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そのバザールついてのいくつかの噂話  作者: 川坂千潮
ユースグリットのバザールはかつて精霊院だった
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「ん、おいしい!」


 夜のバザールの翌日、学校帰り。

 ニコリナ・レッツェルはバザールのたいやき屋へ寄り、餡子味のたい焼きを頬張った。


「連れてきてくれてありがとう、イーネさん、クプカ君」

「どういたしまして」

「来たことなかったって方が驚きだ」


 ニコリナはユースグリットの生まれ育ちだ。地元民からすると、バザールはあくまで観光地で、ぶらつく場所ではないのだろうか。


「そういうわけじゃないんだけど……」


 ニコリナは、ちら、とエフェを見遣り、頬を赤らめた。


「虹の子とこんな間近でお会いできるなんて、ありがたくも畏れ多くて……!」


 お年頃の少女の反応の意味は、セマたちの予想からちょいとずれていた。

 ニコリナは信心深い月精霊の信仰者だ。

 エフェの店には行きたいが、興味本位で行くなど不敬なのではないか、いや、行かない方が無礼かも、どうなの?どうしたらいいの! 悶々と悩んでいるうちに、どんどん足が遠のいたという。なんという複雑な信仰心。


「そんなに畏まらなくていいんだよ、小腹がすいたら気軽にきてくれると嬉しいな」

「ははは、はいぃっ」


 ニコリナはいまにも拝みそうだ。


「あのね、レッツェルさん、ゆうべのこと、みんなには内緒にしてほしいの」


 切り出したのはセマだ。

 昨夜、ニコリナは「ニコラ、そろそろ現場に戻らないといかん!」と父に急かされ、どたばた別れてしまった。

 夜のバザールに参加していたニコリナが、ローブの意味を知らないわけがない。

 学校で言いふらしたり、道中でセマとヴァルトルへ問いただしたりしなかった。きっと、これから先も口を閉ざすだろう。

 だからといって、彼女の親切心に甘んじるのはどうなのだろう。

 ただの一般人ではない、またいつかの夜に遭遇するかもしれない。ならば素性を明かしておいた方がよいのではないだろうか。


「ローブでわかったと思うけど、私たちは魔術師なの」


 二人は説明した。

 魔術師の一族であること。

 獣医師を目指しているのも本気だということ。

 学校では、ただの学生として過ごしたいこと。


「わかった」


 ニコリナは真剣にうなずいた。


「誰にも云わないよ、約束する」

「ありがとう」

「でも二人とも、ローブを着る時は気をつけてね」


 ユースグリットの住人は、悪党や変質者などは警戒するが、あまり夜を恐れていない。


「そりゃあもちろん!夜の大精霊アイラスナイ様がいらっしゃるからね」


 かつて信仰されながら人と交わっていた大精霊たちは、ほとんどが地上から去っている。アイラスナイは精霊院に残ってくれている数少ない大精霊だ。

 夜と静寂、癒しを司る大精霊を祀る街。人々は夜を愛している。


「特に、夜のバザールは子どもにとってあこがれだから」


 子どもたちは早々に家路につく。

 大人たちが我が子へよぅく云い聞かせる。


 ──いいかい、満月の日にバザールへは近づいてはいけないよ

 ──魔術師の夜を邪魔してはいけないよ

 ──今日は、彼らの為の夜なのだから


「だったら邪魔にならなきゃいいんじゃね? ってなる」

「へ、へりくつだわ」

「機転が利いてんな」


 子どもは、大人たちの配慮など意に介さない。


「むしろ、『やってやんぜ!』なんて火がつくわけよ」


 こっそり家を抜け出して、闇に紛れて身を隠し、ぬき足さし足しのび足。


「本当にバザールに忍び込めなくてもいいんだよ、ちょっとした冒険、度胸試しみたいなものだから、ただ、ユースグリットの子どもなら絶対一度はやる」

「レッツェルさんも?」

「結局バレて散々叱られるまでがオチだね」


 子どもの目論見など、大人たちにはお見通しなのだ。


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