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この世の朝は未だ遠く 〜Zwischen Traum und Erwachen〜  作者: レンリ
二章 主人公の素質

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100/101

if話α トゲアリトゲナシナロウモドキ 〜使えないと思っていた《交換》スキルが実は超絶有能最強で神も顔真っ青にして逃げ出すレベル〜

待たせたな!(蛇)


いや、ほんと、ごめん。


どっかの死に戻りはちゃんとエイプリルフールに済ませているのに、4月1日に投稿しないどころか、2日にも間に合ってませんからねこれ。

でも、そんなところがこの作品らしいかなって。

 輝きが一層増し、光が俺たちの身体を包み込む。

 ――黄緑の空間に行く時には無かったジェットコースターで下る時の内臓がふわっとする感覚の後は気がつくと草原にいた。そして持ち物の確認をして今に至る。


「しかし、交換スキルを念じたら使えるって本当か? 」


 付属されていた紙にはそんな事が書かれていたが、本当だろうか。

 一応半信半疑で交換したいと願ってみる。するとどうだろう。脳裏に交換前後の物質の見た目と名称、それを結ぶように矢印がある。


 これが妄想でないとは言いきれない。試しに魔力を使って交換してみる。脳内で選択すると、印が端から染まっていき、全てが満たされると同時に石が現れる。


 待てよ? なら、これ物質だけじゃなくて概念とかも交換出来ないの? 例えば時間とか空間とか。


 軽く調べてみるが、空間や時間そのものは見当たらない。空間拡張の袋、時間速度を変動可能器具等は見つかったが。


 ん? なんだこれ。


 脳内に浮かんでいるため変な事だが、俺はとあるモノに目が止まる。


 無期限無制限交換資格?


 交換に必要な代価は魔力1500程。今あるであろう魔力を全て注ぎ込めば事足りるが……。

 魔力は時間が経てば回復すると仮定して、交換してみる。


 視界が隅から黒く塗りつぶされていく。


 んあ?! 騙された!?


 表記されていない代償を勝手に持っていかれたのかと思ったが、その症状は直ぐに治まる。

 今のはなんだったのかと考えあぐねていると、ある変化に気付く。


 代償が全てゼロになってる?!


 ゼロになっていると言えば語弊だが、必要なくなっていることに偽りはない。言わば無になっているのだ。

 試しに石に交換しようとスキルを起動させると――


「わっ!? なんでこんなに交換してるの?! 」


 掌からとめどなく溢れ出す石。これを見た後でなら枯山水が本物の池に見えそうな勢いで流れ出ている。が、一切魔力が無くなっているような感覚も、血や内臓がなくなっている感覚もない。表にある通りに、無と(いし)を交換しているだけだ。


 と、なると、他にも 《資格》なるものが存在してそう。


 しばらく適当に漁っていただけだが、既に 《確実に攻撃を避けられる資格》 《死という概念が存在しなくなり、超回復能力を得る資格》 《望めば身体能力が無制限に強化される資格》etc……。

 ついでだが、この 【交換】スキルは 《資格》や 《物質》に留まらず、存在しているものであればなんても……文字通り()()()()得られるようだ。


 満足のいくまで可能性を模索し、顔を上げる。

 そこには金髪赤目の女子がこちらを見ていた。どうやらバレンタインチョコが貰えなかったようで、かなり不機嫌だ。


「どうした蒼、チョコあげるような友達がいないのか? 」


「散々待たせておいてそれは酷くない?! ていうか、チョコどこからでてきたし! 」


「ほら、あの紙に書いてあっただろ。バレンタインとかの日本文化も存在してるって」


 海外(ドイツ)では告白するのではなく、パートナーに花の贈り物をするのが主流、とウマの擬人化さんが言っていた。それに加えて《義理チョコ》なるものも存在していないとのこと。


「読んでないんだけど……」


「いや読めよ。説明書読まないとダメだろ」


「だってあまりにも字があるから……」


「これだから陽キャは……」


「陽キャへの偏見?! 」


「でもまぁ、ちゃんと読んでおけよ。取扱説明書なら読んでなくても大丈夫かもしれないが、ここだとひとつの失敗がそのまま死に繋がる可能性があるしな」


「そんなに言うなら読んでおこうかな……」


 蒼がある程度読み終えるのを待ってから、街に向けて出発した。




 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 辿り着いた街は、中世ヨーロッパ及びロールプレイングゲームを彷彿とさせる。さしたる歪みなく並べられた石畳、吊られた看板には記号と文字。ラノベでよく見る異世界だ。


 食料はいくらでも作れるので、まずは冒険者登録に行った。そこでは冒険者の説明と、冒険者カードなるものを使って登録した。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 冒険者になりたてだが、今の俺の能力(ちから)を考えれば負ける気がしない。


 俺たちは生活のためのお金を稼ぐために森に来ているのだが、蒼にも【資格】を付与させた。今は安全に迎え撃つだけで死体の山がひとつ、またひとつと増えていくだけだ。

 少し観察してみると、山の大半は小さな猿のような動物……ここでは魔物だろうか。魔物で構成されている。ここはこの猿の縄張りだろう。


 ここで待っているだけで蒼が倒してくれるのでかなり暇だ。少しばかり自然を楽しむとする。

 人の胴よりも圧倒的に太い幹が平然と生え、根や苔やで足元はかなり悪い。蔓が木々に垂れ、視界も悪い。なにかあったとして、逃げるのも進むのもそう容易くはない。

 このスキルがなかったら命に関わる難易度だ。


「疲れたしそろそろ帰るか? 」


 山も大分高く積もり、そろそろふかふかの布団で一休みしたくなったきた。


「一成働いてなくない?! 」


 蒼が文句を言ってくる。俺のスキルが無ければどれだけ大変だったか。仕方が無いので手っ取り早い方法で片付けることにする。


 群れからはぐれた個体のがら空きな背中に、鎖を撃ち込む。手でこちら側に招き、一本釣りのようにして、山を構成するひとつになる。


「こんなもんでいいか? あんまり多すぎても邪魔なだけ――」


 奥に大きな蠢く塊を見つけ、言葉を失う。俺は好奇心が抑えきれず、静かに歩み寄る……。


「ーーーーーッ! 」


 距離が縮まり、とあることに気が付く。そう、大きさがとんでもないのだ。腕のように見えるものはゴリラの皮膚に近い。

 が、大きく異なる部分がふたつほど。まず、毛むくじゃらと言えるほど毛が生えていない。太い針金が皮膚を覆うように軽くあるだけだ。

 そして、周りの木々よりも何倍も太い。この腕の持ち主も相当な体格があるに違いない。

 今後俺が知ることもないのだが、この魔物……バッキキールと呼ばれるかなり手強い部類に入る。


 先手必勝。サルにも使った鎖で縫い抜ける。皮膚からは真っ赤な液体が吹き出る。

 バサッと鳥の群れが一斉に飛び立つ。大猿の怒りが込められた咆哮で驚いたのだ。


「ったく、うるさいな」


 木々を薙ぎ倒す攻撃も、普通なら脅威になりうる。いや、脅威以外の何物でもない。ただ、相手が悪かった。


「さぁ死せよ。せっかくだ、煌びやかに飾ってやろう。『終焉に導きを』」


 ふと気付けば巨体の周りをいくらかの光が漂っていた。見える光は、線を残して自由に飛んでいる。さながら妖精のようだった。

 穏やかな時間はそれまで。支配に従い対象を軸に緩やかに加速を始める。統率の取れた光は天に昇る。上昇に伴い妖精は対象と一体化が進む。


 なにやら自身の危機を感じ取ったか、大猿が大地を踏み鳴らすも俺たちに被害を及ぼすには至らない。


「遺言はなにかあるか? と言っても伝わらないだろうが」


 最終段階に突入した技は、もう誰にも止められない。今までの軌跡を追うように輝き、一点に収束する。限界を迎えた皮膚は淡く発光する。


「爆ぜろ」


 解放された光はいとも容易く髄を灼き、骨を焦がし、肉を貫く。しかし、圧縮された力はそれだけでは飽き足らないと言うように、天に達する光の塔を打ち立てる。

 もちろん爆心地にいたサルが耐えられる訳もない。


「帰るか」


「それでもいいけど……」


 暇になった俺たちはとっとこ街に戻った。



 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「とりあえず五日間でお願いします」


「こちらの部屋になります。どうぞごゆっくり」


 宿を借り、部屋をそれぞれ陣取る。特にやる事もないので二人とも居間のようなところでくつろいでいる最中だ。


「なぁ、暇なんだがなにかないか? 」


「そんなこと言われても何も無いんだけど……」


「なんか、威勢が悪いな。しょうがない、なにか買って来い」


 俺の持つ通貨のうち、金貨を五枚ほど投げて寄越す。

 ふと脳裏に過ぎったことを現実にしないために先手を打つ。


「まさかするわけないだろうが、逃げようとしても無駄だ。お前一人じゃ大して稼ぐことも出来なければ、守ってくれるような人も居なくなるんだ。生き残れるわけがないだろ? 」


