信頼関係ができ始めたり?
美味しい料理のお店にて。
そこで美味しいご飯をおごられたながら、魔王であるフィオは、名目の前のタクトという剣士に名前を問いかけられた。
流石に、魔王です、とフィオは名乗るわけにはいかなかったので、
「僕の名前はフィオ。魔法使いだよ」
「俺は、タクト。剣士をやっている」
このお肉、ちょうど良い焼き加減だなと思いながら、魔王ことフィオは目の前の声をかけてきた男を観察した。
知らない男にほいほいついて行くほど、フィオも無防備ではない。
別にちょっと格好いいかなとか綺麗だなとか思ったのは事実だが、それ以外にきちんとした理由がある。
いや、確かに美味しい料理を食べられるのも良い事だと思うのだ。
だからその、ええっと……。
…………。
いいじゃないか! 一目惚れしたって!
余裕があるように振舞うのも精一杯だし今だってどきどきしてる。
何だこれは。
こんなの初めてで、どうしたらいいのか分らない。
相手は男なのに、僕はなんだかおかしい。
そこで目の前のタクトがフィオに話しかけてくる。
「それで、いいかな」
「いいよ」
にこりと笑うタクトに一瞬見惚れかけて、必死で平然を装っていたフィオは話を聞いていなかったが頷いてしまった。
頷いて、何の話か聞いていなかった、という事にフィオは気づいたのだが。
目の前でタクトが本当に嬉しそうに笑う。
「じゃあ、これから仲間としてよろしく!」
「あ、うん」
そう差し伸べられた手をフィオは握る。
要するに彼はフィオに仲間になって一緒に冒険して欲しいという事だったらしい。
まあいい、ちょうど暇だったしとフィオは心の中で思った。
それいに一緒にいれば、もっとタクトの事が分かるかもしれないし。
嫌な思いをして城から逃げてきたけれど、こんな良い事もある。
でも僕、こんなに面食いだったんだな……そうフィオは思った。
こうして魔王は後の勇者と出会ったのだった。
先立つもの、つまりお金がも必要なので、依頼を受ける事にしたフィオとタクトだった。
逃げ出した時にフィオはそこそこのお金を持っていたが、それでもいずれ蓄えは尽きてしまう。
いずれは魔王城に帰るとはいえ、それが何時になるか分からない以上、フィオも稼げるならば稼いでおいた方が良いと思う。
なのでギルドに向かう。
ギルドというのは、能力のある人物の管理が初めは目的であったらしい。
そしてそれに登録し、魔力量などを数値化して記録する事で、危険性を把握する……その一方で、一律にここで仕事の依頼と報酬の支払いが受けられて便利な面もあり、また、場合によっては王宮へのスカウトや、有名な冒険者からの誘いもあるといった点からも、力を持つ者や野心家は、普通はこのギルドに登録をする。
また、このギルドのカードは二か月に一度更新をしなければならず、それを怠ると罰金や、場合によっては牢屋に放り込まれもする。
これは危険人物達の管理が目的でもあるので、厳しくても当然だった。
ちなみに、二か月以内であればいつでも登録の上書きが出来て、その時から二か月以内に次の更新が必要となる。
それらを受け付けの女性から説明を受けたフィオとタクト。
そして紙に氏名などを登録し、ギルドカードを受け取る。
フィオは登録費用がかからないのかと聞くと、無一文で登録して依頼をこなす人もいるので、最初の依頼を受けた後の報酬から、その登録料は引かれるらしい。
もちろん初回で登録料を満たさない場合は、その分を次の依頼から引くらしい。
また、現在の登録料はこれ位になっておりますといった説明と、その他諸注意の書かれた紙を渡され、フィオとタクトはそれに必要事項を記入していく。
フィオ自身は魔王と言っても人間達の言語を読み書き出来る程度に教育されていたので、この程度造作もなかった。
そしてタクトとフィオは登録してもらい、魔力量や、能力計測によって、レベルを測ってもらう。
これも受付でやってもらえたのだが、そこでフィオを測っていた受付の女性が、
「こ、これは……」
「はやく登録してもらえないかな」
「はい!」
慌てたように、受付のお姉さんが何かをやっている。
そして登録してもらって、その証明書である登録カードをフィオはすぐに隠した。
だって思った通りにとても高いレベルだったから。
魔王だから当然だけれど、それをタクトに知られて倦厭されるのも嫌なので隠してしまう。
