月に一度しか会えない謎の令嬢の事情。まぁ、こちらの方がもっと厄介な事情なわけですが。
「この満月の下で貴方のような美しい方に出会えたことを……僕は運命のように感じます」
「えぇ、私もそう思いますわ」
今宵は月に一度の舞踏会。年頃の男女が出会いを求めて集うパーティー。
二人で会場近くの庭園にいるのは、互いの印象が悪くなかったため。似たような二人組はそこかしこにいるでしょう。
未だにホールの中で料理を食べていたり同性同士で話しているのは相手の都合がつかなかった者ばかりでした。
眼前にいる女性は細く華奢で、剣術や武術の鍛錬で傷痕の残る僕とは違う。
恥ずかしがって俯く頬に朱が差している。目線はこちらをチラッと見てはまた外れる。いじらしい所もまた好感が持てる。
「まさか、貴方のような人がいたとは。舞踏会には何度か参加したんですけど、中々気になる人物は現れなくて」
「私は今回が初参加ですの。……今までは勇気が出なくて。ある友達が背を押してくださったので」
「それはいい友達ですね。おかげさまで貴方に会えた」
僕の言葉が冗談に聞こえたのか、彼女はくすくすと笑いだした。
噴水の縁に並んで腰掛けていたので、笑うたびに彼女の髪が僕の頬を撫でる。それすらも心地よい。
話す度、惹かれていくのがわかる。恋というものはここまで人の心を乱すのだと初めて知った。
「あの、もしよければ僕とお、お付き合いしていただけないでしょうか!」
我ながら急ぎすぎではないだろうか。言い方だってもっと好感を持てるような言葉もあったはずだ。
叶わない恋なら胸に秘める。けれど、彼女の言葉の端々には僕への嫌悪感はない。
いけるっ!………頼む!
「はい、こちらこそ。……ですが、一つだけ条件を出させていただいてもよろしいですか?」
「条件、ですか?」
「しばらくの間、会ってお話しするのは舞踏会の日、月夜の下だけ……という内容です」
そう声を震わせ彼女が口を結ぶ。
訳ありということか。元から神秘的な人だと思って近づいたが、月に一度しか会えないとは……。
けれども交際を断られたわけじゃないのです。進展するチャンスがこれから何度も出来たと前向きに考えよう。
「わかりました。それではまた月夜の下で。必ず待っています」
「私もです。貴方をお慕いして……待ちます」
舞踏会のお開きを告げる鐘が鳴り響く中、僕はそっと彼女を抱きしめて温もりを自分の身に刻んだ。
「とまぁ、それが僕と彼女の出会いさ」
「あら、いい恋じゃないの」
自宅にある私室で紅茶を飲みながら談笑する。
「みんなの憧れだったアナタが恋したのは謎多き乙女。あぁ、なんて尊いのかしら」
「他所に言いふらしたりしないでくれよ?親しい仲でいとこでもあるマリアだから話せるんだ」
貴族の令嬢らしく化粧をし、着飾ったマリア。
何かと世話焼きで恋愛経験もあるからと相談してみたけど、妄想しながら身をクネクネよじる姿を目の当たりにすると失敗したもしれない。
「叔父様と叔母様には?」
「訳ありの交際だ。両親にはまだ話してない」
「賢明な判断ね。自由な恋愛が一番だけど、この家はそれすら許してくれないかもね」
強くあれ。そう言われて育てられてきた。
自慢の子供だと褒められたが、恋愛したとなればどうだろうか。
「そんな眉間に皺よせないで、今は好きな人のことだけ考えなさいな」
「ありがとうマリア。君がいとこで僕は幸せ者だ」
「……危なかった。婚約者が本物の王子様じゃなかったら今のでアナタに落ちてたわ」
鼻血を抑えながら震えるマリア。
とにかく、周囲の目はどうあれあの令嬢へ自分の思いを伝え続けよう。
そしていずれ伝えなくてはならない。僕と付き合うということがどういう意味を持つのか。
愛さえあれば。愛があればこそ。
それから僕と彼女は何度も逢瀬を重ねた。
舞踏会がある日を楽しみにして、始まりと共に会場を抜け出して彼女の姿を探す。
薄暗い庭園の中で語り合い、笑い合う。
肌の触れ合いこそないけれど、いつからかお互いに手を繋ぐようになった。
