09
そしてやってきた、お風呂の時間。
「エル、いれたよ」
「じゃあ、この縄を引っ張って」
梁を滑車代わりにして、お湯で満たした桶が揺れながら上へ上へと登っていく。だいたいわたしの頭の高さぐらいまで持ち上げたら縄を柱に固定して、ふたりでその下へ移動する。桶の底からは紐が一本、心許なげにぶら下がっている。
「ポプリ、引いてごらん」
不思議そうな顔で、紐とわたしとをなんども見比べるポプリ。
なにが起きるか、わからないのだろう。
「一緒に引こうか」
座ったままポプリを抱き寄せて、ふたりでそっと紐を握る。
さて、うまくいくだろうか。
「じゃあ、いくよ。せーのっ」
底は勢いよくはずれ、一瞬遅れて桶のお湯が流れ出てくる。
普通なら一気に落ちてくるところだけど。でも。
「あ、雨っ! エル、あったかい雨っ! すごい、雨っ!」
ポプリがうれしそうに飛び跳ねる。
どうやらうまくいったようだ。
桶の底を抜いた代わりに、穴を貫通させて油粘土を染み込ませたハチの巣を取りつけ、抜いた底は紐で開く蓋として再利用した。中のお湯がハチの巣の穴を通して、雨のように流れ出てくるという簡単な仕組みなのだけど。
「雨、おわっちゃった。エル、もういっかい」
どうやら気に入ったらしい。
「きもちいいね」
「うん、気持ちいいね」
不思議だった。今まで雨を浴びたことなんてなんどもあったのに、気持ちいいと感じたことは一度もなかった。ポプリは自然の薬草でできてるから、雨に当たるのが気持ちいいのだろうと思っていたけど、とんだ誤解だった。
「ねえエル」
「なぁに?」
「雨のこえ、きこえた?」
「雨の声? そうね、ちょっとだけ聞こえたかな」
「なんていってたの?」
「それはね……」
ピシャッと桶から温雨が滴る。