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この世の朝は未だ遠く 〜Zwischen Traum und Erwachen〜  作者: レンリ
二章 主人公の素質

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八十二話『対談』

 俺は今、通っていた高校よりも広い敷地面積を持つであろう屋敷の前でカピュアの言われたようにシキを待っている。

 モノクロな衣装だからすぐに分かると言われたが、門扉を挟んでこちらをじっと見つめてくる少女がそうなのだろう。Theメイドという恰好の彼女は、不審な動きをすればすぐにでも捕らえると言いたげだ。


「申し訳ありませんがどちら様でしょうか。お客様のご予定はありませんが」


「カピュアから聞いてません? 父親が顔を会わせたいから呼んだらしいんですけど」


 シキは軽くポンと手を打ち、何か思い当たったのか微かに頭を振る。


「ああアサギリ様でしたか。お話は伺っておりますので、どうかお帰り下さい」


「誤解が溶けたようでなにより……なんて?」


「土に」


「ごめん、なんでこんなに嫌われてるの?」


 初対面で、しかもこれから自分のメイドとなる人物に土に還れと言われた。俺何かやっちゃいました?


「改めまして本日の案内役を承りましたシキ・フェルト・ゴットフリートと申します。面談の手筈は整っておりますので、こちらへ」


 数回の咳払いで仕事モードに切り替えたのか、門を開いてからのシキの動作は一つ一つが丁寧で、白手袋を付けた指の先にまで行き届いた細やかさに、こちらもついつい背筋が伸びてしまう。


 行き先は南に建てられたゲストハウスだ。白を基調とした外壁には華やかな意匠が凝らされ、それでいて低俗とは程遠い。金品で着飾るだけではない、本当のお金持ちの余裕というべきものに威圧されて、ここに居てもいいのか不安になってくる。椿姫にならないといいな。


「靴は脱いで上がってください」


 シキに続いて広く設けられたエントランスを通ると、ある部屋の前でシキは動きを止める。


「私は別件で少し席を外しますが、くれぐれも失礼のないように」


 シキの補助輪がなくなり、異邦の地で一人取り残された途端、無性に不安が積る。だが、ここで悩んでいても仕方がない。いざとなればカピュアと相談して駆け落ちしよう。


 四回ノックの後、心地良く響く声で中に入るよう促される。


 応接間なのだろう。背の低い机を挟んで対面したソファ。奥に座っているのがそうなのだろう。深緑のローブと縹色の髪。カピュアの年齢からして四十代以降ではあるのだろうが、そうは見えないほど肌は若々しく、それでいて穏やかさの内に重厚な気配……威厳が顔を覗かせている。

 洋式の不慣れな密室に威圧感が合わさり、逃げ場のない空気が体にねちっこく纏わりつくような錯覚を抱く。


「今回対談の席を設けさせてもらったのは、娘と交渉をもった君とお互いのことを知っておこうと思ってね。肩の力を抜いて会話を楽しむ……というのは厳しいだろうけど、私は君たち二人――いや三人かな――のことは応援しているんだ」


 才能とはこのようなことを言うのだろうか。間や抑揚、強弱が耳によく馴染み、筋肉の強張りが沈み込んだソファの綿に浸み込んで少しずつ溶けだしていく。


「私としたことが、自己紹介がまだだったね。私はカノーク・ゴットフリート。まだまだ未熟ながら、王宮次頭魔術師兼最高位魔導師を務めているよ」


 やっぱり格が違うのかもしれない。


「まあまあそんなに緊張しないで。こんなものを用意したんだ、是非どうかな」


 解れてきたところに役職カードバトルが開幕されて固まってしまった俺を見かねたのか、カノークさんは白いティーポットをから澄んだ青の液体を注ぐ。


「時代の好尚だよ。レモンを混ぜると色が変化して綺麗だと少し前に話題になったんだ。ただ味は少し癖があるから、口に合わなければ無理に飲まなくても構わないよ」


 カップと共に寄越された小瓶がレモン果汁なのだろう。


 ……いや? 色が変わるということは恐らくはアントシアニンかなぁ。この世界で発見した人が少し気になる。後で調べよう。


 そんなことを考えると調子が少しずつ上がってくる。仮称アントシアニンティーを一口含んで、全体を潤すようにゆっくりと飲み込む。


「早速だけど、質問をさせてもらおうか。娘とは冒険者の仲間を探している時に出会ったそうだけど、君たちは何故冒険者に? 水準以上の学力もあるようだし、他の仕事でも雇ってくれるところは沢山あったんじゃないかな。何か高尚な目的でも?」