僕の体調が悪い時は優しく背をさすってくれた。
料理が得意だという彼女の手作りクッキーは今まで食べたどのお菓子よりも美味しかった。
お返しにと歌を歌うと、手拍子をしながら楽しんでくれた。
彼女に似合う百合の花束を送ると、
僕に相応しいと薔薇の花束を貰った。
けれど、会えるのは舞踏会の夜だけ。
お互いの名前や身分は明かさない。
仕草や振る舞いからかなり身分の高い人だと察した。
王族かそれに連なる一族なのかもしれない。
そして一年ほど経った頃、舞踏会以外で会おうと彼女から打診があった。
頑なに素性を話すことを拒んできた上でのデート。
これはつまり、大きな進展なのでしょう。
僕も打ち明けるべき秘密がある。
待ち合わせの場所はいつも二人で語り合う庭園。舞踏会でもなんでもない日だが、許可は取ってある。
一歩一歩進みながら足がすくんできた。
関係を進展させようとしているのは自分だけで、彼女は別れを切り出そうとしてるんじゃないか。
そんな不安を感じた。
噴水の近くに行くと、人が立っていた。
「申し訳ありませんが、この辺で百合のように美しいご令嬢を見かけませんでしたか?」
「…………はい。今もここにいます」
こちらに背を向けていた彼女と同じ背丈くらいの少年が振り返る。
「ずっと……ずっと言うタイミングを伺っていたんです」
眼鏡をかけたその人は髪の長さから服装まで見た目は違っていたが、間違いなく僕が焦がれていた彼女そのものだった。
「変でしょ?……変だったのはいつもこの場所で女装していた俺の方なんですけど」
「どうしてあの格好を?」
責め立てるより先に疑問が浮かんだ。
少年はポツポツと話す。一人称こそ全くの別だが、抑揚や目を合わせきれずに逸らすのはいつも通りだった。
「きっかけは姉のオモチャにされて女装させられたことなんです。……次期当主として厳しく育てられてきたんですけど、そっちの素質はからっきしで。自分に嫌気がさしてた時に女装するとまるで別人に生まれ変わったみたいで!プレッシャーもなくただの女の子として振る舞うことが楽しかったんです」
それでも自宅でこっそりしてたんですけどね、と少年は続ける。
「このままじゃいけないと思って、理解のある昔からの親友に女装見せて相談したら舞踏会で他の人の反応を試してから辞めようって。最初で最後の悪戯のつもりだったんです。……だけど、アナタに会ってしまった」
かつての自分が憧れた姿。
けれども、なることは出来なくて諦めてしまったその夢。
けれど相手はそんな自分に一目惚れしてくれた。
こんな自分でも憧れた夢に好かれているんだ。
そして、この人は自分には勿体ないくらいに良い人だった。
「月に一度っていうのは、化粧道具や衣装をあまり持ってなくて女装だとバレないようにするため。舞踏会なら万が一バレても男性の服に着替えれば紛れて消えれるため。俺はそう考えて条件を口にしました」
探す手間が省けたし、名前も知らないお互いをわかりやすくするために出会った時と同じ服装にしていたのは僕だけだったのか。
「騙していてごめんなさい!許されることじゃないとわかっています。でも、嘘をついたままいなくなるのはダメだと思って、………男の人を好きになるのはいけないことなのに、それでも私は、俺はアナタに惹かれていたんです」
取り乱しながら、嗚咽をこらえながら、けれども涙は溢れているし鼻水まで垂れてる。
女の子みたいな顔で器用に男泣きしていた。
「泣かないで。貴方には笑顔は似合うけど、涙は似合わないよ」
ポケットからハンカチを取り出してせっせと顔を拭いてあげる。
「ずみまぜん……ぐずっ……うっ……」
いつもそうしてあげたように頭をポンポンと軽く叩く。
「そっか。女装してたのは誰かに強制されたんじゃなくて、自分がそうしたいからしてたんだね?」
「はい」
「人に言いづらい秘密を話してくれてありがとう。……じゃあ、僕も君についていた嘘を教えてあげる」
まだ泣き止んでない彼の手を掴んで、僕はそれを胸に押し当てた。
