0011:商いの輪郭
ラウロの商いは、季節で回る。
黒海で人を買い、東地中海で売り、その代価で得た香辛料と奢侈品を北イタリアへ運び、金に換える。
そして、その金で再び黒海へ戻り、人を買う。
人、香辛料、金。
それらは彼の手の中で循環し、同じ形で戻ることはない。
帰ってくるのは、常に“価値”だけだった。
この商いにおいて、奴隷は単なる積荷ではない。
香辛料のように腐らず、家畜のように扱いやすくもない。
反抗し、病み、死に、時に価値を跳ね上げる。
だからこそ、ラウロは他の商人とは異なる手法を取った。
彼は奴隷に「教育」という加工を施す。
読み書き、数の扱い、言葉、身のこなし。
それは慈善ではなく、商品の価値を最大化するための工程であり、同時に損耗を抑えるための管理だった。
鎖や鞭は安いが、人を壊す。
壊れた労働力は、どの市場でも安くなる。
【春】黒海・カッファ:選別と仕入れ
ラウロの一年は、黒海都市カッファから始まる。
雪解けと共に、草原からタタールの商団が「獲物」を連れてくる。カッファの市場は、人の体臭と家畜の埃、そして欲望の熱気に包まれていた。
ラウロは泥にまみれた子供たちの顎を上げさせ、その瞳の奥を見る。
「これは読み書きを覚えるか。これは数を扱えるか」
彼にとって、市場は慈悲の場ではない。資質のない者はその場で安値で叩き売り、残った者にだけ、彼は温かい粥と、明日からの「厳しい授業」を与える。
教育に耐えない者は、この時点で手放される。
ここでの判断が、一年の利益と犠牲を決める。
【初夏】黒海から東地中海へ:航海と規律
船はボスフォラス海峡を抜け、紺青の海へと滑り出す。
船倉は、他の商人の船のように悲鳴と悪臭に満ちてはいない。そこにあるのは、規則正しく繰り返されるラテン語の唱和と数を数える声、そして汗と消毒薬の匂いが混じる、清潔に保たれた居住区だ。
「死なせるのは、金を海に捨てるのと同じだ」
それは脅しではなく、彼自身に向けた確認だった。
ラウロは海図を広げながら、奴隷たちの食事の栄養バランスと水量を厳格に管理する。彼らは積荷であり、条件が整えば、金貨へと変わる可能性そのものだった。
それでも夜半、船が静まり返った後、彼は一度だけ水桶の前で手を止める。
数を数える声が、夢に混じることがあるからだ。
【夏】アル=イスカンダリーヤ・アル=カーヒラ:転換
アエギュプトゥス (Aegyptus) の太陽は、すべてを暴き出す。
ここで奴隷は金と奢侈品に変わる。宗教、肌の色、年齢、技能。市場は冷酷で、救済は存在しない。売れば終わる人生があり、売らなければ始まらない商いがある。
市場では、ラウロの「商品」は別格の扱いを受ける。言葉を解し、数の概念を持ち、立ち居振る舞いに規律がある奴隷は、マムルーク軍人や富商の書記として高値で競り落とされる。
ラウロは、昨日まで共に旅をした若者が、名前を呼ばれ、新しい主人の後ろに消えていくのを、感情を殺した目で見送る。
その間、彼は一度も瞬きをしなかった。
彼が見ているのは別れではない。そう見なければ、この商いは続けられなかった。
【秋】地中海:香辛料の道
船は軽くなり、代わりに芳醇な香りが船体を満たす。
人は消え、物へと入れ替わった。秋の嵐を避けながら、ラウロはイタリアへの帰路を急ぐ。海賊、時化、沈没。リスクは常にそこにあるが、今度の敵は病ではなく、自然の猛威だ。
彼は甲板に立ち、沈みゆく夕日を眺める。奴隷たちがいた船倉は積荷で満たされ、静寂はどこか重たい。
【冬】ジェノヴァ:帳簿の閉鎖
北イタリアの冬は重く、冷たい。
ラウロは暖炉のそばで、羽ペンを走らせる。香辛料を売った金、為替の差益、支払った運賃と賄い費。すべてが数字に還元され、一年の「生」が紙の上に固定される。帳簿が閉じられ、利益が確定し、為替と信用に姿を変える。
この時期だけ、ラウロは商いの手を止める。
港を散策すれば、冷たい潮風が頬を叩く。来春の軍資金を確認し、次の年を考える。
そして再び春が巡る。
金は人へ戻り、循環は続く。
この輪から抜ければ、商人は生きられない。
ラウロは自分の商いを、善だとも正義だとも思っていない。
彼が理解しているのは、ただ一つだ。
自由とは状態ではない。
選択肢が存在すること。
彼は奴隷を解放しない。
だが、教育と時間を与え、自由が入り込める隙間を作る。
それが彼にできる、最も現実的な行為だった。
この商いは、人を救うために存在しない。
ただ、人が生き延びる余地が消えないように、今日も回り続けている。