 もう一度お茶を飲んで心を落ち着かせる。

 仮にもカピュアの父親だ。この親あってのあの子ではないのか。だから意地の悪い質問という訳ではなく、純粋な好奇心から聞いているのではないのか。

 今更取り繕った壮大な背景を思い付くはずもなく、そんな自己暗示をしてから口を開く。


「期待された返答ではないと思いますが、正直に話しますと冒険者になった当時は……浮かれていて、そこまで考えずに行動していました。こちらに来る際に贈られたのが武器だったから、というのもあったかもしれませんが」


「軽率な気持ちで命が危険に晒される仕事を選んだと?」


 カノークさんの眉と眉が近くなり、つい注意を他に向けたくなる。だが自分の浅慮が招いたことなのだ。己の未熟さをヒシヒシと感じながらも、視線の先はカノークさんの瞳を捉え続ける。


「その通りです」


 期待通りの回答なのか、はたまた予想が大幅に外れたのか。口角が僅かに持ち上がり、空気の擦れる音がする。


「けれど、その判断がないと君とカピュアが出会うこともなかったかもしれないと考えると、運命が二人を引き合わせてくれたのかもしれないね」


 運命。自分の身にフィクションのような出来事が起きて、何度も頭を過った言葉。自称神は気まぐれと話していたが、どうにも別の理由がある気がしてならない。今はまだ上手に言語化が出来ないが、違和感と都合の良さというべきものを覚えてしまう。それに今だって――。


「続けて質問しよう。紹介したい……いや任せたい仕事があるんだ。専念して欲しいと言えば、君は冒険者を辞めるかい?」


「それは一体どのような内容でしょうか。」


「鉱床採掘の効率化を図って安定した爆破系の魔道具の製作依頼が来ていてね……と言えば伝わるかな」


「魔道具なんて単純な機構の宝石くらいしか使ってないですし、作ったことなんて一度もないですよ。見当違いではないでしょうか」


 採掘で爆弾と言われれば、真っ先に頭に過るのはダイナマイトだが、死後カノーク賞が出来ますよ。なんて言えるはずがない。


「なら水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素からできるのは?」


 誰か助けて下さい。文脈も質問の意図も何もかも分からない。


「……人体錬成はよく分かりませんが、女の子を作るならお砂糖とスパイスと素敵なナニカを用意すれば良いと思いますよ」


 完全詠唱され、ならばとそれ相応の現代知識で返してみるが、どうも反応が芳しくない。完全にミームを知らない相手との空気だ。ミームで会話できないのってやっぱつれぇわ。

 微妙な雰囲気を誤魔化すように、強引に仕事についての話題に戻す。いや、勝手に俺が脱線しただけかも。


「……仕事の内容はともかく。一つだけ譲れない条件があります。カピュアを守れるだけの力を……鍛錬の時間は確保できるものであって欲しいです。己の未熟さを実感しました」


「覚悟はできているようだね。その点に関しては私も可能な限り協力しよう」


 うんうんと大きく頷いて満足そうに微笑むカノーク。


「緊張も解れてきたようだし、少し話題を変えようか。ハッキリ言って、カピュアのことはどう思っているんだい?」


 すっごいいい笑顔ぉ。本題はこれだとでも言いたげな表情で、修学旅行の夜のような話題を振ってくるものだから、どう答えていいものか決めあぐねる。


「これは先に言っておくべきだったかな。別に私は君の恋を反対しているわけじゃないよ。寧ろ協力したいと思っていてね。身寄りのない君たちは色々と大変だろうし、本当の家族のように私たちを頼るといい。屋敷の部屋もいくつか貸そう。だから、君が――」


 ――カピュアを幸せにしてあげてくれ。


 本当に俺に言いたかったことはこれなのだろう。カピュアとの会話の端々から感じる妙な感覚と、暈して教えてくれない全盛期の話。そして今、俺を映しながらもその奥にある過去を見つめるカノークの瞳。“ナニカ”があったのは間違いない。

 だが、覚悟は出来ている、カピュアの心臓を壊されたあの日から。


「どこの馬の骨とも分からない輩に大切な娘さんを任せてくれてありがとうございます。先程カノークさんが仰ったように、覚悟は出来ているつもりです。……忘れないうちに、三つほど質問いいですか」


