転生先はカーバンクル
鮮血が飛散し、迷宮の壁面を赤黒く染めていく。俺の胸に、ぽっかりと孔が空き、魔物の腕が貫いている。そんなことを遅れて理解した。
「お兄ちゃんっ!」
「アスマ!」
「アスマさんっ」
パーティーメンバーの悲鳴が響く。口内に血が溢れて、息も出来なくなってきた。だが、この魔物、食人巨人は絶対に離さない。こいつはここで引き留めなくてはいけない。
「おまえ……ら、俺の……ことは……置いていけ」
「できないよ! だって私のことを庇ったせいでお兄ちゃんが!」
「いいから行けっ!!」
俺たちは冒険者だ。そこそこ腕に覚えがあった俺は、最前線である迷宮区・三十層に四人で挑戦していた。その最奥に佇む階層守護者である、雷の巨人に挑んだが、壮絶な持久戦の末に敗北した。
そして、満身創痍の身体を引きずり、来た道を引き返す。もう回復薬もないが、他の階層守護者に見つからなければ問題はないはずだった。しかし、二十九層で雷の巨人の眷属に見つかってしまう。本来ならば、問題ない相手ではあったが、なにしろ全員傷だらけだった。戦闘を回避しようと、撤退を選択するが、俺の妹のアリスが転倒した。そこに食人巨人の魔手が迫り――
――今に至る。アリスが泣き喚き、取り乱していた。
「行ってくれ! テッド!」
「アリス! 行くぞ! アイツの命を無駄にするんじゃねぇ!」
「嫌だ! お兄ちゃんっ! おにいちゃ……」
「うぐっ……アリスちゃんごめんなさい……」
「やめてっ! 離してよテッド、クレア!」
テッドは俺の親友だった。なにが俺のためになるか、わかってくれている。クレアも泣きながら、アリスの手を掴む。
「ありがとう」
心からの言葉だった。もう俺の命は長くない。それでも、あいつらが逃げるくらいの時間は稼いでやるさ。四肢に力を込め、宣言する。
「行かせ……ねぇよ……化け物、お前はここで……俺でも喰ってろ」
『グガァァァァァァァァァァ!!』
俺の意識はそこで途絶えた。
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そこは厳かな鍾乳洞のような場所だった。氷柱みたいな水晶が沢山あり、薄紫に発光している。ここが、あの世なんだろうか、随分と幻想的な空間だ。
「きゅいきゅいきゅーい……きゅっ!?」
俺の声がおかしい。きゅいきゅいしか言ってない。なんだこれは、脚は……あるけど視点がかなり低いぞ!? しかも脚が四本あり、獣のようにふさふさでなんか水色っぽい色をしている。
(もしかして、転生ってやつか?)
転生前の記憶も覚えている。俺はアスマだ。雷の巨人に敗れ、食人巨人に襲われ死んだはず……
しかし、匂いや温度も感じるし、四本の脚も自在に動かせる。ならば、転生したと考えていいのだろうか?今の自分はどんな顔をしているのだろう。魔物とじゃなければいいが……と鏡のような水晶で確認すると、リスのような生き物だった。その額には、燃え盛る石炭のように輝く紅い宝石が……
(もしかして……カーバンクルじゃねぇかこれ?)
カーバンクルはこの世界で、存在しているか、していないのか議論が絶えない幻獣だ。伝承では、「いる」らしく、『紅い宝石を額に持つリス』とのこと。そして、特殊な能力を持っている――と。
もしカーバンクルなら残念だ。きっと、ここは元の世界ではなく、あの世か天界なのかもしれない。そうだ、少し探検をしてみるか。
俺は鍾乳洞のような場所を水晶窟と命名して、移動することにした。風の流れを感じ取り、ここから出られそうな場所を探す。道中で、ふと思いつき、飛べないだろうかと試してみたら、すんなりと浮くことが出来た。どうやら、空気の塊を魔力で作って足場にしている。獣の本能というやつだろうか、自分にできることが、なんとなくわかる。
魔法も使えるようで、試してみる。すると生前は苦手だった魔法が、簡単に行使できる。四大元素の全てを扱えるようで、少し嬉しくなってくる。ついつい試し撃ちして、水晶窟の景観を損ねてしまったが問題ないだろう。
さて、ここである事に気づいた。自分が知っている魔法が使える。もしかしたら、あの世ではない可能性がある。そして、水晶窟の終わりが見えてくる。あちらの方が明るいのだろう。眩しくてこちらからは見えない。
そして水晶窟から出ると――
そこは見知った場所だった。
(二十九層……)
良かった、俺はまだこの世界にいるんだ。しかし、転生したのだから、何年経っているかわからない。もしかしたら、何百年も経過しているかもしれない。
そうして、俺は自分が死んだ場所へと向かう。すると、そこには食人巨人がいた。俺を殺したやつなのだろう。俺の死体の食べカスがあった。
本来ならば、自分が食べられた痕跡を見たら発狂するだろう――そもそも、そんな状況は、他の人は起こらないだろうが―― しかし、俺は歓喜した。
(まだ皆生きている可能性がある!)
そうだ、俺の死体がまだあるならば、死んでからそんなに時間が経過していないことになる。今から追いかければ、仲間の安否を確認できるかもしれない!
その時、俺に気づいた食人巨人が、殴りかかってくる。
『グガァァァァァァ』
しかし、その動作は緩慢に見える。こいつこんな遅かったっけ? いや、俺が速くなっているのか――
「きゅい!」
その腕を避け、魔法を詠唱する。カーバンクルは、心で念じれば、魔法が発動する。詠唱文を唱えなきゃいけない人間と違ってかなり便利だった。俺が使ったのは火の上級魔法【インフェルノ】だった。そして、食人巨人をあっという間に灰にした。魔法を十全に扱える今、負ける気はしなかった。
(追いかけなきゃ……)
早く仲間の安否を確認したい。その一心で、俺は迷宮を昇っていく。道中、冒険者に「カーバンクルがいるぞ!」と見つかってしまったため、魔法で額の宝石を隠し、リスだと、また見つかる可能性があるため、猫に化けた。どうやら、体格が近い小動物には擬態できるようだ。カーバンクルを見つけた冒険者は仲間から、法螺吹き扱いをされていた。なんだか申し訳ない。
魔法で迷宮の冒険者を探知していたが、仲間の反応はなく、迷宮区入口にたどり着いてしまった。猫として、普通に行き交う冒険者の足をすり抜けていく。多分、ちゃんとあいつらは帰れたのだろう。
そして、俺は見てしまう。依頼掲示板の隣で、ボロボロな姿で必死になって、救助依頼を頼んでいる妹の姿を。
「お願いします! 兄を、アスマ・ギルバートを助けてください!」
「アリスもういい! もうアスマは……」
涙をこらえながら、懸命に懇願するアリス。その横には、顔をぐしゃぐしゃにしたテッドとクレアが立っていた。
俺は見ていることしかできなかった。言葉も通じないこの姿で、どう慰めることができるのか。
本当は、俺はここだ!と叫びたかった。
傍に行き、もういいんだよ、と抱きしめたかった。
しかし、こんな獣の身体ではなにも出来ない。
その場に留まることに耐えれなかった俺は、静かに夜の街に溶けていった。