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くれはの手の中でおとなしくしていたとかげが、突如じたばたと動き出した。
「どしたどした?落ち着けって」
くれはは、飛び出さんとするとかげを器用に押さえつけた。
一方、とかげのエドは必死だ。雇い主であり、相棒の気配が近づいているのだから。
「エド!」
ヴァルトルの肩では弟分の蜘蛛がべそべそしていた。捕まったのはエド自身の油断だ、後輩が責任を感じる必要はない。まあ、初めての情報提供役としては及第点だ。
「あんたが持ってるそのとかげ、俺のなんだ、返してくれ」
くれははヴァルトルを認めると、
「ゲェ、魔術師かよ」
トイレ掃除をして洗わず放置した雑巾を見つけたかようのように、表情をつぶした。
「あ?」
あーあーあーもー エドは嘆いた。
ヴァルトルは、口調はぶっきらぼうだが礼儀正しいし、人当たりも悪くない。だが父親に似て意外と喧嘩っ早い。
「エドとは正式に契約してんだ、離せ」
「ハ、実験台にでもしてんのか?」
「んなわけあるか、高給料好待遇で雇ってるっつーの、思い込みの妄想とか恥ずかしくねえの?」
「恥ずかしげもなく思い込みされるようなことしてんのが、お前ら魔術師だろ」
舌戦に戸惑っている弟分の蜘蛛を、兄貴分は「慣れろ、よくある」と遠くから諭した。
「そうか、素直にエドを返してくれたなら謝礼も弾むつもりだったけどよ、恥知らずからはいらねえな」
「おーおー、太っ腹だこと」
「金じゃねえよ、これでもそこそこ優秀な情報屋でな、誰かさんが探しものをしているってのも、探しものがどこにいんのかも知ってる」
くれははとかげを魔術師から隠すように、若干身体を後ろへねじった。エドとしては、ちょっと指の圧迫をゆるめてほしかった。
この魔術師は、とかげを返せば妹の行方を教えてくれるのだろうか。
人工精霊であるチューニアたちは、肉体的、魔術的に突出した能力を備えている。
くれはは、魔術の感知能力に長けている。
とかげと魔術師からは繋がりを感じる。その気になれば契約も盗み読みできるが、そんなことしなくとも、とかげは無理強いされておらず、むしろ慕っていると感じている。
それでも、それでも、くれは・チューニアは魔術師を信用できない。
「ま、あんたには教えねえがな」
「あたしだって、うさんくせえ野郎の情報なんざ信じられるかよ」嫌味でも強がりでもない。「てめえの十八番は、契約でも情報収集でもねえだろ」
魔術は一族ごとに手法があり、同じ効果の魔術でも、発動させる方法は異なる。
かつて魔術は門外不出であったが、時が経ち、魔術師同士の交流も盛んとなり、互いの魔術を披露し、学び合い、より魔術を研鑽するようになった。
とはいえ、すべてを明かしているわけではなく、魔術師の数だけある魔術の解読は、難題なのだ。
掟破りはチューニアである。
くれはは魔術式を見ただけで、内容が読み取れてしまう。魔術師をちょっと深く視ようとすれば、扱う魔術や練度の高さも丸裸だ。
くれはが読んだヴァルトル・クプカの得意な魔術は、厭なものだった。
「……なるほど、流石チューニア、侮れねえ」
ざわり、と少女の全身が粟立った。
虫、鳥、肉眼で見えない生物。ほんの数秒、なれど間違いなく、この場にいる人間以外のほとんどの生き物の意識が、くれはに集中した。
クプカ家の魔術の真価は交流ではない。人も含めた生きているモノに対して、意思疎通どころか意思を奪い、己の意のままに従わせることができる。
傀儡師──それこそが本性。
クプカ家が動物と結ぶ契約内容には、傀儡化の無効が含まれている。傀儡にするつもりなど毛頭ないが、万が一を想定しておくことは雇用者としての義務である。
「人には掛けてねえぞ、同業に喧嘩売る気はねえからな」
「とかげ、やっぱ、こんな奴との契約なんて切っちまえ!あたしが面倒みる!」
