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そのバザールついてのいくつかの噂話  作者: 川坂千潮
ユースグリットの新月には魔術師が集まる
12/14

5


 くれはの手の中でおとなしくしていたとかげが、突如じたばたと動き出した。


「どしたどした?落ち着けって」


 くれはは、飛び出さんとするとかげを器用に押さえつけた。

 一方、とかげのエドは必死だ。雇い主であり、相棒の気配が近づいているのだから。


「エド!」


 ヴァルトルの肩では弟分の蜘蛛がべそべそしていた。捕まったのはエド自身の油断だ、後輩が責任を感じる必要はない。まあ、初めての情報提供役としては及第点だ。


「あんたが持ってるそのとかげ、俺のなんだ、返してくれ」


 くれははヴァルトルを認めると、


「ゲェ、魔術師かよ」


 トイレ掃除をして洗わず放置した雑巾を見つけたかようのように、表情をつぶした。


「あ?」


 あーあーあーもー エドは嘆いた。

 ヴァルトルは、口調はぶっきらぼうだが礼儀正しいし、人当たりも悪くない。だが父親に似て意外と喧嘩っ早い。


「エドとは正式に契約してんだ、離せ」

「ハ、実験台にでもしてんのか?」

「んなわけあるか、高給料好待遇で雇ってるっつーの、思い込みの妄想とか恥ずかしくねえの?」

「恥ずかしげもなく思い込みされるようなことしてんのが、お前ら魔術師だろ」


 舌戦に戸惑っている弟分の蜘蛛を、兄貴分は「慣れろ、よくある」と遠くから諭した。


「そうか、素直にエドを返してくれたなら謝礼も弾むつもりだったけどよ、恥知らずからはいらねえな」

「おーおー、太っ腹だこと」

「金じゃねえよ、これでもそこそこ優秀な情報屋でな、誰かさんが探しものをしているってのも、探しものがどこにいんのかも知ってる」


 くれははとかげを魔術師から隠すように、若干身体を後ろへねじった。エドとしては、ちょっと指の圧迫をゆるめてほしかった。

 この魔術師は、とかげを返せば妹の行方を教えてくれるのだろうか。

 人工精霊であるチューニアたちは、肉体的、魔術的に突出した能力を備えている。

 くれはは、魔術の感知能力に長けている。

 とかげと魔術師からは繋がりを感じる。その気になれば契約も盗み読みできるが、そんなことしなくとも、とかげは無理強いされておらず、むしろ慕っていると感じている。

 それでも、それでも、くれは・チューニアは魔術師を信用できない。


「ま、あんたには教えねえがな」

「あたしだって、うさんくせえ野郎の情報なんざ信じられるかよ」嫌味でも強がりでもない。「てめえの十八番は、契約でも情報収集でもねえだろ」


 魔術は一族ごとに手法があり、同じ効果の魔術でも、発動させる方法は異なる。

かつて魔術は門外不出であったが、時が経ち、魔術師同士の交流も盛んとなり、互いの魔術を披露し、学び合い、より魔術を研鑽するようになった。

 とはいえ、すべてを明かしているわけではなく、魔術師の数だけある魔術の解読は、難題なのだ。

 掟破りはチューニアである。

 くれはは魔術式を見ただけで、内容が読み取れてしまう。魔術師をちょっと深く視ようとすれば、扱う魔術や練度の高さも丸裸だ。

 くれはが読んだヴァルトル・クプカの得意な魔術は、厭なものだった。


「……なるほど、流石チューニア、侮れねえ」


 ざわり、と少女の全身が粟立った。

 虫、鳥、肉眼で見えない生物。ほんの数秒、なれど間違いなく、この場にいる人間以外のほとんどの生き物の意識が、くれはに集中した。

 クプカ家の魔術の真価は交流ではない。人も含めた生きているモノに対して、意思疎通どころか意思を奪い、己の意のままに従わせることができる。

 傀儡師──それこそが本性。

 クプカ家が動物と結ぶ契約内容には、傀儡化の無効が含まれている。傀儡にするつもりなど毛頭ないが、万が一を想定しておくことは雇用者としての義務である。


「人には掛けてねえぞ、同業に喧嘩売る気はねえからな」

「とかげ、やっぱ、こんな奴との契約なんて切っちまえ!あたしが面倒みる!」

「あ?勝手に相棒をナンパすんな」

