ねぇ、お姉様。それくださいな
ほしがりの妹に正当性がある場合
あるいは王宮ドロドロ姉妹喧嘩
ギャグを書いたから暗い話を書きたくなった
──昔から、何でももっている姉が気に食わなかった。
美しい黒髪も、澄んだ春の空のような輝く瞳も、ほっそりとしているのに艶やかな丸みを帯びたその体も、この世全てを理解していると謳われる頭脳も、父からの期待も、生きている母も、次期女王の座も、かわいらしい娘も、民からの羨望も、有能な夫も、常に侍り姉にのみ色のある瞳を見せる─私の、夫も。なにも、かも、
もっている姉が、心底妬ましくて仕方がなかった。
「……雨、やみませんねぇ。」
ユラリ、ユラリ、揺り籠のように椅子を揺らしながら少し膨らんできたお腹にそっと語りかける。ザアザアと降る雨を窓から眺めながら、一つ吐息を漏れてしまうのは仕方のないことだろう。
「………さよなら、お姉様……。」
窓に映る自分は、どこか寂しそうな、憑きものが落ちたような、そんな顔をしていた。
水の都と呼ばれる美しい国、ウォールリリー。その第三王女として私、オリヴェイラが生を受けたのは今から21年前。正妃である母と国王である父との間に生まれ、同母の兄の第一王子、腹違いの姉である側妃腹の第一王女と愛妾腹の第二王女に囲まれて育ち、今は代々王室の執事役を務める伯爵家に嫁いだのは二年前になる。
はじめは、些細な違和感だった。
夫であるジョシュア様。彼は五つ年上の、幼い頃からの許嫁で、そうにもかかわらず初めて言葉を交わしたのはデビュタントの十五歳。
それは、別に、いい。だって自分は正妃腹とはいえ、母は天の国に渡ってしまい、同じくして同腹の兄も病に打ち勝てずに母の元へと旅立ってしまった。私も、酷く病弱で床から起き上がることも難しく、許嫁とはいえそのような姿を見せることは王族の姫として出来なかったから。
ただ、許嫁だと父から紹介されたジョシュア様の瞳が、第一王女であるお姉様にずっと注がれていたことが、最初の違和感だった。
お姉様──第一王女エリザベータ。黒真珠のような美しい髪を側妃から受け継いだ、父の後継者。堂々としたその姿を不出来な私はいつも直視出来ず、言葉もあまり交わしたことがない。
お姉様も、また、ジョシュア様に対してはどこか砕けた態度をとっていることを把握するのは大して時間がかからなかった。
なぜ?なぜ?なぜ????ジョシュア様は私の許嫁なのに、私は健康になったのに、どうして私の手紙には返事をくれないのにお姉様の急な呼び出しにははせ参じるの?
どうして?どうして??私とのお茶会ですらあんなにも素っ気ないのに、お姉様とはあんなにも熱く見つめ合うの?
お姉様には、隣国の第二王子という許嫁がいるのに、まるでジョシュア様が恋人であるかのように振る舞うお姉様も、それを許容しているジョシュア様も、私には奇妙な生き物に見えて仕方なかった。
最初は私の、暗い性格が気に食わないのだと思い込もうとした。人と目を合わせることが苦手で、口数も少ない。華やかな女性特有の会話も、男性が好むような機知に富んだ会話もできない。
父が用意するドレスだけが華やかで、内実自身の中身が空っぽなのだと突きつけられたようで、…せめてお姉様と同じくらい知識をつけようとしてもお姉様からも、ジョシュア様からも、父からも、「伯爵家に嫁ぐオリヴェイラには必要のない知識だから勉強する必要なんてない」だと、だと────
本当に、馬鹿にするにも、程がある。
結婚式は、冷え切った物だった。誓いの口づけもまともにせず、夜もおざなりで朝になったら夫は姉の元へととっくに馳せ参じたのだと伝えられ、女主人として行動しようとしたら「王女殿下にそんなことはさせられない」だなんて、──とことん、物言わぬ人形のように生きることを望まれているのだと、その時私はようやく察した。
「…貴方が生まれたら、お母様がずっと傍にいてあげるからね……。」
愛しい我が子。大切な私の子供。男の子だろうか、女の子だろうか、…どちらでもいい。元気でさえいてくれれば、どちらでも。
どれだけ母は苦しかったことだろう。毒を盛られ、床から上がれず、幼い娘と息子を残して逝かねばならない苦しみは想像を絶する。
どれだけ兄は悲しんだことだろう。母の無念を晴らすことなく、母と同じ毒で殺された兄は、どれだけ悲しかったろうか。
私は、母と兄が残してくれた信頼できる部下と毒の情報から辛うじて生き延びることができた。それがどれだけの奇跡か、きっとお姉様には分からない。
母と兄を殺した女。その娘。エリザベータ姉様。私は、貴方のことを許そうと思った。だってお姉様はなにも知らないから。
でも、もう許せない。
三年前姉は一人の女の子を出産した。珠のようにかわいい女の子。姉と同じ、春空の瞳と、美しい金髪のかわいい女の子。金の髪は祖父である国王譲り。将来はさぞかし美しくなるだろう姪を抱き上げたとき、気がついた。
ずっと、ずっとみてきたのだもの。その形を間違えることなんてありはしない。夫の横顔、少し特徴的な、生まれつき片耳だけ小さな穴の空いた耳。それが、姪の顔の横に生えていた。
──そう、そう、お姉様。なにもかもをもっているお姉様。貴方は私の夫までもを、夫との間に生まれる最初の子供さえも持っていくのね。
なんて、強欲な人。
お姉様。エリザベータお姉様。私は、貴方を許さない。
私は、貴方の全てを奪う。ねぇ、許してくださいますよね?だって、
それでようやく対等なのだから。
「物憂げだね。オリヴェイラ。」
ユラリ、ユラリ、揺り籠のように椅子を揺らしながら腹を撫でる。ゆっくりと振り返ると、そこには深い緑の瞳と褐色の肌が特徴的な男が立っていた。
「遅くなってしまってすまないね。ようやく元妻の部屋を処分できた。…たてるかい?」
「……少し考え事をしていただけよ。よかった。あの人の部屋に住まなければいけないのはいいけれど、あの人の触れた物をそのまま使うなんて怖気がはしるもの。」
「いえている。壁紙は君好みのモスグリーンにしておいたよ。カーテンは葡萄柄の絹のレース。家具はサンウッドとマホガニーで揃えておいた。カーペットは我が祖国の羊の毛で造らせたんだ。気に入ってくれると嬉しいな。」
「……素敵。きっとこの子も気に入るわ。本当に、ありがとう。」
手を差し伸べてくる男の手にそっと力を入れて立ち上がる。…ジョシュア様にはして貰えなかった数々の心遣いがこんなにも嬉しい。
「なにを言うのだマイ・フェアレディ。私の子の母となってくれる大切な人よ。なにもかも父として、貴方の夫となるものとして当然のことしかしていない。」
──お姉様。なにが気に食わなかったの?
