表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カーバンクルと冒険者酒場  作者: がけどー
3/8

エリン

 一糸纏わぬ姿になったエリンは、俺を浴室に連行した。浴槽に溜めてあった水を魔法で温めていく。加熱魔法は、基礎中の基礎で、最初に習う魔法だ。エリンは少しは魔法の心得があるのか。


 軽く現実逃避をしていたが、神様……いやエリン様は許してくれなかった。


「アースはお湯大丈夫?」

「きゅい」


 エリンの裸は大丈夫じゃないが。見ないようにしていたが、たわわに実った果実がそこにある。そう、俺は今、猫なのだから見てもバレないし、怒られない! 吹っ切れて堪能することにした俺は天国の意味を知る。


「もう! アースおっぱい見すぎだよ! エッチな子だったのかなぁ」

「!? きゅいいっ!?」


 勘が良すぎるエリンに戦慄した俺は、全力で否定する。一度違うとアピールしておけば良いだろう。


「そうやって否定するのって、クロって認めているようなものだよ?」


 こいつ、やはり天才かもしれない。こういうときは、


「きゅーい?」


 秘儀、言葉がわかりません。


「えーい」

「きゅ!?」


 一瞬ではあるが、お湯に沈められた。なんてことするんだ!


「反省した?」

「きゅい……」


 もうエリンの裸は見ないようにしようと心に誓った。


「よし、アースの身体洗っちゃうね」


 石鹸で泡立てた手を近づけてくる。そして、エリンの手で俺の身体が綺麗になっていった。他人に、自分の身体を触られることが、こんなに恥ずかしいとは……


「うん! 綺麗になったね! お風呂一緒に入る?」

「きゅい?」


 よろしいのでしょうか?と問いかける。すると、ちゃんと通じたみたいで、


「こっち見ちゃダメだからね?」


 と、俺を抱きかかえ、湯船に浸かる。温かいのと、エリンのどことは言わないが、クッションに包まれ、至福の時間だった。


■■■■■■■■■■


 夜も更け、就寝時間になる。店の外を窓から覗いても、冒険者たちの姿は見えない。明日に備え、帰宅したのだろう。


「アース、一緒に寝よ?」

「きゅい」


 お風呂に続き、同衾まで許してくれると仰るエリン様は、


「もうエッチな子だなぁ。目が輝いてるよ?」


 そう寂しげな笑みを浮かべた。またこの表情だ。出会ったときにもこの表情(かお)をしていた。


「おいでアース?」


 俺が心配そうな顔をしていたのに気づいたのだろう。「なんでもないよ」とエリンは笑う。それを見て、俺も自分の境遇を思い出してしまう。エリンと出会って忘れていたが、俺は今日、最前線冒険者の地位も、仲間も、そして、自分(アスマ)も……全てを失ったのだった。


 その代わりに得たのは、幻獣としての力と希少価値だけだ。エリンとの出会いは、とても楽しかった。だが、出来るなら時間を巻き戻したい。


 もう叶わない願いを想い、エリンの隣で寝たのだった。


 暫くすると、エリンの寝息が聞こえる。俺は眠ることが出来ずに、エリンの寝顔を見ていた。更に時は進み、三時に差し掛かる頃、悪夢でも見ているのか、エリンはうなされだした。


「お……とう……さん…………おかあ……さん……」


 そして、涙を流し苦しむエリンを、俺は見ていられなかった。


「きゅーい……きゅーい!」


 精一杯、エリンの身体を揺らし、起こすことができた。エリンは目を開け、泣いていたことに気付くと、腕で涙を拭った。


「ありがとアース、あんまり楽しくない夢だったなぁ」


 と、上半身だけ起き上がり、遠くを見つめながら、ため息をついた。 そして、


「ね、アース。少し私の話をしていい?」

「きゅい」

「今日私、このお家に一人って話をしたでしょ?」

「きゅい」

「私ね、つい最近お父さんもお母さんも死んじゃったんだ」

「……」


 両親の名前を呼んだときに予想はついたが、あまりにも重い内容に、言葉が出ない。


「なんかね、二人で迷宮に潜っていったみたい。ウチには借金があるらしくてね、それを返すために、稼ぎに行こうとしちゃったみたい」


 淡々と語るエリン。月光に守られ、その表情は伺えない。


「おか……しいよね……ウチって結構繁盛してたのよ……なのに借金があるなんて知らなかった! 言ってくれなかった!」


 淡々なんかじゃなかった。エリンは溢れ出る感情を抑えていた。そして漏れ出てしまい、嗚咽に変わる。


「なんで二人だけで迷宮に行ったの? どうして私も連れて行ってくれなかったの?って何度も……何度も思ったの」


 ずっと相談する相手もいなかったのだろう、今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、エリンは語り続ける。


「ほんとはね、今日死ぬつもりだったの。借金は返さなくちゃいけないのに、私だけじゃ迷宮では稼げない。必死になって、店を開けても借金取りに荒らされて……」


 それで今日俺が訪れた時に、客がいなかったのか。怒りがこみ上げるが、今はそんな時ではない。


「ね、アース。あなたに会えて楽しかったの。猫だけど、久しぶりに会話できて、なんだかお友達ができたみたいだった。だから、ついあなたに居て欲しくて、ウチで暮らす?なんて聞いちゃった」


 でも、とエリンは続け、


「私はもうこの世界じゃ、やっていけそうにないの。だから、あなたは、あなたを大事にしてくれる所に行きなさい?」


 エリンはまた、悲しそうにそう笑った。


「きゅ-い」


 静かに首を横に振る。その話を聞いて、エリンの元から去るなんて真似をできるわけがない。そんなことをすれば、俺は俺が許せなくなる。


「でも……私は……」

「きゅい!」


 俺はエリンの顔に跳びつき、エリンをベッドに押し倒す。


「わっぷ」


 エリンが悲鳴を上げるが、構うことなく、エリンの顔の隣に座る。そして、爪で傷付けないように、慎重にエリンの頭を撫でる。もう大丈夫だ、と。よく頑張ったね、と。


 エリンは俺の行動に、少し驚いたような表情をすると、


「ありがとね……アース……うっ……うっ……うわああああああ」


 と、泣き出してしまった。俺は手を休めることなく、エリンが泣き止むまで続けた。


(さてと……)


 エリンは今まで我慢していた反動が来たのか、疲れて寝てしまった。俺はこっそりとベッドを抜け出し、酒場から迷宮区へ向かう。


 俺はエリンを救う。これは決定事項だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