それがタクトにはフィオに距離を取られたような感じがして、
「なんですぐに隠すんだ」
「ふふふ、それは僕がすごく強いからです!」
「嘘だな。うん、こんなに可愛いのに強いとか、嘘だ」
「むかっ、良いよそんな事を言ったって、僕が強い事実は変わらないし。ほら、依頼をはやく受けに行こうよ、タクト」
そこでタクトはフィオに手を握られて引っ張られる。
その手が小さくて、けれど温かくて、先ほどまでの壁の様な物がタクトには考えられなくなってしまう。
ただフィオの走る速度があまりにも早いのでタクトは、
「フィオ、早すぎる!」
「タクトが遅いだけだよ。早く依頼も受けたいし」
楽しそうなフィオに、仕方がないなとタクトは苦笑する。
けれどそれでもこうやって手を握られて連れて行かれるのも悪くは無いなと、タクトは思っていた。
そんなタクトの手を引くフィオは、何で僕こんな事をしちゃったんだろう、凄くドキドキするよ、どうしようと混乱していた。
けれどそれを気付かれるのもフィオのプライドが許さなかったので、一生懸命何でもない事のように装う。
そしてギルド内の掲示板に張られていた良さそうな依頼を探して、記念すべき初めての依頼は、洞窟の奥に潜む魔獣を倒す依頼にしようという話になる。
それを押したのはタクトだった。
理由はこの町からそれほど離れてはおらず、今から行っても日暮れまでには帰ってこれそうだったからだ。それにフィオは、
「僕この辺はあまり詳しくは無いんだ」
「そうなのか? この辺りだけだったら少しは詳しいから、その依頼された場所は任せろ」
「よろしく、タクト」
微笑んだフィオに、タクトは、必死でフィオは男なんだ……でも、フィオなら……と、悶々としながらタクトは洞窟に向かう。
森を切り開いて進んだ道を行き、途中からけもの道を歩いていく。
うっそうと茂った木々に隠れるように洞窟の入り口は存在していた。
「随分と仲は暗いな。確か簡易的な電灯が……」
タクトは自分の荷物を探し始めるが、そこでフィオが何やら呪文を呟いて青白い光の塊を5個ほど生み出す。
それをフィオが指さすとフィオの前面にふわふわと浮いたまま制止する。
フィオが腰に手を当てて、
「どうだ、タクト。凄いでしょう!」
「本当だな。フィオは意外に優秀な魔法使いなんだな」
「意外って何だ。確かに僕はタクトよりもちっちゃいけれど、すっごく強いし、さっき五人の悪い奴らだって自力で倒せたし……うう」
そこで何となくタクトはフィオの頭を撫ぜてみる。
フィオがふにゃっと嬉しそうに笑う。
一瞬、むらっと来てしまったタクトはそこで撫ぜるのを止めて、
「それじゃあ、行こうか」
「うん!」
何事もなかったかのように平静を装い、微笑んで、フィオに言ったのだった。
洞窟の中は、キラキラと輝く、つい魅了されてしまうような場所だった。
薄暗い洞窟ではあるけれど、こんな場所に来た事はなかったのでフィオは興味深々といったように周りを見回しながら、
「この洞窟、綺麗だね。いたる所に水晶の結晶が生えていて、明かりに反射してきらきらしている……いいな。一本くらい持って帰りたいな……」
目を輝かせ、感嘆するように声を上げるフィオ。
それがタクトは可愛いなと思ってとろんとしてしまいそうになりながらも、すぐにそんな事を考えている場合じゃないとタクトは思い直してフィオに、
「……フィオ、余りそちらばかりに気を取られていると怪我をするぞ?」
「心配してくれているんだ?」
「それは……仲間だし」
そう嬉しそうに笑うフィオに、タクトは奇妙な胸のざわめきを感じる。
そこで、蛇のような魔物に遭遇して戦闘になる。だが、
「フィオ、俺の分……」
「あ、ごめん。つい……」
現れた魔物は8匹いたが、その内、7匹をフィオに倒されてしまったタクト。
敵を倒さないと実力が上がらない=レベルも低いままなのだ。
けれどそれよりもタクトには思う所があって、
「まあ、一匹は倒せたからいいけれど……」
「? どうした? 僕の顔なんか見て」
「……なんでもない」
ちょっとかっこいい所を見せたかったのだが、フィオが強すぎて話にならない。
それがタクトには悔しかったりするが……。
張り合うように雑魚の敵を倒すが、広範囲の魔法で一網打尽にフィオはしてしまうためタクトの出番は少ない。
