃないんだが? 俺は普通に誰いなくても恥ずかしいんだ。せめて……いやなんでもない」
「……なら、一緒に寝る…とかはどうですか? 」
流石に添い寝辺りからは恥ずかしく思い始めるのか、少し頬染めている。
「ランクアップしてるんだが? 」
「イッセイのことだから私を下にすることがダメなのかと思ったんですけど……」
「確かにそれもあるが、カピュアの近くで寝るということがもう無理だな。寝惚けた俺がなにをしでかすか分かったもんじゃないしな」
ホント、寝惚けた俺がカピュアを食べたら罪悪感と背徳感で押しつぶされて死ぬよ? そんで復活の呪文のメモの字が汚くてぼうけんのしょが消えるよ?
「イッセイになら、なにをさせても大丈夫です」
「そういう問題じゃない。俺自身が耐えきれないんだ」
なんか、カピュアが凄い俺に溺愛してない?