 一日と短い間だが、これまでのことを振り返るような間の後、


「……うん、一成ありがとう」


 目と口を同時に綻ばせる。


「やっぱり、私は一成が居ないとダメみたい……。これからもよろしくね」


 ご自慢の金髪を揺らして笑みを浮かべる彼女に対して俺がかける言葉は一つ。


「さっさと行け」


「あ、ごめん! 」



 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「……ちゃんと違和感なく出来てたかな……バレてたらどうしよう……」


 私は一成から貰った金貨を手に、街を歩いていた。けれど頭の中は何を買うかではなく、今後どうするかで一杯だった。


「私一人でも生活なら出来ると思うけど……。あぁでも! なにかされるかもって考えたら出来ないし! 」


「アンタ、どったの? 」


 急に背後から声をかけられた。声は不機嫌そうな……それでも優しさの籠った声だ。喩えるならテンションのギャルっぽい声だろうか。


「わ、えっと、そんな大した事じゃなくて! 」


 振り向きながら精一杯否定する。そこにあるのはただ巻き込みたくないの一心。


「別にアンタがそれでいいならいいけど、困ってるんなら頼りな。アタシ結構強い方だしさ」


 身なりも気にせずただ後ろで結われた髪。しかし、艶やかな濡れ羽色は妙に人を惹きつける魅力があるように感じる。着飾っていないからこその格好良さか。


「ちょい〜ルルー、なにしてんのー? 」


「ちょっと待っててー」


 上体だけ振り返って少し遠くに見える仲間とやり取り。

 向き直った彼女は何か躊躇うように俯く。


「…… () ()


「えっ? 」


「……ルルがアタシの名前。似合ってないっしょ? 」


 目線を合わせないまま彼女は冷たく言い放つ。それだけで言いたいことがよく分かる。自分はこの名に相応しくない。

 でも、


「そんなことないって。いい名前だと思うもん」


 垂れた前髪を触り、私の後ろの通りを眺める彼女。独り言のように小さく口を開く。


「……大体ギルドにいるから」


 何かあったら頼って、という意味合いの込められた言葉。

 やはり言い方は冷たいが、それは確かな温かみを含んでいる。冷たい容器に淹れたホットコーヒーみたいだ。


「ありがとう」


「あんま気負うのもどうかと思うし」


 あまり気は乗らなかったが、私にとっていい収穫のあった外出だった。



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「それで何を買ってきたんだ? 」


「友情! 」


「ふざけるのも大概にしろ。俺への皮肉かそれは」


 蒼が帰ってきての第一声がこれだとは思わなかった。普段ボケない彼女が言うとネタなのか事実なのかが分かりにくい。


「ごめん。なにかいいモノがないか探したんだけど、結局見つからなくて……。ごめん」


「まぁいい。じゃあ返してくれないか? 」


「分かった。うん、やっぱり一成は優しいね」


 隠す素振りのなく彼女は金貨を差し出す。一枚も減ることなく帰ってきている。

 日も傾き、そろそろお腹の虫が騒ぎ出してもおかしくない頃合いだ。


「そろそろなにか食べるか? 」


 コクリと頷いた肯定を見て、夜ご飯を交換する。


「ありがとう」


 食べた後は服を着替え、布団を肩までかけて魔法を使った証明を消す。


「おやすみ」


「あぁうんおやすみー」


 ゆっくり休んでね、の意味を含む言葉を掛け合う。そして沈黙が訪れる。


 しかし初日にしては稼げた。異世界に来てかなり幸先のいい始まりだ。明日は身の回りの整える為に使ってもいいだろう。出来ればもう少し良い物件を探してもいいか。森に行ってあの大猿を狩り続ければそれなりに懐は暖まる。いや、もっと強い魔物が相手でも問題は無いと思われる。それなら大丈夫そうだな。でも――


「……一成、まだ起きてる? 」


「起きてはいるが……なんだ? 」


 突然背中に声をぶつけられる。それぞれの寝具に横たわっていて触れ合うことは無いが、それでも心臓が大きく飛び跳ねそうだ。


「その……一成が良かったら……してもいいよ」


「早く寝ろ」


 これ以上意識してしまわないように彼女の提案を蹴り、一度深く布団を被った。



 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 身体に乗っている布を捲り、うんと手を天に突き出して固まった体をほぐす。


「一成おはよー」


 上半身を起こしたまま横を向いて、既に着替えている彼に挨拶をする。


「あぁおはよう。ちょっと思いついたんだが、衣食住のうち、服は社会的にダメだとして、食なら何とか出来ると思うんだがどうだ? 《食べる必要がなくなる資格》とかとかどうだ? 」


 彼の声は逸っているようで天啓得たりといった様子だ。

 しかしそれだとせっかくの食事の楽しみが無くなってしまう……。だから私は言う。


「流石一成! 確かにそれだとお腹も減らないし、食費も必要なくなるじゃん! やっぱり一成は頭いい! 」


 私はこうやって一成の機嫌を損なわないようにするしかない。彼が私を殺そうと思えばいつだって出来る、どんなに足掻いたって灰を吹き飛ばすより簡単に成してしまう。

 彼に抵抗……ましては反対意見なぞ自殺行為に過ぎない。


 提案を見かけはすんなり受け入れると、お腹で騒いでいた違和感が消えてなくなる。食べる前でも後でもない、何も食べてないのに食べて数時間経った時のようだ。


「これからどうする? 」


 時間を持て余しての発言だろう。何がしたいという訳でもなく、完全に委ねられている。だが、彼の何気ない一言でも私は常に崖を背にしていることは変わらない。


「とりあえずは街を歩いてみるのもいいんじゃない? 昨日見て回ったけど、色んなお店があって面白そうだったし」


「それもそうだな。よし行くか」


「楽しみ〜! 」


「お前は一回行ってるだろ」


「そうだけど! 一成と一緒に回れると楽しいの! 」


 気持ちを過剰にして機嫌を取る。

 褒められて悪い気がする人はいないだろう。それに、以前どこかで聞いたことがある。いつもいい事をしてくれる人には、悪いことは出来ないし、恩を返そうとする。そんな心理があると。


 そんな私の心情は汲みもせず……汲まれると不味いのだが、彼はルンルン気分で支度していた。



 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「確かに色々あったな」


「でしょ? 来てよかったでしょ? 」


 目立たないように……でも、私のお陰だと思わせるように――


「まぁ有意義な時間ではあったな」


「ちょっとカフェに寄りたいんだけど、いい? 」


 あくまでも下から。逆撫でにならないように気をつけて――


「えぇ、面倒なんだが……」


 断られても長く粘って鬱陶しいと思われないように――


「そんなに行きたいのか? 」


「うん、一成と一緒にお茶したいなって」


 相手の出方を伺って、勝機が見えれば彼の自尊心を満たす言葉を選んで。


「そうか、なら行ってもいいな」


「ありがとう」


 喩え大袈裟でも感謝することを忘れてはいけない。



 カフェに着いた。一成に要望を聞いて、私はカフェ・オ・レをふたつ注文する。

 普段なら珈琲が苦手な一成、カフェに詳しくない一成をかわいいな、と思うところだが今はそんな余裕はない。


 ちなみにだがこのカフェはギルドに併設されており、わざわざ一度建物の外に出なくともギルドとカフェを行き来できる構造になっている。


 私は一縷の希望に期待して彼と会話する。


「ル () ()って感じがして楽しかった。今日は一成ありがと」


 かなり下手な出方になってしまったが仕方がない。昨日半日過ごしただけでもう心が疲弊しきっている。あと数日なんて耐えられない……耐えられるかもしれないが、その時にはもう私では無くなっていそうだ。