自分の弱さに、悲しさを覚え始めたその時、開けた場所にタクト達は出たのだった。
やってきた開けた場所は高い天井に囲まれた場所だった。
そこには他から流れてきているであろう、透明度の高い地下水が溜まり、水溜りとなっていた。
そしてこの水は弱いながらも治癒の効果があり、これをくんでくるだけでも冒険者のお小遣い稼ぎに最適だったという。
それにこの水を傷口に垂らすだけでも深くない傷であれば一瞬で治り、深い傷も治りが早いとの事で、少し危険な魔物相手の依頼や、山などに入る前に、切り傷が良くできるのでこの水をくんで持っていく者達もいて、その影響からか、現れた魔物がほとんど倒され、一般人でも来れるような安全な洞窟であったそうだ。
けれど今はそこに白い女性のような魔物が浮かんでおり、その姿はまるで水晶で作られた彫刻のように美しかった。
男ならば目を奪われてしまいそうな美貌の魔物。
けれどその力は、見るものが見れば悲鳴をあげてしまいそうな強力なものだった。
ちなみに魔物と魔族の違いは、力が強く知能があるか、ないかによって分けられている。
そして今回の魔物は、人間達からすれば、魔族に近い魔物だった。
その魔物が、タクトとフィオが来た事に気づくと、きらきらとした水滴を零しながら俊敏な動作で襲ってくる。
瞳が赤く光り、鎌のような腕が伸びて、フィオのいた場所を薙ぐ。
とっさに、タクトはフィオを庇っていた。
フィオが大きく目を見開くのが見えて、背に鈍い痛みを感じる。
フィオが何かを叫んで、そこで一瞬タクトの意識が途切れたのだった。
下級の水の魔物かと、さてどうやって自分の実力を見せずに、上手く戦おうかと油断したフィオがいけなかった。
気付いた時にはその魔物の攻撃が迫り、その程度の攻撃で僕が倒せるものかと傲慢に思って防ごうとして……庇うような影が躍り出て、フィオは大きく目を見開いた。
なんで、どうして。
出会ったばかりで、一目ぼれした目の前の人間、タクトが微笑みながらけがをした倒れて行く。
慌てて治癒の魔法をかけて大事には至らなかったと安堵するが、そんなタクトとフィオを見て目の前の水の魔物がケラケラと可笑しそうに笑う。
フィオは現在人間のふりをしているから、力を封じている。
気配も消している。
だからこの魔物は目の前にいるのが、自分達の王だとは気付かない。
気づいていれば攻撃などせず即座に怯え、ひれ伏しただろう。
魔族とも呼べない魔物だが、力の強い者にはひれ伏す……それが魔物だ。
魔王であったなら、ひれ伏したであろうその下品で耳障りな笑い声をあげる魔物に、フィオの心が凍りつく。
そう、これはフィオが自身の力を隠しているから起こってしまった悲劇なのだ。
けれどだからといって、この目の前の魔物の所業が許されるわけではない。
現に今も魔物は笑い、その伸びる鋭い腕をフィオとタクトに向けて振りあげ……そこで、その二つの腕が破裂するように水しぶきへと変わる。
水の魔物は何が起こったのか分からず目を瞬かせて、左右を見回しフィオ達以外の敵を探している。
誰かが邪魔したと思ったのだろう。
愚かな、けれどだからお前はただの下級の魔物のままなのだとフィオは笑う。
そこで水の魔物は気づいたようだ。
ゆっくりと顔を上げるフィオの瞳が、煌々と赤く輝いている。
それを見て水の魔物が怯えるように、
「アナタ……サマハ……」
「下級の水の魔物が。誰に歯向かったのかを教えてやる」
それはタクトと話すいつものフィオの声ではなく、魔王らしい、怒りに満ちた恐怖を覚える声だった。
それに水の魔物はがたがたと震えて逃げようとするが、呪文を唱えることなくフィオによって放出された雷に滅ぼされる。
言葉など、魔王であるフィオにはあまり意味が無い。
魔法使いの呪文は、自身の少ない魔力を基軸とし、増幅させて攻撃させるもの。
もともと破滅的なほどに大きい魔力を持つフィオには、呪文を唱える意味は無い。
それこそ人のように装うため、以外には。
そしてフィオの放った雷によって、透明な大気に魔力の欠片となり溶けて行く魔物を冷たく見ながら、フィオは吐息を吐いて、そっと目を閉じているタクトの頭を撫ぜて、
「……期待、していいのかな?」
そう、少しだけ嬉しそうに呟いたのだった。
目を開くと心配そうなフィオの顔が見える。
「フィオ?」
「……何故僕の前に出た?」
