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ハイデンハイムのローレライ  作者: 樹本 茂
第一章 ハイデンハイムのローレライ
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会敵7 楽園

「私、この傷好き……」


俺の右胸の上、鎖骨の下あたりにある10cmほどの刀傷を指でなぞりミアが呟いている。

ナイフでやり合った時の物で、外科的処置を戦場の奥で出来なかったために結構、盛大に盛り上がっている傷だ。俺としては進んで見せたいものでは無かったが、ミアは好きだと言ってくれる。


今晩は電力統制の日で22時以降電源が落とされている。ベッドサイドのアルコールランプの揺れる灯りで照らし出される薄暗い部屋の中、透き通るような白さの身体を惜しみなく俺の前に横たえ満ち足りた笑顔で俺の目を見ていた。


「これはもう5年くらい前だな」


「ん? 前にも聞いたよ」


俺の目を見つめて少し俯くと、傷をなぞっていたミアは背を向けた。


「ああ、そうか」


おれはミアの華奢な背中に言った。


「ねぇ。楽園なんて本当にあるのかな?」


背中を見せるミアは、俺にいつもの芯の通った清らかな声とは真逆の、消え入りそうな、間が悪ければ聞き逃してしましいそうな、か細い声でポツリと呟いた。


「俺には分からないが、お前が信じなくてどうするんだ?」


「そうね。最初に言い出したのは、私、だったものね……でも、時々怖くなるのね。二人のゴールが本当は……そんなもの無いんじゃないかって、だとしたら。いったい何のために私、人殺ししているの? 私のために……私の幸せのために死になさいって祈りながらトリガを引いているのにそれが全部無駄に……死んでいった人たちとあなたに嘘をつくことになってしまうなんて……怖いの」


小さく震わせるミアの肩に俺は掌を添え、左腕を首の下から入れて抱き寄せた。


「ミア、もしも……もしも、な。そんなものが無かったとして……もしも、その楽園に入れなかったとしても……俺は、お前を守り続けるし、俺の気持ちは何も変わらない。お前の気持ちを考え無いようで悪いが俺にはミアと暮らしたこの二年間、毎日が楽園だった。この後もそれは変わらない。もしお前の言う様にそんなものが無いのなら、その時は、もっと前線から離れた都会で、この金を元手に商売でもして一緒に暮らそう」


俺は多分、この件で初めて、だと思うが、俺の本心をミアに告げた気がした。冷静に考えれば、そんな場所がこの荒廃した世界にあるとは思えないし、あるなら、秘匿情報にアクセスする権限を持っていた以前の俺が知らないはずがないのだ。俺は、ミアの気持ちをおもんばかってか、本当の事を告げるのが怖かったからなのか、今まで、このことに真正面から向き合えず、唯々、ミアに人殺しをさせていたことになる。


普通の……正業と言えばいいのか、それで支給される金の数十倍の賞金を得る今の仕事は間違いなく俺の適正にはあっていた。しかし、ミアにはどうだったのか?かなり配慮が足りなかったと思うしかない。


こうして、時々だがミアは情緒不安定になる。


スコープで見る相手は弾が当たった瞬間、血しぶきをあげて崩れ落ちる。当たりどころがあれならば、激しく内臓やもろもろをまき散らしながら死んでいく。それをミアはジッと見続けているのだ。効果確認という名目で。


もう少しだが、それまでやらせていいのか……もう少しなんだが……


あと200人。


俺のために、ミアのために死んでくれ……


「レオ……私、あなたの気持ち嬉しい……私、もう少しだから、頑張れる。頑張れるよ。だから、捨てないで、私のこと」


背中を向いていたミアがまた、俺に向き合って碧い瞳を潤ませて俺に懇願している。


どうすれば、俺の話から捨てないでが出てくるのか……


でも……わかっている……つもりだ。


情緒不安定なミアはいつも何かに怯えている。そして、かみ合う事のない会話を継いで来る事が多い。大抵は、次の朝になれば自分の言って居た事すら覚えていないようなありさまで、いつもの底抜けに明るいミアは戻ってくるのだが。


「ミア。俺はお前を捨てたりなんかしない。安心してくれ」


ミアの目を見返し笑顔を見せて俺はミアに告げる。


「うん。ホントは私もわかってる」


うっすらと涙をにじませた碧い瞳が俺の顔に近づいて、そっと唇を重ね、そのまま、俺をあおむけにする。

俺の右肩の傷あたりに左手をつき、右手で俺を数度愛しみ確かめると、ゆっくり潤む自信へ俺をいざなった。


ミアは俺の手を握り……


ランプの映し出す陰影の際立ったシルエットのミアが、俺の上で妖艶に吐息を漏らしながら踊る。そのミアの美しさに俺は魅了されて、程なく何度目かの頂きへと導かれていた。

次回更新は18日(月)17時過ぎ予定です。

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