第1章22話:ジャランたちの視点3
「ロウのやつ、使用人の分際でよくも……殺してやる、処刑してやる……!!」
ジャランが怒りに震えながらつぶやく。
そのとき、近くに何かが落ちてきた。
ドンッ!!
「……!」
ジャランが視線を向ける。
そこには――――
ロウの姿があった。
首が不自然な方向に折れ曲がり、倒れている。
落下死したのだ。
「……」
ジャランは言葉を失った。
ロウは死んだ。
自分は骨折している。
最悪の状況だった。
「くそっ……くそっ……」
ジャランは歯ぎしりをしながら、なんとか立ち上がる。
周囲はむきだしの岩壁に囲まれている。
大穴の底――――
しかし道があった。
その道の先は迷宮の通路へと続いているようだ。
だがジャランは、骨折した状態でそちらへ行く気にはなれない。
だから。
「ギルドマスター!! 降りてこい! 俺を早く救助しろ!!!」
上に向かって、力いっぱいに叫ぶ。
しかし返事が返ってこなかった。
ジャランは知らないことだが、現在のギルドマスターは気絶している。
だから呼びかけても返事が来るわけがない。
「おい返事をしろギルマス! 何をしている! まさか俺を見捨てる気か!? 貴様、貴族を置き去りにしてタダで済むと思ってるのか!? 帰ったら承知しないぞ!! おいッ!!!!」
必死で呼びかける。
しかしやはり返事はない。
ジャランは不安に駆られた。
自分は本当に置き去りにされるのではないか?
そのときである。
カツ、カツ、カツ……
と、何者かの足音が聞こえてきた。
「……!」
ジャランが振り向く。
通路のほうからだ。
ゆっくりと誰かが近づいてくる。
その姿が、薄明かりの中に現れた。
「だ……誰だ……?」
ジャランが息を呑む。
現れたのは長身の男である。
ロングヘアの銀髪。
赤い瞳。
漆黒のローブに身を包んでいる。
冷酷さをたたえるような美形だ。
ジャランの視線は彼の額に向かった。
その男の額には、ねじれた二本の角が生えていた。
「ま、魔族……!?」
ジャランが恐怖に顔を引きつらせる。
それは―――魔族である。
しかもただの魔族ではない。
この時点のジャランは気づいていないことだが、眼前の魔族は【上級魔族】と呼ばれる、非常に危険な存在であった。
名はアルヴァトール。
魔族の中でも特に強大な力を持つ、恐るべき魔族だ。
「な、なんでこんなところに魔族が……!」
鈍いジャランですら、威圧感を覚える存在だった。
アルヴァトールはジャランに目を向けた。
「うるさく騒ぐ者がいると思ったら……やはり人間か」
まるでゴミを見るような目であったが、直後、その目に関心の感情が宿る。
「ほう……。貴様は翠人の血を引く貴族か」
翠人とは魔法に長けた古代人のことである。
ジャランは全く魔法に長けていないが、一応、由緒ある古代人の血だけは引いている。
「!!」
アルヴァトールはゆっくりとジャランに近づく。
カツ、カツ、カツ……
「ひ、ひいいっ!!」
ジャランは後ずさる。
しかしアルヴァトールは瞬間移動のごとく素早く動いて、あっという間にジャランの目前にやってきた。
そして、ジャランに手をかざす。
シュオオオオオッ……!!
魔法の波動が放たれる。
「あ……ああ……」
ジャランの意識が急速に遠のいていく。
全く抵抗することができない。
「が……あ……」
ジャランはそのまま意識を失った。
どさりと地面に倒れる。
アルヴァトールは倒れたジャランを見下ろした。
(脆弱な人間だ。しかしこの貴族の血と肉体は、わが魔術の素材として使える)
しばらくジャランを観察するアルヴァトール。
(だが、こいつを回収する時期は考えたい。今は――――)
アルヴァトールは手をかざした。
黒い魔力が指先に集まる。
そしてジャランの額に、指を押し当て……
刻印を刻み付ける。
魔法陣のような紋様が、ジャランの額に刻まれる。
(マーキング。こいつの居場所を常に把握し、そして必要とあらば、こいつの魔力を暴走させる刻印)
刻印が完了して、アルヴァトールは満足げにうなずいた。
ちなみにこのとき、刻印を刻み付ける余波で、ジャランの骨折や怪我が治癒された。
「さて……」
アルヴァトールはジャランに背を向ける。
何もない空間に向かって声をかけた。
「おい」
すると――――
何もない空間が歪み、そこに黒いモヤが現れた。
黒いモヤから返事が返った。
「お呼びでしょうか。アルヴァトール様」
低く、うやうやしい声だ。
アルヴァトールは命じた。
「このダンジョンの最下層を踏破し、ボス討伐後の宝物を手に入れろ」
アルヴァトールの目的は、このナナブロスダンジョンのボス報酬を手に入れることだ。
ちなみにダンジョンの報酬が何であるかは、固有魔法【ダンジョン鑑定】で把握できる。
アルヴァトールは別の部下に命じて【ダンジョン鑑定】をすでに行い、このダンジョンの宝物について既知している。
「ただし、このダンジョンには他にも使い道がある。ボスを倒してもダンジョンコアには触れるな」
ボス討伐後のダンジョンコアに触れると、ダンジョンが崩壊する。
逆にコアを破壊しなければ、ダンジョンは存在し続ける。
アルヴァトールはナナブロスダンジョンを残しておきたいと思っていた。
「はっ。承知いたしました」
と黒いモヤは応じた。
「あと、こいつのほかにも冒険者が何匹か、このダンジョンに入り込んでいるようだ」
とアルヴァトールは告げた。
ここでいう冒険者とはフィオネたちのことである。
アルヴァトールは命じた。
「冒険者がダンジョンコアに触れる可能性がある。ゆえに、もし見かけたら殺せ。いいな?」
「御意」
アルヴァトールは用が済んだとばかりに去っていく。
黒いモヤは姿を消し、任務を果たすべく行動を始めるのだった。




