ようこ
狐憑きくらい知っているさ。
あの人のことだろう? 二年五組の、ようこさん。
え? あ、一年だったの、君。じゃあ知らないか、彼女の名前なんて。
噂とはかなり違うんだなぁ、これが。
僕の場合の話をしてあげるよ。君も大体、こんな感じだろ?
彼女は常に誰かと話していた。相手は友人であったり、教師であったり、近隣の知り合いだったりした。独りでいるところを見たものは、たぶんいない。一日見ていれば分かる。話術が天才的なのか、かわるがわる人がやってきて、彼女と楽しそうに話すのだ。
なんとも羨ましい。人に好かれる人だ。ああいう人間が、人生得するんだろうな。
去っていくクラスメート達に手を振っていた彼女を、僕はそのとき見ていた。目が離せなかったんだ。
視線に気付いたのか、彼女は振り返り、僕に近づいてきて、にっこりと微笑んだ。
「何か、見える?」
ドキッとした。彼女の可愛らしさとか、鈴のような声にではなく、射抜くような目と、その言葉に。すぐに返事は出来なかった。
「きみ、隣のクラスの子だよね。体育のときによく見るよ」
何事もなかったかのように、彼女の周りの空気は現実に戻る。思わず目を擦ってしまうほどの変わりようだった。
しばらく話をすれば、なるほど、確かに彼女は話し上手である。ただの世間話だが、さりげない尾ひれで笑わせてきたり、たどたどしい僕の言葉に、適度な相槌を打つ。言い間違いなど気にもせず、言いたいことを言って、面白い話を聞いて。彼女と話した後には爽快感があった。どんな悩みも馬鹿馬鹿しくなりそうなほどだ。ただ、僕にはどうしても気になっているものがあった。
「ところで、君の背中や肩にいる、その青いのはなんなの?」
絶えず彼女に耳打ちをしている(ように見える)青く淡い光。炎にも見える。
ぴたり、と彼女は止まった。
「見えるんだ?」
やはり言ってはまずかったのだろうか。それでも僕は首を縦に振った。
「狐だよ、狐。私が生まれたときから憑いてるの」
「こわくない、の?」
「生まれたときから一緒にいるのに怖いわけないよ。かわいいでしょ?」
おどける彼女に、僕は表面だけで笑った。
「でもすごいね。見えるんだ。へえ」
「みんなは見えてないんだね」
「言わないだけで見えてるのかもしれないけどね。さっきの話とかも全部、この子からの入れ知恵なのよ」
「物知りなんだなぁ」
「そう。何でも知ってるのよ」
彼女は肩の上にいる狐火を撫でるように手をやる。慈愛に満ちたその表情に、僕は見惚れた。その所為か、反応が遅れてしまったのだ。
「例えば、人の喰い方とかも、ね」
彼女の目が妖しく光って、赤い舌が唇を嘗めた。
それから何があったのか、僕は覚えていない。
彼女が狐憑きじゃないって事は分かった。
君だって彼女と話していて、此処に着たんだろう?
きっとあの炎が見えたからだ。
そういう能力のある人間、食ってしまっても意識が残るほど力量のある人間を食べて、情報を得ているんだね、彼女は。
あ、言わない方が良かったかな。顔が真っ青になってるよ。
いやぁ、羨ましい話術の秘訣は、こんなところにあったわけだ。
あはは、泣くことないよ。いいじゃないか、死ぬわけじゃなし。
死ぬわけじゃなし。
あまり「ようこ」の意味はありませんが……;;