夜明けの前には、君がいる。
ふと、思うことがある。
あたしはどんな人生を歩いていくのかな?って。
別に病んでるとか、悲しんでるとかそういうことじゃなくて、もし意味や役割があるのなら、素敵だなってそれくらいの話で。
周りのみんなはそれぞれ、夢とか目標があるみたい。
あたしには、そんな感じのものは特にないから。
少しだけ羨ましかったりする。
いつかあたしにも見つかるのかな。
あたしだけの道が。
***
「じゃあ、今日の内容はしっかり、レポートにまとめておけよー?」
レポートという言葉で、あたしの心は現実に戻された。ちょっと考え事に意識を持っていかれてたみたい。
あたしは、今、大学で講義を受けている。
念願叶って、目標だった大学に、無事合格できた。色んな人の支えがあったから、できたようなもので、全然あたしの力じゃないんだけど……ってまたネガティブになってる!だめだめ!やめよやめよ!
講義が終わり、一人の女の子がこちらに走ってくるのが見えた。
「みーるりーん!」
「ちょっ!」
あたしの胸に飛び込んできたこの子は、さつきちゃん。
大学に入って初めてできた友達。
あたしや仲良しの人たちは、みんな、さっちゃんって呼んでる。
小さくて可愛くて明るくて、茶色のふわふわショートがとっても似合う小動物みたいな子。みんなの妹みたいな存在。愛されキャラっていうのかな。もちろん、あたしも大好き。
「みるりんに会えなくて寂しかったよー。みるりんも寂しかった?」
「うんうん、寂しかったよ」
「ほんとう?嬉しいな」
満面の笑みを浮かべるさっちゃん。彼女といると心が明るくなる。
「みるりん、どしたの?」
可愛くて、じっと見つめすぎてしまった。首をかしげる姿もほんと天使。
「いや、なんでもないよ」
「んー?まぁいっか」
さっちゃんは、一瞬怪訝そうな顔を浮かべ、そしてすぐにいつもの笑顔に戻る。
「あ、みるりん、みるりん、聞いた?新しくね、駅前にちょー安いカラオケ屋さんできたんだって。いこいこ!今からレッツゴー!だよ?」
「あ、それ。瑞希から聞いたよ?あ、でも今日は大事な予定があって……」
「えー!やだやだやだ!……さては、おとこだなー?」
さっちゃんが目を細めて、からかうような声をあげる。
「ち、違うよ」
「じゃあ、なんなのー。さつきというものがありながらー」
さっちゃんは、頬をふくらませ、あたしの胸をぽこぽこ叩いてくる。全然痛くない。
「さっちゃんには、前話したよ?あれだよ」
「あれ?どれー?……あ、あれね。そっかー、みるりん、楽しみにしてたもんね。おっけー。りょーかい!また誘うね?」
「ごめんね、さっちゃん。今度埋め合わせするから」
「みるりん、絶対だぞー?約束だよ?じゃあね」
そして、さっちゃんは嵐のように去っていった。ほんと嵐みたいな女の子。
じゃあ、あたしもそろそろ帰ろう。
手早く勉強道具を片付けて、あたしは大学を出た。
***
あたしは、みる。立花みる。みんなからは、みるりんとか、みるちゃんとか呼ばれてる。
どこにでもいる普通の女の子だと思う。強いて言えば、ちょっとだけ賢いかなと自分では思ってる。もっと頭いい人はいくらでもいると思うけど。
大学に入る直前、少しだけイメチェンをした。ストレートだった黒髪に少しだけパーマをあてて、ふんわりした感じにしてみた。
みんなは似合っていってくれるのだけど、ちょっとまだ、恥ずかしかったりする。
季節は秋。10月初旬にもなって、大学生活にも慣れてきた。
外に出ると温い空気にあてられて、少しげんなりする。まだまだ暑い日が続いている。
ほんと、日本はどうなってしまったの。
そんなどうでもいいことを考えながら、電車を乗り換えて、あたしは目的地に向かう。
電車は、どんどん鮮やかな街並みから離れ、自然の多い土地へ進んでいく。大学が終わるともう日も暮れてくる頃合いになる。
あたしは、この景色が、少しだけ気に入っている。
前は寂しく感じた夕日も、今ではお疲れ様と言ってくれている気がする。
ずいぶん都合のいい考えかな?でも、少しずつ自分が変わってきてる感じがする。
悪くない気分。
あたしは、ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきでお気に入りのプレイリストを選択する。
最近、好きな曲は、寂しいけど温かい、そんな曲が多い。お気に入りの「夜明けと蛍」を流し始める。
そういえば、高校のときは、こんな風に景色を楽しむなんてしなかった。
