8 『素質』と『力』
「ツキ、目を開けてごらん。」
込めていた力をゆっくりと抜き目を開いたツキ。そこには――――
――――大きな城。大きな街。限りなく続く青空。すべてが美しかった。
宙を飛ぶツキとシロ。異世界の、しかも上級者でしか詠唱できない魔術。
『FLY』を使用したからこそ見える景色だった。
「すげぇ。」
シロが何をしでかすのか分からなかったので何が起きてもいいように身構えていたツキ。しかし自分の予想した方向とは百八十度も違った方向になっていた事に驚いた。ツキは元の世界で高い所には行った事がない。高所恐怖症だったからである。こうして自分の意思とは違って勝手に連れてこられたこの現状は本来驚きがあるはずなのだが、それよりも食わず嫌いの様だったことに初めて気づいた。
「シロ。これ、降りれんの?」
「――――大丈夫だよ。…。多分。」
「はぁぁぁぁあああああああああ?????」
綺麗だった景色も一転、ここで命の危険。自分が意図していない死を迎える。だんだんと地面が近づいてくる。「もう駄目だ。死ぬ。死ぬ。」ツキの脳内ではこれまでの人生がフラッシュバックしてくる。
「―――ディセレーション。」
その言葉と同時に件の光の粒子がシロの体から外の世界へ放出される。『ディセレーション』という単語にツキが何か引っ掛かることがあった。しかし思い出すことができない。それをよそにシロとツキの体が減速する。急落下しているところから減速すると体にGがかかる。それもそこまで強いGという訳ではなく、ゆっくりと地面に着地した。
「お疲れ様、ツキ。どうだった?少しは楽しめたかい?」
「そりゃもちろん。お前も飛べたりできるのな。知らなかったわ。」
「これでも一応はルーナ王国で一番なんだよ?」
「え…。一番?」
「そうだよ。一番。巷では『敏腕の二刀流』って言われてるけどそっちの方が分かりやすいかい?」
「敏腕て…。二刀流ってのは気になるけど。どういう事?」
「剣と魔術、どちらとも『体質』が良かったからじゃないかな?」
「『体質』?そんなんで決まるのか?」
「そうだね。君の持つ『素質』と『体質』は似ているかもしれないね。『素質』というのは育てる事で強くする事が出来るし、育て様によっては最高の『体質』よりも能力値は高くなることもあるかもしれない。『体質』は勝手に出来てしまうんだ。それが裏目に出たりする人も居たりすることも事実ではあるんだけどね。」
「ほぉ…。『体質』と『素質』ね。」
シロが本当に一番強い者なのかよく分からないのでスルーして、『体質』と『素質』の話は興味をそそられた。シロは『体質』が非常に良かったらしい。まだシロと自分の限界を知っていないので評価は微妙にし難い感じではある。
「さて、この辺でいいかな。とりあえずツキの『素質』が今、どの程度なのか測りたいから。―――そうだね。この剣を使うといい。」
そう言ってシロは女王と同じ様に多くの光の粒子を出しながら剣を創造していき、ツキに持たせた。普通の剣はかなりの重量があるはずだが、受け取った剣は創造よりも大分軽い。
「これ、めっちゃ軽いんだけど。」
「―――そうだね。その剣は魔力の結晶体のようなものだから感じるのかもしれないね。」
なにか考えるような動作にツキが頭をかしげる。
「シロ、これでどうしたらいいんだ?」
「そうだったね。説明が下手くそかもしれないけど、剣に力を込める感じで大きく振ってみてくれないかい?出来なかったら…」
その言葉の途中でツキが剣に力を込めた。
そうすると剣の質量が一気に重くなった。気を抜くと倒れそうになり一気に踏み込む。その間にもどんどんと剣から放たれる光の量が増える。それに従ってシロの姿も見えなくなる。しかし、どんどん重くなる剣をどう処理したらいいのか分からない。
―――大きく振ってみてくれないかい?