「なんかンが小さくないか? 」


「そう? 普通に話してるつもりだけど」


「蒼にそんな癖あったか? いや、疲れているのか? 」


 一瞬、狙いがバレたかと思って心臓が止まりそうだった。

 私なんかとは比べ物にならない洞察力と直感。私には針の穴のように見えているものも、一成には毛糸玉に見えているみたい。


「そうかも。宿に戻ったらしっかり休もうかな」


 適度にうんうんと頷いていると、一成の後ろから人影が近付いてくる。


「良かったら回復魔法でも交換するが」


 人違いでしたなんてことも無く、疑わずに寧ろ私を気にかけている一成に話しかける。


「アンタ見ない顔だけど何者? 」


「マジか。本当に異世界に初心者狩りチンピラ及び先輩冒険者っているのか」


「何言ってるのか分かんないけど、とりあえず立ってくれる? 」


 こう言っては悪いかもしれないが、彼女の気怠そうな雰囲気が意地の悪い先輩にとても合っている。


「はぁやれやれ、なんですか先輩」


 一成の口から聞いたことがない単語が発せられ、椅子が音を立てて後ろに下がる。


「アンタさぁ最近冒険者になったみたいだけど、成り立てでここでお茶するなんて調子のってんの? 」


「お言葉ですが、別に俺がどこで何をしようが勝手だと思うんですけど」


 何も知らない人が見ればまさしく不良と言うのが相応しい彼女と対面しても、臆せずに噛み付いている。


「そんなの言っても気に食わないしさ、決闘でもする? そんな金に余裕あるならできるでしょ? 」


「別にいいですけど……」



 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 とは言ったものの目立ちたくないなぁ……。


 一成は先輩冒険者を前にそんなことを考えていた。

 流石に屋内での戦闘は危険であるとの事から、出てすぐの路地に移動している。


 そんな成り行きを得て、一成と向かい合う相手は槍を中段に構えて一成の出方を伺っていた。完全に殺る気だ。

 対する一成は背後に鎖を射出準備して固定している。

 視線が交差する。


「ッ! 」


 静かに空気が揺れた。軽やかな金属音を立てて、支配を外れた鎖が宙を舞う。

 防御に充てる武具が無くなった懐に一撃を打ち込まんとする彼女の姿が一気に大きく、下方に見え――。


 急にブレたかと思えば数歩横にズレている。懸命虚しく隠し球のもう片方の鎖は虚空を切り裂いて進む。


「魔法もある分人間の限界も引き上げられてるのか? 」


 目の前に出現させた鎖を避ける身体能力に一成はそう推測する。

 にしても強い。先程のは狙いを心臓と思わせた演技(ブラフ)……いや、確かに狙いは胴だった。すぐさま横に飛び、回避する判断力。咄嗟に腕を落とそうと振るった刃先。

 今度の相手はあまりにも闘いなれし過ぎており、人間であるという点も殺す事を躊躇させる。確実に相手が悪い。


 今の一成の悩みはどうすればあまりにも強大な力を抑えられるか、だ。

 跡形もなく消すことも、全て避けることも、《資格》さえあれば容易い。ただ、不審に思われればこれからここで生活するのは厳しく、かと言って全力ブッパで倒していいような種族でもない。


 あれやこれやと悩む間にも、彼女からは燕をも仕留める素早さの刺突が飛ぶ。が、一成は《資格》の力によって尽く避けている。


 全展開の発動も視野に入れる。加減を間違えれば彼女が死ぬ恐れもあるが、彼女の強さからきっと耐えてくれると判断する。


 対する相手は正面からでは無理だと踏んで、壁を使った立体機動へと戦術を切り替える。それを耐える建物も建物だが、彼女の並外れた脚力で飛び跳ねると軌道が見えない。強いて喩えるならば蛇。ただ、蛇ではありえない程の連発。ありえないとしか評せない。

 ただ、それほどの実力を持ってしてもかすり傷さえ付けられない 《資格》はとんでもない。


 連なる金属音が響いたと思えば、地に足をつけている彼女が見える。手には鎖の絡まった一本の槍。やはりズラされており、胴横を掠らないギリギリで通り過ぎている。

 それでも彼女はめげずにジャラジャラと音を立てながら槍を強引に動かし、貫くために全身を弓に番えた矢のように後ろに引く。


「『ウェーフィクト』! 」


 騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬達は彼女の言葉を聞き、まさか……と言った様子で、ありえない。信じられないが伝染していく。

 中には怯えきり、巻き込まれたくない一心で逃げ出すものも……。冒険者の多いこの街に住んでいるにも関わらず、だ。


 その反応も妥当だと思える出来事が次の瞬間に起こった。

 矢の如き突進と共に打ち出された刃は寸分違わずに心臓に吸い寄せられる。それと同時に一成を境に鏡合わせのように、後ろからも殺意が飛んでくる。

 バックステップで回避しようにも後ろから串刺しにされ、下手な防御では防ぎきれない。後ろ以外への回避は彼女の超反応で薙ぎ払われる。ほとんどの人が為す術なく死を覚悟……いや、理解すら出来ない詰み盤面が完成する。


 しかし、砂場に落ちた一粒の砂金。それが今の朝霧一成だ。

 背中に迫る武器の方が避けていく。比喩表現でもなんでもない。それが一成の《資格》の能力なのだから。


「危なかった……認識外でも発動してくれてよかったな」


「――は? 」


 明らかに不自然な軌道を描いた槍に対し、彼女は今の心中を表す一言。それもそのはず。彼女が以前、最強と呼ばれる騎士と手合わせした時でさえ槍の方が避けるなんてことは無かったのだから。


 しかし彼女もプロ。戦場で呆けて命を散らすなどという愚を犯すことはない。両手に槍を持ち、大きく後ろへ飛んで思考の時間を稼ぐ。

 それに対する一成は、これ以上にないほど《資格》を重ねがけていく。万全を期すために、より手加減ができるように。


「……もう死んでも知らないから」


 突っ撥ねた言い方……焦りを押し潰すようにした言葉が聞こえたかと思えば、その場にかかる圧が段違いに増える。空気自体が鉄のように重くなってしまったようで、外野は身動ぎすら出来ない。


「オード アラックニスサニマイ シート ( ) ( )イテペローニャ ハスタ アチビ ヴィダム……」


 技名しか呟いていなかった彼女が長い長い詠唱を始める。


 この世界の詠唱は、魔術を使った技の構築及びスキルの構築の補助的な役割を果たす。逆に言えば詠唱無しでも組み立てはできる。しかしそれは説明書もなしにプラモデルを作るようなもので、高難易度の構築となれば大抵は詠唱やその他の構築補助をもって発動させる。


 つまり彼女はそれほど難しい技を放とうとしている。

 それを見た一成は、掌を彼女に見せつけるようにして広げ――


「一次元限定型 『終焉に導きを(しゅうみち)』」


 彼女の隣に完全な一点に圧縮された光が生まれる。それが内側からの圧力に耐えかねた結果、音を伴わない爆発が起きる。


「おかしいな……腕一本ぐらいは吹き飛ばせると思ってたんだが」


 一成は予想とは違っていた状況を眉を顰める。

 半身火傷に包まれながら、どの部位ともサヨナラをしていないのは二刀流だからこそできる……いや、彼女の持つ化け物じみた筋力と二刀流の手数の多さ、伝説の武具と称えられる槍が合わさってようやくできる離れ業だ。

 刃を扇風機のように回転させて爆風を中和することができる人間がどこにいる。そんな怪物は彼女一人で十分だ。


「まさかアレが防ぐとは……流石先輩」


 褒める意思はあるのだろうが、奇跡としか言えない現象を目の当たりにして焦りや緊張が一切こもっていない台詞は相当騎士道に通じているか、負けることは無いと油断しきっているかのどちらかだろう。この場合後者か。

 二手三手の手加減を考える、慢心溢れる一成を前にして、彼女は満身創痍の体では勝てないと諦めて槍を手放す。痛みで声を荒らげていても不思議ではない。それでも先輩の意地と言った様子で静かに片膝をつく。


() () () (……)


 夏場に苛立たせてくれる蚊とは違い、弱々しくも煮えくり返っている、それでも振り返ってしまいそうな声でルルはボヤく。俯いて、自分の無力を嘆くように。


 目線を下げて面を見ようとする一成と、決心して面を上げた彼女。対等では無い視線が交差する。


「なんで! なんでアンタみたいな努力もしてないようなやつに負けるの! なんで! 構えから素人だし! ふざけないで! 」


 いや、先輩の意地なんてとっくにないのだろう。守ってあげる、なんてことを言っておいて、油断していた結果がこの様だ。

 今まで誰にもぶつけたことの無い感情の波が彼女を呑み込む。


「魔法適正も! 武器も! 身体能力も! 何もかも持ってて! なんで! なんでそんなに楽しそうなの! おかしいでしょ! 無理矢理やらされてこんなになったアタシがバカみたいじゃない! 」


 まだ人間味を帯びていた彼の瞳に、秋を通り越して冬が訪れる。下を向いていたのが見下しに変化した瞬間だ。


「誰かを妬むぐらいなら、努力でもした方がいいんじゃないですか、先輩」


 完全なる正論だ。時と場合が違っていればだが。

 魔法適正は先天的なもので後天的に身につけることは出来ない。武器だってそうだ。ルルの槍や、一成の鎖といった品はこの世に多く存在していない。生涯かけても稼げないような値段で、代々家に受け継がれる。見ることすらあるかないかの物を手に入れるなんて尚更難しい。

