会敵11 戦場のレジェンド2
僕は教会の5段ほどの階段を上り始めた---
---はずだ、僕は気付いたら階段を目の前にして横向きに倒れていたようだ。
おかしいな?何で転んでいるんだ?
空気の引き裂かれる音が数度、周囲で聞こえている。
「隊長! 動かないで」
僕の両肩をハンスとすまん名前が……一番の若手が支えて走り出すところだった。激痛が両足からして初めて自分が撃たれたことに気付いた。
瞬間、僕の左肩を持っていた若手が崩れ落ちた。それに合わせて僕も地面に転がる。
地面に転がり天を見ていた僕にハンスは、
「隊長、どこからか狙われています。急いで後ろの建物の中に」
空気の引き裂かれる音は銃弾が掠める音だったのか……音は間断なく四方からか聞こえてくる。気がする。精確には何もわからない。部隊は大混乱に陥っていた。
ハンスに支えられ顔を上げたその先に見えたものは、僕の部下たちがなすすべなく撃たれ、転がり、そのまま動かなくなる光景だった。
「ハンス、皆に逃げるように言ってくれ」
僕は激痛に気を失いそうになりながら、そう言ったと思う。
「隊長、大丈夫。あいつらは自分で対応できます。それより、あんたが一番のお荷物ですよ。隊長を生かしているのもそいつらの狙いです。こんな風に隊長を助けるのに時間と人手が必要でしょう。助けに来る奴を狙うんです。スナイパーの常套手段です。教科書通りって奴ですかね。それより、敵は二方向から正確に狙ってきています。一つは街道の方角、もう一つは後方から、目の前の教会 に慌てて入っても側面の壁がないでしょう? だから隠れたつもりになって止まったところを狙い撃ちです。それよりも少し距離がありますが後方の建物に逃げ込みましょう」
ハンスは、からかい半分の笑顔で僕に頼もしいところを見せて、僕を引きずりながら、正面に見える建物の中にあと50mのところまで来た時、
僕を支えていた力が急になくなり、僕は地面に倒れ伏した。
慌てて右横のハンスを見ると身体だけ残して頭が消えていた。
「隊長、はやく入って!」
物陰に隠れるトマスは僕を見つけて100m横で大声を上げていた。僕は動く手を使って前進しながら建物へと移動していくのだが……
その時、僕を助けようと若手二人が飛び出して、僕の肩を持ち上げ、走り出そうとしたところで空気を切り裂く音が僕の真横を2回霞めたと思ったら、暖かい血しぶきを僕の顔に残し、二人共、上半身が消滅していた。
どの程度の損害なのか動けない僕には瞬時に測ることは出来ないのだが、トマスの無事はさっき分かっていたので、首だけ動かして、
「トマス、僕はいい。とにかく逃げ……」
既に、トマスも隠れていた樽ごと打ち抜かれて地面に血を流し横たわっている。
………………
物音がしなくなり部隊のみんなの気配も完全に失われた。襲われた時間は、ほんの一瞬だった。
周囲を見渡し、転がる隊員たちの状況を観察してみてわかった事は、
ハンスの言っていたとおり、二か所から同時に狙われたのだ……背面と街道側から。なるほどな……あのタイミングで襲われればこの方角なら逃げる場所が無い。凄いな。そして、長距離射撃、銃声は聞こえていなかったからな。使った銃の一つは対物ライフルか?酷い死に方だ。
なら、止まってはダメだったんだな。むしろ、構わずに走って逃げていたら何人かは助かったのか?いや、建物の中に入ってもやれるように対物ライフルを用意していたのか……お手上げだったわけだ。
昨日の報告から、こんなところまで進出できているはずがないという希望的観測のみで動いた僕の失態だ。
僕が状況の分析を遅きに失したタイミングでしていると、遠くからエンジンの音が聞こえくる。2台だ。バイクか何かか?急速に近づいてくるが……その音はやがてこちらに近づき、すぐそばで止まった。
「目を瞑って両手を上げて」
女性の声が聞こえてきた。僕は動く手を上げて指示に従うと、横腹を蹴られうつ伏せにされた。
声とは違う方向だ。やはり、二人いるのか。
「あなた、隊長よね?」
足元から、透き通る声で尋問するその女性は、さっき教会で賛美歌を歌っていた声だ。
「私はハイデンハイムのローレライ。申し訳ないけど、あなたはもう自分の脚で立って歩く事は出来ない。その代わり殺さないであげる。そして、国に帰って私の恐怖を語りなさい。残りの人生は、私の前に現れた不運と戦争を呪って生きていく事ね」
聞いたことがある。ハイデンハイムのローレライ。歌を聞いたものは魅了されて、死んでいく。戦場の単なるレジェンドだと思っていた。実在したのか……
「ほら、お仲間の無線機だ。これで基地と連絡を取って助けてもらうんだな。それと、水と食料、痛み止めの注射だ。だが、安心するな。このままだと死んじまうからな。急いで助けてもらえよ」
もう一人は、男。これは親切と受け取っていいのか?
二台のバイクが遠ざかる頃、僕は身体を起こしエンジン音の方をみた。男は先行して既に見えなくなっていたが、ローレライの後ろ姿だけは見えた。夕日に照らされた背中までの鮮やかな金髪をなびかせてロングバレルの狙撃銃を担いだ姿だ。俺は、一生忘れないだろうこの日の自分の無能さを。
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