5 『シロ』と『素質』
恐らく地下に一人のツキ。看守は消えた。さて、とりあえずは地上に出るか。と考えた矢先、階段の下りるカツカツという音が聞こえてくる。自分が居る場所は左右に分かれる道の真ん中、右を見ても左を見ても階段の存在を確認する事はできない。なのに階段の音がすることに違和感を覚えた。しかし音は左側から聞こえてくる。ならば接触を避けるため右に進もうと右脚を出したその時だった。
「ほんとにいいのかな?」
耳元で囁かれた。焦って後ろを見る。誰も居ない。気のせいかと一瞬は思った。しかし聞いたことの無い男の声。しかもはっきりと言われた。
「なんだ!出て来い!」
「喧嘩っ早いんだね。君。」
「なにが!早く姿を現せ!」
ツキの言葉への返答も耳元で囁かれる。二度目のことだったので一度目よりは驚かなかった。それでも得体の知れないことをされているのは事実だ。警戒を最大限まで引き上げる。
「仕方ないなぁ。これで満足かい?」
その一言を聞いた後、ツキの右側の時空が歪む。そして男が現れた。真っ白なタキシードを身にまとい、金髪、そしてイケメン。それでも嘲笑っている顔に腹が立つ。
「なんだお前!」
「なんだお前とはいきなりだね。僕は、シロと名乗っておこうか。」
「じゃあシロさん、質問だ。敵意はあるのか?」
「君によるね。」
「どういうことだ。」
「君が敵意を晒しているのはもう分かっているけれど、行動に移した瞬間にどうなるかだね。」
ツキの頬に汗が流れ、寒気が走る。散々アニメのような展開が続くが実際に自分の命が危機にさらされている事は本気で恐ろしい。少なくとも今のツキがシロに抱く敵意はない。それを伝えればいいのだが得体の知れない相手に警戒する。
「俺に何を望む!どうして欲しいんだ。言ってみろ!」
「なら単刀直入に言おう。君には素質がある。僕たちに協力する気はないかい?」
「はぁ?素質?なんの素質だ。」
「今は言えない。」
「どうして言えないんだ!」
「国家の機密事項でもあるから、だね。理解してくれないかな?」
この一連の会話でなんとなく分かった。自分は今、この国の政府と交渉しているのだと。
ここで無駄に駄々をこねても最終的には力に潰される。そんな気がして従うほかに選択の余地が無いことを察した。
「なにがどうなっているのか後で教えてくれ。そして俺自身の安全を保障してくれ。」
「それはもちろんだとも。」
「ならいい。」
そろそろ頭に血が上り過ぎたせいか分からないが冷静な判断ができなくなってきそうな気がして、ここは素直に折れるべきだと判断した。
これからどうなるのかは分からないが冷静になったときの自分に託すというなんとも楽観的な考えも疲れたから、といっても過言ではない。
「じゃあ付いて来てくれるかな?」
「あぁ。」
シロに付いて行くツキ、最初は無かったはずの右側の通路には列記とした階段が存在した。おそらくはツキのせいで見えなくしてあったのだろう。階段を上がり何かの建物の中を進む。自分の体の三倍もある扉がシロの合図で開いていく。その迫力は圧巻だった。
「じゃあこれに乗ってくれるかな。」
そうシロが言って指差す方向へ顔を向ける。そしてツキは目の前の光景に意味が分からず困惑していた。
目の前にはツキの身長を優に超えるとても大きい『スライム』。あのブヨブヨした液体と固体の中間に存在するような、あれ、である。それこそ丸っこい形を維持してはいるが問題はその『乗り方』にある。
『乗る』とは良く言ったものだな。とツキは心の中で突っ込んだ。それもそのはず、乗るよりも『喰われる』の方が正しいのだ。口と思われる部分を大きく開け、そこに乗客が入ってゆく。中で窒息はしないのかと思った。それでも乗っている者も居る。死にはしないと考えツキは渋々、『喰われて』いった。
「うわうわうわ。これはなんといいますか…。」
「もしかして君は初めてなのかい?」
「当たり前でしょうが!こんな光景まずない!まじかよぉぉぉぉ…。」
「まぁ初めてなら仕方も無いが、静かにしていてくれたまえ。君の声が意外と大きくてな。」
どうやらツキの声が大きかったらしく、シロは耳を塞ぐような動作をする。それこそ誇張したような動作だったが、『スライムの中』に意識が向かってしまい気づかずに居た。
『スライムの中』は外から見たときとは構造が違っていた。スライムの中は空洞になっており、これといって狭くは感じない。それこそシロとツキの二人だけなのだろうが。どうやら直接スライムの床に座り込むような形で目的地まで移動するらしい。シロが座るのに続きツキも胡坐をかいて座った。ブニブニしてはいるが引っ付くような感じもない。歩くときもそこまで障害になるようなレベルではなかった。人を運ぶように調整してあるのかもしれない。
「なぁいいか。」
「どうしたんだい?僕が答えられる範囲なら答えるよ。」
「あーどうもありがとう。これからどこに行くのか教えて貰ってくれると嬉しい。」
「そうだね。それを言ってなかったね。これから王城へ向かうんだよ。」
「王城?ここって王国か?」
「それも知らないのか。ますます素性が怪しくなってくるね。ここはルーナ王国というカーレン女王が治められる王国だよ。ツキ。」
「女王なのか…。で今からそこに行くんだろ?」
「あぁそうだね。そこで君の知りたがった『素質』も分かるだろう。」
