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その願いには代償が要る。  作者: 友菊
神在月の異世界冒険譚 ~序章~
1/10

1 『願い』と『代償』

自分には他人には無い能力があると思っている。そうでなければ説明し得ない。

多くの者が望む功績や偉業、それをたった一人で。しかも高校生で成しえてしまっているのだから―――


始まりはその一族の先祖まで戻らなければならないであろう。

神在かみあり家は先祖代々その苗字に相応しい家柄と実績を残し、これまでの家長には総理大臣を始め、学者、教育者として多くの名前を遺してきた。

しかし、家長の子息である神在かみあり つきは両親にすら打ち明ける事のないある『能力』を持っていた____


神在家の朝は早い。家はとても大きくTHE・和風建築&先祖代々凄いぞぉ~的な雰囲気をかもし出している。しかしどこか腑抜けた声であくびをする少年が毎朝の事の様にお手伝いさんへ問いかける。


「今日の朝飯なんになりますかー?」

「そうですねぇ、もう少し時間がかかりますので身支度をされてみてはいかがでしょう?」

「わぁーかったぁ…、毎回なんかはぐらかしてくるんよなぁ…」

そんな会話をしていても月は自分と他人が違っていることを痛感する。それは彼の持つ『能力』に触れなければならないだろう。


時に、小学校二年生の時である。

神在家の長男が通っているのは普通の公立小学校である。そこでは一般の生徒としての情報が登録されており、担任も自分のクラスの生徒が神在家の人間であることを知らない。


忘れ物をすれば怒られるし、学力が伸びなければ保護者にも相談を持ちかけてくる。

月はもちろんそんなことに引っかかる事のない優秀な生徒であった。

しかし、一度だけ忘れ物をした。宿題だった。


普段忘れ物なとしない自分がしてしまったのである。他人でもここまで焦る事はないだろうというレベルまで焦る。

『―――もしもここに宿題があったなら…。』


願いは届けられた。

自分の手には忘れていたはずの宿題があった。

しかしその現実をすぐには理解できなかった。授業が丸々一時間分飛んでいたからである。


「あ…、え…?」

自然と声が漏れる。今の状況はわかる。でも理解ができない。

声に出しながらその場にあったノートに書き込んでいく。

小学二年生の字はとても荒っぽく見るに耐えない、そんな字で。


「えっと…。しゅくだいをわすれた。」

「すごくあせった。」

「しゅくだいがあった。」

「でもじゅぎょうがいちじかんとんでいる。」


何度も何度も復唱した。そこで一つの結論へと帰着した。

時間を代償にしてここに宿題があったら、という『願い』が叶った。それだけであった。


それからは時々に起こる不思議な現象について研究していった。

まずは自分が本心から願う事でないと『願い』は叶えられない事。

そしてその願いを叶えるには相応の『代償』が必要になるという事であった。


この二つを見つけるまでに彼自身は成長していき、小学二年生から高校一年生も終盤を迎えるほどの時間を要した。

その研究の過程で多くの行動を起こしてきた。自分には『能力』があるから大丈夫と分かっていても、いざ行動を起こすには肝を潰した。


その場面場面を良い方へ変えていった結果、多くの者が望む功績や偉業、それをたった一人で。しかも高校生で成しえてしまったのである。


さて、時は流れ月が高校に入ってからの事である。

学校にはカースト制度のような人間の位置づけがされる。その多くは男女共に陽気な性格の持ち主やその周辺が上位を占め、陰気な性格であれば下位に位置づけされる。

その中で月が所属しているのは上位でも、下位でもない。中立である真ん中の層である。

敢えてそうしたわけではないが、自然と人との立ち回りをしていくなかでこの中立になった。


そこで文字通り人生を変える大きな出会いがある。

月が読書中の少年に声をかけた。そんな少年はスクールカースト下位の中では上位に位置している。


「なんていう本読んでんの?」

「ん??あぁ月か。これ、気になっちゃった?」

「おぉん、気になってあげました。」

「なんやねん(笑)まぁいいわ、ライトノベルって知っとんの?」

「ライトノベルか、アニメとかのやっちゃろ?」

「そうそう。まぁ気になった事やしこれ読んでみぃ。第一巻やから気にすんな。」

「んーじゃあまぁ読んでみるわ。今日一日借りるな!」

「おぅけーい!」


月はその手にしたライトノベルの表紙を眺めつつ高校生にして始めての読むジャンルのものへの期待を密かに抱きつつ放課後を迎えるのであった。



ある少年の物語だった。少年が望まない方向へ流れていく事もあったが何度も何度も立ち上がり自分の周りの人間や、亜人、そして愛する人を守っていく話だった。



月はその作品にどっぷりハマり、友人から借りる巻数もドンドン増えていき自分で書籍まで買うようになった。もちろん急な出来事だったので神在家の人間には心配されたが。

そしてその作品への熱い想いが最高潮に達したとき、自然と一つのつぶやきをこぼした。


「じゃあ行けばいいやんか。その世界に。この能力で。」

