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カーバンクルと冒険者酒場  作者: がけどー
2/8

冒険者酒場オベロン

 俺たち兄妹は、幼い頃に両親を迷宮(ダンジョン)で亡くし、孤児院で育った。孤児院は暖かく俺たちを育ててくれ、テッドという親友もできた。しかし、運営が厳しいらしいことを聞いてしまった俺とテッドは、孤児院を抜け十五歳の時に冒険者登録をした。アリスを養えるように、毎日死に物狂いで魔物を狩る。ある程度強くなった俺は、孤児院からアリスを引き取り、宿屋から迷宮に行く生活をしていた。


 皆で笑って暮らせる居場所を作りたくて、安い宿屋で節約して、貯蓄を続けた。もうすぐで、家を買う予定だったが、それももう叶わない。安住できる場所をもっと早く用意していれば、そこに帰ることも出来たのだろう。だが、宿屋暮らしを続けた俺には帰る場所が無かった。宿に向かっても追い払われるだろう。


(これからどうしようか……)


 行く当ても無く、ぶらぶらと歩く。無意識ではあったが、北区に辿りついてしまった。


 迷宮王国(ドラグニア)は、迷宮(ダンジョン)の運営で成り立っている国家だ。迷宮には財宝や希少な魔物の落とし物(モンスタードロップ)など、一攫千金を夢見る冒険者たちが集まる。国家としては、危険な迷宮の上に都市を作るというリスクはあったが、冒険者の稼ぎの一部を税金として徴収している。迷宮を管理するだけで莫大な利益が生まれているのだ。


 ドラグニアは、迷宮区を中心にした、東西南北の地区に分かれている。

 王侯貴族が居を構える貴族街の東区

 平民が暮らす居住区とも呼ばれる西区

 闘技場などの娯楽施設が並ぶ南区

 冒険者用の商業施設の北区

 

 北区には、鍛冶屋や道具屋、宿屋に酒場などがあり、夜でも活気に溢れていた。


 だが、そんな夜の熱気から取り残された店があった。


(オベロン酒場?)


 そこは、いつもなら一仕事終えた冒険者が集う酒場だった。明かりは付いているから営業中なのだろう。だが、夜なのに店には客がいなかった。不思議に思った俺は近づいていく。


「あれ? 水色の猫なんて珍しいね。お腹空いたの?」


 いきなり話しかけられて驚いた俺は、警戒しながら声のした方角を見上げた。そこには、輝くようなゴールドの髪をサイドに結んだ美少女が立っていた。


「いきなり話しかけてごめんねっ。野良猫かなー? 怖くないよーおいでー?」


 警戒したことに気づいたのだろう。声を柔らかくして、害を加える気はないとアピールしている。それを察した俺は素直に、近づいていく。


「わっ、ちゃんと来てくれた。よーしよし、良い子だねー。もふもふだー」


 猫が好きなんだろうか。なでなでとモフモフをされたが、悪い気はしない。今は誰でもいいから人の温もりが恋しかった。喉をゴロゴロと鳴らし、もっと構ってとアピールする。


「お腹空いてるのかな?ウチくる?」

「きゅいっ!」

「あははっ変な鳴き声だね君」


 少女は祭りが終わってしまったかのような寂しい笑顔で、俺を抱え上げた。なんだろう、違和感がする。しかし、少女に包まれた俺は、いい匂いがするのと、胸の柔らかさで頭の中がキャパオーバーしてしまう。


「ここが私のお家だよー」


 と、少女が入ったのは『オベロン酒場』だった。中には、表からも見た通り、誰もいない。しかし、先ほどまで食事をしていたのか、料理が並べられている席もあった。


「今日はもうおしまい! 君はここで待っててねー」


 少女は店の暖簾を引っ込め、入り口を施錠する。まだ稼ぎ時のはずだが、もう閉めるんだろうか。そして、席にあった料理を捨てていった。中には手つかずの料理もあるようだが、迷わず片付けていく。とても美味しそうなのにもったいない。腹が減っている俺は、物欲しそうに見つめる。視線に気づいたのか、少女が手を止め、


