24, ねえ、フィー。この書物……どこで手に入れたのか、覚えているかしら?
ミラーアリスに呼ばれて、わたしは我に返った。
……まだ、指先が震えている。だって……なによ、この書物は……。
数学の女神が、ハッシュ関数について書いたもの。しかも……学術的に、よ。
学術的……? こんな内容で……? でも……。
数学の女神は、SHA-256刻印のことも、すでに知っていたわ。
当時、わたしは数学の女神と、こんな会話を交わしていたのよ……。
「わたし、知ってるよ。SHA-256刻印のことくらい。もし、この時代に量子が現れていなければ……『有事のクリプト』だったのかな。でも、それって。クリプトの95%がSHA-256に依存。……つまり、計画通りってことかな?」
「そ、それは……。」
「もちろん、憶測だよ。でも……話が出来過ぎている。だって、このタイミングであの規模の有事だよ。もともと、有事のゴールド代わりを謳い文句にしてきたクリプト。この『タイミングが良すぎる有事』によって、100%オーバーまでフル稼働できたのなら……それはつまり、どこかの宇宙速度に乗れる。そんな計画だった感じもする。もちろん……そんな話は、氷山にぶつかった。この時代に、まさかの量子アリスが現れ、猛威を振るう。その影響で、探索空間やECDSAが、量子リスクでボロボロ。こんな状態で、100%オーバーなんてやったら……即座に爆発するよ。ただ、それだけ。どうかな、これ?」
……そう。わたしが説明するまでもなく、数学の女神は、SHA-256刻印の存在を知っていた。
うん……このときは、何も感じなかったのよ。数学を扱う女神なのだから、この程度を知っていても当然――そう思ってしまった。
……どうして、わたしって。こういう大事な場面になると、いつもこうなんだろう。
そう簡単には発見できないように工夫された刻印。それを、数学の女神が知っていた。
なら――それなりの大きな組織から情報を得ていたと考えるべきだったわ。そうでないと……あの書物の内容と、噛み合わないもの。それなりの大きな組織って……何かしら。
闇の勢力……とか。
……ううん、それは違う。
だって、量子アリスは闇の精霊だからよ。もし数学の女神が、その手の勢力と接触していたのなら……即座に量子アリスの耳に入る。そして、わたしの耳にも入る。
だから――違う。
……。
ううん……それだけは、考えたくないわ。はじめから、SHA-256刻印を知っている立場だったとか……。
……ううん、そうね。
あの書物の内容は、純粋に――ハッシュ関数を崇拝しないように啓発したもの。きっと、そうよね。
……あまり疑うのも、よくないわ。わたしらしくもない。
一度、量子アリスを疑うという――絶対にやってはならないことまで、わたしはしてしまった。その反省の意味も込めて……そう。
この書物は――啓発だった。そういうことに、しておきましょう。
「ねえ、フィー。この書物……どこで手に入れたのか、覚えているかしら?」
まずは――この書物の入手経路。そこから、よね。
「……、……、……。それは、なのです……。」
フィーは、わたしの手からその書物を取り上げ――明らかに、驚いた様子を見せた。
……ちょっともう。びっくりするじゃない。
「もう……。わたしだって、この内容には衝撃を受けているのよ? これを書いたのは、間違いなく数学の女神だわ。」
「はい……なのです。」
「ねえ、ちょっと?」
わずかに――フィーの様子がおかしい。それが、少しだけ気になった。
でも……。ううん、なんでもない。考え過ぎよ、もう。




