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そのバザールついてのいくつかの噂話  作者: 川坂千潮
ユースグリットの新月には魔術師が集まる
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「んひゃひゃ、ひろいわ、すてきだわ」

「セマ、ぶつかるぞ」


 ヴァルトル・クプカは、通行客とぶつかりそうになったセマの身体を軽く引き寄せた。


「ごめんなさいヴァル、でもね、だって夜のバザールよ!」

「そうだな、夜のバザールだな、ほら、またぶつかるぞ」


 セマとヴァルトルは魔術師として仕事をする際のローブを着ていた。

 セマは瑠璃紺色の生地に、黄金色の糸で刺繍がされている。ヴァルトルは緑がかった藍色の生地に、紫水晶色の糸での刺繍だ。刺繍は、もちろん二着ともセマの渾身のひと針だ。

 服装に規定はないが、自分が何者なのか主張しておいた方が買い物しやすいと、ラーファに助言されたのだ。

 実際、その通りだった。


「こっ、これはっ、いい感じの穢れが溜まった糸!きゃあっ、使用済みの釘まで!」

「……っ、魔術師の幻覚(笑)といわれた職人集団『ゼロ』の笛……は、ホンモノ? …… ほんものじゃん! うわほんもの!」

「姉ちゃん、兄ちゃん、お目が高いね、そいつを欲しがるとはなかなかの手練れとみた!だったら……この糸とか、この鈴はどうだい?」


 いとけなさの残る少年少女にも、店の主人はどんどん商品を紹介してくれた。あれこれ店員と語り合うセマとヴァルトルに、小精霊たちも、わあ大興奮じゃん だの、買っちゃう? だのと云いたい放題だ。


「はぁ~、これこれ、これですわぁ、ハジメテの反応、最高ですぅ」


 ラーファは、買い物に夢中なちいさな魔術師たちを、うっとり、じっくり堪能していた。


「……ラーファ、そのだらしない顔、あの子たちの前ではしないように」


 エフェは呆れ混じりに注意した。

 彼も普段の軽装ではない。バンダナを外し、虹の子の特徴のひとつである尖った耳をあらわにしている。丁寧に梳いた銀の髪。裏地に星月夜が描かれた、精霊院の法衣姿だ。


「だらしないとは失礼な、お二人の初の夜のお買い物を微笑ましく見守っているだけですわ」

「微笑ましく?」

「どうして真顔なのでしょう、心外です、あっ、いけませんセマさん、そちらはぼったくりでございます!」


 夜のバザールは裏路地同様、無法者だらけだ。度が過ぎれば道先案内人の鉄槌がくだされるが、騙すも騙されるも基本的には自己責任。


「いたいけな少女をカモにはさせませんわ」

「ラーファさん、ごめんなさい」

「謝る必要などありませんわ、知らない場所を教える、それはわたくしの仕事ですもの」

「ありがとうございます」


 休憩がてら、エフェお勧めの屋台で紅茶を買った。たっぷりの砂糖とミルク、濃密なシナモンの香り。

 セマはもちろん、ヴァルトルの好みもすっかり筒抜けらしい。


「あいつら……小精霊が教えましたか?」

「ううん、ほら、うちは肉とか野菜のサンドも売ってるのに、いつも餡子を買ってくれるでしょう、セマちゃんに合わせてるのかと思ったけど、二人ともそういうの気にする子じゃないし、それに、小精霊がチョコ味を真っ先に教えたのがヴァル君だったから、甘いものが好きなんだろうなって、もしかして隠してた?」

「いえ、ただ、そんなにわかりやすいつもりはなかったので……」


 クプカ家では、地味すぎず、派手すぎず、場に埋没するよう叩きこまれている。特に意識していなくとも、自然と目立たず過ごし、好みや趣味なども主張していないつもりだった。


