■話 ■■■■の■■を■■日
今日はのんびりと桜を見る予定だった。しかし、それはたった一人の男によって打ち砕かれた。
「よぉ、王様。あの馬鹿げた法はまだあるのか? 」
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黒髪黒目で一国の国王である『リーマ・ナルキッソス』は城の中の一室で待機している。その姿はどこかそわそわとしているように見える。それは、きっとこれから従者と共に湖で桜を見ながら、宮廷調理師の美味しいお菓子を食べるからだろう。
ここでコンコンと二度のノックの後、扉が開き、水色の髪で紫目の従者服を着た女性が入ってくる。
「リーマ様。外出の用意が出来ました。」
「遅すぎるぞよ。余をいくら待たせるつもりよ。」
「すみません。念の為の護衛を選ぶのに少々手間取りまして…。」
その女性は両手をお腹に当てて、一礼する。
「まぁ、よい。それよりも甘味品の用意は出来ておろうな? 」
「はい。一流の調理師に作らせております。」
「ほぉ、それは楽しみよのう。早速ゆくぞよ。」
リーマはそう言って重い腰を上げて、湖へと足を運んだ。
その光景を黒い服をきた男に見られているとは知らずに……。
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湖についたリーマは水際の従者に敷かせたシートの上に座り、桜を見ながらクッキーを食べている。
とても幸せそうに見える。
「なぁ、俺にも少しぐらいわけても良いんだぜ? 王様。」
護衛として雇われた冒険者は目の前のクッキーを食べたいのか、王に気軽に話しかける。
「戯言を言うでない。これは余の為に作られた余だけのものよ。貴様のような野蛮人はそこら辺の草で十分よ。」
冒険者は頭に来たのか帯剣してあった鞘を外し、王に近寄る。その行動でリーマが更に続けて言う。
「おや、良いのか? 余に触れると死罪ぞ? 命が惜しければ指でも咥えてじっとしておるが良い。」
冒険者はその言葉によって思いとどまったように動きを止める。しかし、歯を強く食いしばっているのか奥歯が少し頬に浮き出ている。
冒険者が諦め、少し離れたところで休み始めた時、その変化が起きる。
一瞬にして明るかったその場所がまるで早く夜が来たかのように薄暗くなる。
「な、なにごとよ。ええい、野蛮人よ余を守るぞよ。」
リーマは冒険者が休んでいた方向に視界を向けるが、そこにはその姿はなくただ闇が広がっているだけだった。
さらには、リーマを中心とした一帯以外の周りは全て闇に覆われたかのように真っ黒で形すらも分からなくなっている。
そして、リーマの背後に黒い服で黒髪の男が音もなくふわりと降りてくる。
「よぉ、王様。あの馬鹿げた法はまだあるのか? 」
その声に背後の存在に気がついたのか、慌てて振り向く。
その顔には酷く猟奇的な笑みが浮かんでおり、まさしく悪役といった印象を受ける。
「こ、この気配は…。貴様魔族か! どおりで余を狙う訳だ。愚かよの。自らよりも弱いものをいじめて楽しいか? これだから知性のない蛮族は……。」
リーマは従者の二人が闇に覆われていないことに気づいたのか余裕の態度で返答する。
そのことに黒い男は酷く怒りを覚えたのか強く拳を握りしめて、一度感情を発散するために空を切る。
気づけば、怒りのこもった笑みに変わっている
「お前らが言うか! なにも悪くないあいつを ……すまないな。感情が抑えきれなかった。」
「所詮蛮族の理性じゃその程度よの。」
「そうだな。一度俺の話を聞いてくれるか? 」
「貴様なんぞの話を聞くなんぞ時間の無駄でしかないがまぁ良いぞ。お主ら、この魔族がなにをしでかすかわからんからな。警戒態勢はしとくのぞ。」
これでも一国の主と言った様子で冷静に従者に命令を下す。
「っと、その前に俺の力を見誤っているようだな。」
「見誤るもなにもないでおろう? 貴様なんぞそこら辺にある魔族の村で少々強いといったところよ。己の力を過信した勘違いの子供辺りがせいぜいといったところよ。」
「へぇ、最近の子供はこんなことができるのか。」
黒い男は三度指を鳴らし、黒い人魂のような炎を宙に漂わせて自身を中心にゆっくりと回転させる。
