秘密があったり?
次の依頼は、猫探しだった。
「……猫探し」
魔物を倒すでもなく、魔物のいる洞窟や森に行って貴重な材料を探しに行くわけではなく、猫探し。
タクトが嘆くが、フィオは、
「仕方がないじゃないか、タクトは“弱い”んだし」
「それは分かっているが、所でフィオはどれくらいのレベルなんだ?」
「秘密。タクトがおいついたら教えてあげるよ。でも、今は僕の方が強いかも」
「……絶対その内追い越してやる」
「楽しみにしているよ~。持っている武器も強力だし、才能もありそうだし、僕がサポートするからこれからタクトは伸びると思うし」
フィオがそういったタクトの瞳を覗き込む。
一瞬魔族のように瞳が赤く輝いたような気がしたが、きっと光の反射だろうとタクトは片づける。
それよりも楽しそうにのぞきこむフィオにタクトはドキドキして、けれど目が離せない。
自分は今すぐ強くならないといけないのに、まだ強くならなくてもいいと思ってしまう。
フィオと一緒にいられればそれでいい、そんな気持ちがタクトの中で膨れる。
そこでフィオがタクトの手を握り締めて、
「行こう、タクト」
そう告げて手をひかれて、タクトの微かな葛藤すらも微塵もなくなってしまう。
そんなタクトにフィオが慰めも兼ねて、
「それに猫探しといったペット探しを始めに受けていたが、そのペットが実は特に強い魔物に恐れをなして隠れている事もあり、その魔物との戦闘も多々あるんだから」
「でもまずは町中で聞き込みだろう? ……魔物との戦闘もしたいよな」
そう言ってフィオがききこみを開始すると、森にその猫入ったらしいと聞く。
そしてその先で魔物に脅かされて動けなくなっている猫を発見し、魔物との戦闘になる。
約束通り、フィオはタクトの援護に徹している。
そしてっものを倒した後は猫を連れてギルドへ。
それが終わってから再び猫探しに向かって魔物の戦闘に向かう。
次の日も、その次の日も、その次の日も。
なぜ猫探しばかりとタクトは思わなくはなかったが、タクトのレベルで受けられる依頼はそれが多かったのだ。
ただそれも悪いことではなくて、フィオが猫月で嬉しそうに猫を抱き上げていたりとかそういた光景がタクトも見れたし、同時に魔物モタ男していたのでタクトのレベルもぐんぐん上がっていた。
それでもタクトはフィオに近づいている気が全くしなかったし、かと言ってギルドカードを見せてくれと言ってもフィオはタクトに見せてくれない。
不満を抱えながらタクトは、気づけば“猫探しハンター”という、変なあだ名まで付けられてしまうくらい猫探しを繰り返したタクトだが、ある時ふと疑問に思った内容があってタクトはフィオに聞いてみる。
「最近、この近辺の魔物が強くなっていないか? どう思う? フィオ」
その問いかけにずっと何やら考えていたフィオがはっと顔をあげて、
「ごめん、聞いていなかった」
「よし、お仕置きだ!」
「ええー!」
そう言ってタクトはフィオの額にキスをして、フィオはくすぐったいと微笑む。
以前タクトはフィオについ我慢できずしてしまって以来、お仕置きや頑張ったと称してフィオの額にキスをする。
だってフィオも嫌がっていないし、そうタクトは思っていた。
けれど告白する勇気がない程度にタクトは臆病だったが。
そしてタクトは自身が思っている以上に無意識にフィオ自身に溺れていた。
だから今もまだ宿屋で一つのベッドに二人で寝ていたりする。
そこでフィオが再びタクトを覗き込んで、
「それで、どうしたの?」
「いや、最近、随分と強い魔物がこちらに来るなと」
「……そうだね。本来こちら側にそういった魔物が来ないように魔界側で止めているはずなのにね」
「? 魔王がそんな事をしているのか?」
「今は人間と良好だからというのもあるけれど、争いを起こすのも経済的にはあまり良くないかなって」
「……経済なのか」
「魔族だって人と同じように暮らしているから。もっとも今の魔王はお飾りだけれどね」
笑うフィオに何となくタクトはこれ以上追及できずにいた。
フィオが何処か悲しそうだから。