怒ったようなフィオの声に、タクトはフィオを庇おうとして魔物の攻撃を受けたと思いだした。
どうして自分がそんな行動に出てしまったんだろう、なんて不思議に思うことすらも出来ない程度にタクトは自身の気持ちを自覚していたので、
「とっさに守らないとって思ったから」
「だからって、僕の前に出るやつがいるか! それに僕はそれほど弱くない! 死んだらどうするつもりだったんだ!」
怒って詰め寄るフィオにタクトは命がけで庇ったのに何故怒られているんだという理不尽さを感じる。
王子であるタクトはいつも守られる立場で、誰かを守る立場だった事はあまりない。
必要なかったから。
それでもあの時タクトは、フィオを守りたいと思ってしまったのだ。
そして考えなしにフィオを庇って魔物の攻撃を受けた。
フィオの怒りはもっともだと思うが、それでももう少し……そうタクトが思った所でフィオが強く抱きついてきて、今にも泣きそうな声で、
「……弱い奴が守ろうなんて考えるな。僕はタクトに生きていて欲しい」
「……分った」
怒っているのは、タクトを心配しての事で、タクトに対してのフィオの行為なのだと気付いた。
そう思えば、少しだけ溜飲が下がって、タクトは素直にフィオに頷く。
そこでフィオが涙にうるんだ表情でタクトを見て、
「これからは、僕がサポート役に徹して、タクトを強くするよ。……少しは出番が欲しいだろ?」
「いいのか?」
「こんな思い、もうしたくないから。自分の体で守るんじゃなくて、敵を僕の代わりに吹き飛ばすくらいに強くなって欲しい」
そう、笑ってフィオがタクトに言う。
確かに自分は弱いとタクトは思う。
そして、守れるくらい強くなければ、守る資格なんて無いのだ。
自己犠牲の精神はただ自己満足に過ぎない、というか、タクトはここで言葉が欲しくなってしまう。
「俺の事心配してくれているのか?」
「一応、仲間だし」
そうそっぽを向く姿が可愛くて、タクトは笑ってしまう。
タクトは、フィオが自分よりもずっと強いだろうと見当がついている。
それでもこの子供っぽい仕草も可愛くて、守りたいと思ってしまう。
傲慢かな、総タクトは思うけれどそれでも、このフィオを守りたいと思ってしまったのだ。
昨日会ったばかりなのに運命のように、タクトの心をフィオは捉えて放してくれない。
それは“仲間”に対する思いとは違っていて、けれどまだそれを言える状況ではないとタクトは分かっていたから、だから狡いタクトは誤魔化すように、
「フィオが“仲間”になってくれて俺には本当に良かった」
「……そう」
照れたように、フィオが呟いて俯いた。
よく見るとフィオは耳まで真っ赤だったが、タクトは気づかないふりをした。
そんなこんなで一仕事を終えた二人は、ギルドで依頼終了の手続きを行い報酬を貰う。
倒した魔物の証拠の品があればすぐに報酬がでたのだが、あの魔物は魔力の塊に近く、倒してしまうと普通の水へと変化してしまい倒した証拠がなにも手に入らなかった。
なのでギルドの人達が連絡を取り、その中に魔物がいなくなっているのかを確認してフィオとタクトに登録料を引いた報酬が支払われる。
以外にいい報酬だったとその時二人が気づいたのはいいとして。
これでしばらく生活できると宿へと向かって行く二人だが……。
「申し訳ありません、現在満室のなっておりまして」
夕暮れ時に宿屋を訪れる事、五件。
その全てが満室だった。
今の時期は外もまだ寒くて、野宿するのは辛い。
「うう、宿が取れなかったらどうしよう。野宿するのは嫌だ……」
フィオが不安そうに呟くのでタクトは、ここは人通りが多いので、もう少し少ない場所の宿であればあるかもと告げて、フィオと一緒に宿を探す。
そして見つけた宿でも、
「一人部屋しか空いていません、申し訳ありません」
と断られそうになったのだ。
ここ以外に何処かに宿があったかなとタクトが思案していると、そこでフィオが、
「一人部屋は、ベッドが大きくて二人くらい眠れませんか?」
「ええ、ですが……」
「二人分の料金を払いますので泊めて頂けませんか?」
困ったような宿の主人だが、フィオをが見つめると深々とため息を付いて、
「分かりました、そこまでおっしゃるならばお泊めします」
「ありがとうございます」
フィオはタクトが止める間もなく前払いで宿代まで払ってしまう。
そして手渡された鍵を持って、