「あ?勝手に相棒をナンパすんな」
「くれは、やめなさい」
「ヴァル君、そこまで」
一触即発寸前のくれはとヴァルトルの間に、ルキアとエフェが割って入った。
「ヴァル君、意地が悪いよ」
「……簡単に舐められるわけにはいかないんで」
ヴァルトルは拗ねたように云った。
「だって姉さん、こいつ!」
「最初に貴女が失礼な態度を取ったから、あちらも相応の応対をしたのよ、魔術師殿、妹が申し訳ありませんでした」
「い、いえ……」
ヴァルトルの肩から、一匹の蜘蛛が跳んだ。
蜘蛛は糸も吐かずに見事な弧を描き、とかげにしがみついた。
くれはは虫の言葉を聞き取れないが、不思議と、蜘蛛から「アニキぃ!」と泣き声が聞こえた気がした。
「あー、さっさと会わせてやらなくて悪かったな」
ヴァルトルは気まずそうに謝った。
再会を喜ぶとかげと蜘蛛。すっかり頭が冷えたくれはは、二匹を地面に離してやった。ヴァルトルに返さないのは、先ほどの魔術への意趣返しだ。
「魔術師殿、妹の行方について知っているというのは、本当ですか?」
ルキアが訊ねた。
「はい、今はラーファさんに保護されています」
「おい、てめえ、さっき教えねえとかほざいてやがっただろ!なに姉さんにはぺらぺらしゃべってんだ!」
吼えるくれはに、ヴァルトルはくるぅりと振り返った。
「ああ、お前だけには教えねえよ」
つまり、くれは以外には教える、と。
もとより礼など関係なく話すつもりだったが、くれはの悪態に、苛立った。
いやがらせである。
「こ、こいつ……!」
──うーわー、主ってばインシツ
──主としては文句なしなんだがなあ……
クプカ家は、雇い主への悪口など華麗に聞き流せるのである。
× × ×
いろはの周囲でたわむれていた小精霊がある方向を指差した。毛玉なので実際に指はないが、そろって同じ方向を示したのだ。
いろはとセマとラーファがそちらを向き、ニコリナもつられて首を動かした。
「姉さま!」
いろはは、人込みをかき分けながら走ってくる二人の姉へと、駆け出した。
「バカ野郎!勝手にどっか行くなって、あれほど云っただろ!」
くれはは怒鳴り、
「いくらラーファ様の領域とはいえ、どんな奴がいるかわからねえし、何が起きるかもわからねえ」
「ご、ごめんなさいっ」
「無事でよかった……ッ!」
末の妹を強く強く抱きしめた。
「……魔術師殿」
くれはは嫌悪も怒りもなく、静かに、深くヴァルトルへ頭を下げた。
「妹を見つけてくださり、感謝します」
「お、あ、はい、いえ……俺も仕返ししたし、お互い様ってことで……」
さっきまでとは大違いの言動にヴァルトルが面食らえば、くれはは顔だけもちあげた。
「…………正直、てめえのことは気に食わねえ、性格悪いし」
「舐められんの、ムカつくんだよ」
「でも、魔術師だからって一緒くたにしちまったのは、あたしの悪い癖だ、悪かった」
くれはの謝罪は、上辺だけではない。そもそも上っ面であっても頭を下げられるわけがない。
チューニア・シスターズは、四百年以上妄執を抱き続けてきた【回帰機関】の魔術師たちが生み出した人工精霊。
機関の希望のしるべとして敬われていると同時に、実験体でもある。
生まれてからの扱いは、くれはの度を越した魔術師嫌いの態度で推して知るべし。
「正直、一緒くたにはしてほしくねえがな」
「まあ、一応、うちにも、まともな魔術師もいるっちゃいるけどよぉ」
「お前のまともの基準はちょっと信用できねえな」
「うるせぇ!」
様子を窺っていたチューニアの長女と、魔術師の幼馴染は、そっと胸をなでおろした。
さて、チューニア・シスターズとも別れた。
このまま無事解決はぁ~おつかれさん、とこの場からとっととおさらばしたいのは山々だが、彼女を無視するわけにはいかない。
「……ども、こんばんは、レッツェルさん、いい夜だな」
ヴァルトルは、とかげと蜘蛛をさりげなくローブで隠した。




