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そのバザールついてのいくつかの噂話  作者: 川坂千潮
ユースグリットの新月には魔術師が集まる
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3

 大精霊とちいさな魔術師の少女がバザールを歩く。

 意匠を凝らした刺繍が描かれたローブを着た魔術師は、まだ幼げだ。夜のバザールは初めてなのか浮かれている模様。大精霊はそんな少女に興奮を隠しきれぬまま、見守っていた。伴侶、というわけではなさそうだ、よほどお気に入りなのだろう。魔術師も、ラーファに敬意を払っていた。

 そんな二人を遠くから見つめる娘がひとり。

 齢十八、九歳ほど。亜麻色の髪に眼鏡を掛けている。豊満な胸に引き締まった四肢は健康的な色香を漂わせている。


「御前に跪けず、申し訳ありません、ラーファ様」


 おもむろに娘は大精霊へ祈りを捧げた。

 ラーファが快く過ごせていることへの歓び、畏敬と感謝。精霊へは縋らない、そんな不敬ははたらかない。万象の理はただ在るだけで世界を世界たらしめる。人はひたすらに彼の君へ祈るだけ。

 娘は生まれたときから精霊への信仰心を育てられてきた。祈りは、食事や排泄と同じく自然なことだ。今夜のはじまりの拍手だって、力いっぱい送った。

 そう、火急の用が目前にあっても、大精霊を視界に入れたならば、祈ってしまうのだ。


「姉さん、ルキア姉さん!」


 黒髪をツインテールにした娘が小走りでやってきた。齢十六、七歳ほど。ルキアの妹のくれはだ。

 祈りを中断させられた信者は怒らず、姉としての顔で振り返った。

 くれはは、眉間にしわを寄せた。


「いろは、あっちにはいなかったぜ」

「こっちも見当たらなかったわ」

「祈ってないで、ラーファ様に訊けばよかったのに」

「遠かったの、それに、優先順位は変えられないの、ごめんね」

「いやあたしこそごめん、云ってみただけだし、しょうがねえよ」


 姉の狂信なまでの崇拝を、妹は嫌というほど知っている。

 たとえ末の妹が行方不明になっている現状でも、大精霊がいたならば祈らずにはいられない。そう、徹底してつくられている。


「東にはいないのかもしれないわね」

「まさか他の区画に?あいつ、そんなに歩けんの?」

「くれは、覚えておきなさい、子どもの体力は無尽蔵よ」

 ルキアは熱弁した。

「お、おお……」

「それにしても、くれは、一体それはどうしたの?」


 くれはの右手の中で、くたりとしおれている一匹の生き物。


「拾った!」


 でーん、と妹が見せびらかしたのは、とかげであった。


  ×  ×  ×


 セマの母が語った夜のバザールについて、忘れられない言葉がある。

 ──夜のバザールには魅惑的な魔物がいます、気を引き締めて挑みなさい

 あの頃、言葉の意味がわからなかった。


「ああ、いけないわ、こんなのはしたないわ……!」

「夜のバザールは毎回お店が変わりやすく、今回買わなかったら次にいつ手に入るかわからない商品も山のようにございます、ですのでセマさん──」


 今まさに、痛感している。


「お財布がすっからかんになってしまうわ!」


 小精霊たちが嘆くセマに、心配そうに集まった。


 ──破産ダメ、ぜったい

 ──ご利用は計画的に!


「うぅぅ、そこまで考えなしじゃないわ」


 財布の紐を文字通りきちっと結んだちいさな魔術師は、ラーファへ向き直った。


「……ごめんなさい、ラーファさん」

「何がでしょう?」

「巻き込んでしまって、本当なら、ヴァルの話を聞けたのに……」


 おそらく、バザール内でトラブルが起きたのだろう。となれば道先案内人に協力を求めることが最善だ。ヴァルは、セマにはまだ云いたくなさそうだった。ならばセマはその場から離れればいいと、うっかりラーファに付き添いさせてしまった。

