階層守護者
迷宮区に足を運んだ俺は、迷宮の入り口・一層へと続く通路を歩く。そこには、魔物が外に出ないように守護する冒険者がいた。元々が冒険者だった俺は、透過魔法を自分に掛け、門番を通り抜ける。魔法感知能力に長けた冒険者なら気づくだろうが、この時間はそこまで練度の高い者はいないようだ。
迷宮は、その名の通り、とんでもない広さと複雑さを誇る。一層辺りの面積は、あまり変わらないが、人口一五〇〇万人の迷宮王国の国土面積より少し小さいくらいだ。一層を全て地図作製するのに半年かかるほどだ。そして、下層になればなるほど、冒険者の質を要求されるが故に、地図作製は遅々として進まないのだ。今現在、地図作製が終わっているのは二十層までらしい。
唯一、良い点があるとしたら、五層ごとに出現する階層守護者を倒せば、その階層への転送魔法陣が出現する。そして、その魔法陣は一層に繋がっている。
しかし、俺が死んだ通り、三十層で敗北すれば、二十五層に引き返さなければならない。それでも、転送があるため、遠征する必要がないと思えば、かなり楽になる。
何故、転送魔法陣があるのか。一説によると、『迷宮は神が作った物である。神は人類が迷宮に挑むのを、ご覧になっているのだ』と。
そう考えると、不思議と納得はいく。何故、魔物が無限に湧き出るのか。何故、階層守護者専用の部屋があるのか。何故、階層守護者は倒されると、暫くして復活するのか。
人類より高次の存在が、迷宮を作ったと考えれば、腑に落ちる気がするのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。今はエリンのことだ。
(ここだ)
俺は二十五層への転送魔法陣に到着していた。二十五層へ転送され、真っ直ぐと、頭に叩き込んだ地図をなぞる。そして、あっという間に三十層の階層守護者、雷の巨人の部屋へと辿り着いた。
生前は勝てなかった。だが、今は不思議と負ける気がしない。猫の擬態を解除して、カーバンクルの姿に戻る。
扉を開き、彼方を見据える。そこには、六メトルを越える巨人が佇立していた。俺を見たトールは、敵意を感じ取り、咆哮する。その手に持つ巨大な槌を帯電させる。
(こいよデカブツ、前回とは違うって見せてやるよ)
俺は最初から全力を出す。本能が教えてくれる俺の能力を初めて使う。
【幻獣魔法:擬態・ドラゴン】
水色のリスのような見た目から、七メトルほどの体躯、燃え盛るような深紅の鱗、二つの翼を携え、全てを切り裂く爪を有する、幻獣の王へと変化していく。
「火属性だなこれって、え!?」
なんと喋れる。ドラゴンになったことで発声器官でもできたのだろうか。
「っ……!」
俺の意識がそれた瞬間、トールが猛然と襲いかかってきた。間一髪回避行動を取り、頭への直撃は免れる。しかし、巨大な槌が俺の脇腹を抉り、鮮血が舞った。
しまった、ここは戦場だ。一瞬の油断が命取りになる。帯電していた攻撃を受けたため、麻痺を懸念するが、身体は動く。そして、脇腹の傷がすぐに再生した。超回復も持っているのかドラゴンは。擬態だけじゃなく、本物の能力も兼ね備えているみたいだ。
トールは再生したことに驚愕するが、すぐに帯電させた槌を振りかぶる。それを右手で受け止めた俺は、トールに向かってブレスを吐く。
マグマすら凌駕する千五〇〇度の熱線が、トールを襲うが、わずかにしかダメージを与えられていない。
だが、俺は再生能力があるのに対し、トールはダメージを蓄積し続ける。持久戦で勝てるはずだ。
——そして、壮絶な死闘の末に、俺はトールを倒した。俺のブレスもあまり効かず、膂力も互角だった。相性はあまり良くなかったが、超回復のおかげで、なんとか勝てた。
ドラゴンの擬態を解除して、カーバンクルの姿に戻る。その時、階層守護者の部屋の奥の何もなかった壁に、扉が出現する。転送魔法陣がある部屋と、三十一階層に繋がる階段だろう。
そして、その部屋には報酬品がある。階層守護者の初討伐時、大量の金貨の入った宝箱が出現するのだ。これも迷宮七不思議とされている。
俺はボスドロップ品と宝箱を収納魔法で異空間に保管する。これを持ち帰り、エリンに渡すのだ。
そして、ドラゴンに擬態したことで、いくつかのカーバンクルの固有能力がわかった。それは、
・幻獣魔法:擬態・ドラゴン
・防御魔法:ガーネットの盾
・隠形魔法:神隠し
・--------
四つあるようだが、一つだけ、霞がかったように、認識できない。
隠形魔法:神隠しとは、どうやら対象を人に認識させなくする魔法のようだ。便利だから、移動の時は使うようにしよう。さぁ帰らないと。
エリンに褒めてもらうことを期待して、俺は帰路に就いた。