4
東区画。
ヴァルトルとエフェは、バザール内を足早に進んでいた。
蜘蛛からの報告によると、エドはクプカ家の手の者として囚えられたわけではなく、単純にとかげだ!と、ごきげんに追いかけ回されたという。
「子どもか!」
しかも犯人が【回帰機関】だなんて、どんな偶然だ。
「まあまあ、最悪の事態じゃなくてよかったと思っておこうよ」
エドにしては珍しい失態だ。休暇だと油断したのだろうか。
「こういうことって、よくあるの?」
「いえ、うちと契約している動物に魔術的な痕跡はないので、基本的にバレません、ただ、今回みたいに動物好きに追いかけられることはありますね……犬とか猫とか」
「ああ……みんな撫でたいんだろうね」
クプカ家は従業員のブラッシングも欠かさない。
動物を使役する魔術師は、使役対象と個人で魔術的な契約を結ぶ。そうすることで絶対的な服従を確約させたり、力を与えたり、逆に力を借りたりする。
クプカ家の動物たちは、ほとんどが個人ではなく一族との契約だ。クプカの家の者ならば誰でも仕事を命じることができる。
「エドは、小さい頃からいつも一緒にいてくれたんです」
ヴァルトルが魔術に失敗した時も、テストでひどい点数をとった時も、取っ組み合いをした同級生をけちょんけちょんに負かしてしまった時も、「人間、やること多すぎね?」と果物を食べていた。その呑気さが気楽だった。
「俺がこっちに引っ越しても、ついてきてくれたんです」
獣医師を目指すといっても、魔術を捨てるわけでも、情報屋をやめるわけでもない、手助けは必要だった。ヴァルトルが頼む前に、相棒はその役を買って出てくれた。
「その蜘蛛の子もヴァル君の家の従業員?」
「いえ、こいつは寮にいた奴で、俺が個人的に契約しました」
蜘蛛は、捕食者であるとかげを兄貴分と慕っている。とかげが捕まったのに何もできなかった不甲斐ない自分をずっと責めており、ヴァルトルは慰めていた。
クプカ家でなくては絶対に成り立たないであろう関係性である。
× × ×
北区画。
迷子らしき少女は、亜麻色の髪をおだんごに結い、ちょっと野暮ったいまんまる眼鏡とぶかぶかの服を着ていた。
「いろはです! 八歳です!」
元気よく名乗った。
「この子、調査現場の近くにいたんです」
ニコリナが説明した。
いろはは現場から一定の距離を保ったまま、おしゃべりもせず、ごきげんに作業を眺めていた。
子どもを放っておくわけにはいかない。見知らぬ大人からいきなり声を掛けられたら怖かろうと、比較的年の近いニコリナが頼まれた。任されたニコリナが子どもに話しかければ、名前と、姉たちと来たのだとあっさり教えてくれた。
あまりの警戒心のなさに、ニコリナは心配になった。
きっと保護者も探しているだろう。もしかしたら道先案内人に相談しているかもしれない。
ラーファのところに行こうと手を差し出せば、子どもはあっさり手を繋いだ。この子、簡単に誘拐されるのではと、かなり不安になった。
「なるほど、なるほど、それでわたくしを探していたのですね」
ラーファはいろはの前にしゃがみ込んだ。
「こんばんは、いろはさん、今夜も探検に精が出ますね」
「こんばんは、ラーファさん!みんなも一緒だよ、おじさんたちが壁の魔術式を解いたり、柱の絵を書いてたの、あれってそうさっていうんでしょ!人形劇の【名探偵カヌレ】でもやってたよ!」
「ん~、惜しいような惜しくないような……彼らは探偵ではなく考古学者といいますの、捜査ではなく調査ですわね、遺物(証拠品)やインタビュー(証言)から歴史を考証(推理)するのがお仕事ですから、探偵のようなものともいえるのでしょうか」
「こうこがくしゃ」
今頃、姉たちは血眼になって末の妹を探しているだろう。
好奇心旺盛で物怖じしない、行動力の塊のいろはにとって、バザールは探検しがいのある迷宮だ。普段は護衛だ検査だ実験だと、がんじがらめにされている反動もあって、夜のバザールでは解放感で走り回りがちである。
四百年以上前から異端者たちが信仰し、目指すものは変わっていない。すなわち、ヒトから精霊に成ること。
彼らはヒトのかたちをした精霊体を生み出すことに心血を注いだ。
人工的に生み出した精霊体を、チューニアと呼称した。
精霊院を追われ、地下に潜り、なおも継続してきたチューニア製造は、【回帰機関】という組織になった現今、ついに傑作を生み出した。
初代は、ルキアと名づけられた。
二年後、二体目の製造に成功。ルキアは少女体をくれはと名付け、妹として育成に努めた。
ルキアの成功から十年後、三体目の完成。やはりルキアがいろはと名付け、くれはと共に育てている。
三女は、現在、最高峰のチューニアである。
姉たちの努力のたまもので、いろははすくすくと素直に成長している。
さて、先ほどラーファに耳打ちした毛玉によれば、その二人の姉は、そろそろ到着するだろう。