 俺に向けられているのは信頼なのだろうか、期待なのだろうか。もう少し対人経験が多ければ真意も読み取れたのだろうか。

 今、必要のない考えを隅に追いやり、一つずつ、丁寧に疑問を投げかける。


「まず、カピュアの全盛期について伺いたいです。才能や魔力、そういったものが失われるのはよくあることなんですか? ……過去、カピュアに何があったんですか?」


 しばしの沈黙。瞼を下ろし、苦虫を嚙み潰したような顔でカノークさんは過去を見る。


「それは、私の口から伝えるようなものではないよ。けれど、いずれ向き合わなくてはいけないことだ。時期が来れば知ることになるだろう。だが今は、それを待っていてあげてくれ」


 予想外に重々しい空気に押しつぶされそうになりながら、口を開く。


「では二つ目の質問を。この面談での話す内容を……台本のようなものを誰かに決めてもらいました?」


「何故そう思ったんだい?」


「ただの勘です。無理矢理にでも理由付けするなら、会話の内容と知識が解離しているといいますか……ハッキリ言って『選ばれし者』が関わっていますよね。僕が選ばれし者であると知っている以上、レイリかその関係者だと思うんですけど、そういえばカピュアがレイリのことを王宮筆頭魔術師とか言ってたような気がするので、多分レイリですかね?」


 強いて言えば、普段使いされていないコウショウがあまりにも多かったというもの、違和感の一つではあるのだが。翻訳スキルがこのように変換した以上、そこに何かしらの意図があるとみるべきだろう。まあ洒落をユーモアそのままに変換できる超高性能な可能性も捨てきれないが。仮に同郷ならば、翻訳のされ方から先程のように日本語にしたときに洒落になるよう仕向けることは可能なのではないか。あるいは……。


「驚いた。君の直感はレイリ君から聞いた通りだ。見事的中させたご褒美にいいことを教えてあげよう。『選ばれし者』……特に別の世界から来た、なんて発言は不用意にしない方が良い」


「白い目で見られるってだけじゃなさそうですね……それも台本ですか?」


「あぁ。千年程前、この国は異世界から来た者によって齎された知恵と技術で大きく進歩した記録があってね。一説では、その人がいなければ千年以上進歩が遅れていたともされている。それほどまでの知恵、欲しがらない理由がないだろう。本当に全て視えているような直感だね」


「なーんか分かったんですよね。レイリに思考とか性格が近いんだと思います。反りは合わないと思いますけど……それで、確認されているだけでも『こっち側の人間』は何人くらいいるんですか?」


「君を含めて少なくとも三人。というよりも最初の一人を除いて、伝聞だけでは確証を得るのが難しいからね。ただの天才なのか、進んだ文明からやってきたのか区別する方法でもあればいいんだけど」


 初めの一人とレイリと俺、ということなのだろう。少なくとも同時期に二人以上存在している時点で三人だけというわけではなさそうだが。


「それをするには、今やってみせたように『こっち側』にだけ分かるような言葉でも投げかけないと無理と。……その最初の一人が遺した本とか無いんですか? …………これも勘なんですけど、今僕たちが話してる言語ってその人が話してたのと同じ、とかって分かります?」


「あるにはあるけれども、君がそう簡単に閲覧できるものではないよ。贈名を受けた者の中でも優れた功績を挙げた者にのみレプリカが送られる。私だって事細かに内容を知っているのは頂戴した『嵐が丘』くらいだ。言語については分からないけれど、贈書された知り合いが見たことのない言語だと嘆いていたことはあったね。これでいいかい?」


「貴重な情報をありがとうございます。それではお父様、最後に娘さんのお名前について少々ご質問があります」


「案外ノリがいいんだね、“イッセイ”は。それでどうしたんだい?」


「フェルトって、贈名ですか? 確かに才能は凄いんでしょうけど、国の発展に大きく寄与した人物と言われるほど功績はないようですが」


「国からの正式な贈名ではないけれど、名付け親からの贈名ってところだね。カピュアの名前は少し複雑でね。いつか気が向いたら詳しく話してあげようか」


 俺とカノークさんの面談は雑談へと移ろい、少しして幕を閉じた。

お久しぶりです、明けましておめでとうございます。

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