思えば、遠くから見る姉はいつも不機嫌そうな顔をしていたことを思い出す。…そう、あの、何もかも気に食わないという顔も、嫌いだった。
同じ穴の狢ね、私達。だって、お姉様は私の夫の子供を産んだけど、私も貴方の夫の子供を宿している。
でも、貴方とちがって私はちゃんと順序を踏んだわ。
姪が夫の子供だと確信して、まず第二王女だったお姉様に相談したの。私みたいに王家につかえる宮廷貴族ではなく、れっきとした領地をもつ公爵家に嫁いだお姉様。
お姉様に王城のことを探って貰っている間に、私は夫の部屋を調べたわ。あの人のことだもの、きっと愛するお姉様からの手紙は捨てないと思ったから。
予想通り、お姉様との恋文と、逢瀬の記録まで見つかって、あまりの気持ち悪さにあの人の部屋の花瓶をたたき割ってしまったけれども、まったく帰ってこないから最後まで気がつかれなかったわ。
その文と記録、そして第二王女のお姉様が集めてくれた証言をもって次期王配として婿入りしてくれたお義兄様に話を持ちかけた。
呆れることに、文にはお義兄様をこき下ろす内容が堂々と載っていて、その上王配として迎え入れても玉座がお姉様に渡ったら床をともにすることも、政治にすら口を出させないつもりだということも載っていた。
……ねぇ、お姉様。彼、貴方の浮気に気がついていたわ。でも、娘が自分の種でないことはしらなかったのね。お姉様の文にたいそう怒って…そして、私と契約したの。
契約内容は単純。彼は自分を裏切らない妻との子供が欲しい。私は、自分を愛してくれる夫との子供が欲しい。そして、子供を必ず守る家族と権力が欲しい。
可哀想に、彼は祖国で何度も実の兄に裏切られて殺されかけていたようで家族という物に餓えていた。──私と同じ。
この証拠を手にして、微笑みあってお父様に直訴したの。大事にはするつもりはない。だって王家に傷がつくのは困るもの。私達の子供が受け継ぐ物なのだから。
要求したことは本当に些細なこと。次期女王であるお姉様が、出産で弱ってその任を任せられなくなったと公表してほしいというもの、そして、療養として地方に転居させてほしいと。
姪は可哀想だけど、なくなったことにして第二王女のお姉様の養子にして公爵家の姫君として育てること。夫との離婚を認め、彼の王宮の執事の任を解いてほしいこと。
そして、次期王配として隣国から婿入りしてきたお義兄様との再婚を許して欲しいこと。
お父様は悩んだみたいだけど、隣国との関係の悪化や王宮内での緩んだ空気、貴族間のバランスゲームを厭うて私達の要求を飲んでくれた。
可哀想に、お姉様。私みたいな出来損ないに足をすくわれて、何もかもを失った。
お姉様が行く療養地は権力から最も遠い山岳地帯が連なる僻地で、病を得たことになっているから外に出ることは出来ない。更に元夫──ジョシュア様。宮廷執事の任を解かれた彼が代々執事を輩出してきたことを誇りに思っている家で今まで通り過ごせることはない。おまけに仕えるべき王女を妻に迎えておきながら別の王女に子供を産ませたのだから、廃嫡は間違いないだろう。
そして、平民になったジョシュア様がこの国の暗部まで知り尽くしているお姉様の元にたどり着く可能性は極めて低い。だって、外に情報を漏らさないように沢山の見張りがつけられるのだから運良くお姉様の元にたどり着けても今まで通り愛を育むなんてこと出来るわけがない。…公衆の面前で行為に及ぶ性癖があるのならば話は別かもだけれども。
「これから次期女王としての政務がはじまるけれども、大丈夫かい?体は大切にね?」
「ふふふ、ええ。大変だけれどもきっと成し遂げてみせるわ。…出産するまで外交や視察は貴方に任せきりになってしまうけれども…。」
──お姉様。貴方の手にした物は今、私の手の中にあります。これでようやく、お姉様のお母様がしたことを償わせることが出来る。安心して、夜を越せる。死の恐怖に怯えることも、貴方への憎悪を抑える必要も、ない。だから、
「もういらないわ、お姉様。どうか私のあずかり知らぬところで、末永くお幸せに。」
18年ぶりに頬を伝うそれは、どこか甘くて苦かった。
王家で仲悪い姉妹の本気喧嘩ってそりゃこうなるよね~~~(徹底的な蹴落としあいと奪い合い)