「………………………………え?」
「小さくてわかりにくいけど、流石にこの場で服を脱ぐわけにもいかないしね。さらしの上からですまないね」
体型や髪型は自前だし、着ている服は僕用に注文したものだからね。
「女性だったんですか?」
「世間では男で通してるけどね」
代々男家系が続いていた我が家では最初に生まれた男児に家を継がせていたんだけど、僕が生まれてすぐに一つ上の兄が亡くなった。母は体調を崩して新しい子を授かれなくなったし、大々的に兄のお披露目をしてしまった父は生まれたばかりの娘が死んでしまったことにした。
そして、兄の代わりに男として育てられた。
「両親は近い血縁の者と子作りして生まれる間だけ雲隠れさせて、母親がいない子を次の後継者にする。僕が不能ってことにして養子を親戚から貰うかの二択にしろってうるさくてね」
育ててもらった恩はあるし、性格的にも男性の方が余計なしがらみもないから自然体でいられるけど、湯船に浸かるのは紛れもない女性。
マリアが憐れむのも仕方ない。
貴族っていうのは血を次世代に残すことも義務なんだから。
「……それは、子供が可哀想ですね」
「おや、僕じゃなくて子供がかい?」
「だってアナタは自分が男性であると生きてきたんですよね。俺に剣術や鍛錬のことを話す時のアナタはとても楽しそうでしたし、自然体でした。……男の俺が気づかないくらいにアナタは男らしいんですよ。だから、同情はしません。腹立たしいのは子供を跡継ぎ道具としか見てないご両親です」
プンスカとほっぺたを膨らませる彼。
女装してなくても、いつも二人でいた時の癖で女の子になってる。
「ははは。やっぱり君は素敵だね」
「アナタこそ、いつも余裕そうで笑うのはズルいと思います。……そんな態度だから勘違いしちゃうんです」
つまりは僕は女の子同士の関係が駄目だと考え、
だから彼は男同士なのは大問題だと悩んでしまった。
「ねぇ、君の名前をまだ聞いてなかったね」
「俺は……ローズです。アナタは?」
「こんな見た目だがリリーだ。女みたいなナヨナヨしい男だってよ笑われるよ」
名前が逆だったら似合っていたのに。
それから二人して、素性を明かしたからこそできる話を沢山した。
マリアの婚約者が彼の親友だと知った時は奇妙な縁を感じたし、お姉さんとその親友くんには感謝しなくちゃいけない。
「なぁ、ローズ。僕らの関係だけどこのまま続けないかい?」
「……それは構わないよ。交際していなくても友人としてでもアナタと付き合いたいとは思ってる」
「違うよ。交際はそのままで女装した状態で僕とお付き合いしないかい?」
「本気なの?」
「本気だとも。君は自分が思っているよりも女装が上手で綺麗だよ。だから、僕は君を好きになったんだ」
「俺、……私、とっても嬉しいわ」
泣き笑う彼の顔が愛おしくて、可愛らしくて、こんな姿と中身の僕だから好きになったと言われたらもうどうしようもなく感情は荒れ狂ってしまう。
どちらからなのかは関係無く、僕らはいつものように
手を繋ぎあってキスをした。
「ねぇ、ママ。このカツラってママの?」
とある貴族の屋敷。やんちゃな少女が母親に尋ねる。
「それは僕じゃなくてローズが昔使ってた分さ。また懐かしいのを引っ張り出したね」
「ふーん。お母さんのなんだ。じゃあ、この包帯は誰の?」
「……リリー。この子と遊んでてとは言ったけど、散らかしてとは頼んでないわよね!さらしはキチンと片付けなさいって言ったわよ?私の言ったこと忘れたのかしら?」
「お母さんが怒った!ママ、逃げなきゃ」
「了解だやんちゃ少女。嵐が来る前に退散するんだ!!」
ワイワイがやがやするその貴族の一家は、今日も楽しそうに暮らすのでした。
そしてその家の隣にはちょっと変わった家族の様子を微笑ましく眺める王様と王妃様がいましたとさ。
いかがでしょうか?
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好きな少女漫画が男装ばっかりなんです……。