傘に隠れて
そばに君はいつもいる。
ある日、雨の日だった時。
夜、夜中に近い時間帯に点滅を繰り返す街灯の下で僕は彼女を待っていた。
待ち合わせをしていたわけではない。
彼女をそこで待ち伏せていたわけでもないんだ。
ただ、何か会いたかったから、そこで彼女の顔を見ることが出来れば良いなって思っていた。
君は現れた、杖でアスファルトをつつきながら。
僕は傘を差していたから、その時はすぐに何かわからなかった。
《お告げしに参りました》
ソーと名乗る彼は、僕の傘越しでそう言った。
僕はその時、傘を差していたから何かよくわからなかった。
《貴方様は、何方かお待ちですか?》
何もお告げしていなかった。
彼の顔は、傘の向こうにあって、表情は伺えなかった。
一応、僕は独り言を装った口調で返答をつぶやいた。
「まだ来ないかなぁ~? 早く来ないかなぁー、僕の彼女」
言ってから、自分の言い方に腹を立てて、うわ、何か嫌み言ってるみたいになっちゃった。と後悔した。
表情は、傘で隠れていて、見られてはいなくて、よかった。
《我は、貴方様に、お告げに参りました》
またその言葉を聞いた。
「なんです……」か。
と言おうとしたけど、彼に言葉は遮られて、
《今から、ご存知でしょうけど、お知らせさせていただきます》
悪寒が血管をわたった気がした。
《貴方様が現在お待ちしておられるという、貴方様の愛人関係と形容できる方は》
線が線を結び、繕い始める。
「待って……、くれみゃすか?」
みゃすかだって、噛んじゃったじゃねぇか、このロボットみたいに話すこいつの所為で。
《はい》
了解してくれた。
ロボットではないらしい。
「ええっと、貴方は何方ですか?」
ロボットみたいだし、呼吸するような感じもしないし、何か言葉勝手に羅列するし、何なんだよ。
……………………・・・
返答してくれないの?
どうかいたしましたか?
同化致しましたか? ……この暗闇と。
「あの……大丈夫ぅ………ですか?」
《もう宜しいでしょうか?》
は? あれれ? 僕の問いには答えてくれないの?
従っただけで、返答は…………?
《貴方様が只今お待ちしている方は、もう……》
「黙れよ、何なんだって訊いてんだってんだよ、こたえろよ、おい」
《いないのです》
「何が? お前誰に話してんの?」
《先日、あ》ジジジジヂヂヂッ
「黙れよ、こたえねえんなら、近よんなよ」
傘を横にして、黙らない壊れた正体不明の化けモンに傘の先っぽを突き刺す。おそらく口辺りに命中している。
《「昨日、おナくナった……」》チチヂジヂジジ
「《わた、わたわたしはわはわはわはんわ》」
力を強くして傘の突起を押し付ける。
「昨日、私。今日、私。ここに、私、いるけど、昨日、私、この世界から足離したんだよ?」
「え?」
聞き覚えのある声だった。
「ものを壊したらいいい、いけなないんだよよよひょ」
「壊しちゃったら、話したかっちたちたことこと、いえあいうあいいえなくなぬなっちゃうんうんだよ、ね? わらった? フフ、わかった?」
「ねえ?」
「私、はね、昨日ね、昨日だったの? ん?」
ポロポロと雨が降っていて、聞こえ……聞きたくなかった。
「彼女、貴方は、彼女の仮の姿、ですよね?」
ああ、俗に言う、幻覚であろう。
「ああ、知っているよ。何で今頃告げに来たんだよ」
ああ、知っているよ。
「何でまた僕の目の前に現れたんだよ」
「じゃあ、傘を外してからそれ言ってよ」
幻聴であった。今まで聞こえていたそれとは別の、僕の頭の中で構成された言葉、台詞でしかなかった。
でも、前にいるのは、幻覚であるのか、というと、それは少し違う。でも、何なのかは言えない。
「バーン!」
幻聴がふざけた。
僕は傘を捨てる。
彼女が消えた。
僕は傘を差して、自分の顔を隠して、泣いていた。
雨は降っています。
生きていれば降ります。
別れが泣かすようなものであるのかというと、それは人それぞれだ。僕はなく人だ。
ああ、彼女は昨日、亡くなりました。
元気に、最後だったから。
かわりが来るって言ってから、消えた。
でも、僕は壊しました。
代わりなんていらなかったから。
嘘です、我慢です今のは。強がりです。
でも、偽りの彼女は要らない。
彼女は二つもあってはならない。
僕の心にはずっと要るのだから。