だからそのままぎゅっと抱きしめると、フィオが少し驚いたようでけれど幸せそうにタクトの胸の中に顔を埋める。
俺は、フィオが好きで、もう放せないかもしれない、そうタクトはようやく自分自身の心に敗北宣言を出したのだった。
その夜も、なし崩し的にタクトとフィオは一緒のベッドで寝ていた。
なかなか寝付けないフィオは、タクトの寝顔を見る。
一目ぼれしたのに、一緒にいればどんどん好きになってしまって、フィオは困る。
端正な面立ちの彼は、眠っていると思いのほか幼い。
一生懸命なのはきっと何か理由があるのだと分かっていて、けれど真面目な所も垣間見えて、それがタクトのいい所なのだと思う。
傍にいればいるほど愛おしさが募る。
このまま魔界に連れて行ってしまいたいが、あのアホな部下を思い出すとする気が起きなくなる。
好きな相手を勝手に連れ去ってその濡れ衣を着せたあの部下が頭にむくむくと浮かび上がって、フィオは絶対にそんなコトしてたまるものかと思う。
そしてタクトの穏やかな寝顔を覗き込みながらフィオは、
「タクト、好き」
まさかそんな風に思われているなんてタクトは思いもよらないんだろうなと、フィオは思う。
思って、そっとフィオはタクトに唇を重ねる。
触れるだけのキスだが、それをやってタクトが起きないのを確認してから、フィオは恥ずかしくなって布団にもぐる。
気付かれたらこの関係は終わってしまうのかもしれないのに、フィオは抑えきれなかった。
「困ったかも」
でも、いずれは魔族で魔王なフィオはタクトと別れなければならない。
だから甘酸っぱい思い出で終わらそうとフィオは思う。
自分で思う以上にフィオは、タクトに溺れているのに、この時フィオ自身まだ気づいていなかった。
そうやって何やかんで更に依頼をこなしていく二人。
途中、フィオの目が特に強い魔法を使うとき赤く光っている事に気付いた。
それは魔族の特徴以外の何物でもない。
フィオが高位の魔族?
魔族は人間の敵で、ミアを攫った魔王の配下で……偵察をしている様子も無くて。
けれどタクトはそれも気付かないふりをした。
それは些細な事だったから。
否、そう思いたかったのかもしれない。
もうタクトはフィオが自分の傍にいないなんて考えられない。
「ほらほら、もう森で遊んでは駄目だよ?」
そう言って泣いている子供をあやして、親の元へと連れて行くフィオ。
この子供達の捜索が今回の依頼だった。
その優しい仕草や言動も含めて……タクトはフィオに惹かれていた。
そもそも人が良くなければ、こんな弱い自分なんかの仲間にならない。
それに見た目も好みというか、本当に綺麗で、凛とした美しさがある。
「どうしたんだ? ぼうっとして」
「! いや、なんでもない」
そう言って誤魔化すタクトだが、すぐそばにフィオの顔があって焦って顔を背ける。
けれど、さらにフィオは覗き込んで、
「何か僕に隠しているだろう?」
「……フィオはどうして俺の仲間になってくれたんだ?」
「……一目惚れしたからだ、と言ったらどうする?」
「じゃあフィオは嫁になるか?」
「あ、それもいいね」
「はははは」
「はははは」
二人で笑いあって、お互い真面目な顔になって、けれどタクトが何か言い出す前に、
「……暇つぶし。ちょっと僕も色々あって」
「そうか……」
思いの他落胆している自分がいて、けれどそれを悟られるのは悔しくてタクトは口をつぐんだ。
「もう、宿に戻ろう」
その日はそのあと一度も二人はその事について話さなかった。
暫くそんなささやかな依頼ばかりをこなしていたが、一気にLvをあげようと言う事でそういう依頼を、タクトとフィオはこなし始める。
フィオのレベルならば取れる依頼で、タクトにはきつい依頼だった。
それでもフィオの助けもあって何とかこなしていくタクト。
そして戦っていくに連れて、フィオがタクトは強いなと思っていたが、それ以上に思っていたよりもめちゃくちゃ強い事に驚きを隠せなかった。
魔物やら山賊やらは、即座にフルボッコなのもいい。
少しはタクトに出番をという事でサポートに回ってくれたのもいい。
「ほら、そっちいったよ!」
「分っているさ!」
そう言って、魔物を倒すタクト。