その言葉をふと思い出す。体重移動をうまくしつつ、振った事もないバットを全力で振る。その時だけは重い剣が軽く感じて、一気に体が軽くなった。
「―――これは予想以上だね。ちょっとマズいかもしれない。」
これは光って重い剣をどうしようとツキが悩んでいる時にシロが呟いた言葉である。
その直後、光の斬撃がシロへ向かって飛んでくる。即座に剣を創造する。そして―――
二つの異常なエネルギー体がぶつかり合う。その瞬間、ツキは何も聞こえなくなった。
だんだんと耳鳴りの様な高い音が聞こえてくる。その後、尋常ではない爆音と爆風がツキを襲う。しかしそれも一瞬で無くなった。
否、抑えこまれたというべきだった。それもたった一人の目の前の青年に。
「あ、ツキ大丈夫かい?」
「いや、これは、だ…。」
最後まで言う前に頭からうつ伏せになる形で倒れこんだ。ツキはその時に体のエネルギーをごっそり持っていかれた、という事を身をもって実感した。そして意識を失う。これは異世界へ来て何回目の経験だろうか。そんな事を思いながら。
「ん、んん。あぁ。はぁ。」
「どうかされましたか?ツキ様。」
「ん?あぁシスか。そうか…倒れた後…。」
「ツキ様が倒れられた後、シロ様がこの部屋まで送ってくださり現在に至ります。」
「あぁ、そっか。迷惑かけたな。――ごめん。」
「いえ。そんな。その…お疲れ様でした。」
「うん。ありがと。」
その会話の後にまたツキは深い眠りについてしまった。
―――何か脳に直接響く。
「月?久しぶりだね。私だよ。覚えてない?忘れちゃったのかな。だいぶ前の事だもんね。仕方ないよね。―――そう!わた…」
話しかけられているわけでもない。直接、語りかけられているような。でもひどく懐かしいような。そんな感覚があった。
そしてツキは新たな日を迎える。
「んぁ。おはよう。」
「おはようございます。今朝、何か寝言で仰ってましたよ。」
「え?…。そっか。」
「何かあったんですか?」
「いや、ちょっと昔の何かが引っ掛かってるだけだよ。」
多分あの響いてきた『アレ』に反応したのだろう。他人に寝言を聞かれるのは何かむず痒いものを感じる。それは置いておいて、昨日起こったことを聞く。
「シス、昨日のことなんだけど…。」
「はい。」
「あの光があったあとどうなったのか知ってる?」
「はい。もちろんです。あの時傍に居りましたので。
あの光をシロ様が同じような光で打ち消されて、衝撃波などその他諸々の処理を即座にされました。王城であれほどの規模のエネルギーのぶつかり合いが起こったのでシロ様は女王陛下自らシロ様を怒ってらっしゃいました。」
「やっぱり尋常じゃなかったのね。」
「はい。あれほどの力に体が追いついていないことも事実です。出来るだけ無理をされないようにしてください。」
「はい…。反省してます。」
「体力を付ける為にもご飯にしましょう。」
そう言って朝食が始まる。前日の昼・晩抜きの状態だったのでいつも以上に美味しく感じた食事だった。そして昨日と同じタイミングでシロが部屋へやって来る。
「やぁツキ。元気そうで良かった。昨日は凄かったからね。」
「すごい他人行儀だな。昨日のはどういう事でああなったんだよ。」
「それは僕がまず君に謝罪しなければならない。昨日は君の力を測ると言ったね。『素質』持ちの力をちゃんと僕が理解していなかったんだ。それを謝罪したい。最悪君が死ぬことだってあったかもしれないから。」
「―――あれ、死ぬの?」
「前回はあの一回だったから良かった。不幸中の幸いというやつだね。
でもあの技は体内の魔力を使う。魔力は魂そのものだから、魔力を枯渇させてしまえば死を意味する。」
「そっか。…。じゃあこれからはしっかりしてくださいよ。シロさん。」
「あぁそうだね。これからはちゃんとするよ。ごめんね。ツキ。」
昨日のことが気がかりのようだったシロ。素直な性格なのは褒めてあげるべきだろう。ツキの無知であることも関係しているのだから言葉には出さないが心の中で反省する。
「今日は何をすべきかな…。何かしたいことはあるかい?」
「したことはかなり違うんだが、この世界の常識を含めて色々と教えて欲しい。授業をして欲しいって感じだな。」
「それなら僕じゃなくてシスの方が分かりやすく説明してくれると思うし情報量も彼女の方が多い気がするね。」
「そうなの?」
「そこまで言われると照れるのですが座学は主席で学校を卒業しています。実際の魔術を使うのは次席でしたが。」
「す、す、すげぇぇ!」
「という事だよツキ。今日は座学のお勉強をするという事にしておくから分からない事は彼女に聞くといい。僕も溜まっている書類があるからそっちを処理しようかな。」
「もしかしてそれって俺のせいで溜まってる?だったら申し訳ない。」
「そんな事ないよ。実際、溜めてしまう癖があるからね。それじゃ頑張って。」
そう言い残し部屋を出るシロ。それを見届けてからシスによる―否、シス先生による授業が始まった。基本的には机の横にシスが座り分からない事をどんどん挙げて説明してもらっていく。現実問題として転移してからの常識の欠如には頭を悩ませていた。
「えっとじゃあシス先生、いいですか?」
「先生と言われると複雑な気持ちになりますね。―――なんでしょうか?」
「まずは魔術についてなんですが。あれの原理はなんなんですか?」
「まず魔術から説明しましょうか。『魔術』とは己の持つ魔力を実体化させるものです。そのためには多くの魔法陣のカタチを覚えなければなりません。シロ様も相当努力されてあの強さを持っているのだと思います。」
「へぇ…。魔法陣か…。試しにどんな感じなのか見れない?」
「そうですね…。―――こんな所でしょうか。」
そう言いつつ魔法陣をメモ用紙に書いてゆく。元の世界でのイメージと大差ない形である。まず丸を大きく書き、星を描く。何かの図形を描きながら、その中にツキには見覚えのある文字を書き込んでゆく。
それはシロが空を飛び、減速するときに口にした言葉に何か引っ掛かりを覚えたように。
「これって、―――英語?」