0-2 悪官の最後
本編「リーズ提督 8話」で語られた車児仙の故国、円帝国の最後です。 あんまり本編では重要視していなかった為、模倣編に舞台が切り替わるときの大陸の情勢説明の時、この国の名前がないため、「あら?」っと思った読者様もいると思われましたので、ここに簡単に記載。
帝位継承戦争と呼ばれる、ヴィンセント帝国で起こった次期皇帝を争った大規模な動乱。
周辺国家や、藩属国家はどちらかの支持を強制された。
かく言う、円帝国も、どちらかの支持を表明せざる得ない状況に陥っていた。
かつて、覇王と名乗る男が立ち上げた強大な国家も、ヴィンセント帝国に国威では負けており、従順な態度をとっていたわけではあるが、突如降りかかった難題に、実質、国の権力者である長項はどちらに着いたほうが利があるか、考えあぐねていた。
長項は現帝の教育係の宦官で、その立場を利用して国の宰相に収まったのだが、外交方面はやはり疎い。
こういう時、優秀な家臣団がいれば、戦局を見て正しい意見を長項にしただろう。
しかし、長項は自分の権力を維持するため、優秀な家臣を次々と粛清し、自分のイエスマンしか周囲に配置しておらず、的確な判断ができないでいた。
先帝の長男である三歳の幼帝ニグラゥを擁立した一派に付くか。 先帝の末弟の現帝デュライを立てた一派に付くか。
「ニグラゥはまだ赤子も同然。 うまくやれば出し抜くこともできるか」
長項のだした結論であった。
ニグラゥが、次期皇帝になるということは、政治を執り行うのは周囲の家臣団。 その家臣団に取り入れれば、自身もまだまだ甘い蜜を吸えるというものだ。
かといってデュライは扱いにくい。
まさに絶対君主制とでもいえる統率であり、長項が取り入る隙がないから……、という判断である。
いまのうちにニグラゥ軍に媚を売るため、物資の援助を行おう。
しかし、長項の思惑はうまくいかなかった……。
長い戦乱の中、圧倒的統率を誇るデュライ軍が、ニグラゥ軍を撃破してしまった。
そうなると長項も焦る。
長項は、国を預かるべき宰相とは思えぬ行動を取った。
「この度のニグラゥ支持は、我が主君、新帝(円帝国の皇帝)の独断によるもの。 私はデュライ殿下の支持を推し進めたわけでありまして。 全ての咎は新帝にあります」
長項は、デュライ皇帝の前で、円帝国のニグラゥ支持を全て、自分の主君のせいにした。
「ほお?」
デュライは頬杖をつきながら、長項の言上を聞いていた。
「これに、円帝国が、ヴィンセント帝国に逆らわぬ証としまして、逆賊新帝の首をお持ちしました」
長項は、塩漬けにした元主君の首をデュライに差し出した。
「私はこれ、この通り、ヴィンセント帝国に逆らいし首魁の首を持って参上した次第であり、私を是非ともヴィンセント帝国の末席に加えていただきたく……」
「長項と申したな。 汝は、円帝国を余に差し出すと申すか?」
「御意でございます。 円帝国の全て、今このときより帝王様のものでございます」
「それで、そちは我が国で爵位を望むか?」
「爵位とまでは申しません。 末席に加えていただければと思っておる次第でございます」
「ふむ……」
デュライはそう返事すると不敵な笑いをした。
「確かに、円帝国はこのデュライがいただこう」
「はは!」
「ただな」
「は?」
「余が最も嫌うものがある。 長項よ、そちには分かるか?」
「帝王様が最も嫌うことでございますか?」
「うむ……」
気付くと長項の周りには数名の兵士が立っていた。
「帝王様!? な、何を!」
「己の立身出世のために、自分の主君を売る行為。 余が困難にぶつかりし時、貴様は余を裏切り、別の強者になつくのは今回の件で明らかにされた……。 それでも余の末席に加わりたいと申すか!」
「ひ……!」
「見るのも目障りだ! とっとと殺してしまえ!」
兵士は剣を抜き、長項を後ろから切り捨てた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
「ち……。 宮中が下衆の血で汚れてしまったか……」
円帝国のモデルは秦帝国。 長項のモデルは趙高。
覇王とは、始皇帝みたいな人と思っていただければ幸いです。
史実でも、悪宦官趙高は、自分の権力保身のため、自らの王を裏切ろうとし、前漢帝国の始祖、劉邦に内通します。 史実では、それが発覚し、王に処断されましたが、今作では、発覚せずに今回に至ったというわけです。
こいつ、気持ちのいいくらい救えない悪人です。 項羽と劉邦や、史記にこの男の事が載っていますので、興味のある方は一度拝読してみてください。
ある意味笑えます。