第12章 裏切りを重ねず、潔白を証明する
刃が交差し、相手の殺意が振動となって襲ってくる。
リッテは将軍の重い一撃をかわすと、軽やかに回転して彼の後ろに回りこむ。
「は!」
まるで幾千ものナイフを突き立てるように、二つの刃を上手く使い、彼女は機敏に動き回り、将軍を翻弄する。
彼の方が武器は強力だったが、一本な上に、重いために実際にはリッテのほうがはるかに有利だった。
「武器っていうのはね、強ければいいってもんじゃないの!」
「くっ、小娘ごときに!」
将軍は必死に反撃に移ろうとするが、彼女の繰り出す攻撃の速さについていけず、すでに幾つかの切り傷を負っていた。
彼女は一瞬攻撃をやめたかと思うと、リュッツの動きを読み、側面からきりこむ。
やっとのことで反撃した将軍も、次の彼女の攻撃の対応に間に合わず、彼が攻撃すればするほど傷は増えていく。
「どうしたの? もう終わり?」
以外と受けた傷が深かったのか、リュッツは腕を押さえて片膝をついた。
「あなた将軍でしょう? 聞いてあきれるわね。 アデールは一つの傷も負わずに私に勝ったものよ?」
「アデールのやつ。 こんなやつを相手に傷一つ負わんだと? 仕方ない、やれ!」
「いかん!」
そばで様子を見ていたベンヤミンは、彼が軍を再度動員させるつもりだろうと警戒した。
が、その警戒も空振りに終わった。
「将軍、大変です!」
「なんだ!」
「レマの大軍役八万がフーシェンクロムから戻ってきたようです! ものすごい数でアデールも一緒です!」
将軍は悔しそうな顔でリッテをにらみつけ、彼女はまたも表情一つ変えず応える。
「だから言ったでしょう? アデールはいないって。 でもあなたのかび臭い匂いが、彼はすごく気になるみたい。 それにヘンリック!」
彼女はさっきから沈黙を続けているヘンリックに叫んだ。
「いつまでこんな男のもとでくすぶっているつもり? アデールにはあなたが必要なの。」
「じ、自分は…」
「何をしてるの! 早く行くのよ!」
ヘンリックが一人で悩んでいると、しばらくしてレマの軍勢が迫ってきた。
「いたぞ! かなり危険な状態だ! ベレーネン! 奇襲は避けよ! レマの守備隊が撤退できるまで弓で援護しろ!」
最強行軍で馬を走らせたそのままの勢いで、エムラベラスとアデールの軍は敵勢に突っ込んだ。
「いくぞヴェルナー! 敵は動揺している! 今度は本当に無策で突っ込め!」
「おう! いくぜええええーっ、お前ら!」
「おおおおおおおおーっ!」
きっとこんなはずではなかったのであろう。
ヘンリックにレマを執拗に攻撃させ、中にこもっているはずのアデールが出てきたところを捕らえる。
だが彼がレマの市街地に通じる門を突破する前に、思わぬ邪魔が入ったばかりか、肝心のアデールは大軍と行動をともにし、わずかでも彼が無防備であるという要素が消えていた。
「ヘンリック、貴様我々をだましたな!」
しかしヘンリックも何も知らなかっただけに、彼は覚えのない責任を突きつけられ、逆にアデールに帰順する決意を固めた。
「おい、どこへいく! 裏切り者め!」
なんと言われようと、彼はリュッツのもとへ戻ろうとしなかった。
アデールが戻ってきた今、この男に従う必要はもはやなくなっていた。
「ヘンリック、待っていたぞ!」
「隊長、私は…。」
「言い分があれば後で聞こう。 それよりも敵を倒すことが先決だ。」
ヘンリックは黙ってうなずくと、持ち前の発想力で、見事な策略を発揮した。
「全体、進め!」
エムラベラスの軍は敵に容赦なく突き進んでいく。
中でも中央に配置されていたのは重装備の歩兵隊で、ソルデリンの兵士たちを軽々と押しのけ、敵陣を瞬く間に左右に分断させた。
その間を縫うようにして、アデールとヘンリック率いるダルナゴンの騎士団が陣の奥深くに入り込む。
「くっ!」