「よし、タクト、行こう!」
満面の笑みを浮かべたフィオに、タクトは手をひかれる。
そんなフィオを見ながらタクトは、俺って汚れているな~心が、と小さく心の中で呟く。
だってそれは、タクトと一緒にフィオが同じベッドで寝ることになるからだ。
多分フィオには他意はなく、ただ無防備なだけだ。
そう思うとタクトは悲しくなってしまう。
もう少しタクトをフィオは意識してくれてもいいのにと思う。
けれど意識したなら、いたたまれなくて一緒にいられなくなってしまうかもとタクトは考えて、それを必死に我慢した。
そして部屋の鍵を渡されて部屋に向かうフィオに、タクトは自分の宿代を手渡しながら、自分のフィオと一緒のベッドというふらちな感情を隠す意味も込めてタクトはフィオに問いかける。
「いいのか? もしかしたなら他にも空いている宿があるかもしれないじゃないか」
「でも、これまで全部満室だったじゃないか。それで他の宿も満室だったらどうするの? 他を探していたならここも埋まってしまうかもしれないし……野宿するよりはよほどマシだ。202、ここの部屋だね」
フィオがそう答えて、泊まり部屋を開けた。
フィオは少しもタクトを気にしてはいなかった。
けれど開かれた部屋の一つのベッドを見て、タクトは平静を装いながら焦っていた。
いざ見ると緊張するというかなんというか……けれど、フィオは先ほどから何も変わらない。
ちなみにフィオはといえば、タクトと一緒の部屋で同じベッドだと今更ながら気づいて、けれどそんな自分の焦りを気づかれる訳にはいかないと何時も以上に明るく振舞っていたのだが、そんな些細な変化は、出会ったばかりのタクトが気づくはずがなかった。
そして部屋に入り込んだところでフィオが、
「じゃあ、ここの宿の一階にあった食堂に食べに行こう」
「そうだな、お腹もすいたし……肉だな」
「うん! お肉!」
そうフィオとタクトはお肉を食べようと、食堂へと向かったのだった。
味付けの違うステーキを、一つずつ交換した。
下の食堂は盛りが良く、途中から宿の主人
お腹も一杯になった二人はすぐに部屋に戻り、寝ようとしたわけだが、
「うーん、やっぱり狭いね。背中あわせで寝ようか」
とフィオが言いだしたので、タクトは部屋の中を見回し椅子を発見する。
それを見て小さく頷いて、
「俺、あの椅子で寝るわ」
「……僕と背中合わせが嫌なのか」
頬を膨らますフィオに、タクトは冗談じゃないと思う。
確かに男同士で恋人同士というのは時々ある。
魔界でもそこそこあると聞く。
そして、今までずっと男なんて御免だと思っていたのに、フィオも見ていると好きとかそういったものを全部吹き飛ばして押し倒してしまいそうなのだ。
ようやく手に入れた魔法使いの優秀な仲間をここで手放すわけにもいかないし、それ以上に、嫌われたくない。
だから離れた場所にいようと思ったのだが……そこでフィオに手をひかれてそのままタクトはベッドに転がされた。
「え?」
見上げると不敵に笑うフィオがいて、その顔が段々とタクトに近づいてくる。
そして俺の胸に顔を埋めるように抱きついて、
「くくく、こうやって僕がが抱きついてしまえばもうタクトは逃げられないよね」
「えっとフィオ、放してもらえないかなって俺は思ったりするのですが」
突然のフィオの行動に驚いたタクトだが、そこでフィオが落ち込んだように、
「そんなに僕が嫌い?」
「べ、別にそういうわけじゃないけれど……ほ、ほら、俺は椅子に座って寝るのが好きだから」
我ながら嘘くさい嘘だよなと思いつつタクトが告げると、そこでフィオが、
「ふーん、タクトってそんな嘘っをつくんだ。いいもん、このまま寝てやる」
「ええ! ちょ、まて、フィオ!」
けれどフィオは答えず離れない。
幸せそうな表情でタクトに抱きついたまま瞳を閉じている。
その男性にも関わらず可愛らしく見えると同時に、ゾクッとタクトの中で情欲が湧き上がる。
けれどここで手を出したならフィオに返り討ちに合うのは目に見えていた。
そもそも好意をもつ相手にそんな無理矢理なんて出来ないわけで、けれどこうやって抱きつかれるだけでタクトはフィオに対して欲望を抱いてしまう。
なのにタクトは手を出せないのだ。
どんな生殺しだよと、幸せそうに眠るフィオにタクトは茫然と心の中で呟いたのだった。




