6 『王女』と『クロ』
「近衛兵団、シロ、『素質』持ちを連れて只今戻りましてございます。―――」
その一言の後に重く大きな扉が開かれる。ツキと王女の初対面である。扉と同様異常なまでの大きさを誇る部屋だった。ツキがここに来る事は前から知らされていたようで王国関係者と思われる人間が部屋の両端に椅子を並べ座っている。視線が異常なまでに痛い。
「さぁ、ツキ部屋の中央へ。」
「あ…おん。」
自分の予想を大きく超える現状に驚きを隠せない。恐らく、ここにいる人間のほとんどがかなりの権力者であることは目に見えている。言質を取られない様に細心の注意を払わなければならない。そして部屋の一番奥、姿こそ見えないがあそこに女王が居ると確信した。そうこうしていると部屋の中央、多くの者の視線が集まり件の女王の視線が直接こちらを捉えたように感じた。そして跪き、顔を床の方へ向ける。あくまで逆鱗に触れないように。
「初めまして皆様。私、カミアリ・ツキと申します。訳ありこのルーナ王国へ参上致しました。恐れ多いのですが女王様をはじめ、多くの皆様との友好関係を築きたいと考えて…」
「―――貴様か、ツキというのは。」
ツキの話を遮るように若い女の声が聞こえる。これは方向からして女王の声であることが分かった。自然と心臓の鼓動が早くなった。
「はい。私目にございます。」
そうツキが言って頭を上げようとする。しかし。
「――――なぜ、面を上げる。」
その女王の声と共に体に負荷がかかる。疲れてしまっているのか、もしや貧血になってしまったのではないか。否、体に何百キログラムの錘を付けられているような感覚が全身を包んでいる。体が重い。跪く状態で維持できなくなり頭から崩れる。
「カーレン女王!おやめください!彼が、ツキが息絶えてしまいます!」
「――うるさい黙れ!お前は童に逆らうというのか!」
「いえ、逆らう気など毛頭ございません。」
「――ならば下がれ!今回は許してやろう。」
「それはできません。」
「―――――。」
「先ほども述べたように彼は『素質』持ちです。」
女王の暴挙、これが正しい反応なのかもしれないがツキはこの女王は一生歩幅が合わない奴だろうなと思った。そしてシロの言葉に噛み付く部分は子供のようにも感じた。
「――『素質』持ちと申すのか!この場の虚言は死を意味するぞ。」
「はい。心得ております。ですが、彼は本当に『素質』持ちです。」
シロの言葉の後にあの言葉通りの重圧から開放される。そしてゆっくりと体を起こし、とりあえずの処置として跪いた状態に戻る。それでもかなり疲れた。あの間にかなりの体力を使ったようだった。
「――おい、『素質』持ち!貴様、分かっているな?」
「申し訳ありませんが…」
またしても女王が暴れた。今回はネタにもならないレベルで。ツキが言葉を返していた途中、またあの光の粒子が女王の周りに表れ、剣を作り出した。シルエットしか見えなかったそれがこちらへ進んでくるのを生存本能が悟った。それも爆発的な速度に一気に加速し、ツキを狙う。その加速前の剣を見た瞬間がツキの見た最後の瞬間だった。自分の腹に突き刺さる。そう思った。
――――――しかし、剣先がツキの体に触れた瞬間、剣は光の粒子えと還っていった。
「ほう。本当に『素質』持ちなのかもしれんな。」
「はい。どうされますか?カーレン女王。」
「それは一つに決まっておろう。計画が実行段階へ移ったのである。」
「分かりました。―――――ルーナ王国に栄光を。」
ツキはさっぱり理解できなかった。自分に突き刺さると思った剣は肌に触れるや否や、あの光の粒子へと帰っていったのである。あの鉄格子といい、訳がわからない。そして説明が無いままの『素質』とはなんなのか。そして女王が進めんとしている『計画』とは一体なんなのか。昨日今日で多くの出来事がありすぎた。ツキはその事にため息をこぼしてしまう。