「隊長! 大丈夫ですか!」
無理な突撃がたたったのか、アデールは脇に近いあたりにかすり傷を負ったように思えた。
だが、霧のせいなのか、白い煙が一瞬見えたかどうか分からぬうちに傷は消えていた。
「私は負傷していない。 それより弓隊を守れ! 我々が彼らにとっての最後の砦だ。」
ヘンリックとアデールは今まで以上に奮戦し始める。
「将軍! このままでは危険です! 退却しましょう!」
「黙れ! アデールを殺せ!」
血の気の多いリュッツは、部下の忠告を聞かずに戦闘を続けようとする。
「今だ! 弓隊放てー!」
「なに!」
中央を突破したベレーネンの弓隊の放った矢が騎兵たちの頭上を飛び越えて、リュッツのいるまさに目の前まで降ってきたのだ。
「将軍、このままでは我々は陣を突破するまでもちません!」
「なぜだ…。 なぜだ!」
怒りに任せ、持っていた指揮棒を地面にたたきつけると、彼は何も言わずに馬に乗った。
「アデール。 貴様のこと、決して忘れんぞ!」
「将軍が退却されるぞ! 退け!」
復讐に燃えるリュッツは、その腹の中にたまった膿を出す方法を考えようと決意した。
「アデールよ。 今回の事、深く感謝するぞ。」
テオドールは混乱が収まったレマを見て、満足気に答えた。
「しかし残念でございますな。 騎士団の本拠地であるソルデリンが、そのような状態にあろうとは。 今後はあまり同盟相手として頼りにはできますまい。」
ベンヤミンのほうはヘンリックから話を聞いたようで、今後の国の方針について大いに悩んでいた。
「でも騎士団には帰る場所がもうないわ。 それにもともと私も、陛下も、アデールの騎士団以外はあんまり頼りにしていないの。」
「リッテよ。 余計なことを言うな。」
テオドールは彼女に注意すると、騎士団にあるものを手渡した。
それは古い地図のようにも見えたが、多くの文字も書かれていた。
「これは一体?」
「世の娘が王位を継承するまで黙っているつもりでいたが、しかたあるまい。 アデールよ、そなたの戦い見事であった。 だが、万が一そなたに覚えがあれば、それを読んでほしい。」
彼はそう言われて紙を広げた。
「なになに? この世には神格者がいる? 世界の危機からそいつが現れて救ってくれるって?」
ボトゥーロが興味深そうな目つきで、アデールの横から紙を眺めていた。
「左様。 この世界中にはびこる霧は、何者かが引き起こしている。 それが誰かは分からぬ。 だがアデールならばできるような気がするのだ。」
「でも彼に魔術の素質はないわ。 もし素質があるならベンヤミンにやらせれば?」
「お嬢様、あそこはご勘弁を。」
一体さきほどから何の話をしているのだろうか、横にいたエムラベラスも首をかしげていた。
「陛下、お言葉ですがなんの事です? 私に魔術師になれというなら…」
「そうではない。 ここから北の大地、オリベールにある山のことだ。」
今度はベンヤミンが王の代わりに説明する。
「北の大地にそびえる山のどこかに、ルーロウという幻の僧侶が住む教会がある。」
「教会で世俗の血を浄化し、その身を清めよアデール。 そなたが神格者の素質を持ちし者なら、霧を操る者をこの世から追放することができよう。」
確か、ベンヤミンの話では、霧を操っているのは相当強力な魔術の使い手であるとのことだった。
「それが皆の望みなら、私アデールは喜んでお受けしましょう。」
「ただし、厳しいぞ?」
王はまるで彼の命を惜しむように忠告した。
「陛下のおっしゃるとおりです。 オリベールは魔の領域。 一瞬の油断もならないような場所。」
ベンヤミンが脅かしたが、アデールの決意は固かった。
「すでに戦場で民のためにささげた命です。」
「そうか…」
アデールの潔い返事とは裏腹に、リッテはどこか不満そうな、さえない顔つきをしていた。