だって君が・・・
文章の書き方とか下手だなって思うところたくさんありますけど、
見てみてください。
「通りで寒いはずだ」
修一は、空を見上げて、つぶやいた。
修一の眼に、白いものが映る。
雪が降っていた。
2月も終わるというのに。
「はぁー」
手に息を吹きかける。
赤くなった指には、感覚が無くなり始めていた。
でも、それでもいいかな。
ふと、修一は思った。
感覚なんて、無くなってしまえばいいんだ。
そうしたら、傷が付いたって痛くなんかないんだ、と。
人が死んだ。
それはあまりに、突然で、あまりに、簡単なことだった。
大学生活にようやく慣れてきた修一の携帯が震えたのは、今日から、4日前。
開こうとした受信メールは懐かしい人物からだった。
いや、懐かしいと言っても、それほど昔ではない。
約一年前まで同じ教室で笑っていたのだから。
仲のいい友達だったはずだ。
高校を卒業してから会わなくなったとはいえ、2年になって同じクラスになり、3年目も一緒に過ごしていた。
学校内だけの友人だったが、バカなことを言ってずっと笑っていた。
そんな友人からのメール。
修一は、短い髪を軽くかきながら、少しだけ笑った。
皆が大学に慣れてきたころに、遊ぼうと約束はしていた。
その誘いなのだろう、と思ったからだ。
しかし、携帯の画面には、笑えない文章が並んでいた。
「太一が、亡くなりました」
その文章の後には、つらつらと、今後の予定が書かれていた。
通夜、葬式の日程・・・。
理由なんて書かれていなかった。
だけれども、
「死んだことを皆に伝えてほしいと遺言があった」
という文章から自然に浮かんだ一つの答え。
修一は震えた。
携帯を持つ手が震え、自身を支える脚は震えた。
修一の祖父母は健在で、「人の死」に直面するのは、これが初めてであった。
「・・・死んだ?」
思わず声が出た。
それと同時に、思わず震えた。
ただの文字の羅列では、実感のなかったそれ。
しかし、声に出してしまった。
太一という名の親しかった友人が死んだのだということを、実感してしまった。
そして今、修一は順番を待っている。
目の端に映るのは、真っ赤な目をしている遺族の姿。
後3人。
後3人が、太一のもう動かない姿を見てしまえば、自分も、それを直面しなくてはならない。
「死」
なんて、知らない。
けれど、まさに目の前には「死」が横たわっていた。
皆が泣いている。
久しぶりに会った友たちと、こんな形での再会など、望んではいなかった。
またひとり、冷たくなった顔を覗き込んだ。
修一の目頭が熱くなる。
そんな姿を太一に見せたことなどなかった。
修一と太一は、いつだって笑っていたから。
修一は、ふと、考える。
太一は、泣いて欲しいのだろうか。
それとも、泣かないでいてほしいのだろうか、と。
けれど、答えは返ってこない。
だって、ここに太一はいないのだ。
修一の番になった。
少しだけ上半身を傾け、太一の姿を見る。
そうしたら、涙が引いた。
だって、思ってしまったのだ。
「なんだ、ここにいるじゃんか」
と。
もう動かないと知っていた。
もう笑ってくれないと分かっていた。
けれど、彼はここにいた。
だから、泣けなかった。
だって、ここにいるのだ。
自分の目の前にいるのだ。
それなのに、何を悲しまなくてはいけないのだろうか。
その日、修一は、決めた。
葬式には欠席しようと。
だって、それは、太一を消す行為だ。
だから、行けなかった。
太一はここにいる。そう思ってしまった修一には。
通夜から帰ってきたその日から、修一は元の生活に戻った。
太一の死を知ってから4日間は笑うことなどできなかったが、今では、テレビを見て、くだらないことで笑みが出る。
何も変わっていなかった。
「太一の死」を理解しながらも、修一は心のどこかで、今もどこかで生きている、という感覚をなくすことはできなかった。
だからこそ、「普通」でいられたのかもしれない。
しかし、気付かないところで、確実に軋みは出ていた。
「修一、どうした?」
修一の顔を覗き込み、そう聞いたのは、同じ学部の誠也だった。
修一と誠也は、新入生歓迎の催しで知り合い現在ではほぼ毎日と言っていいほどの日数、ともに遊んでいる。
この大学で一番仲の良い友人だ。
「なんで?」
修一は首を傾げる。
そう問われる理由に心当たりがなかったからだ。
しかし、次の誠也の言葉で、理由を知った。
「なんか、悲しそうな顔している」
その言葉に、修一は一瞬言葉を失う。
しかし、すぐに笑い
「なんでもねぇよ」
と返した。
まだ心配そうに見ている誠也にもう一度笑みを向ける。
安心させるように。
「大丈夫だって」
そう言いながら、心の中で、想いを口にした。
なぁ、太一。