まぁ、今も忙しいのは変わらないのだけど、高校生の時は、なんていうんだろう、心が忙しいって感じで。
ただただがむしゃらだった。そんな気がする。
あたしも少しは大人になったのかな。
「次は双葉台~、双葉台~」
車掌さんのアナウンスが聞こえる。
目的地に着くまでは、もう少し時間がかかりそう。
「どうも、ありがとね」
目の前で、60代くらいの女性が若い男性にお礼を言っていた。若い男性は照れながらも嬉しそうだった。
どうやら席を譲ってもらったみたい。こういうの本当にいいなと思う。
あたしもときどきするけど、たまに勇気でなくてできないときある。あれ、なんなんだろう。
今日は、前からずっと楽しみにしていたイベントがある。正直、今もドキドキしてる。
あたしは、好きな音楽をとめて、アプリを開く。
それは、自分がラジオパーソナリティみたいになれて、仲の良い人と雑談して楽しむアプリ。
「どうも、皆さん、こんにちは、みるりんです」
仲の良い人や新しく聞きに来てくれた人たちが続々とあたしの配信に集まってきてくれる。
本当にありがたいと思う。
こんなあたしの配信に来てくれるなんて、本当にいい人たちだなってよく考える。
【みるりーん、こんちゃ】
【みるりん、元気?】
【みーるりーん!!!】
みんな、あたしの声に、コメントで返事をしてくれる。本当にみんなとは、けっこう長い付き合いになる。もう一年以上かな。
「今日は、今からお出かけなので、また配信しますね」
あたしの声に、色んな反応をしてくれるみんな。
そういえば、あの日も丁度この駅の辺りで気づいたんだっけ。めっちゃ焦ったな、あのときは。この世の終わりかと思った。すごく懐かしい。
受験当日のあの日の出来事を私は一生忘れないと思う。
***
息が白くなるほどの寒さが凍みる二月の終わり。
あたしは、大学受験当日を迎えた。
この日のために今まで必死に勉強してきた。
なのに、なんでこんな不安なんだろう。
家族との朝食を終え、駅へと向かう。
受験先はけっこう遠かったので、前のりしようかと思ったけど、やめておいた。
ただでさえ、緊張しいなのに、慣れないホテルでなんて、絶対寝れない自信がある。
まぁ家でもあんまり眠れなかったんだけど。 目の下の隈を妹にからかわれたくらいだ。
帰ってきたら覚えておきなさいよ、ほんとに。
通い慣れた道が、どこか違う風景に見える。
どうしよう。本当に心細くなってきた。
先生もいけるって言ってくれたし、みんな応援してくれてるんだから、頑張らないと。
あたしは、手で顔を思いっきり叩いて気合いを入れ直す。
よし、大丈夫。
早い時間だからか、電車の中はかなり空いていた。
あたしは、時間ギリギリまで単語帳をめくることにした。
***
だめだ、全然集中できない。
手の感覚が、すごくおかしい。大丈夫落ち着け、自分。たくさん勉強してきたんだから、大丈夫。
そう思いたいのに、不安ばかりが募ってくる。なんなのほんと泣きたくなる。
あ、そうだ。
あたしは、慣れた手つきでスマホを取り出し、お気に入りのアプリを開いた。
【受験前です。皆さん勇気ください】
タイトルもばっちり。
あたしは、配信スタートのボタンを押した。
枠を開いたはいいものの、全然人が集まる気配がない。当たり前だよね。まだ日も昇ってない朝なんだから。もう、閉じようかと思った瞬間、入室表示が見えた。
あ、きてくれた!
続々と人が集まってきてくれる。
【みるりん、がんばれー!合格報告楽しみにしてるから!】
【みるりん、落ち着いて頑張ってね。みるりんならできる。】
【みるりんさん、おはようございます。不安もあるかと思いますが、応援していますね】
みんなの言葉が染み込んでくる。なんで、こんなに温かいんだろう。ちょっと泣きそう。
「みんな、ありがとう。大丈夫な気がしてきました」
あたしの言葉に各々コメントを返してくれる。すごく嬉しい。
【みるりん、弁当もった?】
「しっかり持ってますよ」
【みるりーん、筆箱ちゃんとある?】
「大丈夫」
こんな日に忘れ物なんてしないよ。本当にみんなは心配性なんだから。
【みるりんさん、受験票もありますか?】
「あるに決まって……え」
一瞬、時が止まった気がした。え、嘘でしょ?
カバンを全開にして、中をあさくる。
え……ないんですけど、嘘やん?なんでないん?
あ、そういえば、入れる前にお母さんに呼ばれて……
「あああああああ」
あたしは発狂した。
どうしよどうしよどうしよどうしたらええん?