「ごめんお腹空いてるんだったよね。お魚でいい?」


 魚があるのか……俺は魚が大の苦手なのだ。


「きゅいっ!」


 首を横に振り、否定の意を伝える。そして、捨てられた肉料理に顔を近づけ、こっちがいいとアピールした。


「えっ……言葉わかるの?」


 と、少女は驚愕に目を見開いた。自分の言葉に反応し、否定されたら、誰だって驚くだろう。意志疎通のチャンスだと思った俺は、「きゅい」と肯定した。


「すごいすごい! 言葉がわかる猫なんて初めて見た! 誰かの使い魔だったりするのかな?」

「きゅーい」


 否定する。


「野良猫なの?」

「きゅい!」

「そっかお利口さんだね、事情はわからないけど、きっと魔物使い(テイマー)」か精霊使い(エレメンター)の所に居たのかもね」


 違うのだが説明できないため、それで良いだろう。


「お肉食べれるの?」

「きゅい」


 猫はネズミなどを食べるため肉食だろう。俺が肉を望んだって、なにもおかしくはないはず。


「んーじゃあ牛にしましょうか。そこの料理は捨てた物だから食べないでね?」


 わかったと頷き、料理を待つ。厨房でごそごそと少女が食べ物を漁り、俺の前に肉が乗った皿を持ってきたのだが……


「きゅーい」


 生は無理だ。この身体ならイケるかもしれないが、前世が嫌だと叫んでいる。焼いてほしい。


「もしかして生肉ダメなの?」

「きゅい」


 この少女は天才かな? 俺が言いたいことをわかってくれている。


「グルメだねー。しょうがないなぁちょっと待っててね」


 そう言って、お皿を持って厨房に戻り、少し待つと、少女は焼いた肉を持ってきてくれた。塩分も味付けも何もないが、有り難く頂いた。猫舌を心配したが、中身はカーバンクルだったようで、熱い物も平気そうだ。


「君、ウチで暮らす?」


 がつがつと食事を続けていると、少女が唐突に提案してきた。帰る場所が無い俺としては、願ったりだが、親の許可を取らずにいいのだろうか?まだ、少女はオーナーとしては若すぎるため、オベロン酒場のオーナーの娘なんじゃないかと思っていた。


「今ね、この店は私一人だけなの。だから、話し相手が欲しかったんだ。どうかな?」


 俺は少し納得した。野良猫相手に喋りかけて、餌まで与えてくれるのは、少し違和感があったのだ。最初は善意からだと思っていたが、きっと寂しさが根底にはあったのだろう。


「きゅい!」


 断る理由もなかったので快諾した。


「そうだ名前はあるの?」

「きゅーい」


 アスマという名前があるが、伝えれないので、名前はないと否定しておく。


「私がつけてもいい?」

「きゅい」


 名前を付けなきゃ不便だろうし、ここはお願いしておく。


「じゃあサメタイガー」

「!?」


 なんて? サメタイガーってなんだ? そんな名前は嫌だ。


「きゅーい」

「む、気に入らなかったの? 私は渾身の名付けだったんだけど……」

「きゅーい」

「じゃあミノタウロス」

「きゅーい」

「ポチ」

「きゅーい」

「シャミタロウ」

「きゅーい」


 と、延々と繰り返した。まさかのネーミングセンスが皆無だった。ここまで来たら、納得できる名前が出るまで、首を振り続けよう。そして、三十分ほどしただろうか。


「アース」

「きゅい!」


 良い名前が出てきた。生前の名に近いからこれで行こう。


「えぇほんとにー? やきもろこしのほうが良かったよー」

「きゅーい」


 絶対に認めてはいけない名前だった。


「しょうがないなぁ、じゃあ君の名前はアースね! 私はエリン、よろしくね!」

「きゅい!」

「まずはアースを綺麗にしなくちゃね! お風呂いくよー」

「!?」


 嫌だ! 女の子と一緒にお風呂なんて恥ずかしくて死ぬ!子供の頃はアリスと入ったりしていたが、もう俺は大人なんだ。


「こーら、暴れないの」

「きゅい! きゅーい!」


 離せ! エリンはいいのか? 男と一緒なんだぞ? と、ここまで考えて、俺は自分が猫だったことを思い出した。


「お、観念したね。いくよー」


 脱衣所に連れ込まれ、エリンは躊躇うことなく、服を脱ぎ捨てていった。

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