 つまるところ話が噛み合っていないのだ。それには彼女も声を荒らげる。


「アンタ頭おかしいんじゃないの?! 努力してこんなんになったってのにそれでも努力しろとか! 」


 少しは落ち着いたようだが、未だに会話は成立していない。ルルの生い立ちを初対面の一成が知るはずもなく、また今の一成にそんなことを思い当たるはずもなく、そのような人だと思い込んで思考を辞める。


「あの、とりあえずはもうこれでいいですか? そんなに暴れたくないし、穏便に済ませたいんで」


 腕を消し飛ばそうとしている時点で穏便とは言い難いが、一成は和解を持ち出す。和解などより宣言受諾の方が合いそうだが。

 そんな間と意味不明な理論はルルを正常に引き戻す。


「はぁ? 穏便に済ませる? あんたバカじゃないの? こんな怪我させておいて穏便? 」


 激昂したり、激昂したり、少し落ち着いたり、とそこまで変に思えないが、彼の目には異常に映るようだ。


「え? なに? 情緒不安定? 」


「アンタねぇ! 」


 つい口から漏れ出る感想にまたも再沸騰。痛みが沸点を下げる一因となっている。


「とりあえず煩いんで、ちょっとだけ静かにできません? 」


「『ペッディリ』」


 わざとやっているとしか思えない神経の逆撫でに耐えかねたルルは力を込めた槍を一直線に突き出す。決闘の流儀や好感度なんてかなぐり捨てて、ただ憂さ晴らしに。


 アイアン・メイデン、そう喩えるのが最も相応しい。


 何も無い空中から生えた槍は全て一点に集束し、無数の穴からは血が吹き出す……はずだ。


「え? どうなってるんだこれ」


 別に一成は防いだでも避けたでもない。一成自体の存在がなくなってしまったかのように全てがすり抜けてしまっていたのだ。


 キンッと甲高い音と共に、彼女の手に収まっていたはずの槍は宙を舞う。

 槍に生命力を持っていかれたルルは、力なく振り返り引き摺るようにして力無く去っていく。大切なはずの武器すら残して。


「えっと、もう帰っていいですか? 」


「…………」


「あの……先輩? 」


 何も言わずに哀愁漂わせ、明らかに絡むなオーラを纏っているにも関わらず一成は無意識に煽り立てる。


「……勝手にしたら」


 舌打ちと手を震わせた後、喉を震わせずに突っぱねた言葉を残して彼女は本当に立ち去る。


「とりあえず持っておこうかな。

 ――うっ結構重いな」


 道端に転がる槍に目を向けた一成は手の平で包む。二本あったはずの槍は一つに戻っている。


「蒼? なんでそんなぽけーっとしてるんだ? 」


 槍を《交換》で身につけた魔法空間に仕舞った一成は、ふと彼女を見て言う。傍観に徹していた彼女を不審に思った訳では無い。単純な疑問だ。


 しかし、今まで見たことがないほど生き生きしており、そしていつ以来か分からないほど久しぶりに自信に満ちている。

 そんな一成を見て蒼はただ恐怖で染まっていく。既に彼の言動全てが怖い。人の命を奪うことに躊躇はあっても傷つけること、他の動物への虐殺は厭わないときた。命あっての物種……とは言うが命だけ助けられても手足失って生きるなんて絶対に嫌だ。そんな


「いや、その、あまりにも一成が凄かったから、驚いちゃって」


「何か声が震えてないか? 」


「そ、そう? 迫力があったからちょっと怖かったのが続いてるのかも」


「辛かったら休むか? 」


「大丈夫大丈夫! なんなら! ……その…今は一成と一緒に居たいし……」


「何か言ったか? 」


「なんでもない! 」


 一成の大嫌いな虚飾の愛。バレたらどうなるか分からない。それでも今の蒼は、微力な蒼は下手に出てできるだけ生存率を上げる。

 それを知ってか知らずなのか、遠回しな告白は一成に聞こえていない。これが吉と出るか凶と出るか。


「一成、どうする? 」


「まぁ帰るしかなくないか? なにかしたいことでも残ってるのか? 」


「そんなんじゃないけど……」


「……そうだ。ちょっと森に行ってもいいか? 」


「どうかしたの? 」


 疑問に思う蒼を連れて、一成は軽くした身体で駆けていった。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 森に着くと妙な静けさが空間を支配していた。一成の直感が告げている。何かある、と。

 膝に手をついてぜぇはぁ息をする蒼は顔を上げて当然の行動について問いただそうと、一つ大きく息を吸う。


「ねぇ一成。急にどうかした――」


 森の奥のなにかに目についたようで、言葉を途中で遮る。


「待ってあそこに誰かいない? 緑の色がちょっとだけ明るいし」


「あ? どこだ? あの妙に白いやつか? 」


 なんとか同じものを認識することには成功したようだ。どうも彼女は一人のように見える。多くの魔物が出る森で一人は危険だろう、と彼女は判断したようだ。出来れば一成に守ってもらおうと。


「うんそれ! 話しかけてみない? ……一成ならどんな強いのが相手だって守ってあげられるでしょ? 」


 途中、隠しもしない機嫌の悪そうな顔に変化したのを見てすぐさまもう一文追加する。

 褒められたことで悪い気はしていない一成は、しかし自惚れていない。至って普通だ。


「もしかしたらかなりの腕なのかもしれないだろ。ピンチになってから助けるでも充分だ」


 前言撤回。普通助ける気があるのならピンチになる前に助けるものだ。やはり少しずつズレていっている。今の状況は交通事故に遭ってから保険を勧めるようなものだ。事故の防ぐことが出来たにも関わらず、にだ。さしずめ善意を振りまく厄災か。


「確かに! 邪魔しちゃ悪いじゃん! 流石一成! 」


 そんな異常思考を肯定するしかない彼女も彼女だ。止めるなり、おかしな点を正すなりすれば良いものを生への執着で覆い隠す。まさに本能の奴隷と言えるだろう。


「待て。なんか怪しくないか? 」


 厄災と奴隷は、天使に歩み寄る無数の緑物体に目を見遣る。緑物体は輪郭が不明瞭で一瞬でも目を離すと見失ってしまいそうだ。未だ天使は動じていないが、慌てふためくのも時間の問題だ。


「助けるから蒼はここでじっとしておけ」


「分かった」


 伝えている間にも天使を囲む緑の輪は段々と狭まる。逃げ道を塞いだうえで狩りを行うのは獣の基本。しかし、彼等を獣と呼ぶにはあまりにも醜悪だ。


 そんな彼等はゴブリンと呼ばれる種族。児童並の知性を持ち、基本的に群れで集落をつくり生活する。

 ちなみに人間社会で言うところのイケメンはゴブリンの中では不細工と言われていたりする。結局は同種族間での比較でしかないと実感させてくれる。

 また、彼等の肌の色は住む環境によって異なる。保護色と呼ばれるものだ。

 人と獣の両特徴を兼ね備える存在が彼等だ。


「とは言ったものの、どうやったらあの人を傷つけずに全滅させられるんだ? 」


 はなから殺すことしか頭にない一成の手持ちの切り札(通常攻撃)は基本的に全体攻撃だ。しかし一成は迷わず術を発動させる。


「群がって粋がるな『広範囲型終焉に導きを』」


 答えは単純だ。助けたい存在に 《朝霧一成の攻撃が当たらない資格》を付与しただけ。ただ、副作用として付近一帯が草一本ない荒地になってしまったが。


「えっと、助けてくれたんですか? 」


「まぁそんなところだな」


 いきなり光に包まれたと思えば目の前でゴブリンの集団が消滅して、トラウマとまでいかなくとも一歩間違えたら死ぬところだったのだ。少しは恐怖していてもおかしくはないはずだが、そんな素振りは全く見せずに天使は感謝の言葉を述べる。


「ありがとうございます。良かったら名前を聞いてもいいですか? 」


「え、な、なな、な名前? 」


 コミュ障を発揮して……と言うよりも困惑して少し吃るが、彼女の切なそうな表情に呼応する。


「あー、アサギリ・イッセイ。それが俺の名前だな」


「アサギリ・イッセイ……覚えました! 本当にありがとうございます」


 深々とお辞儀の後守りたくなるような笑顔を浮かべて天使成分を振りまく。不安から解き放たれた心を映すその笑みはとてもかわいい。


「ぁ……まだ名前を聞いてないんだが、その、聞いてもいいか? 」


 柄にもなくイッセイは視線は逸らし顔は赤らめたまま問う。内心嫌われないかバクバクなのだろう。普段から女子と対等に話しているだけあって本当に似合わない。……いや、初対面ならコミュ障が発動して話しかけていない。