「ツキ、申し訳なかったね。たった今許可が下りた。」
そういいながら手を差し出してくるシロ。なんとなく男の手を取って立ち上がるのは癪に触るので取らずに立ち上がった。許可とは一体何の許可なのかそれを確かめねばなるまい。
「さて、何の事かな。一から十まで説明願おうか。」
「そうだね。では行こうか。」
そう言いつつシロはこの部屋から立ち去る。やはりあの大きな扉から退室していく。すこし歩いて客室のような部屋に二人は入っていった。
「さぁ掛けてくれ。まずはこれまでの無礼を許してもらいたい。ツキ。」
「じゃあ何をどうやって許せばいいのか教えてくれるかな?」
「そうだね。単刀直入に話を進めるならば、君に本当の意味での協力者になってもらいたい。」
「それがさっき言ってた『計画』って事でいいのか?」
「さすがだね。その『計画』の事だよ。協力してくれるのであれば情報を開示するけどどうかな?」
「どういう事を俺はすることになりそうなのか教えてくれるか?」
「そうだねぇ。戦うというところかな。」
「は?戦う?それは協力したくないんだが…」
「もちろん君にも利益があるように調整はしてある。なんなら一生苦労が無い生活ができるようにすることも出来る。」
「そこまで俺に固執する理由がわからねぇなぁ。」
必死にツキを捕まえようとするシロだったが、ツキにはそこまでの思い入れがあるわけではない。むしろここまで固執してくるシロには何か裏で考えているのではないかとツキが感じるほどであった。
「『素質』持ちがこの計画には必要不可欠なんだ。」
「あーそれでここに帰ってくるのな。それなら『素質』って何なのか教えてくれ。」
「『素質』持ちとは良く言ったものだけれども正直な所、戦闘能力が異常なほど飛びぬけている事を表すんだ。君のこれまでの行いがそれを証明している。」
「強いって事か?それなら俺は協力できねぇぞ。まず強くない。」
君が強いと言われてツキが少し嬉しくなったのは否定しないが、実際期待されている以上に強いとは考えにくい。何より自分が牢に入れられる際に気絶させてきた相手に負けている。
「いや、その心配はない。まだ君はその力を本当に掌握しきれていないだけだよ。」
「掌握するほどの力なのか…。」
「『素質』持ちはね、魔術の類を全て無効化し、さらには掛けられていた魔力を吸収し自分のものにできるんだ。」
「は、はぁ…。」
ここに来てようやく主人公無双ルートが現れたような気がしたが、おそらく一筋縄ではクリアできない命題である事はなんとなく分かった。何せ自分の『力』が強すぎるというところにあり、勝手に力に対してリミッターをかけているといったところか。
「もしもここれで俺が協力を拒否した場合はどうなるんだ?」
「そうだねぇ。君の持つ『力』を無意識でも外で使われては困るから軟禁状態にしてしまう可能性が一番高いね。」
「じゃあどうしようも無いじゃないか…。」
「だからこそ協力してもらいたい。」
「あぁ分かってる。でも…。」
このまま話を進めても自分に利益があるように進められるとは到底考えにくい。しかし拒否した場合、軟禁である。自分の『能力』で逃げ出す事も可能だが、今後の生活がどうなるか分からない。元の世界への転移への『代償』が見えない以上、大切な場面以外での『能力』の使用は避けておきたい。
「この交渉が君にとって利益を考えにくいのは十分、分かっている。王国側からはきちんと報酬を用意する。君が望むならなんでも用意できるだろう。」
「―――そういえば、戦うんだったな。」
「あぁそうだよ。ツキ。」
「―――――――――何と。」
その一言の後にこの部屋へ静寂が訪れる。そしてシロの気迫を具現化したようなオーラが、光の粒子がシロの周りに現れる。
「―――奴は人の命を侮辱する。本当に使ってはならない禁忌の術を使う輩。そして私の両親や戦友たちの仇でもある。」
