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第8章 我々の手紙


 「聞いたか?」


 「ああ、俺も聞いた。」


 薄汚れた裏路地で、男たちがなにやら真剣な顔で話をしている。


 帝都に忍び寄る雨音は、地面だけではなく、そこにいる人間たちの心までもずぶぬれにさせた。


 「ヤチェノクとかいうお偉いさんが、北にある霧の国、レマに侵攻するって話だ。」


 「何でも、ガヴェールと組んでるらしいが、アデールを見殺しにする気だっていうじゃねえか?」


 「本当か? 一体なんでそんなことに? アデール様を殺すなんて、天罰が下るぞ?」


 「知らないのか? ヤチェノクはもっと強大な権力を握りたいだけなのさ。 そのためには騎士様も何もないみたいだな。」


 男の一人がいきり立った。


 「だからって、このままじゃ俺たちはおしまいだ。 ヤチェノクは貴族派だっていうじゃないか。 あんなのが国のトップに立ってみろ。 たちまち増税に走るに決まってら。」


 そうこうしているうちに、男たちの目の前を、徒党を組んだ市民の集団が、増税を許すな、と書かれた旗を掲げて行進し、通りすぎていった。


 「なんだ、あいつら?」


 「なあ、俺たちも加わろうぜ?」


 「俺はごめんだ。 まだ死にたくねえ。」


 「何言ってんだ。 死んでもヤチェノクの計画をとめなけりゃ、どの道未来はねえ。 ほらいくぞ。」


 仲間の一人がそう言って、デモに反対する男を引きずってでもつれていった。






 「ねえ、お母さん。 あの人たち何やってるの?」


 きらびやかな勲章を手に持って、母親と手をつなぐ少女がいた。


 「何かしら。 きっと楽しい遊びをしてるのよ。」


 「一緒に遊んでもいい?」


 「やめておきなさい。 あれは遊びなんかじゃない。 彼らは本気で…。」


 しかし突如現れた若い男は、少女の前でそんなことを言うのはよくないと気づいて口を閉ざした。


 「まあ、フレンダン子爵様じゃありませんか!」


 母親は彼の姿を見るなり、大喜びですがりついた。


 「どうかお助けください。 みんながこの国はもうダメだとうわさしてますよ。」


 「落ち着いて。 私にも何かできることがあれば手伝いたいのです。」


 「ねえ、おじさん誰?」


 「こら! 伯爵様とお呼びなさい!」


 フレンダンは少女をしかりつける母親を止めた。


 「いいのです。 それより、この子が持っているのはもしや、副隊長の…」


 小さな手に握られているのは、紛れもなく、ヘンリックの身に着けていた勲章だった。


 「これはダメ! えらいアデール様からもらったの!」


 勲章を取られると思った少女は、とっさにそれをフレンダンに見えないように腕で隠した。


 「やはりそうでしたか。」


 今頃、ヘンリックがアデールを暗殺しようと、レマに向かっているころだろう。


 もし暗殺が成功すれば、邪魔者はヤチェノクにとって皇帝を除けば自分だけとなる。


 どうにかして皇帝を守らなくてはならない。


 なぜ、あの時自分はヘンリックを見捨てたのだろうか?


 いや、少なくともあの状況の中では、例え彼の味方をしたとしても、確実に取り押さえられていただろう。


 今自分にできることはただ一つ。


 ヤチェノクの国の混乱に乗じて権力を握ろうとする野望を阻止すること、そしてヘンリック、もしできるならばアデールを救いだすことだ。


 だが、一人では無理だ。


 協力してくれる者が多く必要なことは明白だった。


 「伯爵様、私たちは、一体どうすれば…」


 わが子を必死で守ろうとする母親の目は、もはや庶民派という彼の肩書きを越えて、フレンダンという個人の心の幹の奥深くまで嘆きを訴えてきた。


 フレンダンは少女の肩に手を置いた。


 「私には、伯爵としての地位や庶民の味方という肩書きがあります。 ですが、それはいざというときに何の役にも立ちません。 悲しいことにそれが事実なのです。 この少女も、もしかしたら気づいているかもしれません。」


 そうですか、と母親と伯爵の間に思い空気が流れたときだった。


 「火事だーっ!」


 町の消防隊が大急ぎで市街を駆け回り、助けを求める姿が見えた。


 「確かに、伯爵様のおっしゃるとおりかも知れません。 でも、思い出してください。 私たちは貴族たちから貧農などと呼ばれ、半ば追いやられ、厳しい生活を強いられてきました。 ですが、なぜでしょう? どれだけ貴族が嫌いでも、貴族である伯爵様には皆敬意を払います。」


 「それは…」


 「それはあなたが庶民派だからではありません。 確かに生活しやすい環境を作ってくれる存在がいてくれたら、みんなが喜びます。 でも私たちは考えるということを止めません。 この子だってそうです。」


 「えへへ、そうだよ。」


 少女も笑って言った。


 「自分の得になるならないで君主様を変えるなんて、とんでもない話じゃありませんか。 ですから、私たちも、伯爵様のお手伝いをします。」


 フレンダンは息を呑んだ。


 母親の後ろから、いつの間にか隠れていたのだろうか、大勢の武装市民がやってきて、狭い路地をたちまち埋め尽くしたのだ。


 「私たちは生きています。 己の命ずるままに、行動したいのです。」


 彼にはろうそくの灯りのように、一人ひとりが小さく、しかし、まばゆい光を放っているように感じられた。


 「ヘンリック。 待っていてくれ。 私は必ず、お前とアデールを助け出す!」






 「何? 貧農どもが暴動を起こすだと?」


 「はい。 警備の者が見ております。 特に貧農区域東北部のガトルー・ボン・ソイユ地区では爆発寸前とも言える勢いです。」


 宮廷の会議室では、内密な話し合いが行われていた。


 その最中、ヤチェノクのもとにもたらされた知らせは、以外なものだった。


 「なぜ貧農どもが国家の機密を知っておるのだ? 食料の件は外部にもらすなと言っておいたであろう!」


 「し、しかし、食料の流通を取り扱っているのは、主に貿易目的の商人を除けばほとんどが、中流から下流階級の貧農たちです。」


 彼らがいつもとは違う状況に気づかないはずがないのだ。


 「しかし、分からぬ。 事態が急変するのが早すぎる。 デューラーラント将軍はどう思う?」


 黒甲冑の老人は、何を分かりきったことをという顔をした。


 「バカな。 あいつしかいない。 おそらくは主導者もあいつだろう。」


 「フレンダンか。 おとなしくしていると思っていたらこの有様だ。 ヘンリックを捕らえたとき、奴にもアデール殺しの片棒を担がせておけばよかったな。 さすれば庶民もやつの味方をすまい。」


 「終わったことを悔いても仕方ありますまい。 それよりも今は目の前の火種を消すことが優先と見える。 だが困ったな。」


 戦に長けた将軍デューラーラントだったが、今回の件に関しては少々気をもんだ。


 「相手はあのフレンダンだ。 下手に奴を殺せば、貧農どもの暴挙は拡大する。 そうなれば我々自身もただではすまんだろう。」


 「将軍は生真面目すぎる。 もう少し頭をやわらかくしてはいかがかな?」


 ヤチェノクは将軍にそっと耳打ちした。


 「なるほど!」


 「正面からかなわなければ、まず側面を崩してしまえばよい。 戦わずして勝つ。」


 窓から会議の様子を観察していたふくろうが、首をかしげ、不吉な前兆を暗示しているようだった。

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