 こんなことをする柄じゃないことは確かだ。


「あっ、まだ言ってませんでした。カピュア・フェルト・ゴットフリート、それが私の名前です」


「そうか。可愛い名前だな」


「えっ、か、かわいい?! 」


「……待ってなにこの人かわいい……」


 好みの男性に可愛いと言われて混乱するカピュアと彼女の可愛さに耐えかねて悶々とするイッセイ。少なくとも現代社会(リアル)ではありえないほど珍しいが、それでも見ていて妙にしっくりとくる。

 甘々とした緩みきった空気の中、カピュアは思いきった言葉を発する。


「……良かったら冒険者パーティに入れてくれませんか? 」


 一目惚れした人の近くに居たい。その気持ちは変ではない。寧ろ正しいと言える。冒険者特小団体(パーティ)なんてものでなければ。冒険者の仕事には危険が伴う。本当に好きなら冒険者なんてものを辞めさせて、定職に就こうと言うべきだと思う。それこそ冒険者しか択がないような違和感がある。


「まぁ、役に立てないかもしれないがそれでもいいなら、是非入って欲しい」


 大猿ことバッキキールを無傷でそれも一撃で討伐。人間を辞めたとしか思えない戦闘能力を持つルルを手加減した状態で心を折る。カピュアを囲んでいたゴブリンを森ごと焼却処分。

 対人対軍どちらにも圧倒的な強さを見せつけてきた彼が言うと謙遜なんて聞こえのいいものではなく、可愛いと明らかに自覚している子が 「私なんて全然可愛くないよ〜」と言っている時のような妙な怒りが沸く言葉に聞こえる。


「そんなことありませんよ。イッセイさんはとても強いじゃないですか。多分……私の方が役に立てないと思います」


 面接なら落ちている可能性が高いが彼の自尊心を満たす目的なら大正解だ。


「いや、ゴットフリートさんは居てくれるだけでいいんだ」


「え、でもそれだと……」


「いや、まぁ、そのーあー……」


 パーティにいる意味がないんじゃないか、と彼女の純粋な疑問に一成は言い淀む。流石に直接言うのははばかれる理由だ。面と向かったまま、可愛いからなんて言った日には気持ち悪がられ、一成史に残る大痴態として消えない傷ができることだろう。しかしカピュアに悪意がない事がとても厄介だ。

 答える術がなく、あー、やうー、といった言葉にならない声を出し続けて思考を巡らせていると、


「ねぇ一成、大丈夫だった? 」


 まさに救世主と呼べる人物が会話に割って入る。


()あぁ。蒼こそ巻き込まれていないか? 」


 異世界風ことわざで言うならば、襲われている村のおじさんだ。藁にもすがる思い、ではないが崖っぷちな時には普段何気ない人でも英雄のように見える。

 まさにそんな状況だった一成はア行の発声練習を切り上げて話題転換に努める。


「むぅ……」


 可愛らしく顔についた白い白い風船を膨らませて、不機嫌を精一杯表現している彼女だが、それは一成の背で受け止められまともに相手にされない。


「あ、それはそうと、さっきめっちゃ眩しかったけど大丈夫だった? 」


 何故蒼には眩しく見えたというのにイッセイやカピュアは零距離で受けたにも関わらず、光で目がやられていないのかには一切言及せず、イッセイは保護対象の無事を伝える。


「間に合ったみたいだな。ゴットフリートさん、どこか身体が痛むところとかはないか? 」


「えっと、大丈夫です。それと、ゴットフリートさんは何だかむずがゆい感じがします。カピュアとかフェルトって呼んで貰ってもいいですか? 」


「え、あ……え? 」


 名前呼びを懇願されて目をぱちくりさせるが覚悟を決めたようだ。一度カピュアに向き直して口を開く。


「カピュア……でいい…か?」


 照れがかなり残っているがなんとか第一歩を踏み出した。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」


 二人だけの最強パーティに癒し枠が加わった一日だった。



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 私がイッセイさんのパーティに入って数日が過ぎました。今は三人でイッセイさんが借りてくれた宿で生活しています。私も出そうと思ったのですが、ここは俺が全部払うからと言って払ってくれました。


 みんなの分を一人で払うイッセイさんはかっこいいです。


 ですが数日の間イッセイさんになにかしてもらっているばかりなので、今日は私の得意な魔法をイッセイさんに教えることになっています。

 私を助けてくれた時も光属性で倒していたので役に立てると思います。


「あー……カピュア? そろそろ行くか? 」


 未だに慣れていないのか私の名前を呼ぶ前に躊躇いがあるイッセイさんですが、そのかっこいい声で呼ばれると胸の奥がキュンキュンしてじんわりと温まります。


「あ、はい! 」


 そんな会話をした後に私たちは平原へと移動します。アオイさんも一緒に行きたいと言っていたのですが、魔臓が全くと言っていいほど働いていなかったので留守番をしています。


 でも本当はイッセイさんと二人きりになれてちょっと嬉しいです。


「イッセイさん。適当に魔法を打ってみてください。それで更によくできるところが分かりますから」


 手始めにどれくらいの精度で構築速度で式強度でできるのかを調べるために試し打ちをお願いします。イッセイさんは周りに人がいないか確認してから手のひらをかざします。


 周囲の人にも気を配れるイッセイさんは優しいです。


 伸ばした腕から数十メートルは離れたところに虹がかかります。虹のようではなくて、虹にしか見えません。そして自然と伝わってくる魔法式は非の打ち所がありません。私が使うような完璧な式です。それに加えて全属性を同時発動。

 こんな事ができるのは私ぐらいだと思っていたのでとても驚いてしまいます。


「……す、凄いです! 」


「そうなのか? カピュア……ならできると思うんだが」


「確かに私ならできます。ですけど、私以外でできる人なんて初めて見ました! それに私なんかよりもずっと魔力量も多くて、凄いです。

 ……あ」


 あることに気付いてしまった私はつい声が漏れてしまいました。


「でもこれだと教えることがありませんね……今日は帰りますか? 」


「カピュアがそう言うならそれでもいいが」


 せっかくの二人きりでしたが、役割がないならきっとイッセイさんは私に構ってくれません。

 心に厚い雲がかかってしゅんとした気持ちのまま、とぼとぼと帰ります。


「…… (ンタ)……アンタ……フリート! 」


 帰る途中で声をかけられました。誰かと思って声のする方を向けば、数週間一緒に過ごしてすっかり見慣れた人が居ます。


「今ちょっといい? 」


「えっと、イッセイさん。先に帰ってて貰ってもいいですか? 」


「あぁ分かった」


 なにか用があるみたいです。しかしイッセイさんを引き留めるわけにも行きません。困ったような表情をするイッセイさんですが、一人で歩きだします。

 少し寂しいですけど、ルルさんの方に向き直って話を聞く準備をします。


「率直に言うけどさ、アンタあの男とは関わんない方がいいよ」


「……え? 」


 ルルさんの言ったことが理解できませんでした。ただ、いいことではないのは確かです。


「なんでそんなことを言うんですか? 」


「アタシが嫌いってのもあるんだけど、それ以前に普通じゃない」


「そんなこと――!」


「全然緊張感がない。常識がズレてる。一緒にいる女には出逢ってすぐのアタシを頼られる。そんなヤツを普通って言えるわけ? 」


「でもイッセイさんは優しくて……」


「その優しさがホンモノって言える? 今口にしてやっとわかった。アイツと決闘してる時の変な感じ、アレ舐められてたんだ。そんな傲慢なヤツといて辛くない? 」


「辛いなんてことは……」


「あっそ」


 嫌われてしまったんでしょうか。ルルさんは愛想を尽かしたみたいにそっぽを向いて歩いて行ってしまう、と思ったのですが途中で立ち止まり声を発します。


「一個聞くけど、アンタ幸せなの? 」


「……え、あ。はい! 」


「そ。アンタがいいならいいんじゃない? アタシにはもう手に負えないから、困ったら逃げなよ」


「えっと、ありがとうございます」


「別にそんなんじゃないから」


 今度こそ本当に立ち去ってしまいました。私は先に帰ったイッセイさんを追って、急いで宿に向かいました。



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 今日も今日とて二人はイチャコラしながら魔法の練習に励んでいる。本人にその意図は一切ないのだろうが、何気ない一言で照れ、触れ合っている姿は一部の人に魔法の暴発で爆死することを願われるだろう。

 魔法練習に付き合うことがないぐらい完璧だ、と考えていたカピュアだったが魔力感知や式の読み取りは教えられると考えて今に至る。

 イッセイならば 《魔力感知が完璧にできる資格》や 《魔法式を読み取れる資格》を取ればよいだけの話なのだが、それを一切していない。気が付いていないだけなのだろうか。気付いていて、わざとしていないのであれば速やかに天に昇って頂きたい、とまた願われるだろう。