タクトとフィオのコンビはぴったりと息が合っていた。
これでもフィオは手を抜いているのだと分って、タクトは必死になって追いつこうとする。
なのに底が見えないくらいフィオは強くて、がんばっても追いつけないような気がして、けれど諦めるのは嫌でタクトはがんばっていた。
そして、あっという間にLvが上がり、冒険者達の間では少し名の知れたものになる。
2週間程度でまさか“勇者”の称号を手に入れるとは思わなかった。
これも全部フィオのおかげだと言うと、フィオは複雑そうに笑っていた。
そしてタクトはもう、自覚せざる負えなくなってしまう。
フィオが好きだ。
優しいしああ見えてちょっと抜けていたり、けれど真面目だし。
「どうしたの?」
覗き込んでくるフィオの顔があまりにも近くて綺麗だから、ついその唇を奪ってしまいたい衝動にタクトは駆られる。
けれど駄目だ。
タクトにはやらなければならない事がある。
魔王城に、ミアを助けに行くのだ。
それはとても危険な事で……それに、フィオを巻き込むわけにはいかない。
確かに共に来てもらえれば心強い。
それに魔族だから色々と魔界について詳しいだろう。
でもそれでフィオの立場が危うくなったのなら?
そしてもしも、フィオがタクトと敵対したなら?
どちらもタクトには耐えられない。
タクトはフィオの事が、好きになってしまったから。
だからその思いだけ心の中に閉まって、こっそりとフィオを置いて宿を出ようと思ったのに。
「僕に隠し事をして、どういうつもりだ?」
そこには少し怒ったようなフィオがいたのだった。
「何で置いていこうとする」
フィオは怒りながら、村の入り口に立っていた。
タクトが寝ているのを確認して……その、寝ている隙にこっそりキスまでしたのまでフィオは全部知っていた。
そして今までありがとうと呟くのも。
だから魔法で即座に着替えて先回りしていたのだ。
どういう了見か知らないが、何か隠し事があるらしいタクト。
しかもキスまでしていくとか……フィオの実力をタクトは知っているだろうに。
巻き込んでしまえばいいのに。
否、フィオは巻き込んで欲しかった。
気まずそうに黙っているタクトに、フィオはにやりと笑って、
「まずは一つ目、何でキスをしたの?」
目に見えてタクトが焦る。
「お前、起きていたのか!」
「なんだ、起きていないとでも思っていたの?」
「……フィオは性格が悪い」
「褒め言葉として受け取っておくね。それで、どうしてキスをしたの?」
タクトが顔を真っ赤にして、けれど答えずにそっぽを向く。
仕方がないなとフィオは笑ってタクトの顔に手を伸ばす。
そしてそのまま自分の唇を軽く重ねた。
すぐに放すと、驚いた顔でタクトはフィオを見ている。
「それで、どうしてタクトは僕にキスをしたの?」
「……フィオ、何で今……」
「タクトが答えたなら、僕も答えてやる。どうする?」
タクトの気持ちはフィオは分っている。
けれどそれでも自分から言わそうとしているのだ、フィオは。
こういった事は口に出して言わないといけないし、フィオのことを置いていこうとした罰なのだ。
タクトが悔しそうに呻いて、そして、渋々といったように口にする。
「その……フィオが好きだからだよ」
「うん、僕もタクトの事が好きだよ。友達としてでなく、恋愛感情で」
「……ああもう、俺も恋愛感情で好きだよ!」
観念したように、タクトが叫んだ。
だから、そのままフィオはタクトに抱きついた。
「……もう、僕の事を置いていこうとしないでね?」
タクトが降参と言うように溜息をつくのがフィオには聞こえたのだった。
宿に二人は戻った。
これまでずっとフィオは、タクトが何かを隠していて、そして必死に強くなろうとしていると気づいていた。
そして今日、“勇者”の称号を得るほどに強くなって、嬉しそうな、けれど寂しそうな表情をして……それでも、短い間だけれど一緒にいたから、だから信頼もあるしきっと僕には話してくれるとフィオは思っていた。
更に付け加えるならば、話を聞いても、タクトについていこうと決めていたのだ。