リーマは驚いて後ずさりをするが見えない壁にぶつかり、動けなくなる。
黒い男は白い息を吐く。辺りの気温が下がり、足元の草には霜がおりている。
「空間を隔絶。闇と火の合わせ技。無系統の魔力を固めて実体化。息に魔力を込めて気温を下げる。こんなことができる子供がいるんだな。」
リーマは黒い男の成したことの宣言を聞き、一気に血の気がひいていくのが見える。
「まぁ、俺の力を分かってくれたところで昔話を始めるぞ。それはいいよな? 」
リーマは黙って頷く。
「むかしむかし、あるところに一人の女の子がいました。その女の子は周りとなにも変わらない、オシャレ好きでよく空気を読む子だった。……ただ獣人であることを除けばな。」
「……。」
「そんななか、人里近いところに遊びに行っていた時のこと。獣人狩りの人と会いました。」
徐々に黒い男の声色に怒りが交じり始める。
「その女の子はただそこに居ただけだった。ですが、獣人狩りの人達は『良質な毛皮だ。』、『売れば高くつく』と言い出しその女の子をお金に変えた! ただそこに居ただけだ。それだけで命を奪われる理由になるのか! 魔族魔族言って、お前らが一番悪じゃないのか! 」
リーマは一方的に言われることに腹を立てたのか反論を始める。
「貴様のような若造になにがわかると言うのぞ。魔族なんぞ、我らの土地を略奪――」
「…何年だと思ってんだ。」
「は?」
「俺が何年お前ら人間に復讐するために生きてきたと思ってんだ! 」
黒い男の鮮血のような目には明らかに以前よりも強い怒りが浮かぶ。
「そもそも魔族なんぞになにがわかると言うのぞ! 人間には人間の事情があることを知れい! 自分の知ることだけで世界が出来ていると思うでない! 」
リーマも負けじと反論するが、相手が悪い。
「お前だって知っていることだけで話してるじゃねぇか。これでも俺は元々は人間だったんだぞ。」
「馬鹿げた話をするでない! 人が魔族になるなどと聞いたことなどないわ! 」
「散々、人に言っておいてこれかよ。もういいよお前。」
リーマの周りにある壁が無くなり、そのまま倒れ込む。
黒い男が踏み込み、その衝撃が波となったかのように黒い波がリーマを襲う。しかし何も起こらない。
リーマは今のうちに、とヨロヨロと立ち上がりフラフラとした足取りで逃げ出す。
そしてそのまま、バランスを崩して湖へと落ちる。
「闇魔法。平衡感覚欠如の波。」
黒い男はぼそりと詠唱をした。
リーマは湖に落ちたが、手足をバタバタと動かして戻ろうともがいている。
「へぇ、着衣水泳って難しいのにそれをそんな煌びやかな装飾付きで試みる、か。お前案外度胸あるんだな。」
黒い男が軽口を叩く。しかし、リーマは反応すらせずに
「お主ら、余を助けよ。」
となんとか水面に顔を出して二人の従者に助けを求める。
「すみません、リーマ様。今ここで触れてしまいますと私たちは死罪となってしまいます。それに以前、触るな! と強く仰られていましたよね。」
「そのようなことがあったので、リーマ様に迷惑がかかると思うと動けません。」
二人の従者はリーマの命令に反抗する。
「残念だったな。二人の従者に裏切られて。」
黒い男はリーマを煽る。
「そうだ。せっかくだから教えてやるよ。冥土の土産に魂に刻め。俺の名前は、ゾロアスター教の悪担当、『アンラ・マユ』だ。もし帰ってこれたらお土産くれよ。」
そのままリーマは沈んでいく、湖の底へと。
黒い男……アンラは振り返り、二人の従者に声をかける。
「先に伝えて、計画のお膳立てまでされたとはいえ、これからが大変だろ。もし良かったら魔族領で養ってやろうか? 」
「いいえ。私たちもあの王にうんざりしていましたから。それに、リーマ様が亡くなったことを報告しなくてはいけませんので。」
「そうか。なら、伝えといてくれ。アンラ・マユと名乗る魔て……いや魔王が王様を殺ったってな。」
「よろしいのですか? 」
「あぁ。魔王が攻めてきたと言えばせいぜい焦りはするだろうからな。」
「承知致しました。」
「では、私たちは自力でやり直します。」
「そうか。頑張れよ。」
アンラは空間転移をして、魔族領に移動する。それと同時に闇が晴れて、朝が来る。
やっぱり、こいつはもうどうしようもない。どうしよう。