「カピュア、ありがとな。毎日丁寧教えてくれて」


「い、いえ、全然大丈夫ですよ。こうやってイッセイさんと一緒に過ごせると幸せですから」


「何ともまぁリア充突き詰めてるな。こんなときには爆弾の雨でも降ればいいのにな」


「――ッ!」


 突然降って湧いた声にイッセイは身を固くする。それもそのはず、その声は 《生物・無生物に関わらず周囲の状況を鮮明と把握する資格》が反応していない状況でも耳元で聞こえたのだから。

 しかし周囲をいくら見渡そうと声の主は見当たらない。


「なんだったんだ今の」


「なにかあったんですか? 」


「カピュアには聞こえていないのか……。なら俺の聞き間違いか? 」


 聞き間違いにしては確かにハッキリと聞こえたイッセイは不思議に思うが、考えても分からないものは分からない。仕方がないと割り切って練習を続ける。



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「なぁ、やっぱり思うんだが蒼ってついて来る必要あったか? 」


「ちょっと酷くない?! 私だって少しは役に立つから! 」


 朝から騒がしいのは蒼だ。イッセイが魔法練習を始めた日から数えて数週間が過ぎ、すっかりここでの生活に慣れている。そして蒼含むパーティは心許なくなった財産を増やしに草原へ出かけている。


「あのなぁ俺が全部片付けるんだから意味ないだろ」


「背中とか守れるじゃん! 」


「自分で守れるし、そもそも背後を取られないんだが? 」


 言葉通り既に死体の山が形成されている。周囲に魔物がいなくなれば遥か遠くから周囲に転移させることにより、無限に狩ることが出来ている。

 少し生態系が心配になる狩りの仕方だが、懐は冬休みのお腹周り並に膨らんでいく。イッセイは何もかもが順調だ。


 充分過ぎる程が集まりイッセイがそろそろ帰ろうかと思った時、蒼は徐に腰に掛けていた銃のグリップに手をかける。


「おい蒼。なんのつもりだ」


 動作はすぐにバレるが、そこで留まるような決意ではない。


「前々からずっと思ってた。でも認めたくなかった。けどここまでされたらもう認めるしか……諦めるしかないじゃん……」


 奥歯を噛み締め、必死に爆発を堪えている蒼はいつまで持つだろうか。感情的な彼女がそれを抑えて冷静でいようと心がけるのは以前、一成に言われたことが関係している。



 あれはまだ異世界に来る前のこと。


「蒼は、その、なんて言うんだ? 普通に過ごすだけなら問題は無いんだが、あぁ特に俺を説得する時とかはあんまり感情だけで語らないでくれ」


「なんで? 」


 いつも唐突な一成だが、今回はいつもより文と文の繋がりがない。


「なんでって、根拠は私がこう思うから! だからこそこうこうなんだ! って言われても素直に納得しにくいしな。それに感情論だと暴言混じりで偏った意見が多いんだ。そうなると俺の心が寄せ付けなくなる」


「結局は感情になってるじゃん! 」


「そりゃそうだろ。俺は人工知能でも無ければ、造られた生命体でもないんだ。感情ぐらいあるわ」


 こんな記憶を忘れないでいて、尚且つ実践している。

 昔を思い出していると、彼との記憶が蒼の頭を次々と浮かんでは消えてゆく。


「え? ありがとな、誕生日プレゼント。……その、俺が貰ってて悪いんだが、蒼の誕生日っていつだ? 」


「嘘でしょ?! 」


「あれ? 弥生の21日じゃなかったのか? 」


「弥生!? 違うから! 」


 別の日。


「なんでクリスマスの日に出かけないといけないんだ。俺の予定を完全に無視するな」


「え、ウソ……予定あったの? 」


「ソシャゲのクリスマスイベント周回だが」


「それは予定には入らないから! 」


「いやいや普段は50程度に抑えてるが、今回は100、200箱開ける気なんだ。一体何時間かかると思ってるんだ」


「いや知らないから! 」


 また別の日。


「そうそう、牛乳より豆乳がいいらしいな。蒼試して見たらどうだ? 」


「ねぇ一成。もう毎日飲んでるんだけど……」


「なんかごめん」


 他愛のない日々が愛おしかった。



「蒼がそのつもりなら仕方がないな」


「え? 」


 感慨に耽っていた蒼は突然の声で現実世界に引き戻される。交渉の足がかりにしようとしていた彼女はさぞ驚いただろう。

 すぐ目の前には精霊のように淡く光を放つ球体が浮いており、亀のような歩みで顔に迫る。逃げようとしても身体が固定されたように……いや、実際に固定されてしまい動かない。


 迫る死を見ていると縫い付けられたこととは関係なく、全身が強ばり蒼の体は恐怖が支配を進めていく。


 顔が魔法に焼かれてしまうすんでのところで弱者を守るために剣が振るわれる。魔法はまるで豆腐ように楽々と切り離される。


「女性に対して手を上げるというのは感心できないな。狙う部位が顔ともなれば尚更だ」


 魔法弾を斬り伏せたのは真っ白な服に身を包んだ男性だ。白を基調としたマントを羽織り、甲冑は付けていないが騎士と分かる服装だ。

 見ていると不安が溶けだして無くなってしまいそうだと思えるほどに、安心感を与える彼は俗に言うイケメンだ。整った凛々しい顔立ちにスラリの伸びた背、背丈に比例している長い足。


「誰なんだお前は」


「生憎、君のような人に教える名は持ち合わせていないんだ。ウカツコ首都セイア筆頭騎士とでも言っておこう」


 イッセイの背後に人影が見えた彼は、その人を護れるようにと口を開く。


「そちらのお嬢さんも……って、ゴットフリート家のフェルト様?! 何故このような所に居られるのですか!? こちらへ! 」


 謙り丁寧に言葉を選んで騎士は彼女の身の安全を一番に考える。

 しかし名を呼ばれた彼女はその呼び掛けに応じることなく、かぶりを振る。


「嫌です。私はイッセイと一緒にいます」


「騎士様ぁ、フラれて残念だったな。それでそんな最優(セイバー)さんが俺に何の用だ? 」


 白の騎士は蒼を後ろに下がらせて、いつでも護れるように剣先をイッセイに向ける。


「しかしレイリ殿から通報を受けて来たが、彼はかなりの先見の明を持っているようだ……。

 君には遺失物所有者還元法、継承武装保護法違反。そしてそちらの女性に対する殺人未遂がある。大人しく従ってくれないか? でなければ実力行使になるだけだ。逆らえば国権施行抵抗罪にも該当し、罪が重くなるだけだ」


