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部屋語り・魂送り

作者: たくやんか

 ホラーは美しいものと、誰かが言っていた気がする。その恐怖は時に芸術になりうるからだと言っていた気がする。

 ならば、これから人の手を借りて、作品を書こうとする人間は芸術家の孤独を知らない腑抜けたゆとり世代の男だろうか。美しさを求めないジャンクフードに等しい駄作を作り出さんとする醜悪な男だろうか。

 とにかく、もうすぐ友人が怖い話を聞かせにやってくるのだ。


 ドンドンドンと、自室の扉を叩く音がする。「ああ、来たか」と分かってはいながらも俺は、訪れた人間の顔を確かめるために扉ごしに外を覗いた。

「よう、開けろよ」

 タイミングを計らったかのように、扉ごしの目玉と目が合った。俺が、扉の覗き穴から見るのが分かっていたかのように、向こうもこちらを覗いていたのだ。友人の前で、プライベートな仕種を出すのはよくある事だが、それを逆手にとられるのは、あまり気分がよくない。

「今、開けるよ」

 ノブを回し、扉を開けると3人の男がビニール袋をぶら下げて、立っていた。

「ちぃーす!」

「よう」

「ヨミジ!」

「押忍。嘉納に雨宮、草野か。宇美は来てないのか」

「後で、来るってさ。先に始めちまおうぜ」

「そうだ。買ってきたばっかのやつが、温くなっちまう」

 ビニール袋には、大量のアルミ缶があった。

「うわ。酒買ってきたのか」

「ヨミジ!」

「うるせえな」

「ヨミジ!」

「こいつ、これ流行らせようとしてんだよ」

「ヨミジ!」


 部屋に3人を迎え入れて、心の準備をする。

 狭い所に男4人が入ると蒸し暑かった。

 額からじわじわと汗が流れ出て、不快感が増す。その不快感には汗くささも拍車をかけているようだ。

「クーラー入れろよ、クーラー!」

「悪い。昨日壊れた」

「じゃあ、窓開けろよ」

「この辺、虫が多いんだよ」

「網戸にすりゃいいだろ」

「動かないんだよ、この網戸」


 扇風機とうちわはあるので、それで何とかしよう……。


「プハーー!」

「おい、何もう呑んでんだよ」

「ウメー!俺ビールと結婚するわ」


 ビールの臭いが漂い、怖い話をする空気が薄れてきてしまう。

「そろそろ、始めよう」

「ン?ああ、そっか。そういや、そのために集まったんだっけか」

「じゃあ、話すからさ。ちゃんと執筆しろよ」

「はいはい。準備は出来た」



「まず、これは俺の実体験だ」

 嘉納が口を開く。他の2人がアルミ缶に口をつけ、呑まずに動きを止める。話に聴き入り、キリのいいところで呑むんだろう。


「……あれは、まよなか「おい、電気消そうぜ!雰囲気でねえよ!」」


「……」


 そ、そうだな。明かりはPCのモニターさえついてりゃな。


「ホラーに一番大切なのは雰囲気なんだよ。世界感に引き込む事なの!」

「今消すから……」


 明かりが消えると、真っ暗になり、周りの姿が見えづらくなり、微かに灯ったモニターの光は、懐中電灯を下からあてた時のような気持ち悪さを出している。嫌な感じだ。


「これでいい」

「しっ。静かにしろ。嘉納大先生のお話が始まるぞ」


「……あれは、真夜中の事だったかな。恋愛小説を読み終わってもう寝るかって時だった。何だか外から妙な空気を感じたんだよ」

「妙な空気?」

「ああ。知ってると思うが、俺は爺さんが寺の住職でよ。小さい時から”見える”んだよ」

「”見える”ってアレが?」

「ああ。男の子とか女とか軍人とかな」

「お前、よく何もないとこ見てるもんな」

「この前はな。モノレールの車内に血まみれの女を見ちまってさ」

「うん」

「駅を降りたら、そいつ俺のマンションの階段まで来てたんだよ」

「おいおい」

「憑かれちまったみたいでさ。そいつ一晩中俺の隣にいやがったんだ」

「ちょっ!マジかよ」

「ちなみに、このアパートの前にあるワゴン」

「エ?」

「男の子がいたぜ」

「ちょい止めろよおー」

 嘉納はこういう男だ。


 本当に”見えている”のかは見えていない人間には確かめようがない。

 こいつはそこを逆手に取り、何時もこの手の話し方で人の関心を引くのだ。


「やっぱり、俺としても気になるから気配のする方を見るんだよな。するとさ、街灯のある場所にぽつんといるんだよ、お婆さんが」

「お婆さん?」