俺とお前は、親友じゃ、なかったかもしれない。
でもさ、でも。
さみしいよ。
冬は終わりに近づいているにもかかわらず、寒さは依然として残っていた。
人の心に故人が残っているように。
「人ってどうして生きるのかな?」
「は?何・・・?」
突然の問いに、誠也は怪訝そうに修一を見た。それもその筈。
今の今まで、お笑い番組を見ながら一緒に笑っていたのだ。
誠也は、修一のアパートに遊びに来ていた。
酒を買って、二人で飲み明かそうという話になったのだ。
酒が回ったのだろうか。誠也はそう考えた。
酒の入った修一はよく、突拍子もないことを言い出す。
また、それが始まったのか、そう思ったが、覗き込んだ修一の眼は、悲しそうで、少しだけ言葉を失った。
最近の修一は変だった。
他の友人は、あまり気にしていないようだったが、誠也は、なんだか、今にも、修一が壊れてしまいそうで怖かった。
何か悩んでいるなら、言って欲しかった。
話を聴くぐらい、自分にだってできるのだ。
だから、静かに待った。
修一が話し出すのを。
「どうしてさ、死ぬのに、生まれるんだ?どうせ死ぬのに、生きなきゃいけないんだ?」
「・・・修一、死にたいの?」
「そういうわけじゃねぇよ、でも・・・」
「でも?」
「・・・俺が死ねばよかったのに、とかはちょっと思ってる」
誠也には、修一が何の話をしているのか分からなかった。
けれど、必死で首を横に振った。
「お前が何を言ってるのか分からないけどさ、・・・そんなこと、言うなよ」
「・・・」
「マジで、お前、何があったの?」
「・・・友だちが死んだ」
「え?」
「・・・それだけだ」
修一は、顔を伏せた。
だから、誠也には修一がどんな顔をしているのか分からなかった。
「死」は、彼等には大きすぎて、
つなぐ言葉を、彼等は知らなかった。
言葉を失うことしかできなかった。
20歳を過ぎれば、「大人」だと言われる。
けれど、どこが大人なのだろうか、と修一は思った。
20歳を過ぎれば、「大人」だとみなされる。
けれど、どこが大人なのだろうか、と誠也は思った。
ひとりの「死」は、静かに、しかし確実に周りを動かした。
ひとりの青年は、「死」と「生」に疑問を抱き。
ひとりの青年は、自分の存在に疑問を抱いた。
「それだけって、なんだよ。・・・お前、最近笑ってない。それが原因なんだろ?」
「・・・」
「なんか、悩んでるなら、俺でよかったら、話聞くぜ?」
「・・・」
修一は、誠也の言葉に、ただ口を閉じた。
言いたいことがあった気がした。けれど、口に出せば、現実になる気がした。
夢や幻として一度封印した現実と、直面することができなかった。
誠也に言えないのではない。
口に出せないのだ。
「・・・俺って、そんなに頼りないのかよ?」
「え?」
「そりゃ、まだ一年くらいしか友だちやってねぇし、深い話なんてできないかもしれねぇど・・・。お前がそんなに悩んでて、それでも言えないほど、俺って頼りねぇのかよ?」
「・・・そういうわけじゃ」
「じゃあ、なんで、何にも言ってくれねぇんだよ!」
「・・・」
静寂が痛い。
そう二人は思った。
「ごめん。勝手なこと言って・・・。言えないことの一つや二つ、あるに決まってるのに。・・・今日は、帰るよ」
「誠也・・・」
「じゃあな」
閉じたドアの音だけが大きく響く。
修一は、拳を握り、自分の足を叩いた。
言葉にするのが怖かった。
修一は、拳を握りながら、思った。
誠也は、修一にとって大切な友人だ。
不安だらけだった大学生活で、気の合う友人ができ、毎日が楽しいと想えるようになった。
それも、誠也のおかげだと思う。
だけれど、言えなかった。
話を聞いてもらいたいと思っている。
誠也になら話してもいいと思っている。
けれど、怖かった。
「バカだな、俺。・・・なんで、泣かなかったんだろう。あんとき」
上を見あげた。
そこには、天井しかなかったが、
それでも、空を見上げている気になった。
天国なんて、どこにあるのかなんて、知らない。
けれど、太一は、上にいる気がした。
「もう、いないんだ」
声に出した、その言葉は震えていた。
目頭が熱くなる。
「もう、会えないんだ」
目を閉じたら、頬がぬれた。
零れてしまった。そう思った。
涙を流したら、忘れてしまいそうだった。
太一の笑顔も、存在すらも。
だから、泣きたくなかった。
認めたくなかった。
どこかで生きている。きっとまた会える。そう思い続けていたかった。
けれど、それは、自分勝手な思いでしかないのだ。
太一が泣いて欲しいと思っていたのか、泣いて欲しくないと思っていたのか、今はもうすでに分からない。
けれど、泣かないことがいいことなのではない。
死をなかったことにすることなどできないのだ。
