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第6章 亡国の宿命


 砂埃すなぼこりが巻き起こっているのだろうか。


 霧に混じって黄色く粉っぽい気体の湯気に似た物質が、ひしめく軍隊の鎧にこびりついている。


 斧や剣はもちろん、長槍や厚い盾を身に着けた軍団が横に長い隊列を敷いて、向かいから湧き上がる怒号にじっと耐え、待ち構えている。


 「エムラベラス! まだか?」


 「ダメだ。」


 軍の中央ではひときわ目立つ豪華な鎧を身にまとった騎兵集団が、レマ特有の守備重視の陣に配置された歩兵に守られている。


 そのほんの一握りの、そのうちの一人に過ぎない男が、将軍と思われる少し華奢な体格の男に何度もあせった様子を見せていた。


 「エムラベラス! まだなのか?」


 「まだだ。」


 叫びに近い声に対する、レマの将軍エムラベラスの声は水をさしたかのように沈んでいた。


 とは言っても、決して覇気を失っているそれではなかった。


 「いつだ? 俺だったらいまだ!」


 「よせ、行くな。」


 エムラベラスに話しかけているのは、力みなぎる太い腕、今にも殺気で乱れそうな細かい三つ編みをいくつも結んでいる黒髪の男だった。


 先ほどから続いている二人の問答は、どうやら敵に突っ込むか否かということらしかったが、エムラベラスがそれに応じない様子だった。


 「ここはフーシェンクロム高地だぞ? 騎兵のスピードを生かさなければ、誰が突撃するんだ?」


 確かに高地というだけあり、他に隠れる場所も存在しなかった。


 「ヴェルナー・フォン・ランゼーフェルト!」


 「な、なんだ?」


 せかされすぎがしゃくにさわったのか、逆にエムラベラスのほうが男に向かって怒鳴り始めた。


 「確かに副官である貴様の意見は正しい。 だが、敵の数を見てみろ!」


 将軍の指差した先には、霧の中からかすかに見える敵兵の襲ってくる姿が見えた。


 「あの霧で見えない敵陣の後ろに、一体どれだけの兵が待ち構えているか分かるか? たとえ奴らを殺しつくしても、第二陣、第三陣が、突撃に疲れて失速した我らを喰らい尽くすぞ!」


 「だが、ほかに有効な手立てがない以上、何もしないわけにはいかんだろう?」


 「ばか者!」


 将軍の声は頂点に達した。


 「貴様は無策で敵陣に突っ込むつもりか! もうよい! ベレーネン弓将はいるか?」


 「はっ!」


 弓用の鎧をつけた若い声の男が名乗りを上げた。


 「我々は無策で敵兵に突っ込む! だが無策なのは我らだけだ。 貴様は部隊を左翼と右翼の両端に展開させ、高地の高台に登り、敵軍の動きを観察しろ。 そこなら奴らは襲ってこない。 なぜなら、我々が無策である以上、確実に集中攻撃を仕掛けてくるからだ!」


 エムラベラスは、無策という言葉を発するときは語気を強めて、必ずベレーネンに話しかけつつも、ヴェルナー副官のほうを見て叫んだ。


 「問題は無策で突っ込んだ後だ! ヴェルナーの軍はそのまま敵を引きつけよ! その間に弓隊は移動を開始し、ある程度騎兵は戦った後に退却! 残った弓隊は敵陣の横を突いて攻撃する。」


 次に将軍に呼ばれたのは歩兵の将軍二人だった。


 「貴様らは弓兵が正面にいる敵の目をひきつけている間に、その後ろの第二陣に向かって突撃しろ! もし第二陣で押されようと、いずれ正面軍を撃破した私の騎兵が援護に向かう。 少しの間耐えるだけだ!」


 「承知いたしました将軍!」


 まだ若いというのに、兜からのぞく将軍の髪は白く染まりかけていて、細かった。


 いくぞ、という号令とともに、エムラベラスの軍は大いなるというより、急ごしらえの作戦を開始し始めた。






 「どうされましたか、将軍?」


 「いいや、なぜだか胸が苦しくてな。 ここのところ、酒を飲んでもいい気分になれぬ。」


 部下に向かって、一人の将軍が愚痴をこぼしていた。


 前方には霧が見え、その向こうにはレマの首都、グウィネーへと通じる道を、敵将、エムラベラスがふさいでいる。


 「あそこにいる連中は、昔から霧の中を生きてきた。 なぜだと思う? きっと何かがある。 首都を占領したら、必ずその手がかりを探し出せ。 徹底的に略奪して女どもをむしゃぶりつくせ!」


 「はっ、はい将軍っ!」


 目を大きく見開いたガヴェールの将軍は部下の首をふざけ半分に締め上げ、彼を草地に投げ捨てた。


 「こんないい機会はない。 もし我らが霧の中でも生きながらえる術を得れば、食料に困ることはない。 それにレマを占領すれば、その技術を我らは独占できる。 つまり、テオドールが死にかけている今、あいつさえ殺せば、我々はレマだけではない。」


 「そ、そうですね、ファヴィレーリ将軍。」


 「お前にも分かるか?」


 ファヴィレーリは再び兵士の首を締め上げる。


 「レマだけでなく、あのデブのいる都も我らのものとなるのだ。 はははははははは!」


 「は、はは、ははははははははは…。」


 半ば将軍の顔色をうかがうようにして、部下もファヴィレーリに話を合わせる。


 すると笑い声に混じって、別の声が聞こえてきた。


 「ん? なんの声だ?」


 ファヴィレーリはしばらく耳をすました後、何度かうなづいて全軍に指揮を出した。


 「敵が最後のあがきを始めたぞ? 存分にこれに応え、根こそぎ奴らの全てを壊せ!」


 「おおおおおおおおおおーっ!」


 

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