エリン
一糸纏わぬ姿になったエリンは、俺を浴室に連行した。浴槽に溜めてあった水を魔法で温めていく。加熱魔法は、基礎中の基礎で、最初に習う魔法だ。エリンは少しは魔法の心得があるのか。
軽く現実逃避をしていたが、神様……いやエリン様は許してくれなかった。
「アースはお湯大丈夫?」
「きゅい」
エリンの裸は大丈夫じゃないが。見ないようにしていたが、たわわに実った果実がそこにある。そう、俺は今、猫なのだから見てもバレないし、怒られない! 吹っ切れて堪能することにした俺は天国の意味を知る。
「もう! アースおっぱい見すぎだよ! エッチな子だったのかなぁ」
「!? きゅいいっ!?」
勘が良すぎるエリンに戦慄した俺は、全力で否定する。一度違うとアピールしておけば良いだろう。
「そうやって否定するのって、クロって認めているようなものだよ?」
こいつ、やはり天才かもしれない。こういうときは、
「きゅーい?」
秘儀、言葉がわかりません。
「えーい」
「きゅ!?」
一瞬ではあるが、お湯に沈められた。なんてことするんだ!
「反省した?」
「きゅい……」
もうエリンの裸は見ないようにしようと心に誓った。
「よし、アースの身体洗っちゃうね」
石鹸で泡立てた手を近づけてくる。そして、エリンの手で俺の身体が綺麗になっていった。他人に、自分の身体を触られることが、こんなに恥ずかしいとは……
「うん! 綺麗になったね! お風呂一緒に入る?」
「きゅい?」
よろしいのでしょうか?と問いかける。すると、ちゃんと通じたみたいで、
「こっち見ちゃダメだからね?」
と、俺を抱きかかえ、湯船に浸かる。温かいのと、エリンのどことは言わないが、クッションに包まれ、至福の時間だった。
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夜も更け、就寝時間になる。店の外を窓から覗いても、冒険者たちの姿は見えない。明日に備え、帰宅したのだろう。
「アース、一緒に寝よ?」
「きゅい」
お風呂に続き、同衾まで許してくれると仰るエリン様は、
「もうエッチな子だなぁ。目が輝いてるよ?」
そう寂しげな笑みを浮かべた。またこの表情だ。出会ったときにもこの表情をしていた。
「おいでアース?」
俺が心配そうな顔をしていたのに気づいたのだろう。「なんでもないよ」とエリンは笑う。それを見て、俺も自分の境遇を思い出してしまう。エリンと出会って忘れていたが、俺は今日、最前線冒険者の地位も、仲間も、そして、自分も……全てを失ったのだった。
その代わりに得たのは、幻獣としての力と希少価値だけだ。エリンとの出会いは、とても楽しかった。だが、出来るなら時間を巻き戻したい。
もう叶わない願いを想い、エリンの隣で寝たのだった。
暫くすると、エリンの寝息が聞こえる。俺は眠ることが出来ずに、エリンの寝顔を見ていた。更に時は進み、三時に差し掛かる頃、悪夢でも見ているのか、エリンはうなされだした。
「お……とう……さん…………おかあ……さん……」
そして、涙を流し苦しむエリンを、俺は見ていられなかった。
「きゅーい……きゅーい!」
精一杯、エリンの身体を揺らし、起こすことができた。エリンは目を開け、泣いていたことに気付くと、腕で涙を拭った。
「ありがとアース、あんまり楽しくない夢だったなぁ」
と、上半身だけ起き上がり、遠くを見つめながら、ため息をついた。 そして、
「ね、アース。少し私の話をしていい?」
「きゅい」
「今日私、このお家に一人って話をしたでしょ?」
「きゅい」
「私ね、つい最近お父さんもお母さんも死んじゃったんだ」
「……」
両親の名前を呼んだときに予想はついたが、あまりにも重い内容に、言葉が出ない。
「なんかね、二人で迷宮に潜っていったみたい。ウチには借金があるらしくてね、それを返すために、稼ぎに行こうとしちゃったみたい」
淡々と語るエリン。月光に守られ、その表情は伺えない。
「おか……しいよね……ウチって結構繁盛してたのよ……なのに借金があるなんて知らなかった! 言ってくれなかった!」
淡々なんかじゃなかった。エリンは溢れ出る感情を抑えていた。そして漏れ出てしまい、嗚咽に変わる。
「なんで二人だけで迷宮に行ったの? どうして私も連れて行ってくれなかったの?って何度も……何度も思ったの」
ずっと相談する相手もいなかったのだろう、今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、エリンは語り続ける。
「ほんとはね、今日死ぬつもりだったの。借金は返さなくちゃいけないのに、私だけじゃ迷宮では稼げない。必死になって、店を開けても借金取りに荒らされて……」
それで今日俺が訪れた時に、客がいなかったのか。怒りがこみ上げるが、今はそんな時ではない。
「ね、アース。あなたに会えて楽しかったの。猫だけど、久しぶりに会話できて、なんだかお友達ができたみたいだった。だから、ついあなたに居て欲しくて、ウチで暮らす?なんて聞いちゃった」
でも、とエリンは続け、
「私はもうこの世界じゃ、やっていけそうにないの。だから、あなたは、あなたを大事にしてくれる所に行きなさい?」
エリンはまた、悲しそうにそう笑った。
「きゅ-い」
静かに首を横に振る。その話を聞いて、エリンの元から去るなんて真似をできるわけがない。そんなことをすれば、俺は俺が許せなくなる。
「でも……私は……」
「きゅい!」
俺はエリンの顔に跳びつき、エリンをベッドに押し倒す。
「わっぷ」
エリンが悲鳴を上げるが、構うことなく、エリンの顔の隣に座る。そして、爪で傷付けないように、慎重にエリンの頭を撫でる。もう大丈夫だ、と。よく頑張ったね、と。
エリンは俺の行動に、少し驚いたような表情をすると、
「ありがとね……アース……うっ……うっ……うわああああああ」
と、泣き出してしまった。俺は手を休めることなく、エリンが泣き止むまで続けた。
(さてと……)
エリンは今まで我慢していた反動が来たのか、疲れて寝てしまった。俺はこっそりとベッドを抜け出し、酒場から迷宮区へ向かう。
俺はエリンを救う。これは決定事項だ。