「小柄なお婆さんでさ。生気のない目でこっちを見んの。すぐに分かったね、ああまたか、と」

「何か変だったのか?その婆さん」

「明らかにおかしかった。人っ子一人いない夜中に何も持たず、ただ立っていて、こっちをジーッと見てるんだぜ。他の家は覗かずに、最初からこっちをだ」

「偶然じゃないの?」

「ならまだいい。だけどなあ。その婆さんは透けてるんだよなあ。後ろの壁が見えるんだ」

「壁が」

「これはもう間違いないと思ったね。化けて出た、と。俺は、一体何のために出てきたのか、尋ねようと思った。そうしたら、忽然と婆さんが消えたんだ」

「消えた?どこに行ったんだよ」

「慌てて、周りを探した。けど、見つからない。もう諦めて寝るか、とそう思った時……」


『キテ』


「背後から声が聞こえたんだよ。振り向くと、婆さんが立っていた。俺は慌てて、婆さんに触れようと手を振り回した。すると、婆さんは消えて……」


『キテ』


「また、外にいるんだよ。まるで、瞬間移動したかのようだった。俺は、婆さんが何を言おうとしていたのか、気になり後を追いていったんだ」


 全員話を聴き入っていた。部屋の気温が下がっているようだ。


「どこまで行ったか。気がつくと線路まで来てたんだ。寒々とした空気を浴びて、これは本格的にまずいと思った。引き返そうとすると、あるんだよ。線路の向こうに、何かが。最初はよく分からなかったが、よく見たら分かった。”アレ”はよくないものだ。怨念とか邪念とかいうものなんだろうな。見ているだけで、殺されるんじゃないかと思ったんだ。俺は、そりゃあもう一目散に逃げ出したさ。当たり前だろ?でもな……」

「でも、何だよ」

「足首を誰か掴むんだよ、ぐいぐいと。俺は悪霊か何かだと思い、振り払おうとした。すると、『キテ』『キテ』『キテ』」



『キテ』



「俺をここに呼んだ婆さんが一生懸命掴んでいたんだ」


「婆さんは悪霊じゃないのか?」


「婆さんは足首を物凄い力で掴みながらも、視線は線路の先だった。だから、俺も線路の先を見た。そこで気がついたんだ」

「何に?何に気がついたんだよ」

「……人間」

「え?何?何だって?」



「人間だよ。よくないものの中に、人間がいたんだ。女性に見えた。とり憑かれているようだった」



「その、何だ。悪霊みたいなものにか」

「悪霊みたいなものに。照らされるライトで分かるのは、意識のない顔にひんむいた目玉。開かれた口。頼りない足どりをした病人のような姿だった」

「そ、それでどうしたんだよ……」


「……いいか、お前ら。これから先、そういったものに会っても絶対に触れてはいけないぞ。いいか、ちょっと心臓を叩いてみろ」


 どんどんと心臓を叩く。何か意味があるのだろうか。


「心臓の鼓動が聞こえるな。ドクドクいってるな。この音が速まると、魂を持っていかれる可能性が高くなるからな。気をつけろよ」

「お、おお……」


 嘉納はふとあらぬ所を見た。目玉だけを動かし、辺りを確認した。何をしてるんだ、こいつは。


「嘉納?」


「おお。集まってきたな、随分と」


「何?何がだよ!」


 何が集まってきたのか。もしかして、呼んでしまっているのか。俺には分からない。分かるはずがないんだ!


 ポチャン……!


 水の滴る音に嘉納以外の全員が震えた。温い空気にキンキンの冷えたビールがある部屋。風が吹かず、扇風機に頼る部屋。気分が悪かった。


「ぅわあっ!」


 草野が飛びのく。やめろ、何も起きてないだろ。


「あ、あそこのドア閉めてなかったっけ?」


 扇風機の後ろ側にある部屋の出入口となる扉が開いていた。電気が点いたまま。……確かに閉めたと思ったけど。閉めに行こう。


「ああ。入ってきちまったか」

「おい、やめろよ。もう洒落になんなくなってきただろ」

「偶然さ。扉はきっと開いていた。閉めてくるよ」


 俺は扉を閉めに行く。そこで、あるものに気がつく。


(靴が、一足多い)


 宇美が来てないから、靴は4足のはずなのに5足ある。いや待て。俺の部屋なんだから、2足は俺の靴だろう。近寄って見てみよう。

 靴のある場所まで行く。そこで、頭の中を閃きが襲った。


(これって、よくある”来てない宇美が幽霊として来たパターン”じゃないのか)


 そのパターンだと、俺は閉め出される。

 すぐそこにある扉は閉まり、開かなくなる。

 そして、中で惨劇が!