修一はぬれた頬を手でぬぐう。
瞼の裏には、太一の笑顔が浮かんでいた。
忘れていない。
そんなことが、たまらなく安堵をもらたした。
「大丈夫。俺は、大丈夫」
再び流れてくる涙を止めず、修一はつぶやいた。
修一は携帯電話に手を伸ばした。
「・・・何?」
心なしか、冷たい声が耳に入る。
「誠也。今大丈夫か?」
「ああ」
「・・・さっきは、ごめん」
「・・・」
「あのさ、・・・話聞いてもらってもいいか?」
「・・・それはいいけど・・・」
「・・・けど?」
「無理に話さなくてもいいぜ?・・・さっきは俺が悪かった。ダチにだって言いたくないことの一つや二つあって当たり前なのに・・・。だからさ・・・無理しなくていい」
電話越しの言葉に修一は静かに首を振る。
「無理じゃない。・・・俺が聞いてもらいたいんだ」
「・・・わかった」
「でも、たぶん、重い話になる。それでもいいか?」
「もちろん」
電話越しで見えないはずの誠也が笑った気がした。
「数日前に、メールが来たんだ。・・・見たら、友だちが死んだって内容だった」
「・・・」
「仲が良かったんだと思う。クラスでは一緒に飯も食ってたし。でも、学校の外で遊んだりしなかった。卒業してから一回も連絡をとったりもしなかった。それでも、俺は、友だちだと思ってた」
「うん」
「何もできなくて。・・・自殺でも、病気でも。俺は何もできなかった。きっと苦しんでいたはずなのに。
俺は、新しい生活になれて、めちゃくちゃ笑ってた」
「・・・うん」
修一は、流れそうになる涙をこらえた。
「それでさ。・・・通夜に行ったんだ。そしたら、もう動かないそいつがいて。でもさ、・・・そこにいたんだ」
「・・・」
「俺さ、焼香あげるときに、もう動かない友だちを見て、『なんだ、いるじゃん』って思った。・・・今でも、死んだって分かってるのに、どこかで楽しく暮らしているなんて思う時がある」
「うん」
「そうしたら、泣けなくなった」
修一は、一度深く息を吐く。
携帯を握りしめる手に力がこもった。
「悲しいのに、泣けなくて。そいつの死を受け入れられなくて。でも、そいつが死んだってちゃんと理解してて・・・。自分でわけが分からないんだ。
苦しくて。死ぬって、生きるってなんだか良く分からなくなった。・・・生きていることの意味とか分かんなくなって。なんで、あいつが死んで、俺が生きてるんだろうとか。・・・自分が生きているってことが、良く分かんないんだ」
「・・・そうやって、ずっと苦しんでたんだな」
「・・・」
「なぁ、修一」
「何?」
「俺は、死ぬとか生きるとか、そんなことは分からないよ。なんで生まれてきたのかって聞かれても答えられない」
「・・・」
「なんで、生きているのかって言われても、答えられない。俺はただ、生きてるから。誰かのために何か生きていないし、何をしたいってこれと言ってあるわけじゃない」
「ああ」
「・・・お前だけじゃないぜ?知らないのは」
「・・・」
「ごめん。お前が望んでいる答えなんて、俺、言ってやれねぇよ。俺にだってなんも分からないから。でもさ、俺はもっとお前と友だちでいたい。それだけは言えるぜ?」
修一の目にたまった涙が、静かに零れた。
泣いてはいけないと思っていた。
泣いたら、風化してしまうのではないかと。
でも、
大丈夫なんだと修一は思った。
泣いても、誰かに話しても、
何も変わらない。
親友ではなかったかもしれない。
それでも、
今も変わらず修一にとって太一は大切な友だちだ。
「・・・ありがとう」
詰まったような声が出た。
格好悪いなと、修一は思う。
こんなに泣いて。
弱みを見せるのは苦手だった。
けれど、見せてもいいと思えた。
「俺の方こそ、ありがとう」
詰まったような声が出た。
誠也もなんだか泣きたくなった。
友だちはいっぱいいた。
いろんなことを話してきた。
でも、心を打ち明けられてこんなにうれしいと思えたのは初めてだった。
傍にいても、いなくても。
一緒に遊んでも、遊ばなくても。
きっと、
「大切」だと思えば、
それだけで友だちだと言えるのだろう。
修一と誠也は互いに心の中でそう思う。
ひとりひとりの友だちに違いはある。
もしかしたら、順位もあるのかもしれない。
けれど、
皆大切であることは変わらない。
それでいいのだ。
「明日、会うの恥ずい」
修一が、ため息交じりに言う。
「俺もだ」
「あはは」
二人の笑い声が重なった。
「じゃあな」
「ああ。・・・また明日な」
そう告げ、携帯の画面を閉じる。
修一は窓を開け、空を見上げた。
いくつかの星が輝いている。
「俺さ。忘れないから」
届かないと知っていても、言葉に出したかった。
だって、
君が、
大切だから。
感想などいただけたら、嬉しいです。




