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ユースグリットの新精霊院。
月の大精霊を奉る総本山。
精霊狩りをきっかけに始まった内戦。
アイラスナイは己の院を開放し、巫女や神官が総出で負傷者を治療した。避難してきた民たちも、治療の手伝いや炊き出しなどできる限りの手助けをした。
院内では国王軍も反精霊狩り派も区別なく、ただの患者として扱われた。精霊狩りへの怒りを、巫女も神官も国王軍の人間に微塵もぶつけなかった。ただし、御法度の喧嘩をした患者には容赦がなかった。
実質的な中立地帯。
八年後、戦争は終結し、第二王子が王となった。
第二王子は、アイラスナイ、巫女と神官に敬意と感謝を表し、新たな精霊院の造営することとなった。
旧精霊院は保存する予定だったが、精霊院側に断られた。
大精霊は告げた。
──此処で人間たちを交流させなさい、この先も争いから外れた唯一の場として在り続けるよう努めなさい
そうして修築された旧精霊院は、国を橋渡しし、世界の文化を交わらせる巨大市場となった。
バザール草創期である。
「私、アイラスナイ様が新精霊院へお移りになられたこの噺、大好きなんだ」
ニコリナはうっとりと語った。
今日は休息日。
セマとヴァルトルがニコリナに精霊院への案内を頼むと、快く引き受けてくれた。
「ちょうどよかった、私もお祈りするから、一緒に行こう」
ニコリナは、休息日に欠かさず精霊院で礼拝をするという。
新精霊院は広場に造営された。
広場では市場が開かれており、ここで商売をしていた店は旧精霊院へと移転した。バザール西エリア《道草通り》である。
× × ×
ドーム型の屋根に、東西南北に設けられた四つの門。
新精霊院は旧精霊院の外観と似ているが、規模はやや小さい。
魔術もそこかしこに仕込まれており、床に敷かれた絨毯の色鮮やかな刺繍も魔術式で、セマは感激した。
礼拝室は夜空が広がっていた。
夜色の壁と天井。モザイクタイルの星月が浮かぶ。月は新月、三日月、上弦、満月、下弦と、満ち欠けが天井を巡っている。
ひんやりと乾いた空気のなか、少年少女は祈りを捧げた。
院内の礼拝室や食堂などは一般人も出入り自由だ。
庭園で定期的に開催されるバザールでは菓子や麦酒、お守り、手作りの小物などが売られ、売り上げは院の運営費となる。
「お菓子がすっごくおいしくて、すぐ売り切れちゃうんだよ」
礼拝室を出た三人を、一人の巫女が待っていた。
匂い立つような玲瓏さをたたえた容姿の巫女。佇まいに隙はなく、けれど不思議と近寄りがたさは感じられなかった。
「こんにちは」
「フィ、フィリス様……っ、こ、こんにちはっ」
ニコリナは上擦った声で挨拶をした。
月の精霊院の巫女の礼装は、濃紺色を基調とし、胸元と裾に刺繍が施されている。
巫女見習いは丈の短いヴェール、見習いを終えると丈が長くなる。
フィリスは長いヴェールの外側に、半透明のヴェールを纏っている。
「はじめまして、ちいさな魔術師さん」
その声掛けは、祝福の子と同じ。
「巫女長を務めております、フィリス・ハキームと申します、アイラスナイ様がお待ちです、ご一緒願います」
蜉蝣の羽のようなヴェールは、大精霊に見初められた証。