王城の話の後に出た『素質』という単語。もしも現代で君には『素質』があるかもしれない!と言われれば興奮しただろうが、異世界で『素質』と言われると面倒事に巻き込まれるような気がして気が気でなかった。シロに『素質』の事を聞いても王城に着けば分かるといって黙り込んでいる。ここは素直に待つしかなかった。
それにしてもこのスライムである。トロトロと這って行くのかと思いきや意外と早いのである。感覚としてはそれなりの速度で平行移動しているような感じである。スライムが前傾姿勢をとったと思いきやゆっくりと加速。安定感が尋常ではない。もしかしたらツキは少し顔がニヤついているのかもしれない。
そんなこんなで王城へ無事到着したツキとシロ。
「マジか。でけぇ。マジでけぇ。」
「まぁこの王城が一番の大きさの建物だから安心してくれていいよ。」
「は。そうですか。」
「じゃあ行こうか。少し着替えて貰うけどね。」
ツキが見てきた建物の中でトップクラスに大きい建物がこの王城だった。白を基調とした概観で、所々に兵士の姿が見える。大きな門の扉の持つ迫力に腰を抜かしそうになりつつもシロに付いて行く。
案の定内装もこだわりぬかれているようなものだった。赤の絨毯はモコモコで白い壁にはよく分からない絵が飾られている。ろうそくの光を要所要所にうまく使う事で気品に満ち溢れたものになっていた。しかし大きな光源は見当たらない。窓のそばは外からの光で十分明るかったが奥に行くにつれて暗くなるはずの室内が全く暗くない。
「ここって光源はどうなってるんだ。」
「そうだねぇ。僕もそこまで建築関係に詳しいわけじゃないから説明しにくいんだけれども、太陽と同じような周期で明るくなったり暗くなったりするんだよ。夜は真っ暗になっちゃうからろうそくがあるんだよね。」
「そうか。意味が分からん。」
光源の説明があったが太陽と同じ周期でどうのと言われても全く意味が分からない。とにかく支障はきたさないのでスルーしておく。
「さて、着いたよ。とりあえずはここで着替えてくれるかな?」
「着替える?何に?」
「中に服は用意してある。着方が分からないなら教えてあげようか?」
「いえ。結構。」
高校生になってまで着替えを手伝って貰うのは自分のプライドが許さなかったので一人で部屋に入る。簡素な部屋だったが着替えるのにはちょうど良かった。服が壁にかけられているのを確認して着替えを始める。そういえばここまで自分は高校の制服のままでいたことに驚いた。もちろん学校に居たときに転移したのだから当然といえば当然である。
「さてと…。着替えるしかないよなぁ。この服着るのかよ…。」
愚痴をこぼしながらタキシードのような服に着替える。意外と服の構造は簡単で何も知らなくても着替えることができた。
「おーい着替えたぞ。服はどうしてたらいい?」
「着替えたなら少し失礼するよ。」
「え?あぁはい。どうぞ。」
シロが部屋に入ってくるなり笑われた。鏡がないせいでどうなっているのか分からないが、どうやら似合っているわけではないらしい。
「いきなり笑うなよ…。」
「ごめんごめん!ついね。」
「まぁいい。服はここに掛けておいていいのか?」
「いいとも。その服はどこで手に入れたのか分からないけど変な衣装は印象が悪いからね。」
高校の制服はブレザーでそこまで変化は無いように見えるが当人には違うものとして認識しているらしい。少しの間だけ、あの制服とはお別れだ。
「じゃあいいかい?少し説明させてね。」
「あー。はい。どうぞ。」
「さっきも聞いたね。その言葉。では説明するよ。」
「ここはさっきも言ったとおり、カーレン王女の治められるルーナ王国だよ。」
「それは聞いたな。」
「そしてね、これから会うカーレン王女というお方が少し捻くれていらっしゃる。」
「どういうことだ。頭がすごく硬い系の人なのか。」
「いや、そういう訳ではないんだけどね、異国の人間に対してあまり良い印象をお持ちで無いんだ。」
「はぁ。というと?」
「君が異国の人間であることは確かなんだが、『素質』持ちでもあることもまた事実。それを伝えるのは僕の使命なんだよ。」
「あぁそりゃたいそうなお仕事で。」
「いまいち伝わってないようだけど、君に対して王女はあまり良い言動はされないという事を僕は伝えたいんだ。」
ツキも薄々感じてはいたがその事実から目を背けるために話をずらそうとしていた所、シロに突っ込まれた。すこし慄いたが話を続ける。
「それでね、君は王女様とこれから会う。そこで敵意は無く、お互いの利益のために協力しようという趣旨の事を言ってくれればいいんだ。それで話が穏便に片付く。」
「んーよく分からない。要は敵意なし!協力しようぜ!って言えばいいんだろ?」
「まぁそうだね。言葉遣いもしっかり注意してくれると嬉しいけどね。」
なんとか話が終わったようでシロが部屋を出る。ツキもそれに続いて部屋を出る。あのモコモコ絨毯を踏みながら城の中枢へと足を進め、またデカイ扉の前に立った。
「いいかい?これから王女様の御前である事をしっかり理解しておくんだよ。」
「ほいほい。」
シロがすこし戸惑った顔をしつつも、前を向く。そしてその場の空気が変わったことをツキは瞬時に感じとった。そして―――
「近衛兵団、シロ、『素質』持ちを連れて只今戻りましてございます。―――」