「くれは、やめなさい」

「ヴァル君、そこまで」


 一触即発寸前のくれはとヴァルトルの間に、ルキアとエフェが割って入った。


「ヴァル君、意地が悪いよ」

「……簡単に舐められるわけにはいかないんで」


 ヴァルトルは拗ねたように云った。


「だって姉さん、こいつ!」

「最初に貴女が失礼な態度を取ったから、あちらも相応の応対をしたのよ、魔術師殿、妹が申し訳ありませんでした」

「い、いえ……」


 ヴァルトルの肩から、一匹の蜘蛛が跳んだ。

 蜘蛛は糸も吐かずに見事な弧を描き、とかげにしがみついた。

 くれはは虫の言葉を聞き取れないが、不思議と、蜘蛛から「アニキぃ!」と泣き声が聞こえた気がした。


「あー、さっさと会わせてやらなくて悪かったな」


 ヴァルトルは気まずそうに謝った。

 再会を喜ぶとかげと蜘蛛。すっかり頭が冷えたくれはは、二匹を地面に離してやった。ヴァルトルに返さないのは、先ほどの魔術への意趣返しだ。


「魔術師殿、妹の行方について知っているというのは、本当ですか?」


 ルキアが訊ねた。


「はい、今はラーファさんに保護されています」

「おい、てめえ、さっき教えねえとかほざいてやがっただろ!なに姉さんにはぺらぺらしゃべってんだ!」


 吼えるくれはに、ヴァルトルはくるぅりと振り返った。


「ああ、お前だけには教えねえよ」


 つまり、くれは以外には教える、と。

 もとより礼など関係なく話すつもりだったが、くれはの悪態に、苛立った。

 いやがらせである。


「こ、こいつ……!」


 ──うーわー、主ってばインシツ

 ──主としては文句なしなんだがなあ……

 クプカ家は、雇い主への悪口など華麗に聞き流せるのである。

  ×  ×  ×


 いろはの周囲でたわむれていた小精霊がある方向を指差した。毛玉なので実際に指はないが、そろって同じ方向を示したのだ。

 いろはとセマとラーファがそちらを向き、ニコリナもつられて首を動かした。


「姉さま!」


 いろはは、人込みをかき分けながら走ってくる二人の姉へと、駆け出した。


「バカ野郎!勝手にどっか行くなって、あれほど云っただろ!」


 くれはは怒鳴り、


「いくらラーファ様の領域とはいえ、どんな奴がいるかわからねえし、何が起きるかもわからねえ」

「ご、ごめんなさいっ」

「無事でよかった……ッ!」


 末の妹を強く強く抱きしめた。


「……魔術師殿」


 くれはは嫌悪も怒りもなく、静かに、深くヴァルトルへ頭を下げた。


「妹を見つけてくださり、感謝します」

「お、あ、はい、いえ……俺も仕返ししたし、お互い様ってことで……」


 さっきまでとは大違いの言動にヴァルトルが面食らえば、くれはは顔だけもちあげた。


「…………正直、てめえのことは気に食わねえ、性格悪いし」

「舐められんの、ムカつくんだよ」

「でも、魔術師だからって一緒くたにしちまったのは、あたしの悪い癖だ、悪かった」


 くれはの謝罪は、上辺だけではない。そもそも上っ面であっても頭を下げられるわけがない。

 チューニア・シスターズは、四百年以上妄執を抱き続けてきた【回帰機関】の魔術師たちが生み出した人工精霊。

 機関の希望のしるべとして敬われていると同時に、実験体でもある。

 生まれてからの扱いは、くれはの度を越した魔術師嫌いの態度で推して知るべし。


「正直、一緒くたにはしてほしくねえがな」

「まあ、一応、うちにも、まともな魔術師もいるっちゃいるけどよぉ」

「お前のまともの基準はちょっと信用できねえな」

「うるせぇ!」


 様子を窺っていたチューニアの長女と、魔術師の幼馴染は、そっと胸をなでおろした。

 さて、チューニア・シスターズとも別れた。

 このまま無事解決はぁ~おつかれさん、とこの場からとっととおさらばしたいのは山々だが、彼女を無視するわけにはいかない。


「……ども、こんばんは、レッツェルさん、いい夜だな」


 ヴァルトルは、とかげと蜘蛛をさりげなくローブで隠した。


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