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0028:奴隷商人:章中解釈①イスラム世界

本章に描かれたアル=カーヒラおよびアル=イスカンダリーヤの描写は、15世紀マムルーク朝下におけるイスラム都市社会の構造を背景としている。


以下は、当該地域を理解するための視点整理であり、宗教的・道徳的評価を目的とするものではない。



【1】イスラム圏における奴隷


イスラム社会においても、奴隷制は制度として存在していた。

ただし、その位置づけは、キリスト教圏のそれとはいくつかの点で異なる。


・奴隷は所有物である

・同時に、人格は法的には完全に否定されない存在とされた

・殺害や恣意的な重虐待は宗教的に禁忌とされた

奴隷解放マナミッションは徳行とされ、宗教的評価を伴った


また、奴隷は一律ではなく、家内労働・技能労働・軍事マムルーク・行政補助など、役割に応じて扱いが大きく異なった。


特にマムルーク朝においては、奴隷出身者が軍人・官僚・統治者層へと昇る構造が制度化されており、「奴隷であること」は必ずしも最終的な身分を意味しなかった。


これは慈悲による例外ではなく、国家運営のために組み上げられた冷徹な制度である。


奴隷は主人と完全に対等ではない(証人・裁判官の介在が必須)ものの、「自らの解放価格」を交渉し、分割払いで自由を買い取る権利が法的には認められていた。(実務上は主人の同意が強く影響したが)

これは「慈悲」ではなく「法的な商契約」だった。


ちなみに、マムルーク(軍事奴隷)は「奴隷であること」がエリートへの登龍門だった。彼らは解放後も「恩顧関係ウルア」によって元の主人や仲間と強く結びつき、それが国家を支配する派閥の基礎となった。


イスラム圏における奴隷は、「人種」による違いが明確であった。当時の奴隷市場では、出身(東欧のチェルケス人、中央アジアのトルコ系、東アフリカのザンジュ、ヌビア人など)によって、価格や期待される役割、そして「将来の出世の可能性」が明確にランク付けされていた。



【2】奴隷市場の静けさ


本章で描かれた大規模な奴隷市場の静謐さは、人道的配慮によるものではない。

市場における沈黙は、信用と管理の結果である。


・市場は最終段階であり、暴力は前段階で排除される

・商品価値を損なう行為は、商人自身の信用を失墜させる

・神の名を軽々しく口にしないのは、神が保証人ではないからである


祈りと商取引は、意図的に切り離されていた。

それは信仰の軽視ではなく、信仰を「万能の免罪符」にしないための分離であった。


大規模市場ほど「騒がしくない」傾向があり、よく知られているような怒号と混沌はむしろ地方・非公式市場の特徴である。


また、15世紀のカイロでは、奴隷取引は公共の広場というよりは、専用の「ハーン(複合商業施設)」の内部で行われることが一般的だった。


このような市場に立つ奴隷商人は一種の専門職であり、買い手に対して「品質(健康状態や技能)」を保証する責任を負っていた。



【3】信仰と都市秩序


イスラム教は、個人の内面信仰であると同時に、都市を運用するための共通言語でもあった。


・礼拝は精神行為であると同時に、時間管理の基準

喜捨ザカートは倫理であり、社会的再分配装置

・断食は信仰であり、都市の消費リズムを制御する機構


信仰は救済を約束するものというより、秩序を維持するための前提条件として機能していた。


ラウロがこの都市を「良い」と評した感覚は、感情的評価ではなく、制度としての完成度に対する認識である。



【4】カイロとアレクサンドリアの関係

カイロ(アル=カーヒラ)

アレクサンドリア(アル=イスカンダリーヤ)


両都市は、同一国家に属しながら、性格を大きく異にしていた。


カイロは、行政・宗教・学問・金融の中心であり、秩序を生産する都市である。


一方、アレクサンドリアは、港湾・物流・異文化接触・情報流通の拠点であり、秩序を摩耗させる都市であった。


そのため、同じ制度が、都市によって異なる表情を見せる。


カイロでは制度が人を包み、アレクサンドリアでは制度が人を試すような関係性となっている。



【5】記録と契約


イスラム社会は徹底した「証人社会」であり、奴隷の売買、解放、遺言など、あらゆる法的手続きには「公正な証人」による署名が必要だった。

中でも、契約と記録は極めて重視された。


・契約は神の前で交わされる行為

・書類は信仰と現実を接続する媒介

・記録に残ることは、存在を保証すること


しかし同時に、記録は管理と支配の道具でもある。

誰が記録され、誰が記録されないか。

その選別は、暴力よりも静かに人の運命を決定した。



【6】救済が語られない理由


本章において、「救済」は語られない。

それは、この社会に救済が存在しないからではない。

むしろ、救済が過剰に制度化されているためである。


イスラム社会における救済は、正しさの回復・秩序への再統合・役割の再割当として機能する。


それは個人の選択を尊重するものではなく、社会が自らを維持するための調整行為であった。



【まとめ】

アル=カーヒラとアル=イスカンダリーヤは、残酷でありながら、破綻していない都市である。


この世界において問題なのは、「奴隷制」そのものではなく、誰が秩序を定義し、誰が定義される側に置かれるか、という点である。


ラウロがこの都市に留まらない理由は、それが悪だからではない。

それが、彼の居場所ではないからである。

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