「でもさ、それはお前が俺を止められたらの話だよな? 」


 口元を歪めて言う彼の表情はニヤリッという擬音(ぎおん)がピッタリだ。悠々綽々とした様子は、イッセイの前には王国一の騎士様でも風の前の塵に同じ、とでも言いたげだ。


「戯言を言う余裕があるとでも言うのか。しかし驕っていられるのもここまでだ」


「それはそれは楽しみだな」


 謀った訳では無いが互いは同時に武器を振るい、初撃は傷つけるには程遠く音を響かせるのみだ。どちらも間髪入れずに追撃を叩き込む。


 二人の実力はよく似ているが闘い方はかなりの違いがある。

 イッセイの戦術は何処ぞの弓を使わない弓使いのように多量の武器を放ち、適度に後ろに下がっては距離を取っている。

 騎士はその弾幕を掻い潜り、増えた間合いを縮める。

 一撃喰らえば戦線離脱を余儀なく……離脱する間もなく絶命するような戦場で二人は余裕を見せて言葉を交わす。


「一見乱雑に見えるが、弾くにしても躱すにしても大半を潰す動きか……どうやらただの悪漢では無いようだ」


「そりゃあどうも。剣だけじゃなにかと不便じゃないか? 遠距離攻撃を身につけてみたらいいと思うぞ」


「そちらにフェルト様がいなければそうするつもりだが……フェルト様、どうかこちらへいらしてください」


 貴婦人は護るべき対象、と騎士道に沿った行動を心掛ける剣士はカピュアを巻き込む恐れのない場所まで移動させようとする。その間も干戈(かんか)は降り注ぐ。


「嫌です。私はイッセイと一緒にいるって言ってるじゃないですか」


「でしたら、そちらから動かないで頂けますか」


「……動かないだけでいいんですか? 」


「貴方様を傷つけるような真似はしません。今だけでも私に心をお預けになって下さい」


 真摯な眼差しで見つめられた彼女はイッセイに判断を委ねるように視線を送る。

 金属の雨は止み、一時休戦となる。


「俺もカピュアには怪我して欲しくないしな。カピュアを傷つけたりでもしたら許さないからな」


「是非とも鏡を見て言って欲しい言葉だ」


 流れ弾も届かないように少女から遠のいた場所を戦場とする。

 戦地を移した二人は早々に剣を構えて戦闘態勢へと移行する。これでは先程の再来……イタチごっこだ。しかし違うところが一点。騎士の持つ剣は光を帯びて淡く輝いている。


「君に対しての無礼を詫びよう。どうも実力を見誤っていた。互いの名も知らずに朽ちるというのは気に食わない。私はグリフサス・アシナ」


「アサギリ・イッセイ」


「私は剣技のみならず持てる全力を注ごう。君は私が出会った中で一番強い。だからこそ、君も全力で相手をしてはくれないか」


「別にいいが、死んでも文句は言わないでくれ」


「そうか。互いに神の御加護があらんことを」


 目を伏せて祈りを込め、瞼を開く。視線がぶつかったことを皮切りに射撃が再開される。

 派手さではイッセイが明らかに勝っているが、グリフサスも実力では一切劣っていない。幾千もの自機狙い弾幕が飛んでくる中、服に掠ることも無く避けきっているのだから。


「――ッ! 」


 視界外の危険に気付けたのはまさに騎士の勘と言えるだろう。

 ただし、気付けることと間に合うことは全くの別物だ。離れた蒼を取り囲む無数の銃弾は寺の鐘を形成している。

 まさに命尽きたかと思える瞬間、一陣の風が吹き込み弾丸が砕け散る。一陣の風はグリフサスと同じように白を基調とした衣服に身を包んでいるが、マントではなくフードの付いたローブだ。


「レイリ殿、申し訳ない。迷惑をかけた」


「王国最強の騎士が聞いて呆れるね〜。ふっふっふ〜、どうやら防御面だけで見たらボクの勝ちみたいだね〜」


 間延びした口調で子供は薄っぺらい胸を張る。中性的なその子は白に水色のメッシュが入った個性的な髪が生えている。首もと辺りで切られた髪は丸く、可愛らしい印象を与える。


「あぁそのことには相違ないが今はそれどころではない」


「うん分かってるよ〜アレ使っちゃったら〜? カプア……じゃなかった。フィールくんとそこの金髪少女は守っておくから〜」


「心遣い感謝する」


 倒せる希望を持っての発言に聞こえるが、子供ははなから期待していないような一応試しておこうと諦めに近い感情が宿っている。


「少しでも武人の心得があると期待したのは私の落ち度だ。責めるつもりはない。だが、何故弱い者を甚振ることに抵抗がない」


「俺の持てる全力なら、使えるものは全て使う。当然だ」


「実力は認めているが、永劫分かり合える気がしない。これで終わりにしよう」


 先程(すんで)のところで力を込めきれずに振り切れなかった一撃を放とうと剣に光を纏わせる。

 一段と眩く煌めいた次の瞬間には、岩を穿ち海を割り雲を裂き森を焦がす意志を持った波動がイッセイを包み込んでいた。


 ただここで勘違いしてはいけないのがこれは彼にとって単なる剣技のひとつであり、奥義でもなければ代償があるわけでもない。


「うわぁ眩しいなこれ。それで、これは閃光弾のような奥義で間違いないか? 」


「微動だに…していない……? 」


 グリフサスは戦意こそ失われていないものの顔は驚きで埋め尽くされている。それもそのはず。今までに生物に放ち……いや、今までに放って耐えられたものなどいないのだ。どれほどに強固な大地であろうと切り裂く。そこに一切の例外はなく、


「それじゃ、俺のターンか……『亡者の復活祭(ハッピー・ハロウィン)』」


 ミシミシと音を立てて大地が小さく隆起する。その数は百を優に超えており、留まることを知らない。地面という殻を突き破って出てきたのは西洋の怪物……アンデットと言うのが適当な無数の腕だ。

 這い出た腕はグリフサスを捕らえようと無闇に振り回して模索しているが、彼に近付くものは全て本体に別れを告げて彼方へと飛ばされている。


「ハロウィンとは小洒落た技だ。生憎私はそんな技を持っていない。応えられないことを不幸に思うよ」


「そうか、なら今からでも学んでみるか? その身でとはなるが…」


「はは、遠慮させてもらおう。騎士に見栄え重視の技は必要ないのでね」


 お互いの切り札は全ていなされ、少しも危害を加えることが出来ない。まさにこの状況を表すのに適した言葉は千日手だ。


「あぁもう面倒だな」


 イッセイはそう言うと、《地形を操作する資格》を交換し底の見えない穴を作ると、グリフサスの周りを囲うように地面を盛り上げ、上から押し込むように封鎖する。

 盛り上げた部分を作った穴に仕舞い、イッセイは一息ついて休憩をする。地形も元通りだ。


 ……地面が光っていることを除けばだが。


「はぁ……マジでなんなんだお前は」


 大地の最も明るい場所から地割れが起き、光の塔が(そび)え立つ。そして、光の中には人影が一つ。


「地形操作とはなかなかだ……わたしが思っていた以上に君は厄介らしい」


 騎士の力か地面にぽっかりと空いた穴はグリフサスが現れた時には塞がっている。


「あー、もうほんとめんどくさい。もう帰った方が良いんじゃないか? 」


「いやぁ、それはお前が土にってことか? 」


 イッセイは以前聞いた空耳と同じ声を聞き、ハッとした表情で振り返る。そこには、見覚えのある顔があった。

 イッセイは慌てて距離をとると、声の主の異様な体勢と正体に気づく。声の主は、一成たちを異世界へと送った神だ。そして、そんな神はコウモリのように逆さまになって、空中にぶら下がっている。


「一体お前は何者なんだ」


 イッセイが気を張って、いつ攻撃させてもおかしくないように備えた様子で聞くのに対し、神はまるで友人と冗談を言い合っているときのような声色で応える。


「なんでお前なんかに真名解放してやらないといけないんだ。もう偽名でデウス・エクス・マキナでいいだろ」


「……?! デウス・エクス・マキナ?!」


 デウス・エクス・マキナ。それは劇などで収集のつかない事態になった時、高次元の存在の介入によって解決する手法のことだ。


「あ、なんだ? 知ってるのか? デウス・エクス・マキナのことを。なら、話は早いな。とっとと死ね」


 デウスは首を鳴らそうとしていたところで突然の登場に怪訝な顔つきをしていたグリフサスを発見したようだ。


「あー、騎士様か? 騎士様だったらもう帰ってくれ。そして王に連絡しておいてくれ。もう咎人は朽ちた、とでもな」


 そう言い放たれた騎士は納得できるはずもなく、二人に向けて剣を構える。


「すごいなぁ……二人から狙われてるな。これが両手に花か? 」


 この混乱を引き起こした張本人のデウスは少しも気にしている様子はなく、あっけらかんとしている。

 そして、レイリの近くにいるカピュアへと目をつける。


「むさ苦しい雑草はそこでじっとしてろ」


 デウスがそう唱えた途端、イッセイとグリフサスは一切の動きを封じられる。そうして貴族が庭を散歩するかのような優雅な足取りでゆったりとカピュアに近づき、いつの間にやら手にした黒い花を手渡す。


「おやおや、戦場にも花は咲くみたいだな。そんな麗しのお嬢様にはこちらをどうぞ」


「……え? ……えっと、ありがとう…ございます?」


 彼女は困惑しながらも濃淡の見えない黒い花を受け取る。レイリはそれを頭痛がするのか頭を押さえて、諦めた様子で見守っています。


「そういや、お前は黒薔薇の花言葉知ってるか? 」


 動けずにいるイッセイが答えられるはずもなく、正解を聞けないまま、デウスの言葉をトリガーに花の元気が無くなり細く萎んでしまう。


「……ぇ? ――痛?! え……? なんで……」


 薔薇の棘が指に刺さり、思わず花を手放してしまったカピュア。彼女は突然の出来事に理解が追いついていない。そんな彼女を突き放してどんどんを我を進むデウスは、地面に落ちた彼女への贈り物を靴で潰してしまう。


「さぁ、そろそろ本気といこうか。おいおいどうした? なんで固まったままなんだ? 」


 デウスのペースで話が進んでいく。いまここで神に抗えるものは居ないというのか。

 デウスは何か思いついたように徐に口を開く。


「今我が美声を聞くに足りぬ者よ。自害せよ」


 この(めい)の影響を受けたのは二人。

 選ばれた一人であるグリフサスは自らの剣を喉へと狙いを定める。彼は自分と同じような状況にカピュアが陥っているところを視界に映し、神に苦言を呈す。


「貴様……こんなことをして…人の心がないのか!」


「どーせ、壊れた世界だ。ここの世界の住人に情なんて湧かないな」


 それだけ聞くとグリフサスは一息のうちに貫いてしまう。


 対するカピュアは特に道具を使う様子もなく、自らの手を喉に添えてゆっくりと力を込める。これでもかと目を見開いて恐怖と困惑が入り交じった表情をしている。


「ぇ……」


 彼女の視界の縁が黒く染まり正常な思考が失われていく中、彼女が最後に思うのはイッセイとの再会だった。最愛の人と結ばれなかった不幸を呪うでもなく、やり残したことを悔やむでもなく、彼と幸せになりたい。それだけだった。