【みるりん、まじ?】
【みるりん、落ち着いて!】
【みるりんさん、家族と連絡とれませんか?】
あ、そうだ。お母さんに連絡しよう。そう思ったら、妹から着信が入った。
「みんな、ごめん!一回枠閉じる!妹から電話きた!」
みんなが、りょーかい。の意を伝えてくれる。
急いで電話にでる。
「おねぇ、いまどこらへん? 」
「受験票やろ?今は双葉台のあたり」
「あ、良かった!近くに来てるから、そこで降りてー」
「わ、わかった!」
良かった。本当に良かった。
あたしは急いで電車を降りて、指定された場所へ向かう。
着くと家族がみんな揃ってた。
「おねえ、はい」
妹が受験票を渡してくれた。
「ありがと! ほんまにありがと!」
本当に助かった。アプリのみんなと家族がおらんかったら確実に終わってた。
「あんたは本当にそそかっしいんだから」
「まぁ、リラックスして頑張ってきなさい」
お母さんとお父さんも優しく励ましてくれる。ヤバい、ちょっと、泣きそうなんだけど。
「ねぇ、おねえ、早くいかないと!」
「え、あ、うん、いってくるね」
「行ってらっしゃい」
「頑張るんだぞ?」
みんなは優しく送り出してくれた。
こんなに温かさを感じることはなかった。なんとしても合格したい。
自分のためにも。みんなのためにも。
***
桜が散る、涼しげな春の日。
あたしは無事、目標の大学に合格した。
***
「次は未来橋前~、未来橋前~お降りの方は……」
あ、もうすぐ着きそう。高校の頃のこと考えてたら、もうすぐそばまで、来ていたみたい。
「すみません。降ります」
あたしは、満員電車の中から、その隙間を縫うように外へ出た。
もう、日が暮れて夜といっても差し支えない時間。
街は学校帰りの学生、仕事帰りのサラリーマンで溢れていた。
もうすぐ着くと分かってるのに気持ちが先走ってしまう。さっき、転けそうになった。あたしは、慣れないハイヒールに戸惑いながら、待ち合わせ場所へと向かう。
***
中心部から程近い人気の繁華街。多くの居酒屋が見える。多くの人が行き交う中で、あたしは歩を進める。
客引きのお兄さんには未だに慣れない。
待ち合わせ場所に到着したあたしは辺りを見回した。あれ?ここのはずなんだけど。いないな。なんでだろ?
考えを巡らす。もしかして場所間違えた?いや、ここで合ってるはず。何回も確認したし、じゃあ、どういうこと?……もしかしてからかわれた?いやいや、それはないと思うし。
あたしが、ぐるぐる思考を巡らせていたとき、
「おっそーい、みるりん!」
突然、聞こえた声にびっくりして、振り返る。すると、少し離れた場所から綺麗な一人の女性が向かってきているのが見えた。
「迷子にならなかった?痴漢とか会ってないよね?」
声をかけてきてくれたのは、ひかりさん、通称ひーさん。配信アプリで知り合って、リアルでも遊んだことのあるお姉さん。
声もおとなっぽくて、外見もきれいめな姉御って感じ。さらさらの黒髪ロングで、なんか、相談したくなっちゃう感じ。まぁ実際によく悩み聞いてもらうんだけど。
「あれが、みるりん?」
「おわー!みるりんだ。生みるりんやばっ」
ひーさんの他にもたくさん人がいた。
あたしは、【声】で、誰が誰かすぐに分かった。
そう、今日はアプリで知り合ったみんなと初めてオフ会をする日。
正直、みんなと会うかかなり迷った。
ネットってやっぱり危ない一面もあると思うし、それがなくても、あたし可愛くないからみんなに幻滅されそうで怖かった。
だけど、みんなに会って直接お礼を言いたかった。あのとき、みんながいなかったら絶対にダメだったから。
そして、単純にみんなと会ってみたかった。その気持ちには勝てなかった。
「みるりーん、やほやほ!」
「みるりん、こんばんは」
「みるりん、かわいー!」
でも、みんなの楽しそうな顔見てたら、なんか悩んでたあたしが馬鹿みたい。
みんなが、急に円になって、こそこそと話し出した。
え?なに?あたし、なんで円に入れてもらってないの?頭の中で不安と驚きがシェイクする。
「せっーのっ!」
「みるりん、誕生日おめでとう!そして、大学合格おめでとう!」
「へっ?」
おもわず、変な声が出てしまった。なにそれ、反則過ぎる。恥ずかしくてみんなの顔が見れない。
「みるりん、どした?」
「あ、みるりん、照れてる、かわいー」
「みるりんさん!?」
みんな好き勝手言ってくれる。今はむり。ほんとむり。せっかく、しっかり、お化粧したのに。
少しだけ時間を、おいて顔をあげる。
「みんな、受験のときもそうだし、これまで色々助けてくれてありがとうございました。本当に感謝してます。これからも仲良くしてください」
あたしは、誠心誠意心を込めて、感謝の意を告げた。
なのに、みんな、きょとんとした顔をしている。なんで。
「当たり前じゃん」
「みるりん、まじめー」
「みるりん、これからもよろしくね」
「ねぇはやく、お店いこうよー」
みんな、笑顔だった。
正直、ほっとした。
怖かったのももちろんあったから。でも、それは杞憂だったみたい。
正直、これからどんな道をあたしが選ぶのか、進んでいくのか、想像もつかない。
不安もある。
でも、みんなと一緒ならなんとかなりそうな気がしてくるから不思議。
本当にみんなに会えて良かった。
ありがとう、みんな。大好きっ!