 しゅんと落ち込んでしまったセマに、ラーファは安心させるように微笑んだ。


「だーいじょーうぶですわぁ、エフェさんがいますし、というか、セマさんを一人にしてしまったら、ヴァルさんに叱られてしまいます! そ、れ、に」

 ひょい、と手近な店の木製の人形を手に取った。

「このような、あやしいものを隠しておく不埒な店をおしおきするのもわたくしの仕事」


 ばこっと頭を引っこ抜くと、乾燥させた植物がどさりと落ちてきた。


「隠蔽が下手すぎ!丸わかりですわ!わたくしが通っただけで挙動不審になってどうしますの!売るならもっと徹底的に!念入りに!上手くやりなさい!」


 夜のバザールでなくては絶対に聞けない説教であった。

 セマは店からバザール館内へ視線を移した。

 セマは、祖母の言葉を思い出す。

 ──バザールはあなたの手本になるでしょう

 装飾柱に壁画、天井画。見渡す限りの芸術から、陽光で隠匿されていた魔術が浮かび上がる。

 柱や壁には何重もの障壁が張られ、床には呪い返しの魔術。門に刻まれた術式は……悔しいが読めなかった。


「すごいわ……」


 四百年以上前の魔術が、今なお正確に機能している。

 精密な魔術でありながら国内屈指の装飾。

 セマの理想はもう少し庶民的でかわらしさがほしいが、目指す手本としてはこれ以上ない。


「あら、ここからはただの絵なのね」

「がっかりしました?」

「いいえ、昔のお茶会の絵なんてなかなか見られないですもの」


 大精霊と巫女と市井の人々が、花畑に腰を下ろして菓子をつまんでいる絵だ。


「昔は魔術師だけでなく街の人々も参加していましたの」

「んひゃひゃ、みんなとっても楽しそうね」

「そうそう、お茶会の翌日になっても、お菓子作りをしていた巫女たちに甘い匂いがのこっていて、匂いにつられた小精霊たちが集まってしまったことがありましたのよ」

「そ、その話、詳しく……!」


 話の続きを求めたのはセマではなく、見知らぬ男だった。

 おおよそ三十代前半。革靴に帽子。厚手の服の上からでもわかる、鍛えられた肉体、見事な体幹。とはいえ暑苦しさはなく、清々しい印象だ。毛玉もちらほら男について回っており、変質者ではなさそうだ。


「あら先生、ごきげんよう」


 ラーファは男へ気さくに挨拶をした。


「セマさん、こちら、考古学の先生ですわ、バザールを調べていらっしゃるの」

「すまない、驚かせてしまったな」学者は、ラーファの袖を掴む少女へ謝った。「私はレッツェル、ラーファ殿の紹介のように、この街の歴史を調べている」


 はて、彼の名前に聞き覚えがあった。


「先生、乙女の会話の盗み聞きなんて悪趣味でしてよ」

「そんなつもりはなかったんだが、興味深い話をしていたからつい、申し訳ない」


 レッツェルはばつが悪そうに頭を下げた。


「ラーファ殿、さっきの話の続きを教えてくれないか?旧精霊院での日常生活など、非常に貴重な資料だ!」

「でしたら、正式にインタビューの依頼をしてくださいな、いくらでもお話しますわ」

「ぐっ、手が回らんし、予算もない……!」

「焦らずとも、いつまでもお待ちしておりますわ」

「あっ、いた!お父さん!」


 少女の呼び掛けに、学者は父の顔になり振り返った。


「こんばんはラーファさん、お仕事お疲れさまです、お父さん、ファラクさんが探してたよ」

「おお、すまない二コラ」

「ラーファさんを探してたついでに、お父さんも見つかってよかった」

「え、お父さんついで?」


 セマは、少女を知っていた。

 すっきりとした輪郭に通った鼻筋、大人っぽいショートヘア。

 ──やっぱりそうだわ、同じクラスの女の子


「あれっ、イーネさんじゃん」

「こ、こんばんは、レッツェルさん、素敵な夜ね」


 セマは、呪物をローブの中へ素早く隠した。


「ニコリナさん、こんばんは、わたくしに何かご用でしょうか?」


 道先案内人が一歩前に出て挨拶をした。


「あっ、はい、そうなんです」


 ニコリナは、幼女と手を繋いでいた。


「この子、迷子みたいなんです」

 


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