その言葉は酷く寂しさを感じさせると共に、その敵に対しての憎悪、苛立ち、焦り、多くの感情が渦巻く中で紡ぎだされた言葉だった。
「―――あの輩は昔、近衛兵団に所属していた。名前を『クロ』と言う。」
『シロ』という名前と対照的な『クロ』。どういう関係なのかは分からないがただならぬ関係である事は明白だ。
「あいつは、寿命がないと言っても過言ではない。二百年前にこの王国であった大戦争の頃には既に近衛兵団に入団していた。圧倒的な力を持ち、多くの者を切り、焼き払い、殺した。しかし当時は守るために戦った。殺した分、救っていたこともまた事実だ。
それまでは良かった。しかし今から二十年前になる。突然暴れだしたんだ。王国で仕えていた私の両親はその時に巻き込まれて死んだ。遺体は無かった。空間ごと丸々消滅させられたからだ。」
淡々と語られるシロの過去。ツキにはその心の一片も理解できない。それは実際に体験した者でないと理解できない類のものだからだ。ツキが唾を飲み話を聞く。
「そしてその騒ぎの間にクロはどこかへ逃げた。大罪人として処刑命令が下り、私もその討伐隊へ志願し、戦場へ向かった。幸いクロの居場所がどこなのかは分かっていたのだ。その道中クロの妨害を受けた。今は失伝されたとされる禁忌の術、『死者蘇生』を使用し、王城で死亡した人間を蘇らせた。しかし一部分が欠けた状態で、だ。」
「ツキ、何が欠けていたか分かるか?」
「――――――。」
ツキは黙り込んでしまっていた。想像は容易につく、従わせるため脳の情報を書き換えたり、そういう事をしていたのだろう。しかしツキからはその言葉を口には出す事ができなかった。
「すまない。すこし熱くなりすぎたようだ。少し落ち着いて語る事にするよ。」
「欠けていたのはね、脳そのものだったんだよ。見た目はそのまま。何も変化はない。しかし操られたように行動し、何も感情を持っていない。素直に殺すだけなら良いものを、その死者の体を使って討伐隊へ攻撃を仕掛けてきたんだ。そこで私は見つけてしまった。」
「――――――私の両親を。」
長い空白の後に短くも、最も重要な一言があった。
「私はこれでも剣と魔術のどちらも十分訓練しているのでね。浄化というのもあれだが、死体を灰になるまで焼いていたんだ。このまま操られるよりはマシだと思ってね。
でも両親を見つけたときは体が止まったんだ。もしも他の死体とは違って意識があったら、と何度も何度も思った。しかしそんな事はあるはずが無い。他の死体と同様、体だけを操られていた。
何度も何度も無力さを嘆いた。それほど多くの時間を費やしたわけではないが心を決めたんだ。
焼こう。と。
遺体は回収できるのならしたい。きちんとした形で弔いたかった。しかしそれを現実が、クロが許す事はしなかったんだ。だからこそ私が弔おうと考えた。涙を流しながら焼いた。叫びながら泣いた。そしてクロを心の底から憎んだ。そしてその討伐隊はそれで壊滅状態に至った。人の死体を相手にすることに私たちの心が痛みすぎたせいで多くの者を失った。」
「そして今回の計画へと帰ってくるわけだ。少し私情も絡めてしまったが分かって貰えただろうか。」
「あぁ分かった。悪いことをしたシロ。」
「いや、いいんだよ。時がくれば話した事だ。それが今だっただけだよ。」
話が終わり、光が消える。やはり身内の関係する話は重く心苦しいものを感じる。そして、クロがツキにとっても憎たらしい存在へと変化していく。
「シロ。まだクロは不完全な死者蘇生を行っていたりするのか?」
「あぁ。報告は何度も上がってきている。だからこその今なんだ。」
「なら一つだ。俺はその討伐へ、
―――――――協力しよう。」
その一言の後にシロと握手した。これはツキの善悪を判断する心がクロに裁きを受けさせるべきとしたから。そして、その現実を変えようと本心から思ったからであった。