そのつぶやきから世界は目まぐるしく変化して行く。


まずは異世界へ行くための『代償』はどんなものになるのか、それは分からない。

しかしそれを分からなければ異世界へは行けない。

「代償って何になるんかなー。」

そんな呟きでも今自分の『願い』が、『叶えられた』そんな気がした。


なぜここで願いが叶うのか詳しくは分からない。ただそのライトノベルへの想いがきっと強い願いになり叶ったのだろうと思った。

しかし、これまでとは違う形でその願いは叶えられた。


なぜなら『代償』を支払うことなく願いが叶えられたからである。

それには理解するための時間がかかった。

自分の『能力』でできることは『代償』を支払って『願い』を叶えるのであって、『代償』なしに『願い』は叶えられないのである。それは自分のこれまでの経験が証明している。しかし現に『代償』を支払うことなく『願い』は叶えられた。その事実は変わらない。そして悪い予感を感じた。


その刹那、自分の机の卓上本棚に目が行った。そこにあったのは多くのライトノベルと一冊の薄汚れた本であった。

そのライトノベルがある理由は分かる。

「自分がガッツリハマッたから。」

「そう、ハマッたから。」


しかし薄汚れた本がなぜあるのか分からない。数ページめくってみても理解しがたい言葉が多く並ぶ何かの文献のような本で、なぜこの本が自分の本棚に入っているのか理解できなかった。それはお手伝いさんへの質問で解決する。


「あのー質問していいですか?」

「どうされましたか?」

「この本ってなんなんですか?」


本を差し出し、お手伝いさんのほうへ目を向ける。

その瞬間、お手伝いさんは驚いた表情をした。


「え…この本が何かと申されますと…?」

「えーっとですね、なんでこの本がウチの書斎じゃなくて俺の部屋にあるのか聞きたいんだけど…。」

「この本はおじい様の…。月様のおじい様が…愛読されていた本で…。」


カタコトの日本語で説明を始めるお手伝いさん。


「おじい様が…亡くなられた際に…月様へ送られた本です…。」

「え…。」


その言葉を聴いた瞬間に願いを叶えた後に感じた悪い予感と同じものを感じた。

そして自分の状況を少しの間をおいて理解した。


代償が何なのかを理解する願いへの『代償』が『過去の記憶の一部』であった。


自分の祖父が死ぬ際に渡された愛読書。そんな大切なものを忘れるはずが無い。でもそれを忘れていた。

その事実を分かった上でも自分の記憶にはそれが無い。

『願い』への『代償』が記憶まで干渉してきた、ただその事が怖かった。


しかし過去の記憶を『代償』にしてまで得た『代償が分かる能力』はこれまでの思考とはかけ離れていた事に驚きを隠せなかった。それは『願い』に対する『代償』は一つしかないという訳ではなく、複数の選択肢が存在した事であった。

『代償が分かる能力』を得るための『代償』は三つの選択肢があった。

一つは『過去の記憶の一部』

もう一つは『十兆円』

最後は『神在家との縁が切れること』

この三つでは二つ目と三つ目を『代償』にした場合、神在月自身の命も危うい。

そこで無意識のうちに『過去の記憶の一部』を『代償』にしたのだと悟った。


「まじかぁ…。」

「えぇぇ…。」


一人でそんな呟きをため息混じりに残しつつ自室へと帰っていった。


椅子を引き、座る。そして机の上にその本を置き静かに考え込んだ。

『過去の記憶の一部』を『代償』にしてしまった事実は変わらない。

どうしたものか。考え込む中で一つの結論へとたどり着いた。


それは『無くした過去の記憶の一部』を得るという『願い』をするということである。


すぐにその『願い』への『代償』は何なのか確認した。

複数ある選択肢から何を選ぶべきか軽く考えつつ流れ込んできた情報を受け止める。

そして分かった事、それは。


『自分の人生に大きく影響を与えたものを無くすこと。』


たった一つしかなかった。まず一つしかない事に動揺し、『自分の人生に大きく影響を与えたもの』について考えた。

まだ十六歳である自分にとって『自分の人生に大きく影響を与えたもの』とはなんなのか。昼過ぎだったはずの時間が今ではもう夕方も終わりかけの黄昏時であった。

そして月は一つの大きな決心をした。


―――『ライトノベルを、代償に。』


この一言に月はこれまでにない苦痛を味わった。『過去の記憶の一部』は帰ってきた。しかしライトノベルは消え、周囲にもその本があったことすら消えている。

たかが本、そう思う人も居るだろう。

でも、その本の中には多くの人が居て感情を持ち信念を持って胸を張って行動している。その世界が丸々消えてしまっている事実がとてつもなく悔しかった。自分がその世界を潰してしまった様に感じて、とてつもなく後悔した。


いつまでも消えないそのライトノベルの記憶。月の心には深く残っている。

最後に自分の『能力』を使ってから一、二ヶ月が過ぎ、高校二年生になっていた。


月の心には大きな穴が空いてしまっている。故に、楽しくない高校生活が続き体調を崩してしまったのだった。


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