引き摺る女
ずるり・・・。ずるり・・・。
俺は引き摺られている。
足首を指が食い込むぐらいに、強く握られて。
俺の體は擦れて、引き摺られる度に緋い線を引く。
ガツン。
とうとう、貌の肉が無くなって、直接、皓い骨が当たるようになった。
ガツ・・ガリガリ・・。
それでも、俺は引き摺られている。
俺の眸は、閉じられる事なく、ただ濁っていた。
何も映らない。映さない。
―――――――――
その日は、一際暑い真夏日だった。
ただ立っているだけで、汗がだらだらと滴り落ちるほどだった。
俺たちは暇をもてあまし、駅前のゲームセンターで涼んでいた。
「なぁ、飽きたんだけど。」
誰かが、ダルそうに謂う。
「おもしー事ねぇの?」
また別の誰かが、謂った。
「あ、そーいえば、アレ知ってるか?」
「アレって、なんだよ。」
「引き摺る女!」
それは、最近よく耳にする都市伝説だ。
今日みたいに、異常に暑い日の誰彼時、大禍時に現れるという。
ソレは、自分よりも大きなモノを、ずるずると引き摺っている。
引き摺っているモノはというと・・・。人だ。
気に入ったモノを、引き摺りながら、何処かへ消えてしまうらしい。
今まで引き摺っていたモノをその場に捨てて。
気に入ったモノは、次のお気に入りを見つけるまで、只管に引き摺り廻すのだ。
「けっ。くだらね。引き摺られて、捨てられた死体なんて落ちてたら、ニュースで大騒ぎだろが。」
「えー。この前、ナンパした女が、友達が見た。とか、言ってたぜー。」
「うは。お前、やっぱ頭ワリィなー。んなの常套文句だべ?」
「んだと?・・あ、お前、ビビって、そんな事言ってンだろ。ひゃは。ウケる。」
ビービーうるせぇ連中だ。
あーあ、ダリぃから帰って寝るかな。
ガタリと座っていたマル椅子から、立ち上がる俺に視線が集まる。
「引き摺る女、探しに行くのか?」
ち。くだらねぇ。
「めんどくせぇ。帰って寝る。」
「んだよ、探しだして、逆に引き摺ってやろーぜー。」
面倒なので、シカトして出口まで歩いて行く。
黒塗りされた自動ドアが開くと、重たい熱気と禍禍しい緋が中に入り込んできた。
外に出ると、辺り一面が緋く塗り潰されている。
大禍時。
俺の頭にそんな言葉が、浮かぶ。
馬鹿馬鹿しい。
軽く頭を振って、足を踏み出す。
ふと俺は、おかしな事に気が付いた。
誰もいない。
駅前通りだというのに、誰一人として見当たらないのだ。
たった今出てきた自動ドアを振り返るが、既に閉ざされていて開く様子はない。
黒塗りなので、勿論、中は見えない。
ぞわり。
くだらないと吐き捨てたはずの、さっきまでの会話が頭の中で繰り返される。
大禍時。
異常に暑い真夏日。
・・・。
ちっ。俺は、不快な気分になった。
家に帰ろうと、振り向きかけたその時・・・。
ずるり・・・。
ナニかを引き摺る音が、空気を震わせる。
振り向きかけた体勢のまま、俺は動きを止めた。
頭の中で、警鐘が甲高く鳴り響く。
ずるり・・・。
ソレは、近付いてくる。
俺の心臓は、張り裂ける勢いで脈を打って、痛みすら伴う。
ずるり・・・。
うっ。
何とも謂い難い、厭なニオイが俺の鼻を刺激してきた。
不快な腐臭。
體が勝手に、振り向こうと動く。
見てしまったら・・・。
俺は、完全に向き直る前に、瞼を閉じようと努力するが、謂う事を訊かない。
西陽を背にしたソレは、闇よりも深く暗い陰となっていたが、不思議と表情が解った。悦んでいるのだ。
ソレは、今まで引き摺っていたモノから、手を離した。
どさ。ぐちゃり。
ソレが悦んびながら、益々、俺に近付いてくる。
うっ。うげぇ。
競り上がってくる、吐き気を我慢出来ずに吐き出す。
うげぇ。うげぇ。
ソレは、俺に覆い被さり・・・。
その瞬間に、俺の心臓は活動を止めた。
―――――――――
ずるり・・・。ずるり・・・。
俺は引き摺られ・・・。