 俺は、急いで駆け寄り、ノブに手を触れようとした。

「くっ!」

 一瞬、戸惑いながら。


「何してんだよ。早く閉めてくれよ」


 扉は何事もなく、閉まった。一安心して、俺はパソコンの前に座った。すると、嘉納が喋りだす。

「宇美が来たかと思ったか?」

「何でそれを!」

「パターンだからな」


 嫌な奴だ。

 嫌な奴だ。

 嫌な奴だ。

「さてと、かなりギャラリーが増えたけど、続きを話そうか」

「えーー。もういいよ。雰囲気消えたし、止めようぜ。もう今日はお開きにしようぜーー」

「それじゃ、あいつが困るだろ」

 嘉納はそう言って、俺を指差した。確かに話のオチがつかない。完結しない。


「続きを頼む」

「だろう?最後まで話さないと、お前ら何をされてもおかしくないぞ」

「だーかーら、それ止めて」


 嘉納は、話を続ける気になったようだ。


「婆さんがさあ、ずっと放さないからさ。俺逃げ出せなかったんだ。線路の向こう側にいる異業の存在を見ているしかなかった。確かにいるんだ。そこにいるんだ。ヤバイものが。どうすればいい。そう思っていたら、病人のような女性が突然地面に倒れこんだ。そして、ゆっくりと四つん這いになっていくんだ」

「四つん這い」

「トカゲ知ってるだろ。例えるなら、それだ。臭いを嗅ぎながら、這っていくようにして線路に向かっていった。そして、手前で止まり、何かを待っているようだった。何を待ってるかは直ぐに分かった。大きな駆動音が聞こえたからな。そう電車だよ」


 それか。そういうパターンか。


「よくないものが女性を殺すつもりなのが、よく分かった。だから、俺は一生懸命声を張り上げて叫んだ」


 嘉納、何息を吸って……


「危ない!!!」


 大きな声が部屋中に響く。うるさい!


「気がつけば、女性は線路の向こう側にちゃんと生きていた。俺は急いで駆け寄った。婆さんはいつの間にかいなくなっていた。女性を抱き抱え、何度も何度も「大丈夫ですか」「大丈夫ですか」と言うと、女性は目を覚ましてくれた。それと同時によくないものが鼠みたいに素早く走り去っていった。俺は一安心したよ。胸を撫で下ろし、女性を安全な場所まで送って帰ろう。そう思った時!」




『ジャマヲスルナ』




「俺の左の脇から蛇みたいなのがにゅるっと出てきて心臓のところでそう言ったんだ」


 嘉納はそこで肩の力を抜いた。きっと、そこで終わり、助かったのだろう。


「後で聞いたら、俺のいた道は霊道でさ。とり憑かれていた女性の婆さんが俺の会った婆さんだったんだよ。ちょうど一週間前に死んでしまったらしくてさ。きっと、最後に孫を助けたかったんだろうな。ハハハ、とんだとばっちりだったぜ」


 そして、嘉納は話を終えた。皆も怖がりつつも、何だかしんみりとしていた。俺はパソコンにそれを打ち込み、後は送信だけとなった。


「んで、その婆さん今そこにいるんだけど」


 行動は早かった。雨宮が電気を点けて部屋を明るくした。


「馬鹿っ!」

「ハハハ……」


 (全く)




 ピンポーン!




 チャイム?誰だ、一体。ちょっと見てこよう。


「誰ですか?」


 扉を開けると。



「悪い、遅れた」


 !?何で!?


 嘉納に雨宮に草野に宇美の4人がいる。

 今、そこにいただろ?


「おいおい、部屋の電気位点けろよ」


 さっき、雨宮が点けたはずだろ!


「ウエッ!何だよ、この腐った食い物に飲み物」

「まるで、あの世の食べ物だ」

「そういや、知ってる?あの世の食い物食べると死人になるって話」


 !?!?!?!?


 何がどうなっているのか。その答えはすぐに分かった。奴らはモニターの中にいた。目玉が抜け落ちたかのような3人が真っ黒い目で俺を見てた。最初から罠だったんだ。全ては俺をあの世に連れていくための儀式。


 きっと、この送信ボタンを押したら、俺の魂も送信されてしまうに違いない。作品を送るためには送信しなければならないが、俺は死にたくない。


「おっ、何だよ。出来てるじゃねえか」


 嘉納が、今まさに、送信ボタンを押そうとしていた。

 もし、さっきの話が掲載されていたら、俺はきっと……。




 助けて下さい。




 

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして(・∀・)♪ 読ませていただきました* とても面白かったです\(^O^)/ これからも更新頑張ってください(*^-^*)
2012/08/20 13:23 退会済み
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