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昨日の嫁は、今日は他人。

作者: 七瀬





”昨日の嫁は、今日は他人。“




俺は現在46歳、妻とは結婚して18年目になる。

俺にとって妻は、”最愛の人。“

ずっとこの幸せが続けばいいのになと想っていた。

子供達も自立して家を出て行き、今は妻とまた二人きり。

”新婚生活のような甘い日々。“



でもこの時の俺は、自分が歳を取り少し忘れぽくなったなと

思うぐらいで、あまり気にしなかった。



『”なあ、俺のメガネどこにいったか知らないか?“』

『えぇ!? そこにあるじゃない!』

『”そこってどこに?“』

『頭の上!』

『ああ~そうだったー!』

『”最近、物忘れが多いんじゃない?“』

『・・・うーん? そうかな。』

『そうよ、昨日も財布どこに置いたか探してたじゃない。』

『・・・ううん、』

『一度、病院で診てもらったら?』

『人間ドックだと思って一度、診てもらおうか。』

『そうしたら。』

『あぁ!』





・・・俺はその日、仕事を休んで病院でいろいろ診てもらう事にした。

長い間、仕事ばかりして体の事を気遣ってこなかったし。

たまには”体を労わる事も大事なのだろう。“

そう思いながら病院へ。




『先生、どこか悪いところでもありましたか?』

『大丈夫ですね、少しコレストロールが高いですが問題ありません。』

『そうですか、ありがとうございます。』

『じゃあ、お大事に!』

『はい。』




・・・俺は少しホッとしていた。

毎日のようにお酒を飲むし、たまにだが暴飲暴食をする。

体はもうボロボロだと思っていた。

それが無事、問題ないと医師から直接言ってもらい安心していた。




【ガラガラ】


『アナタ、大丈夫だった?』

『勿論だよ、医者も問題ないって言ってくれたよ。』

『そう、良かった。』

『少し安心したらお腹が空いたな~。』

『晩ご飯の準備は出来てるわよ、もう食べる?』

『うん。』

『じゃあ、手を洗ってきて。』

『あぁ!』




俺は妻にそう言われて洗面台の所に行こうとしたんだが、

急に洗面台の場所が分からなくなった。

俺は急に焦り妻にバレないように、ソワソワしながら洗面台を探す。



『”どうしたの? 洗面台は右に曲がった所でしょ!“』

『・・・あぁ、そうだったそうだった、すぐ手を洗うよ。』

『もぉ~どうしちゃったのよ!』

『あはは、そうだよな。』






 *





・・・それから少しづつだが日常生活に支障をきたすようになってきて、

とうとう妻にも俺がおかしいとバレてしまう。




『”明日、一緒に脳外科に行きましょう。“』

『えぇ!? な、なんで、なんともないよ、大丈夫だから。』

『大丈夫じゃないじゃない! 毎日、日常生活に支障をきたすほど、

物忘れするなんてあり得ないわよ。』

『・・・わ、分かった、』

『明日、必ず病院に行くから。』

『・・・あぁ、』





次の日俺は、妻と脳外科に行く事になったのだが、

前の日に妻に脳外科に行くと言われていた事さえも俺は忘れていた。



『”奥野さん、少しテストしてみましょうね。“』

『テ、テストですか?』

『今からあの掲示板に赤いランプがつきます、その下に数字が書いて

あるのでその番号を憶えておいください。』

『・・・あぁ、はい。』

『じゃあ、行きますよ。』

【パチ、パチッ、パチ、パチッ、パチ、パチッ、パチ、パチッ、パチ、パチッ、

パチ、パチッ、パチ、パチッ、パチ、パチッ、パチ、パチッ、】

『”はじめから数字を憶えてる順番から言ってください。“』

『・・・8、2、4だったかな? 後は全く憶えてません。』

『そうですか。』

『先生!』

『”奥野さんは待合室で少し待っててくれますか?“』

『えぇ!?』

『”奥さんに大事な話があります。“』

『・・・あぁ、はい。』

『じゃあ、奥野さんを待合室へ。』

『はい! 奥野さん、一緒に行きましょう。』

『はい。』






俺は不安でいっぱいになった。

正直に言うと、先のテストも最初から番号を憶えていなかったのだ。

適当に当てずっぽうで答えただけ。

数字を何一つ憶えてない事が恥ずかしくて、つい分かってるフリをした。

赤いランプがつくたびにパチッと音がするのが気になって数字を憶える

のを忘れていたのだ。

いや、それはいい訳なのだろう。

例え音がしなくても憶えてはいなかったと思う。

頭の中から見たモノがスッと消えていくのだ。

跡形もなく何にも憶えていない。

そんな状態で憶える事は不可能だと思う。

今頃妻は医師から、”俺が若年性認知症だと伝えられているのだろう。“

妻にはこれから凄く迷惑をかけるかもしれない!

それが今は凄く怖いよ、妻との記憶もいつか忘れてしまうのかな?



【カタン】


『・・・何処に行ってたの?』

『えぇ!? あぁ、もう家に帰りましょう。』

『あぁ、』



俺は久しぶりに妻と手を繋ぎ二人で家まで歩いて帰った。

こんな時間も凄く愛おしく想える。

でもこの事も俺は忘れてしまうのだろう。



妻は俺にハッキリとは言わないが、病院から飲み薬をもらってきてる

から必ずこの薬を食後に飲んでと言われる。

認知症の症状を遅らせる薬なんだと思った。

俺は何も知らないふりをして、妻の言う通りにした。

そうする事で妻が安心するならそれでいいと思ったからだ。




・・・でも俺の認知症は日に日に酷くなっていく、

とうとう日常生活が儘ならくなってきた。

箸の持ち方や茶わんの持ち方も、服の着方もご飯を食べた事も

全て忘れてしまう。



『なあ母さん、今日の晩ご飯は何かな?』

『今、食べたじゃない! 忘れちゃったの?』

『”貴女は誰ですか?“』

『えぇ!?』

『知らない女の人が家に居るよ、ねえ母さん! 母さんは何処?』

『”アナタ!“』

『じゅ、樹理、どうした? 目から涙が出てるよ、直ぐに拭かないと!』

『”ありがとう。“』






俺の記憶はもう幼少期の記憶が少しあるぐらいだ。

もう日常生活は一人では何もできなくなった。

”あんなに愛していた妻の事も忘れてしまう時が多くなる!“

たまに自分の母親の名前を呼んだり、家に見知らぬ女性ひとが居ると

大声を出す時もある。

俺の記憶はもう戻らないのか。

いつか妻の事を完全に忘れてしまう前に、最後に妻への想いを書いた

”ラブレターを書いて置いておこう。“

いつか妻がこの手紙に気づいてくれると信じて、、、。



最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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