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朝、ヴァルトルが支度を整えていると、小精霊が文字通り飛んできた。「おはよう、どうした?」こそっ、と耳打ちされ、ヴァルトルの寝ぼけまなこがかっぴらいた。
教室にて、ヴァルトルはセマに声を掛けた。
「セマ」
「あっ、ヴァル!お守りできあがったの、どうかしら、かわいく仕上がったと思うの!」
「おう、きれいだな」
「んひゃひゃ、ありがとう」
「今日、渡しにいかないか?」
「ええ、私も早く渡したいわ、ヴァルが積極的なんて珍しいわね」
「……小精霊に、今日からエフェさんの店で、期間限定でミルクココア味が出ると教えてもらった」
セマの目がかっぴらいた。
「まあ!それは絶対に行かなくちゃいけないわね」
放課後、二人はバザールへ向かった。
「やあ、いらっしゃい」
「あら、お二方、お久しぶりです」
たいやき屋には先客がいた。チョコミント色の服は、どれだけ人で溢れていてもぽんと目につく。
バザールの案内人はたい焼きを頬張っていた。
「案内人さん」
「この前はお世話になりました」
セマとヴァルトルは頭を下げた。
「ラーファとお呼びください、セマ様、ヴァルトル様」
「あ、あの、様付けはちょっと……」
「呼びすてでおねがいします……」
子どもたちは恥ずかしげに云った。
「では、セマさん、ヴァルトルさん、お二人の初めてのバザール巡りに少しでもお役に立てたのならなによりです、バザールを安心、安全に運営するのがわたくしの役目、お困り事がありましたら、すぐにお呼びくださいな」
ラーファの虹色の瞳がきらめく。
「わたくしは大精霊、この場の秩序を護る者」
大精霊は、精霊のなかでもひときわ強力な力を持つ精霊だ。
ラーファは食べかけのたい焼きを持っていて、ちょっときまり悪そうだった。
「すみません、休憩時間ですの、ほら、帽子を外していますでしょう、これが休憩の合図ですわ」
「ラーファは休憩でもバザールをふらふらしてるんだよね、新作出るとすぐに来る」
「エフェさんはわかっておりませんわね」
ラーファはくるりと市場を見渡す。
「お客様を誠心誠意おもてなしすることがわたくしの務め、ですので、自分で体験しなくては詳しく説明できませんでしょう」
「それで、感想は?」
「とってもおいしゅうございましたわ!クリームは甘く、生地に練りこまれたココアはほろ苦く、口の中を飽きさせません、ごちそうさまでした!ああ、わたくしったら長話を、セマさん、ヴァルトルさん、邪魔してしまいましたね、申し訳ありません」
どうぞ、と、ラーファに譲られ、少年少女はとことこと店の前で並んだ。小精霊たちがふよふよと飛び回り、ここあだよ、ここあ、と教えているが、エフェは聞き流した。
「ご注文は?」
「あ、あの、エフェさん、その前にお渡ししたいものがあるのです」セマは両手で持ったお守りを差し出しながら、頭を下げた。「この間は、ありがとうございました、それと、初めてお会いした時、失礼な態度をとってしまってごめんなさい!」
月の大精霊を信仰するユースグリットにあやかった、三日月型のお守り。
シンプルながらやわらかな曲線が、黄、白、青の糸で編まれており、わずかに差し込まれた光沢のある銀糸が、月に艶を醸していた。
「加護というほどのものではなくて、寝つきがすこしだけよくなるか、食器の油汚れとか焦げが落ちやすくなるとか、ほんのちょっと幸運を引き寄せるくらいなんですけど」
「えっ、最高」
糸紡ぎの魔術師の手製のお守り。均一な縫い目で、わずかなほころびもない。
「まあ」
と、大精霊が感嘆した。
「ありがとう、家宝にして大事にしまっておくよ」
「どうか身につけておいてくださいな」
「わかった、肌身離さず持っているね」
「極端ですわね」
「そうだ、お礼に、二人とも今日はタダにするよ」
「いえ!ちゃんと払います!」
念願のたい焼き、ミルクココア味。生地にココアを練りこんだことで、小麦色ではなく黒色のさかなになっていた。
もともとこの国ではシロップ菓子が多く、クリーム系の菓子は少ない。たい焼きの餡は、少年少女にとって新鮮なくちどけだ。小精霊、おしえてくれてありがとう!
「ヴァル、口にクリームついてるわ」「ん」店主と道先案内人は、頬張る少年少女になごんだ。
「そうですわ、お二人とも、新月の日はどうなされるのでしょう?もし行くつもりならば、ぜひぜひご案内させてください」
ラーファの問いに、ちいさな魔術師たちの反応は薄かった。
「あ、ら?もしやご存じで、ない……?」ラーファはぐるんと店主を振り返った。「エフェさん!」
「だって二人ともここに越してきたばかりだし、学校もあるし、まずは街に慣れないと」
「ああっ、そうですわね! いけませんわ、わたくしとしたことが焦ってしまいました」
「あ、あの、新月って、夜のバザールのことですよね?」
ヴァルトルが確認する。
夜のバザールとは、ユースグリットのバザールで開かれる、入手が難しい素材や稀少本などが売られる、クプカ家調査結果、魔術師人気市場ぶっちぎり第一位の夜市だ。
セマとヴァルトルだけでない、ちいさな魔術師たちの憧れ。
「行ってみたいです」
「案内おねがいします」
ラーファは満面の笑みを浮かべた。
「もちろんですわ! ああッ、腕が鳴ります、手取り足取りお教えしましょう」
「意味が違うから誤解されそうだね」
呆れたようなエフェの言葉は、有頂天のラーファの耳に入っていなかった。




