第1章5話:仕返し
かつてのフィオネは、結婚相手がいなくて困っていた。
だからジャランみたいな相手でも我慢して婚約していたが……
本音はこんな男と結婚したくないと思っていた。
なぜならジャランが、性格的にかなりめんどくさい男だからだ。
むしろ婚約破棄されたことをありがたいと思っている。
たとえば再度、婚約を持ち掛けられても絶対に断るだろう。
「こんなところで何してんだ? ここはマクスウィン領の街だぜ? まさか俺に会いたくて来たのか?」
「いえ、そういうわけではないです」
と即答するフィオネ。
一応、フィオネは敬語を使っておく。
フィオネは貴族を追放された身分だし……
もともと辺境伯令息であるジャランのほうが、立場が上である。
「じゃあ俺に恨み言でも言いに来たか? あいにくだが、婚約破棄は妥当な判断だったと思ってるぜ? 天才の俺と、お前みたいな無能は、天地がひっくり返っても釣り合わないんだからよ!」
いやあなた別に天才じゃないでしょ……
と心の中でツッコミを入れる。
ただしフィオネが無能だったことは事実だ。悲しい話だけど。
「けどまさか、俺が婚約破棄を通告したあと、お前が家を追い出されることになるとはな!」
「……私が追放されたこと、もう知っていたんですか」
「ふン。当然だろ」
ジャランが鼻を鳴らしたあと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「まあでもお前にはお似合いだよな? 固有魔法も使えないゴミなんて、貴族を名乗る資格はないからな」
さらにジャランは続けた。
「貴族の地位を失ったお前は、ただの無力な庶民。いや庶民ですら固有魔法は使えるから、お前はそれ以下だ。これからはせいぜい、地べたを這いつくばって生きていくんだ――――な!」
「!?」
ガッ!
と、いきなりジャランがフィオネの腹を蹴飛ばしてきた。
フィオネは石畳のうえに尻もちをつく。
「じゃあな無能ブス。またどこかで会おうぜ」
ジャランが嘲笑しながら、フィオネの横を歩き去っていく。
さすがにフィオネもカチンときた。
(はぁ……やっぱりあいつ、ムカつくわ)
ゆっくり立ち上がりながら、フィオネは思う。
(ちょっとぐらい仕返しをしても、罰は当たらないわよね)
にやりと笑ったフィオネ。
そしてゲーム魔法【透刃】を放つ。
これは見えない斬撃を放つ技だ。
剣を抜いたり振りかざしたりする必要はなく、ノーモーションから放つことができる。
本来なら相手の首をかっさばいて即死させるチート技だが……
今回は殺すことが目的ではない。
フィオネは、ジャランのふくらはぎを狙った。
ザシュッ!!
透明の刃が、彼の右ふくらはぎの筋肉を切り裂く。
「あぎっ!?」
ジャランが苦痛に顔をゆがめる。
直後ジャランはその場に倒れ、右足を抱えた。
「ぎああああああああああ!!? 痛ってええええ!!?」
ジャランが絶叫してのたうつ。