なので、タクトは僕を置いていこうとしやがってとフィオが心の中で怒っていると、そこでタクトがフィオをじっと見つめた。
「実は俺、この国の王子なんだ」
「え?」
フィオは嫌な予感がした。
待てよ、部下が攫って来た姫って……あれ、誤解されて、でももし言っても信じてもらえるのか、そもそも、魔王と言ったら軽蔑される可能性も……。
瞬時にフィオの脳内を駆け巡った連想される出来事。
なんて事してくれたんだアイツと、部下のルトを心の中で責めているフィオだが、
「どうした、フィオ、顔色が悪いけど……ああ、王子っていう証拠を見せようか? ほら、この短剣の柄の部分に紋章が……」
「ぎ、偽造は良くないかなとか……」
フィオは、魔王という立場上、そうであるのは非常に困る。
人間の王子って……。
完全に頭の中は、あうあう状態のフィオだが、傍から見る分にはちょっと引きつっているかなという感じにしか見えない。
そんなフィオにはあとタクトは溜息をついてにやりと笑った。
「本物だよ。まったく……そういえば、フィオは王子である俺の唇を奪ったんだよな~」
「!?」
「どうする? 王族の唇を奪っておいて、ただで済むと思っているのか?」
「な、何が目的だ」
反射的に逃げようとしたフィオは、タクトに腕を捕らえられてそのまま抱き寄せられた。
「フィオ、お前、俺の嫁にならないか?」
「! な、何を言って」
「別に、フィオが魔族だって知っているぞ? 確かに俺も少しは悩んだけれど、フィオは……フィオだろ」
魔族どころか魔王なんですとフィオは言えなかった。
だってそんなことを言ったなら、というか言えない。
そもそも嫁という言葉だけでフィオは精一杯で、
「う……あ……う、その……ま、まずは恋人からで、お願いします」
はうう、と小さく呟きながら、フィオはタクトのそれに頷いて、まずは恋人からという事にした。
もしも魔王とばれた時の事を考えて心の何処かで無意識の内に予防線を引いたのだった。
そんなフィオに、タクトは小さく笑って、
「仕方がないな、恋人からで許してやるよ」
「……偉そう」
「あんまり可愛くない事を言うと、今すぐ城に連れ去って嫁にするぞ?」
「! あう、あ……そ、そうだ、そういえばなんで僕を置いていこうとしたんだ?」
フィオは慌てて話を変える。
心臓がどきどきいってたまらない。
これ以上口説かれたら今すぐ首を縦に振ってしまいそうで、しかも攫おうとしたなら抵抗出来る自信が無い。
だから話を変えようとしたのだが、
「……妹のミアが魔王に攫われたんだ。俺の可愛い可愛いミアが、美姫として名高い妹のミアが……」
怒りに手を震わせるタクトに、フィオはとてもではないが自分が魔王だと言い出せないなと思った。
けれど魔王が連れ去ったのではなく、実際には部下がやった事で、しかも部下ルトと姫は相思相愛のようだったのだが……。
「ええっと、実は両想いだったとか?」
「そんな事あるわけ無いだろ! フィオだからって、いって良い事と悪い事がある!」
「……はい」
タクトのあまりのシスコンにちょっとすねつつも、フィオは自分が魔王だという後ろめたさから、大人しく頷く。
そこでタクトがはっとしたようにフィオを見て、
「……悪かった。大きな声を出して。でも、俺は、一人でも助けに行こうと決めたんだ。でも、魔王城は危険な場所だから……」
「僕を置いていこうとしたの?」
「……ああ。それに、フィオは魔族だから、立場的に難しいだろう?」
実は魔王なのでそれほど問題は無かったりするのだが、それでもタクトが心配してくれたのが嬉しくて。
「もう、そんな事気にしなくていいのに」
「でもフィオは結構強い魔族だろ? 貴族とかそういうレベルなんじゃないのか?」
「いいよ、僕は。タクトの事が好きだから置いていかれるほうが嫌だもん」
そう、フィオはタクトに抱きついた。
それに困ったなとタクトは溜息をついてから、
「……もしもの時は俺を見捨てて逃げるんだぞ?」
「僕はそんなに弱くないよ。それに……」
「それに?」
「秘密。そのうち、話すよ」
そう言うから、タクトはそのうち話を聞けるだろうと楽観的に考えていたのだった。