 ふとした瞬間、彼女の身体から力が抜けて頭を強く打つ。それでも首を絞める手の力は一向に弱まる気配がない。


 そんな光景をイッセイはただ見ているだけだ。


「あ? 好きな人が目の前で死んだんだぞ? せめてお供えとまではいかなくとも手を合わせるぐらいはしてやったらどうだ? 念の為に言っておくが、既に金縛りは解除しているからな? 」


「殺人鬼からそんな言葉が聞けるとはな」


 デウスと会話をするイッセイは特に何も感じていない様子だった。まるでこれが日常の一ページと思わせる程に。


「お前は今、カピュアが死んだのになんとも思っていない自分のことを不思議に思っているか? 」


「別にだな。なにかデウス(お前)自身の考えがあるなら聞いてやるが」


イッセイ(お前)ちと傲慢すぎるだろ……。

 ま、教えてやるよ。お前の心の拠り所はかわいいかわいい彼女に移ってなんかいないからな。精々弱い自分から誰にも負けないような力を持った自分ってとこだな。いくら好きなキャラクターが死んだとて、それがゲームなら泣きじゃくるなんて真似はしないだろ? 」


「腑に落ちた……なんて言うつもりは無いが、もうデウス(お前)を殺してもいいか? 」


 言うが早いかデウスは(おびただ)しい数の爆発に包まれる。


「あぁもう眩しい。やだやだやだやだ。暗視できる権利だけじゃなく、明暗による視覚への影響を無効化する権利も取るべきだっか……。反省だなぁ」


 この数時間で何度見たか分からないが、煙から出てくるデウスは攻撃を受ける前と何ら変わっていない。


「チッ……厄介なスキルだな。なんなんだその《義務と権利》っていうスキル」


 イッセイは舌打ちをして分かりやすく苛立ちを表明して頭を搔く。


「おいおい、俺は俺の能力を探っていいなんて許可は出してないが? そ・も・そ・も俺が資格なんて馬鹿が三秒で考えたようなものに負けるわけないだろ」


「あ? 努力義務って知ってるか? 努めておけばやってると思われるし、その達成度を決めるのは本人だ。つまり、お前の義務は俺よりも強制力は弱いんだよ。それに権利の濫用はしないようにってあるの知らないのか?」


狐狸(こり)かよ。なら馬鹿試合(化かし合い)といこうか。それを言うなら資格があったってろくに使えてないやつもいるだろ。免許持ってれば絶対事故らないわけじゃないだろ? だからお前の方が下なんだよ。バーカ」


 グリフサスとの闘争となんら変わっていない。……強いて言えば絵面が地味になったことぐらいか。挙措(きょそ)もスキルを互いに防ぎ懸命に綻びを探すだけで、目を引くようなものもない。


 代わり映えしない彼らを横目にレンリはどこからか取り出した短剣を地面に置き、剣先の上にまた短剣を剣先を天に向けて置く。手持ち無沙汰そうに少し前からそれを繰り返している。

 今やレンリの背丈は優に通り越して蒼の壁すら乗り越えそうな勢いで積み重ねている。


 ……明らかに地獄の石積みよりも難度の高い暇潰しだが、レンリを興味は蒼の謎の物体に移ったようだ。


「ねーねー、なにこれ〜。ブーメランに似てるけどこんなゴチャついてるのはブーメランじゃないよね〜」


「ちょ、危ないから勝手に触っちゃダメだって」


 子供っぽい言動をするレイリから蒼は銃を遠ざけようとするが、彼女の健闘虚しくレンリは銃を慣れた手つきで奪い取る。


「レイリ は なぞのぶき を てにいれた 」


 そんな茶番をしながらも明々とした視線を落とし、小さな傷一つ見逃さないようにじっくりと観察している。その姿だけを見ればレイリの背丈も合わさり、さながら新しい玩具を得てはしゃいでいる子供のようだ。蒼は面倒見のいい姉だろうか。

 休日のお父さんはイッセイとのデバック作業のごとき闘いが面倒になったのか、片腕に頭を乗せて寝ているデウスだろう。


「んにゃ、堕天使ー。もうやれ。興が乗る鎬を削るようなものを期待したんだがなあ。……こんなことなら神やめよっかな」


 欠伸混じりで愚痴をこぼす神は目も合わせずにレイリに交代を要求する。レンリは蒼に銃を押し付け、素直にイッセイへと矢のような速さで駆ける。


 レイリの纏う風は優しく彼の肌を撫で、際立った風は意志を持ってイッセイの耳元へと突き進む。


「耳障りだ。何がしたいんだお前は? 」


「う〜ん……むぅ〜〜……にゃぁぁぁ〜? 」


 レイリはイッセイに向き直ると可愛らしく小首を傾げてあざとく声をあげる。


「おかしいな〜心肺停止も脳に血液を届かなくするのもダメかぁ〜」


 レイリ曰く通り過ぎる瞬間に心臓を止め、おまけで脳に酸素が行き届かなくなるようにしたようだ。見た目に反して残酷だ。なんならレイリは耳フー以外が全てついでと言いそうだ。


「も〜どうにでもなれ! えい! えい! えい! えい! え〜い!」


 掛け声と共に仕込まれていた短剣が次々と飛来していく。例によってそれらは彼の服を通り抜け、体を通過していく。一つを除いて……。


「―ッ!! なんで――」


「やったー! 当たった! 」


 右腕に刺さった短剣に慌てて視線を落とし、動揺するイッセイ。久しく一切感じていなかった痛みが突然現れたのだ。その衝撃は大したものだろう。


「もう一矢報いたし、あとはそこの銃使い(アーチャー)に任せようかな」


 語尾を伸ばす癖は消え去り、子供じみた皮は脱ぎ捨てたレイリは、気付けば蒼の元まで移動している。


「え?! な、なに?! 」


「銃を構えて撃つ。それだけだよ、ほらはやく」


 レイリに促されるまま……というよりは、レイリにされるがまま彼女は引き金に指をかける。


「――なにをしているんだ、蒼」


 銃口を向けられたことに気がついたイッセイは親の仇を見るような目で彼女を睨む。

 見たことも無い形相のイッセイに怖気付いた彼女を見て、落ち着かせるために顔に花を咲かせて一変した声で優しく語りかける。


「なぁ蒼、蒼はそんなことしないよな」


 あまりの変わりように彼女は引き金にかける指により一層力を入れる。


「懐かしいな。小さい頃、将来結婚するんだなんてよく分かってもないまま言って……。

 小学校の頃、仲良くしていたらクラスの男子から「お前ら付き合ってるんじゃないか」とか「ラブラブ〜」とかからかわれて……」


 冷静ぶってはいるが、ぬるま湯から一気に極寒の地に放り出されたようなものだ。内心いつ殺されるか気が気ではないだろう。


「中学校じゃ……部活が始まって、他の棟には行くなって言われてほとんど会いはしなかったが、それでも定期的に連絡をとって……合格発表もお互いどうだったか報告し合ったよな……」


 イッセイは流石と言うべきか、ここまでずっと彼女の目を見て話している。銃を向けられた時に、生き残る確率を上げる一つの手だ。


「高校じゃ、長期休暇中に家から連れ出されて……なんだかんだ文句は言ったが、楽しかったよ。



 ……蒼………………『好きだよ』」


 声が震えているがそれは恋の緊張から来るものではない。死にたくない。その一心で蒼に命を乞う。


 ただ、蒼の方はその一言で何かが吹っ切れたようだった。


「こんな一成、好きじゃない!! 」


 彼女は感情に任せて一息で引き金を引ききる。

 爆音と共に撃ち出された弾は狂うことなく眉間に当たり、そのまま頭蓋に穴を開け、血を撒き散らさせて地面に落ちる。


 彼が暴走(むそう)を始めた時から想いは冷めきっている。それでもどこか捨てられないと感じるのは、一途な淡い期待……アイスコーヒーでも美味しくはないと自身に言い聞かせていたせいだ。

 それもイッセイの嘘の告白で希望は完全に潰されたが。


「……ごめん、一成…………」


 動かなくなった彼を見て、彼女は一人すすり泣く。


 見かねたデウスが蒼にゆっくりと歩み寄り指を組んで祈りを捧げると、彼女の意識は闇へと沈み物語は幕を閉じた。

END回収 【n番煎じの大英雄】



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補足とかは気が向いたら活動報告ですると思われ。


次話はさすがにここまで遅くはならないから待っててください。


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