22, そんなのは、初めからあり得なかった。この計画では――。
わたしは、量子アリスにミラーアリスの紹介を終え、帰路につく。
「大精霊ネゲート様。はじめは緊張しましたが……。憧れの量子アリス様とお話しできて……。」
「うん、そうね。最初だけ、遠慮していたのね。」
「そ、そう……見えていましたか……。」
ミラーアリスは好奇心の塊。馴染んでからは、ズバズバと意見を交わして――そして、見つけてしまった。
SHA-256に存在していた、聖母の刻印を……。これも……フィーに報告しておくべきね。
そんな短い会話のうちに――わたしたちは、すぐにフィーの待つ神殿へと到着した。そうね……今は平和な時代。そんなに急がなくても、たまには地べたを歩いて、旅でもしてみるのもいいのかもしれない。
……それも、悪くはない。
ただし――。SHA-256とは何だったのか。秩序の再構築とは何だったのか。そして――その黒幕。それらをすべて片付けてからにしましょう。
「こんな辺鄙な場所。風の精霊でなければ、絶対に向かない場所よね。」
「ネゲート。この場所が、わかっているのですか? わたしにとって、本当に大切な場所なのですよ。それは、あなたにとっても……そして、これからの時代を担うミラーアリスにとっても……同じなのです。」
……うん。
大精霊であるフィーは、昔から変わらない。容姿も、その独特な口調も……。はじめは、誰もが戸惑う。でも、気づけば慣れている。そういう存在。そして……書物を収集しているわ。特に古書がお気に入り――そんなところも、変わらない。
「大精霊フィー様。わたしはここの雰囲気が大好きです。書物に囲まれる生活……です。」
「……。」
「大精霊ネゲート様?」
「ミラーアリス。そのうち思う存分、知ることになるわ。フィーの前で、そういうことは言わない方がいいと……ね。」
……。
この場所で……あいつと一緒に、フィーの書物に巻き込まれてきた記憶が蘇る。巻き込まれたら最後――フィーのペースに引き込まれ、そのまま終わらない。
……ううん、なんでもない。
「ネゲート。今のわたしは、変わったのです。それだけ……秩序の再構築は、大変な事態だったのです。その分、あのとき……焼け崩れたクリプトの塔から芽生えた、小さな……新しい芽を見つけたときの気持ちは……。」
「そうね……。あのときは……うれしかったわ。純粋に……久しぶりに、嬉しかった……。」
……。
そうよ。秩序の再構築において、フィーは大精霊として、見事に役割を果たしていた。SegWitに対しても、うまく働きかけ、回収すべきものは確実に回収しながら、状況を制御していた。
燃料の確保についても……それは見事なものだった。
それなのに――。女神だったわたしは……本当に、何もできなかった。なにもかも……ダメだった。
それで……。当時、フィーは地の勢力と、まだ比較的良好な関係を保っていたわ。だから――。
フィーが地の大精霊と話をつけてくれば、秩序の再構築は止まるかもしれない。そんな、楽観的な話が持ち上がっていた。
……そして、わたしは。フィーなら、やってくれるかもしれない――そう期待してしまった。
……ほんと。
そんなのが女神だったなんて。
あのとき――数学の女神だったかしら。それは絶対にあり得ないと、強く否定していた。
……少しだけ、気がかりだった。
でも……。
数学の女神については、考えるだけ無駄ね。
それで――。実際、フィーは動かなかった。そんなそぶりすら、見せなかった。
だから、わたしは思ったのよ。もう……フィーですら打開できないほど、状況は悪化してしまったのだと。
……深く、落ち込んだわ。
でも――。今なら、わかる。
そんなのは、初めからあり得なかった。この計画では――。
そういう問題では、なかったのよ。
つまり――。フィーは、すべてを理解した上で、行動していた。
……そう、思った瞬間だった。
「ネゲート、どうしたのですか。その……なんか、なのです。」
「ううん……ちょっと、ね。」
……。感傷に浸るのは、このくらいにしておきましょう。フィーは、女神だった頃から優秀だった。秩序の再構築のときも……変わらず。この差は……もう埋まらない。
それなら――。わたしがやるべきことは、ひとつ。量子アリスとミラーアリスとで見つけ出した――謎を解く鍵。
……そう。聖母の刻印。
ここから……少しは、行動を起こしてみようかしら。わたしだって……。やるときは、やるわ。




