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第1章10話:別視点2


(精霊のお告げを、無視する選択肢はない。でも……もうすぐ私は聖女ではなくなる)


リゼアーナはもうすぐ次期(じき)聖女(せいじょ)に、その座を譲ることになる。


(次期聖女ロゼリア。彼女に、さきほどのお告げを伝えておきましょう)


リゼアーナはロゼリアを探して歩き始めた。


大神殿の廊下を歩く。


やがて中庭(なかにわ)に面した回廊(かいろう)で、ロゼリアを見つけた。


「ロゼリア」


リゼアーナが声をかけた。


振り返ったのは、一人の若い女性である。


身長159センチ。


ピンク色の巻き毛。


緑色の瞳。


白を基調とした衣装を身にまとっている。


年齢は18歳。


固有魔法【聖なる浄化】を持つ彼女は、次期聖女として選ばれた存在だった。


「リゼアーナ様」


ロゼリアが優雅に一礼する。


リゼアーナが近づく。


「ロゼリア、少しお話があります」


「はい。何でございましょうか」


二人は中庭のベンチに腰を下ろした。


リゼアーナが口を開く。


「さきほど、精霊からお告げを受けました」


「……お告げを」


ロゼリアの表情が真剣になる。


聖女の重要な役割の一つは、精霊のお告げを受け取り、国に伝えることである。


「はい。内容は以下の通りです」


リゼアーナは静かに語り始めた。


「クラルドット家の令嬢にフィオネという方がいます。その方こそが、帝国の未来を救う英雄となるそうです」


「……!」


「ゆえに友誼を結び、国につなぎとめておくように……と。精霊は(おっしゃ)っておられました」


「なるほど……」


「ロゼリア。この件はあなたに頼みたいのです。私はもうすぐ聖女の座を退きますから、私の代わりに、あなたがフィオネ様と友好関係を築いてください」


リゼアーナの瞳は真剣そのものだった。


ロゼリアは深々と頭を下げる。


「承知いたしました。リゼアーナ様と精霊の御意思(ごいし)、必ずや果たしてみせます」


「ありがとう。ロゼリア」


リゼアーナが微笑む。


「では、よろしくお願いしますね」


「はい」


二人はそこで話を終えた。


リゼアーナが立ち上がり、中庭を去っていく。


一人残されたロゼリア。


彼女の表情から、先ほどまでの上品さが消えた。


(クラルドット家のフィオネって、たしかあの無能(むのう)令嬢(れいじょう)のことよね)


ロゼリアは内心で冷笑する。


社交界でフィオネと何度か顔を合わせたことがある。


いつもヘラヘラと愛想(あいそ)(わら)いを浮かべて、周囲の貴族令息たちに()びを売っていた。


しかし(だれ)一人(ひとり)として相手にしていなかった。


なぜなら固有魔法を使えない無能だったから。


貴族社会において、固有魔法が使えないというのは致命的だ。


そんな女を誰が相手にするというのか。


結局、フィオネはマクスウィン家のジャランという、これまた微妙な男と婚約するしかなかった。


(あんな情けない女が、国を救う英雄?)


ロゼリアは鼻で笑った。


(バカバカしい。そんなわけないでしょ)


精霊のお告げは重要だ。


しかしロゼリアは、国のためではなく、自分のためにお告げを利用するつもりでいた。


たとえば。


『精霊のお告げがありました。ロゼリアは国の第一王子と結婚すべきであると』


そう宣言すれば、お告げを利用して婚約を叶えられる。


お告げをでっちあげることになるが、聖女の言うことならば周囲は信じるし、王家も前向きに考えるだろう。


――――お告げを利用するだけで、婚約に限らず、ほとんど全ての望みが叶う。


ならば利用しない手はないだろう。


(お告げは、私の幸せのためにあるべきなのよ。私がお告げのために頑張る必要はないわ)


そういうよこしまな打算が、ロゼリアの中にあった。


だから今回のお告げも、真面目に守るつもりはない。


(そもそもフィオネみたいな無能と、友好関係なんて築きたくないしね。くだらないお告げは、無視させてもらうわ)


ロゼリアはそう笑いながら、歩き出す。


結局ロゼリアは、フィオネのことなど頭の(すみ)に追いやってしまった。


しかし、お告げを無視したロゼリアの判断が、のちに帝国へ深刻な打撃をもたらすことになる。







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