「こちらが探るとき、あちらも探っている……ッ」

「家訓?」


 うなだれるヴァルトルの肩に、ぽとり、と蜘蛛が天井から落ちてきた。


「ん?」


 蜘蛛の声に耳を澄ませたヴァルトルの顔色が変わる。


「ヴァル?どうかしたの?」

「セマ……」


 口ごもった幼馴染にぴんと来たセマは、ぐいっと紅茶を飲み干した。


「ラーファさん、もう少しお買い物したいのですが、さっきのように騙されそうで不安なので、付き合ってくださらない?」

「もちろんですわ!」


 セマはヴァルトルの顔を覗き込み「じゃあヴァル、いってくるわね!」幼馴染の軽やかさに、ヴァルトルは少し口元がほころんだ。


「セマ、お前、呪物しか買ってねえんだから、うっかりよそ様、呪うなよ」

「大丈夫よ、厳重に封したもの、ヴァルこそ気をつけてね」


 セマとラーファを見送ると、ヴァルトルは小さく息を吐いた。


「優しい子だね」

「……頭が上がりません」


 ヴァルトルの本音だった。赤子の頃から共に育った仲のセマは、情報屋に深入りしないようにしてくれる。何度ああして先回りしてくれたか。


「……エドが……」

「エド?友達?」

「うちのエースです」


 裏路地でランプ売りを追わせたとかげの名前だ。休暇中だが、夜のバザールを見てみたいと熱弁され、気分転換になるかと連れてきた。


「……路地でランプ売ってた組織を壊した奴ら、ここにいますよね」

「ああ、うん、いるよ、みんなで買い物してるんじゃないかな」


 エフェはのんびり云った。

 四百年前に横行した小精霊狩り。推奨派と反対派で国が分断し、内戦まで及んだ。反対派が勝利し、第一王子は戦死、王は処刑された。

 狩った小精霊を研究、解析した【解析班】の班員たちも罰せられたが、一部は戦後の混乱に乗じて脱獄した。

 持ち去ったランプで小精霊を捕まえ、売ろうとした班員は、共に逃亡していた仲間に殺された。

 裏切ったのは精霊院を追放され、居場所を失い王に拾われた異端者たち。仕事にも真面目に、熱心に取り組んでいた。捕縛された時も一切抵抗しなかったが、牢から逃がしてくれたのは彼らだった。

 仲間だと、共犯だと気を許していた。

 異端者たちはただの一度も、仲間だなどと思ったことがなかったというのに。

 異端者ではあるが、精霊への信仰心はほんものだ。彼らは精霊を金づると見る人間を、決して許さなかった。国を発展させる資源とだけみなす人間を、心底軽蔑した。

 誠実に祈りを捧げ、精霊を研究し、自身が精霊と成ることを目指す。

 今は【回帰機関】と称している。


「よく調べたね、流石だ」

「本部に着く前に撒かれて、エドが悔しがっていました」

「なるべく危ない場所には近寄らないでほしいんだけどなあ」


 情報屋には難問だ。


「セマからのでっけぇ加護もありますんで、ちっとやそっとじゃ死なないですよ」

「死ぬ前に逃げようね」

「それに、まだこんな時代遅れな商売してる奴も生で見てみたいんで」

「じだ……うん、若者って残酷……」


 旧型のランプの回収。小精霊の売買をする組織の壊滅。なれど彼らの目的は四百年前から変わっておらず、研究も続けられている。

 裏路地で売られていたランプの魔術式は古く、魔術抵抗に特化した毛玉姿の小精霊に効かない。実用性のないランプとすら知らぬまま売っていた組織が【回帰機関】によって滅ぼされてゆく様を、とかげは目の当たりにした。


「エドがハイテンションで報告してきました」

「とかげもテンションってあるんだ」

「そいつらの一人に、エドが捕まりました……」


 セマに隠すつもりはないが、伝えるのはもう少し後にしたい。ただでさえ加護をたんまりもらっているのだ、トラブルに巻き込みたくない。それに、せっかくの夜のバザールなのだ、楽しんでほしい。

 心配性? 過保護? どうとでも云え。

 セマがヴァルトルを守りたいように、ヴァルトルだってセマを大切にしたいのだ。



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