05
しばらく逡巡した後で、仕事場へと向かう。
仕事場といっても、そこにはフラスコもなければ大きな炉を構えてもいない。わたしは錬金術師ではあるけど、それは仕事ではなく、どちらかといえば生き方でしかない。もちろん、今でもそれを生業として暮らしている人もいる。でも、わたしにはそれを仕事にしなかった。ただそれだけのこと。だから今は表向き、翻訳家として生計を立てている。
「ちょっとこれ持っててくれる?」
ランプの油をポプリに持ってもらい、たっぷりと雨水を溜めた陶器を手にとって、今度は厨房へと向かう。
「なにするの?」
「油粘土を作るの」
もちろん錬金術で、ね。
竃に火を焚き、吊るした古鍋に陶器ごと雨水を入れる。少し沸いてきたら油を流し込んで、さらにひと煮立ち。そして。
「ミルクいれるの?」
「そう。少し飲む?」
ポプリのために少量だけコップに移し、その三倍ほどの量を古鍋に入れる。
ミルクとはいったものの、普通のそれとは少し違う。もちろん色は白いし、これからチーズだって作れてしまう。でも味も舌触りもまったく違うし、それにこれをそのまま口にできるのは、おそらくわたしとポプリだけだろう。
それはわたしにしか手にできない、特別な聖乳。
錬金術師であるわたしの結晶といっても過言ではなく、これがなければポプリも生まれてこなかったのだ。実はポプリの身体は三分の一が薬草で、三分の一がこのミルクでできている。残りの三分の一は、その他の素材の寄せ集め。
それだけわたしにとってこのミルクは重要な素材なのだ。
古鍋の中でミルクが泡立ってくると、陶器はその泡に飲み込まれるようにして消えていった。ここでひと言添えてさらに煮詰めていくと、ミルクが灰色に変わり、次第に粘り気と光沢を帯びてくる。水気がなくなり固まり出したら別の容器に移し替え、サラマンダーの手袋を嵌めてその塊を熱いうちに練る。
と、いつの間にかポプリも手袋を嵌めていた。
どうやら手伝うつもりらしい。
「こうやって手のひらで押すように……そうそう、上手上手」
耳たぶほどの柔らかさになるまで練りこんだら、油粘土の完成だ。
「さあ、これで穴を埋めるよ」